390 ナイトストーカーは仲良し
「俺は広場を目指す。あんたらのほうは交流儀が終わるまで、その中にいといてくれよ」
自身の術の中、『守護幕』へぎゅうぎゅうに詰め込まれているナイトストーカー部隊の四人へナインはそう言った。その遠慮のない言葉に、ほとんど体力の尽きかけているディッセンはほとほと苦笑気味であった。
「交流儀は二日間にわたって行われる祭りですよ。これから最低でも四十時間以上、私たちをこのままにするおつもりですか?」
「あっと、そうだっけか。そいつはさすがに気が咎めるな……」
ナインがこりこりと頬を掻く。そんなにも長時間、まともに身動きも取れないような閉所に閉じ込めておくのはいくらなんでも罪悪感があった。というか守護幕はそれなりにナインにとっても負担になる術なので――肉体的にではなく精神的にという意味だが――どのみち二日間も発動しっぱなしにしておくことはできないだろう。
「じゃあせめて今から数時間ってところかな。確約はできないけれど……まぁどんなに長くても日付が変わる前には解除するよ」
「改めて取引をしませんか。こちらには交渉の準備がありますよ」
「嘘こけ。立場が逆になった途端そんなこと言ってくる奴を信用できるかよ。さっきの問答無用のやり口からして交渉なんて端から考えてなかったろ? あんたらは」
「…………」
ニコリとディッセンは微笑む。この状況でもそんな顔ができる彼にナインは呆れる。
「腕のことは済まなかったな。できるんなら全員無傷で捕えたかったんだが……さすがにあんたを相手にそれは無理だった」
「お気になさらず。負けて骨の一本で済んだのであれば望外の幸運というものですから。……ですが本当に申し訳なく思う気持ちがあるのでしたら、この術を今すぐ解いていただけるともっとありがたいのですがね」
「うん、ごめん。それは無理な」
「はは、ですよね」
「あー。まあ、なんだ。あんたたちのことは憎んじゃいない。吸血鬼狩りとしてやるべきことをやってるんだし、俺から多少強引にでも話を聞きたがるのはそっちからすりゃ当たり前だし……でもさ。今この街にはたぶん、吸血鬼よりもよっぽど社会の敵と言うに相応しい奴らがいる。しかもそいつらは街の中枢でもある革命会と市政会、その両方に手を伸ばしているらしいってのがこれまでに判明してんだ。吸血鬼を狩るために来たのなら、あんたたちも市政会と接触してるよな? そんときに何かが妙だとは思わなかったのか?」
「それは……ええ。吸血鬼捜索のために色々と探るうち、随所に不審な点はみられましたがね」
やはり彼にも思うところがあったのか、何かを想起するように意味深な具合で頷くディッセン。おそらく不審には思っても吸血鬼に関係なしと判断されたものには目を瞑ってきたのだろう――しかし彼はすぐに笑みの質を変え、逆にナインへと訊ねた。
「それではあなたは、ひょっとすると私たち吸血鬼狩りにこう言いたいわけですか――『吸血鬼なんぞに構うな』と。そんな些事にかまける暇はないのだ、と」
「……吸血鬼の恐ろしさってのは、知ってるつもりだよ」
「ええそうでしょう。そうでなければおかしい。あなたは以前、エルトナーゼで吸血鬼と対決し、退治している。その吸血鬼はたった一体で大都市ひとつをあわや滅ぼしかけたという――あなたがいなければきっと本当にそうなっていたはず。力をつけた高位の吸血鬼というのはそれだけ軽視してはならない存在なのです。何をおいても狩らねばならない。狩り尽くさなければならない。より多くを救うためには、それにのみ注力せねばならない」
「吸血鬼よりも多くを殺す人間がいても?」
「! ……、」
「ただ殺すだけじゃない、そいつは吸血鬼のように巧みに人を操りもするんだ。そうじゃなければ亜人都市のクトコステンに只人が根を張るなんてことはできやしないだろうからな」
訥々と喋るナインの口調には感情らしい感情はなかった。未だ出会ったことのない、又聞きや想像の中でしか知らない謎の少女が朧気に頭に浮かんでは消えていく――そいつにどんな感情を抱けばいいのかナインにはわからなかった。
ただしその所業に対して、生理的な嫌悪感だけがある。
「元を辿ればエルトナーゼの騒動だって『そいつ』が原因みたいなもんなんだぜ。イクア・マイネス。市政会所属だっていう人間の少女を、あんたたちは知らないか?」
「…………、」
その名を聞いて、ディッセンがどう思ったか。笑顔を張り付けたままの彼の表情は変わらなかったが、残る三名はちらりと目配せをしあっている。そこからナインは、ナイトストーカーが確実に吸血鬼襲撃の被害者を名乗るイクアに対してもコンタクトを取っていると確信した。
「……ふぅ」
懐から棒状の通信具らしきものを取り出したディッセンは、それを折った。ぺきりと音を立ててへしゃげる通信具。部隊間で使用している物とは別品であるそれは現在、完全に沈黙している。その理由がナインの術に囲われているからなのか、通信先のほうに何かがあったのか、それは不明だ。しかし時間を置けばまた問題なく使用できるであろうそのアイテムを、彼は躊躇いなく破棄してしまった。
「あなたが姿を現したことは市政会に伝わっています。その傘下組織のタワーズにも同様に」
「! ……、」
「広場へ行くのなら急いだほうがいいでしょう。交流儀の開催式までもう時間もないことですしね」
「ああ、そうだな。だったら急がせてもらうよ」
ディッセンの機微を察したのかどうか、ナインはそれ以上何を告げるでもなく踵を返して駆けていった。あっという間に見えなくなったその背中を、それでも虹色の幕越しに見つめ続けていたディッセンだったが……やがて「はあ」とため息を零した。もうその顔から「無の笑み」は剥がれ落ちている。
「いいのかい、ディッセン――おっと、隊長。もうちょっと下手に出るなりなんなりすれば、まだ交渉の余地だってあったんじゃないかい?」
「そーだよ。わざわざ怪我させたことを謝るなんてとんでもないお人好しだよ? なんだかんだ言っても頼み方次第で守護幕も解いてくれたんじゃないかな」
「俺もそう思うぜ。敵ではあるけど、武闘王ナインは『気持ちのいいやつ』だった!」
部下から口々に言い募られ、ディッセンはもう一度苦笑する。閉じ込められていても意外と全員リラックスしているのは日頃からの精神鍛錬の賜物か、それともナインという少女の戦っただけでも――否、戦ったからこそよくわかる善良さによるものか。ともかくその部分で安心を得たディッセンは、己が判断の是非を問う仲間たちへ自分なりの推量を口にした。
「いえ、ナインとは甘くはあってもただ甘いだけの少女ではないと見ました。きっと態度を取り繕ったところで効果はなかったでしょう。むしろ、下手に下手へ出たりすれば容易くそれを見抜かれて懲役が余計に長くなったかもしれない。私としてはこれがベターな判断だったと思いますよ」
おかしなことだが名乗るだけ名乗って即拘束にかかった、彼女にとって印象は最悪であるはずの『ナイトストーカー』のことを、それでもナインは一切悪く言おうとはしなかった。どころかその仕事の仕方を称賛するような口振りですらあった。手段を選ばない強引なやり口から局の内外問わず、同じく特定種族専門のハンターである悪魔祓いや幽霊退治者等以外からは常日頃から嫌われ忌避されがちなのが吸血鬼狩りという職種である。
しかしナインはそういう反応を見せなかった。
それも容疑がかかっているとはいえほとんど一方的に襲い掛かられるという、ある意味では彼女のほうこそ被害者と言ってもいい境遇でありながら。
「ともすれば今日一日を無駄にすることにはなります。ですが元から、祭りなど吸血鬼が好くようなイベントではありませんし、私たちの捜索にもよろしくない影響が出ていましたしね。手がかりの不足をジュリーの直感で埋めようとしていたわけですが、辿り着いた先は吸血鬼ではなく武闘王でしたから……もはや天の思し召しとしていっそ休憩を取るのもいいでしょう。この数日は碌な休憩も取らずに歩き通しでしたし、皆も疲れているでしょう?」
「まあ……ね。血魔法は疲れるし」
「俺はぜんぜん平気だけどな!」
「ベル坊は体力だけはあるからねぇ。かくいう私も言うほど疲労は感じちゃいないんだが……ま、肝心要の隊長が一番消耗していることだろうし、確かにここらで一休みしたほうが賢明なのかもしれないねぇ。そうと決まれば、どれ。腕を見せてみなよ」
「ええ、頼めますか……あっ、ジュリー。痛いですよ、腕を持つならもうちょっと優しくお願いします」
「はっ、男のくせに何を情けないことを。……よし、これで骨は真っ直ぐだ。オウガスト頼んだよ」
「りょーかい。血で固定するから、一瞬痛むよ」
「――グぅッ!!」
「だ、大丈夫か隊長!?」
「え、ええ。平気ですともベル。私はあなたたちの隊長ですよ? これくらいのことで音をあげるようなことは……」
「あ、まだ終わってないからね。今のは土台作りみたいなものだから。これからまずは傷口周辺をイジりまーす」
「――グアァァァアッ!!!」
「た、隊長――っ!!」
「やれやれ、やかましい男どもだよまったく。障壁に防音効果でもあったらよかったのにねぇ」
思ってた2倍くらいの文量をナイトストーカーに使ってしまった
こっからちょい巻いてきましょ




