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388 『夜を追う者』と怪物少女③

 気付かれた・・・・・

 それはディッセンだけでなくベルとオウガストもまた時期を同じくして抱いた間違いのない共通認識であった。


 ディッセンの使う覇術は強力だ。彼は一種の術しか習得していないがそれでも他者を強制的に操り、他者の術式にまで干渉する『転禍為福』は部隊最大の武器であると言っても過言ではなかった。それは四名の誰もが異論を唱えずに肯定できる事実であるし、そしてそんな便利な術に実はもうひとつの使い道があるということもまた部隊内では既知の事実として周知されていた。


 ディッセンとは決してヒロイックな男ではない。『烙印』という自らの命を削るリスクを抱えども攻撃面では何より有用な術の存在とそのデメリットを隠さず、きちんと仲間へ伝えることをしていた。効力についてはともかく、リスクのほうを知った仲間たちがどう思うかを彼自身理解していたが、しかしそこだけを黙しておくなどという選択肢はなかった。


 仮に『烙印』を使わざるを得ない状況になったとしてもその時はその時。人知れず寿命を消費させながら戦う自己犠牲めいた在り方よりも、正確に情報を共有し連携の練度と密度を少しでも高めること。部隊長として優先すべきことがなんであるかをよく存じているディッセンはそれ故に滅多なことでは『烙印』を解禁しないことと、そして解禁に踏み切った場合の隊員それぞれの動き方についても予め想定して指導を行い、きちんとミーティングを繰り返して細部を詰めていた。


 なのでベルもオウガストも、今この瞬間にも隊長が我が身を犠牲にしながら戦っていることを重々承知していたし、そのうえで一層の気合にも満ちていた。連携の維持に努め逸りも焦りも抑え込み、淡々としかし着々とまさにハンターに相応しい精神性で堅実にナインを狙い撃っていた。


 個人の力よりも集団の力。それが人ならざる者を狩る際の鉄則だと身に染みて知っている彼らは故に、一人で突出しようなどとはしない――逸る気持ちを抑え身の丈と分を弁えて、自分のやるべきことだけにひたすら集中する。それが結果としてナインにすらも一方を取れる戦術を生み出したのだから、この戦い方は間違っていないのだろう。


 ただし、と少年少女は思う。


 ただし援護に徹しているだけの自分たちはいいとして……この戦術におけるメインを務めるディッセンにのしかかる負担は計り知れない、と。一方を取れるなどと偉そうに言ってもそれは隊長が一人、己が命すらも消費物として苛烈に――そう、まさに華々しく散ろうとでもいうかのように――必死・・になって敵へ立ち向かっていっているからこそ。


 自分たちは何をしている? 何ができている?


 ディッセンだけに多大なリスクを背負わせながらその背後で、いったいどれだけの貢献ができているというのか?


 ……わかっている。必要なことを必要な分だけやっている。過不足があっては戦術が崩壊する――今が適度。援護をほんの少し増やすだけでもほんの少し減らすだけでもこの均衡は呆気なく崩れ去る。『烙印』発動中であってもディッセン単独ではナインへ優位を取れることはないだろう。一時ならばあるいは対等に戦えるかもしれないが時間の経過という明確過ぎる敗北の条件がこちらに存在している以上、彼一人での勝利はあり得ない。



 貢献ならしている、わかっている。

 ディッセンだってそう言う、それもわかっている。



 しかし歯痒く、身悶えする。奥の手を切ったディッセンに対応するだけの『これより上』がない自分たちのあまりの弱さに苛立つ。もしも『烙印』にも負けないような切り札を持ち合わせていたのなら――そしてここでそれを切ることができたなら。


 ディッセンの後ろではなく隣に立って、もっと直接的な連携も可能で、よりナインを追い詰めることも叶っただろう……その場合にはもう、自分たちの勝利で勝負なんてとっくに終わっていたかもしれない。


 そんなことを夢見る。そうであったらどれだけよかったか。だから悔しいのだ。決着は未だついていない。隊長に合わせるように全てを賭けたつもりでの猛攻を以ってしてもナインはまだ五体満足で立っている。ここまでしても彼女の表情には苦痛も焦燥もなく、動きのキレもまるで落ちていない。これではディッセンばかりが損をすることになる――いたずらにその命が浪費させられるだけになる。


 自分に課せられた役割を貫徹し、与えられた範疇よりも外に足を踏み外さないよう、実にプロらしく努力しているベルとオウガストは……それでも表情を険しくさせることまでは我慢できなかった。的確な支援を送るという仕事にこそ精彩を欠かさないが、その内心には隠し切れない不安が募っていく。戦闘が長引くほどにそうなる――それは取りも直さず、ディッセンの寿命がその分だけ減っているということでもあるのだから。


 だから――。



「「……っ!」」



 ディッセンがナインに『烙印』の使用条件を見破られたことを見破り返したその時、ベルとオウガストにもそれは伝わってきた。部隊間での信厚い絆による以心伝心か、それともかつてない集中力で戦闘に臨む副産物で生じた直感なのか――ともかくディッセンの苦悩は二人にも伝播した。


 引き気味に、守りを固めて、時間を稼ぐ。


 ただそれを実行するだけで自分の勝利は揺るぎないものになる、とナインが知ってしまったこと。


 控えめに言っても絶望的だ。そんな真似をされてはただでさえ薄氷の上を行くような瀬戸際の勝負が、勝負ですらなくなる。勝ち目がなくなる。本当の意味でディッセンの『烙印』がただの寿命の浪費だけに終わってしまう――と。


 あるいは命を削っている当人以上に苦悩した二人もまた、そこで目を見開くこととなった。


 ディッセンを真正面から見据え、これまで以上に闘気を発散し、どこからどう見ても『勝ちに行こう』としている奇妙な武闘王ナインを認めたことで。


 隊長と心境を同じくして困惑し、戸惑い、何故そんなことをする必要が彼女にあるのかと思考を巡らせ、そして同じ答えに辿り着く。


 それ即ち。



 ――ナインはディッセンを『救おうとしている』のだと。



「「――っ、」」

 それに気付いた時、ベルとオウガストは揃って息を呑んだ。自分を捕縛しようという敵に対して馬鹿らしくも憂慮を抱く? 情けをかける? あるいは格下と見て侮る……? 悪い言い方をすれば如何様にも詰れるし、普段であればそんな甘さを持つ相手を前にしたならば心中だけでほくそ笑み、容赦なくそれにつけ込み利用して狩るのが彼らナイトストーカーだ。


 けれど、ああ、けれど。


 瞭然と強き意志を放つ深紅の輝きに見初められたベルとオウガストは、どうしてか少女に対し一切の邪気も毒気も向けること能わず。


 その胸には『感謝』ばかりがあった。


 ナインの恥ずかしいまでの真っ直ぐさ、衒いのない善良さ。

 死にいく者を助けることに理由を求めない単純かつ綺麗な、混ざりっけなしの純真さ。


 ――ああ、強い・・んだな。


 ナインの尋常ではない様はここまで何度となく目にしてきた彼らだが、そう実感させられたのは……最も強くその感応を抱かされたのは今この時であった。


 ひたすらに強靭であること。

 それは肉体的な意味だけでなく、心においてもそうだ。

 純真が過ぎてどこか脆くもありそうな印象は受けるが、それでも彼女は前を向くのだろうと。


 よく知りはしなくても、たとえ他人であってもそう思わせるような在り方こそが何よりも少女の強みである。


 仲間のためを思えばこそ己の弱さすらも隠さないディッセンにもどこか似た、あるがままの自分を確立させるその立ち姿。


 そこに感銘を受けたのは、何もベルとオウガストだけでなく。


「――やりますよ。ここからが大勝負になります。二人とも覚悟は?」

「「とっくにできてるよ」」

「よろしい」


 『烙印』の耐え難い負荷に耐えながらも清々しいまでの笑みを浮かべた隊長の言葉に、少年少女が声を揃えて返事する。


 それにひとつ、満足げに頷いたディッセンは――その場から消えた。




「…………」


 隠匿性に長けた歩行技術と『烙印』の合わせ技によって素早くそれでいて物静かに移動するディッセンを、けれど怪物少女は目で追いかける。足裏を滑らせるような足運びで自分の後ろへ回り込もうとしている姿を目視していたところ、不意にその視線が前へ移る。


 そこにはしなるかぎ爪と、その隙間を縫うように同時に飛来する杭があった。


「悪いがそいつはもう見慣れたよ」


 ナインの腕が神速で動く。計六本のかぎ爪をまとめて絡め取る。杭については無視する――耐えることを前提に食らいながら、オウガストが『偽血装』を解除しようとする前にぐいっと引き寄せる。ナインの膂力で引きこまれたオウガストは一瞬たりとも抵抗できずに前方へ身を投げ出すこととなる。


「ひっ……! ひうっ!?」


 ナインの手が迫りくることに本気の悲鳴を上げたオウガストだったが恐れたように拳で殴られることはなく、血の装甲をがしっと鷲掴みにされたかと思えば――そのまま冗談のような勢いでぶん投げられた。


 投げられた先には、ナインの障壁おり


「おっとぉ! 大丈夫かいオウガスト!?」

「あ、ジュリー……うん」


 先に中にいたジュリーの女だてらに逞しい腕の中に抱き留められて、オウガストは目をぱちくりとさせる。そこでようやく自分もまた『守護幕ナインヴェール』に閉じ込められてしまったのだと遅ればせながら自覚した。


「これで二人目……次は」

「……!」


 小さく呟きながらじろりとこちらを見たナインに、ベルは無意識に背筋を強張らせた。



 ――次は、おまえだ。



 ナインの眼が問うまでもなくそう告げていたから。


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