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386 『夜を追う者』と怪物少女①

またゴジだ!もうゴジってやつほんとウザい。


報告ありがとうございます、本当に

 ナインは誤解していた。どんな誤解かと言えば、それは敵の戦法について。


 対吸血鬼部隊『夜を追う者ナイトストーカー』を前衛二枚、後衛二枚のバランスの取れたパーティだと思い込んでいたのだ。――ただし思い込みとはいってもその認識が完全なる間違いであったかと言えば、そうでもない。ジュリーが近距離戦闘、ベルが中距離戦闘、オウガストが中距離支援、ディッセンが遠距離支援。ひし形を思わせるようなポジショニングで敵に向かう彼らの陣形は確かに部隊の基本戦術として設定されているもののひとつであり、実際にナインと追いかけっこの様相で移動しながらの戦闘を行う際にも部隊はこの基本を忠実に守っていた。


 故にナインが、直接戦闘タイプはジュリーとベルだけで残る二人――オウガストとディッセンは補助がメインであって前者二人と比べると戦闘力はさほど高くはないのだろう、と。


 そういう思考に至るのも当然といえば当然の話だ。剣で挑んでくるジュリーや妙な杭を撃ってくるベルとは違って、オウガストもディッセンも『攻撃』はしてきていなかった。二人とも特殊な術を用いて敵の動きを鈍らせることはしても自ら攻勢に打って出ることはなかった――今、この場面までは確かにそうだったのだ。


 ジュリーを『守護幕ナインヴェール』で拘束して一安心、といったところで急に部隊長ディッセンがナインの前に姿を現したかと思えば……ベルとオウガストもそれに続いて飛び出してきて全員で・・・一斉に攻めかかってきたことで。


 その猛攻に身を晒されながら、ナインはようやく己が心得違いに気が付くことができた。


(杭の子はともかくこっちの二人は明らかな搦め手タイプ……うちで言うならジャラザ的なスタイルなんだろうと見ていたが、考えてみればあれでジャラザはかなり動けもする奴だ。そりゃあ、いくら搦め手に長けていようと本人の戦闘能力が欠如している根拠にはならないはずだよな)


 一人だけ中距離間を維持して的確なタイミングで杭を射出してくるベル。そんな彼の支援・・を受けながら間断なく攻め立ててくるのはオウガストとディッセンである。先ほどまでとは正反対と言っていい位置取りと役割で、しかしながら息の合った連携を見せつける彼らの戦いぶりから、ナインはこれもまたナイトストーカーの基本戦術の一種なのだと理解する。本来ならここでも攻めの主軸にジュリーを据えてアタッカー三枚の、より強く攻勢を意識した陣形がこの戦術の本来とするところなのだろう。


 しかしながらメインアタッカーたるジュリーは既に無力化済みだ。爆破剣も思うように振るえず、どれだけ小さく細かく攻撃を重ねても一切こたえた様子のない虹色の幕に対しジュリー自身も無駄な努力をしているという自覚が湧いてきている頃だ。それでも脱出を目指し諦めを見せないその様はまさに仕事人プロ、実に立派なものだ――ナインは心の底から自分の術に感謝した。


(ここで爆破剣まで加わったらすっげえ面倒だったろうからな……今でも十分面倒なんだから間違いない)


 一瞬だけジュリーのほうへ意識を向けたナインだったがすぐに目の前の敵に視線を戻す。彼女は今、重くはないが大きさ故に取り回しに難のある月光剣を影に仕舞い、身軽になって回避に専念しているところだ。


「偽血装・丙展開」


 見るも珍しい血の鎧・・・を纏って腕を振るうのはオウガストである。前腕を覆う血の装甲はどろりと形を変えてかぎ爪を形成する。しなるようにして見かけ以上のリーチで振るわれるそれをナインが跳び上がって躱せば、それを見越していたようにベルが杭で狙い撃ってくる。打ち下ろし蹴りでそれを砕くナイン――の背後でその背中に手を添えるディッセン。


「っ!」



「――『転禍為福・烙印』」



 凄まじい衝撃。ただの掌底ではあり得るはずもないエネルギーがナインの背部で生まれ、彼女を宙より叩き落す。

 白い軌跡を残すように派手な勢いで墜落した少女ががばりと起き上がったところを、オウガストのかぎ爪が襲う。


「丁展開!」


 両の籠手の部位から伸びた爪が計六本、左右から挟み込むようにしてナインを打ち据える。両腕を上げて防御姿勢を取ったナインがしなる爪をやり過ごすように耐えたと同時にベルの杭が連続でヒット。思わずたたらを踏んで姿勢を崩してしまった瞬間に、やはりディッセンは既にそこで待ち構えていた。


「ちっ、やっぱあんたがいっちゃん面倒だな……つーか鬱陶しい」

「ふ、そう邪険にしないでいただきたいですが――『転禍為福・烙印』」



 ドバッッ!! と。



 とんでもない勢いで巻き上げられるナイン。またしても不自然なまでに強烈な威力がディッセンの手により生み出され、少女の細い体が宙を舞う。衝撃に思考を揺らされながらもナインは瞬間的に考察する――。


(オウガストって子の血の鎧……いつかの『あいつ』を思わせるような血の武装は、勿論厄介だ。ある程度任意に形を変えられるらしいな? いくつか試していたみたいだけどあのかぎ爪が最適と判断したか。速度も射程もかなりあるし、一対一なら問題なくとも仲間と息を合わせられたら、あれだってすげえ鬱陶しい。ベルとかいう奴の射撃とはこれぞ阿吽の呼吸って感じだし、この二人だってまともにやり合うと面倒なことに変わりはない)


 ただし、それよりも何よりも――ナイトストーカー隊員の中で飛び抜けて面倒かつ厄介なのが、やはり彼らを率いる隊長こと僧侶のような服装の男、ディッセンであった。


(フェゴールが言うには覇術とやらで俺の力をこいつが操作していたようだが……今はそんなことをしている気配はない。憶測でしかないが今のこいつがしているのは俺じゃなくて自分の力の操作! さっきからディッセンの攻撃が妙に当たるのも妙に強いのも、それもこれもきっと覇術の効果に違いない。つまり奴が実践しているのは特殊な強化術ってことだ!)


 大会でのサイレンス然り、聖杯装備のシリカ然り、なんだかあっちでもこっちでも力を操られてばかりだなと内心で独り言ちるナインだが、経験がある分まだそういった覇術の使い方をされていたほうが攻略が容易だったかもしれない。

 自分に作用する術であればその種類がなんであれ感覚や術理を掴むことでまだしも突破法を模索できた可能性があるが、今はそうもいかなくなった。何故なら彼のしていることは自分自身に対する術の行使。そこにナインへの作用はどのような意味合いにおいても含まれていない――直接的・・・には。


(ただしどうにも避けられない! 接近が静かすぎるってのはディッセン本人の技術だとしてもその後。攻撃を加える瞬間がべらぼうに速い――いや、『早い』。来ると思ったそのときにはもうとっくに食らっちまってる感覚だ。……人の動きを自由にできるってだけでもとんでもないのに、こんなことまでできるなんて。そりゃあ自称大悪魔のフェゴールでもバリバリに警戒するわな)


 覇術。以前、気功術に関しての解説をしてもらった際にジャラザの口からこの術に関してもちらりと語られていたような気がするが、残念ながらナインは聞いたはずの内容をいまいち覚えていなかった。だから今の彼女は所詮、戦闘の合間に聞きかじったフェゴールからの忠告で得た程度のごくごく浅い理解の仕方しかしていない。とはいえ実際に覇術の脅威と真っ向から衝突しているからには、百の知識を頭に入れるよりも遥かに価値のある「実体験」での効率的な学習が行われているところでもある。


 学ぶこと。見ること知ること、そして真似ること。


 これに関してナインは、自らが思う以上の才覚があった。抜群の眼、抜群の魔力、抜群の耐久度、抜群の身体機能。魔力だけは『聖冠』からの貰い物だがそれ以外は全てナインが自前で持ち合わせているものだ。それらの素養が見て学んで覚えて真の意味で理解することを促し、後押しする。


 飛躍的に、加速度的に、経験した『以上』に強くなる。



 戦うほどに強くなる。



 ともすればそれこそが怪物少女の最も恐るべき特性でもあり――そしてそれは此度の戦いにおいてもまた例外ではなくて。


(――ああ。なんとなーくだが読めてきたぜ、覇術。いや術としての仕組みは依然変わらずさっぱりなんだが、とりあえず。しこたま食らったことでディッセンが自分にどんな類いの何をやってんのか、それだけは……理解した・・・・


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