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38 山間都市フールトの受難

「どーいうことよ! 私の何がそんなに信用できないってわけ!?」


「いえ、ですから……貴方様を信用していないということではなくてですね……」

「じゃあどうして私の言うことが聞けないのよ!?」

「そ、それはあの……わたくしとしましても、手前勝手な判断はできないといいますか……」

「だから早く上の奴を出せって言ってるのよ! ぜんぶ私が話すから連れてきなさい!」


 キーキーと大声で騒いでいるのは、ストレスを周りに撒き散らして伝播させるという傍迷惑な特技を持つヒステリック女……と表現するには些か若すぎる、まだ十代半ばというような少女だった。


 フードとサングラスで人相を隠しながら怒鳴り散らすその姿は非常に怪しい……というか常人であれば近寄らないでおこうと即断するような厄介者にしか見えないが、彼女の線の細さと声の高さによって周囲を震え上がらせるような迫力は出せてない。


 ただし、迫力不足ではあれど彼女の憤懣は本物だ。相対する職員からするとやはり、厄介以外の何物でもない。


 汗を拭き、息を吸う。気合も新たに職員の彼は少女へ向き合った。


「そうは言いましても、貴方様への応対を預かったのはわたくしでして……」

「あんたみたいな下っ端に期待なんてしてないわよー! いいから上司を呼んでこいっての!」


 ますます声を大きくして興奮する少女。

 白すぎるほどに白いその肌も上気して赤く染まってしまうほどに彼女はヒートアップしていた。


 なぜ彼女がこうも声を荒らげているのか。それを説明するには、まずこの場所がどこかについて話しておく必要があるだろう。


 ここは山間都市フールト。

 山あいにひっそりと埋もれるようにして存在する小都市である。自然の中にありながら危険なモンスターの少ないこの地帯で、目ぼしい物はないながらも林業による交易で成り立っている都市……それが少し前までのフールトだった。


 では今は違うのか。そうだ、この街は変わった。

 今のフールトには「目ぼしい物」があるのだ。林業くらいしか主だった稼ぎのなかった都市に、新たな収入源が増えた――ずばり観光業である。




 それが出現したのはおよそ一年前のことだった。

 最初、都市の住民はそれを見つけていつの間にか山がひとつ増えたのかと呑気なことを思った。フールトは大小様々な山に囲まれた場所だ。住民が不動の大きな影をそれらのひとつと数えるのも当然だろう。


 しかし、常識的に言って突然山が増えるはずはないのだ。自然の変化は恒久的かつ雄大で、人間のスケールとはまるで異なった時間が流れている。それは時代と言ってもいいものだ。人の目に見える形での些細な変化であっても、最短でも数十年から数百年はかかる。

 昨日今日で覚えのない場所に山が出現するなどというのは、明確な異常事態である。


 アレはいったいなんなのか? 頭を悩ませたのはホテルオーナーのカラサリーだ。

 彼はフールトにたったひとつしかない宿泊施設のオーナーを務めながら暫定的に都市長を兼任している俊英であった。


 現都市長が高齢により体調を崩しがちになってしまい、そのたびにカラサリーが唯一親戚筋として血を引いているということもあってなりゆきで代理指名され――無論カラサリーの手腕への信頼もあってのことだが――本業の傍ら都市長としてあくせく駆け回る忙しない日常を送っている。


 もしこれでホテル業のほうが年がら年中利用者の訪れる大忙しの様相であったなら、とっくにカラサリーは音を上げていただろう。しかしフールトを目的として足を運ぶ旅客などというものはまずいない。宿泊希望でホテルの門戸をまたぐのはほぼ全て一泊だけを望む客であり、「泊まれるならどこでもいいから」とばかりにただ眠って翌朝出て行くだけの、どこか別の目的地を目指す途中に仕方なく立ち寄っただけの者がほとんどである。


 そういう訳で望まぬ二足のわらじを履き続けているカラサリーにはまだキャパが辛うじて残っていた。またしても体調に陰りが出た叔父に代わって都市長(代理)に就任して間もなく、アレが現れた。


 勘弁してくれ、というのが彼の本音である。


 トラブルが起こるたびに寿命が縮むような思いをしながら収束に奔走しているカラサリー。叔父が復帰するまでは針の筵に浸かる精神状態を維持したままキリキリと胃が痛めつけられる毎日なのだ。何事もなく一日が終わることのみを切実に願っている彼にとって、こんな異常事態は当然歓迎できることではなかった。


 もしもアレが人間にとって良くないものであれば、都市経営に関する事項で頻繁に起こる小さなトラブルとは比較にならないような、それこそ都市の存続すらも揺るがすような未曽有の大事件になりかねない。そして本当にそんな事態になったとすれば、最初に破綻するのはカラサリーの胃であることは疑いようもなかった。


 そんなわけで調査である。恐怖とは未知からくるもの。何も分からないからこそ嫌な想像ばかりを膨らませるのが人間という生き物だ。自身を小心者と自覚しているカラサリーはそう思って、調査隊を派遣することを会議中に発案しそれを実行に移した。


 ――山岳のようにそびえる「何か」に都市の人間を不用意に近づけていいものか? 

 ――アレが動くモノであれば接近が刺激になって反応があるのではないか? 


 そういった消極的な指摘、要するに触らぬ神に祟りなしを地で行こうとする声もあって、その意見には内心カラサリーも大いに賛同したいところではあったのだが、都市住民の命を預かる立場にいる者として、安易に脅威から目を背けるような真似はできなかった。


 それは危機の解決を後回しにしているだけに過ぎない。いざ進退が極まったときにもはや手の尽くしようもない、などという状況に陥ることを避けるためには、やはりここで積極性を持って動く必要があると判断したのだ。


 力強く断じて反対者を説き伏せたカラサリー。

 やがて会議室に拍手が起こった。

 やはり彼は現都市長からの信厚き英傑である、と一同が再度認識を深めた瞬間だった。


 精悍な顔つきと握りしめられた拳がその意思の固さと誠実さを物語っている――。


 実際のところは胃痛によって顔を顰めつつ、必死に手を握りこんで会議終了まで耐えようとしているだけのカラサリー。拍手も彼の耳にはあまり届かず、これを機に周囲からますます頼りにされるようになるとは、この時は夢にも思っていなかった。


 とにもかくにも出動した調査隊。都市を出発し険しい山を抜けて二日と半日ほど、ようやくたどり着いたその場所で、彼らは「何か」の正体をとうとう知ることとなった。


 それはヒュドラ。

 多頭竜とも呼ばれる、頭をいくつも持つ魔獣である。

 頭の数は個体によってまちまちで、多ければ多いほどそのヒュドラが強く立派な個体であることを証明するものでもある。頭の数が多くなるにつれ全長も大きくなる生物だが――調査隊は戸惑う。


 ――いくらなんでも多すぎるし、大きすぎるだろう。


 彼らの心情は見事なまでの一致を見せていた。


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