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380 血で齎し影を縫う

誤字ばかりでスマーン

報告ありがとうございます!

 対吸血鬼部隊『ナイトストーカー』所属隊員である半吸血鬼・・・・オウガストが自らの持つ最大の武器がなんであるかを問われたとき、彼女は迷いなくこう答えるだろう――「それはもちろん『煙』だよ」と。


 瘴気を纏う血煙は捕らえた者の肉体駆動を著しく阻害する。この術の特徴的かつ厄介な点として、その効果は確かな弱体化デバフでありながらも『状態異常』に分類されないという特性があげられる。快楽。一度接触すれば皮下や呼吸器、粘膜を瞬く間に犯し煙に内在する魔瘴気――闇の魔力に傾倒する一部の種族がその身から発する特別な気質――は対象者の心身へ強制的な脱力を与える……これは決して悪影響からくるものではない。身体機能が一時的に麻痺することを除けばむしろ、煙に捕まった者は程よくマッサージを受けた後のように術後疲労等の症状すらなく調子を良くまでする。


 バッドステータスじょうたいいじょうに分類されない。


 このことは取りも直さず、敵からかけられるデバフへの用心と警戒、そして対抗の手段を心得ている戦士であっても無効化や抵抗が成功しないことを表している。


 高位の吸血鬼が扱う技能や魔法はどれも特異的・驚異的な効能を発揮するが、その中でも『血霞み』と呼ばれる血魔法が『魅了』にも並ぶほどに専門のハンターたちから恐れられているのは、この術には前述したような「防ぎ辛さ」と一度決まれば「脱しにくい」という明確な強みがあるからだ。


 高位吸血鬼の用いる本物の・・・『血霞み』と比べれば練度並びに効力の強さでは劣れど、操作技術ならばなまじっかなオウガストだからこそ正真正銘の吸血鬼であればそうそうやらないような、まさに血の滲むような――比喩ではなく言葉通りの意味で――並々ならぬ努力と修練の果てになどでは及びもしないような熟達した技量を手に入れている――あるいはその事実こそが、確固たる自信とともに仲間へ提供できる少女にとっての一番の強みに他ならないのかもしれない。


 ただし、だ。


 この世に絶対がないのと同じように、どんなに強力で便利な術や技であろうとも「絶対無敵」などということはない。あり得ない。『血霞み』――オウガストの『煙』が相対する者からすれば頭を抱えたくなるような破格の弱体術であることは疑いようがないが、しかしだからといって必ずしも全ての敵にそれが有効であるとは限らないのだ。


 そもそも対象の移動速度が速すぎて『煙』で捕捉しきれない、などという場合はまずもって論外として。

 しっかりと捕まえることができてもなお『煙』がその効力を十分に発揮しないパターンがあるとすればおおよそ二種類に分けられるだろう――と在りし日の『ナイトストーカー』の隊長ディッセンは語った。



 ひとつは元来の『煙』の行使者である高位吸血鬼――『真祖』などといった、血魔法に対して際立って抵抗値の高い存在。

 そしてもうひとつが、特殊な弱体化デバフであっても難なく抵抗や無効化に成功するような特殊な異能か体質を保有している存在だ。



 それを踏まえて現在、武闘王との本格戦闘に臨もうとしている彼は部隊員にこう告げる。



「事例の内、ナインはおそらく後者。それも最初から効力が一切表れない無効化ディスペルではなく、抵抗レジストのほうでしょう。ほんの一瞬でしたが彼女は『煙』を浴びて苦しそうな表情を見せていましたから。それなのに即時離脱が叶うほどの力強い動作を可能とさせたということには驚きですが――まあ、広い世界、そういうこともありますね。ならばこちらも相応のやり方を採ろうじゃありませんか」



◇◇◇



 煙人形。煙単体では身動きを封じることこそできなかったものの、僅かながらの不調程度は与えられたと判断したディッセンはそれを囮として使うことを隊員へ命じた。ナインならば対処は容易だろうが、その対処のために割かれる意識と時間。それこそが値千金の価値となる。



「今だね。ベル、お願いできる?」

「ああオウガスト。俺ならいけるぜ!」

「よぉし、じゃあ合わせていくよ――『影縫い』」



 蹴圧によってナインが煙人形を霧散させようとしているタイミングで、二人は息を合わせて同時に仕掛けた。


 影魔法――血魔法と同じく吸血鬼が得意とする珍しい属性の魔法である。人がこれを習得するには独特の修練を必要とするが、オウガストは血魔法とともに影魔法にも元から適性を持っている。


 『影縫い』は影魔法ではかなりポピュラーで基礎的な術ではあるものの、やはりと言うべきなのか、血魔法と同じくこちらもまたオウガストは一流の影魔法使いや高位吸血鬼と比べるとその効力が弱い。しかし弱いと言っても基礎中の基礎である『影縫い』なので、本来のそれからは大きく劣る『血装』などとは違い最低限以上の力は備わっている――即ち敵の影を縫い留めてその動作の一切を強制停止させるという力が。


 ここにベルが助力することでオウガストの不足を打ち消す、どころかより強力な術へと昇華させる。ベルが武器とするのは己が体の一部でもある投擲杭。杭が持つ「縫い留める」性質を利用し『影縫い』と併せて対象の影へ撃ち込むことで強制停止の効力を引き上げることができるのだ。正反対ながらにどこか似た出自と境遇を過去に持つ二人だからこそ実現させられるこの連携技は『煙』が機能しない厄介な敵を相手に役立つ、ナイトストーカーの作戦行動における保険プランに相当する重要な技術だ。


 たとえ血魔法への抵抗値が高かろうと肉体そのものへの影響を払いのける異能を所持していようと『影縫い』ならばすり抜けられる。

 影魔法なのだから血魔法への抵抗値などなんの意味も持たず、また弱体化デバフへの対抗異能であっても肉体から伸びる影まではその効果範囲には大概・・含まれない。


 影を動かせなくすることで逆説的に肉体も動いていないことにする……こんな屁理屈染みた理論を超常の力によって成立させるのが影魔法であり、そして『魔法』というものの本領でもあるのだから。


「よぅし! 手応えありだぜ!」

「うん、ナインの動きが止まった――よかった。きちんと効果はあったみたいだね」


 目算通りあっさりと煙人形を片付けたナインはその体勢のままで固まったように動かない。その影にはベルの放った杭がしっかりと突き刺さっている。丹精込めて撃ち込んだ今の一本はベル特有の魔力で満ちていた。普段使用のサイズからすると小さく威力も低いがその分、オウガストの影魔法を補助するための一本としては最適な代物である。通常は影を撃ったところで手応えなど感じないベルだが『影縫い』発動中であれば話が変わってくる。オウガストとリンクすることで影を相手にも撃った感触を確かめられる彼は、今回もしっかりと杭がナインの影に突き刺さったことをその身で実感しているところだった。


 そしてそれはオウガストも同じだ。

 いつも通りの影魔法が決まった手応え。

 それを裏切らないナインの様子。


 上手くいった――保険プランの成功を確信して少女はホッと息を吐く。


 ナインから離れようと急ぐ人波から勢いよく飛び出していくジュリーを見ながらオウガストは確実にこの攻撃が決まることを予見した。

 ジュリーの『爆破剣』による最大威力の爆斬撃を叩き込むための『影縫い』であると言っても過言ではない。

 このお膳立てこそが対ナインでのオウガストとベルの役目だった。『煙』が無力のままに振り切られた先ほどを思えばきちんと仕事ができるかについては少なくない不安もあったが、それも杞憂に終わったようだ。


 思い返せば『煙』が効かない相手も『影縫い』が効かない相手も、どちらも少数ながらに過去確かに存在したが、それでもその両方を無効とするような理不尽な相手には未だお目にかかったことがない。特に『影縫い』のほうは影魔法の熟練者でもなければ解術はかなり難しい。留めて置ける時間の圧倒的な短さや『煙』をけしかける以上に神経と魔力を使う点を考慮に入れなければ、あるいは便利な『煙』以上に優れた拘束術だと見なすこともできる。

 なのでいかに『煙』を弾いてしまうような怪物ナインが敵であったとしても、術の行使の段階で失敗でもしない限りは『影縫い』によって有利を取れることはほぼ確定的。


 だからオウガストは術の成功に心から安堵したのだ。一対一を想定するなら、一度『影縫い』が決まったからとて欠片もナインに勝てる気がしないオウガストではあったが、けれどもこの場には頼れる仲間たちがいるからして。


「やっちゃえ、ジュリー――えっ?」


 純粋な人間種の女性としては大柄な部類に入るジュリー。その体格の良さを感じさせない機敏さで勇ましくナインへ肉迫する彼女へエールを送ったオウガスト――そこで少女は目の錯覚かと疑うような、否、思わず『疑いたくなる』ものを目撃した。



 それは何を隠そう、今し方自分が縫い付けてやったはずのナインの影から……ぬっと生えてきた短なに対する困惑であった。



 戸惑うオウガストに配慮を見せず奇怪な腕は迷いのない様子で動き、ベル自慢の特別杭をむんずと掴んだかと思えば――。


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