378 ナイトストーカーvsナイン
「くそったれ! あいつら敵だったのかよ!? やたらスタイリッシュな恰好してんなーとは思ったけど!」
『ぼさぼさ頭の男以外はお揃いのコート着ててカッコイイよね。ナインズでもあーゆーのやったらいいんじゃない? 特注して色違いとかで』
「マジでちょっとやりたいかもな!」
などと傍から聞けばただの激しい独り言を口にしつつもナインはしっかりと状況把握に努めている。背後から迫ってくる二本の大きな杭にきっちり反応し、まとめて蹴り抜く。少女の蹴撃は以前クレイドールにも損耗を与えた投擲杭を物ともせずに粉砕してしまう――そのことに後方から「信じらんねえ!」と喚く声が聞こえたがそんなのはナインの知ったことではない。
文句を言いたいのはこちらだって一緒なのだ。
「連中が噂の吸血鬼狩りかよ……! そんなのとバッタリ出会うかね、こんなどこもかしこも人ばっかりの中で!?」
『そこを出くわしちゃったんだからしょーがない。君って不運だねぇ、つくづくそう思うよ』
「そろそろ不運の一言で片付けちゃいけない気がしてきたぞ――ぅおっ?!」
一旦スペースのある場所に着地したナインは、そこからまた敵が来るのとは反対方向へ跳び上がろうとした……確かにそのはずだったのだが。
『ちょ、ナインっ? 何をしてるのさ?』
「? 、…………、」
困惑したように影から子悪魔が問いかけてくるがナインはそれに答えられなかった。何故ならこの時、彼女のほうがフェゴールよりもよほど困惑の度合いで言えば強かったから。
上を目指し跳ぼうとしたはずが――『地に沈んでしまっている』不可解な現状。
自らの意思とは正反対と言える結果になったその理由はまるで不明。地面を砕き割るようにして埋没したナインには、いったい自分の身に何が起こっているのか到底理解不能であった。
「おや、そうなりますか。凄まじい脚力としか言いようがないですね」
「――!」
すぐ傍らに先ほどフェゴールが言った『ぼさぼさ頭の男』――袈裟をアレンジしたような僧侶然とした服装の奇妙な男が立っている。追いつかれたのだと気付いたナインは、頭を悩ますことをやめてすぐさま地面から体を引き抜き怪しい男へと相対する。
無防備もいいところの状態から脱した少女へ、男は場違いなまでの清々しい笑みを見せた。
「改めて名乗りましょう。損害管理局所属の一種専門家、対吸血鬼部隊『夜を追う者』でリーダーの立場を執らせてもらっているディッセンという者です。『武闘王』のナインさんとお見受けいたします……吸血鬼に関することでお話を伺いたいので、少々お時間のほうを頂いてもよろしいでしょうか?」
「あのさ。問答無用で攻撃してきておいて、なんなんだよその常識的な物言いは? ……ま、少し話すくらい別に構わんけど、今は時間が惜しいというか、そんな暇がなくてね。悪いけど日を改めるってわけには――」
「交渉決裂ですね」
「いかんよなぁやっぱり……だったらちょっと眠ってろ!」
ダン、と踏み込んで一撃を放つべく握った拳を振りかぶり――打ち放つ直前。
仲間の『杭』を容易く蹴り砕く少女が脚力だけでなく腕力においても大きく逸脱しているであろうことはディッセンにとっても想像に難くないはず、だというのに。
その巨力をぶつけられようとしている最中で、それでも彼の微笑みはまったく揺らがなかった。
「その力。向ける先を間違えていますよ」
「っ――?!」
手と手を組み合わせて、その隙間でまるで平行四辺形のような形を作ってみせたディッセン。回避行動でも防御行動でもなく一見して無意味なことをした彼にナインは疑問を抱きつつも構う必要なしと殴り抜いて吹っ飛ばしてやった。
――自分自身を、だ。
ドグワァッ! と喧しい破砕音を響かせながらショーウィンドウと壁の一部をぶち破って店内に突っ込むナイン。彼の横に瓦礫と巻物が転がる。「な、なんなの!?」と交流儀にむしろ煩わしさを感じたことで店じまいをして一日店舗の大清掃を行なおうとしていた――というか実際に掃除をしていたところであった一人のエルフが、突然起きた店内の惨状に悲鳴めいた声を上げた。それは店先を破壊されたことへか、せっかく綺麗にしたばかりのフロアを汚されてしまったことへか。たぶんそのどちらもなのだろう。
「すまない! 損害賠償は損害管理局ってところへ請求してくれ!」
やおら立ち上がり、ナインはそれだけを店の主人と思しきエルフへ告げて一目散に店から飛び出した。向かう先は勿論ディッセン……ではなく、彼のいない方向だ。正体不明の攻撃を食らってしまっていると自覚した彼女は一旦その謎を解くべく距離を取ることを選んだ――それを敵が許してくれるかどうかはともかく。
「ほう、ピンピンしていますか……。いやはや流石は武闘王。とんでもない少女だ」
建物の壁を蹴り上がって瞬く間にこの場から離脱していくナインの背を目で追いながら、感嘆から息を漏らす。
ディッセンがナインの背から自身の足元へと視線を移せば、そこには少女の踏み抜いた足跡があった。
これは殴打を放つ際にナインがつけたものだ――本当に凄まじい。
跳び上がろうとして地面へ全身で埋まったことも、ただ殴るだけの動作に込められた恐るべき力の強大さも。
そしてそれだけ並外れた一撃をそっくりそのまま自分が受けてもまるでへこたれない頑強さについても、まさに驚嘆ものであるとしか言い表せない。
「実に驚異的ですね。あの小さな体のどこにこれだけのパワーとタフネスがあるんでしょうかねぇ……」
「なんて、しみじみ感想言ってる場合? 早く追わなきゃ私たちでも見失うよ」
「そうだぜ隊長! あのガキは速さも半端じゃない。杭の『共振』も距離が開きすぎたら再補足は手間になるぜ」
「当然、見逃すって手はないんだろう? ナインが吸血鬼のところまで案内してくれるってんならこのまま後を追うだけでもいーんだがね」
自分の傍に降り立った仲間たち――オウガスト、ベル、ジュリーの三名へ頷きを返しながらディッセンは言った。
「そちらは望み薄でしょう。イクア・マイネス嬢からの報告ではこの五日から七日あまり、武闘王ナインが身を寄せていたのは過激派組織『ファランクス』であったようですし――武闘王はともかく吸血鬼がそんなコミュニティの中に潜り込めるはずがない。故に彼女と吸血鬼は別行動。連絡を取り合う手段は持っているのかもしれませんが、少なくとも吸血鬼狩りに追われたままでおめおめ合流する、などというようなことはしないでしょう」
「なんでだ? 吸血鬼と協力して俺たちと戦おうとするってことも考えられるだろ?」
「……そうですね。ナインがベルぐらいに直じょ――ごほん、シンプルな物の考え方をするなら、そうなる可能性も大いにありますが。いずれにせよもう少し追い詰めてみましょう。極めて特異性・危険性ともに高い存在であるところのナインですが……そういった手合いに私たちは慣れていることですしね」
対吸血鬼部隊。その名の示す通りに彼らが専門とするのはもっぱら吸血鬼のみであり、それ以外を相手に戦うことは通常の業務から外れていると言うこともできるだろう。ナインズやアドヴァンスと戦闘したことも、そして武闘王との戦闘も、その全ては勝手知らずの完全手探り。吸血鬼に対抗すべく磨き上げてきた技術の一部を流用させてどうにか対応しているだけであり、決して『ナイトストーカー』は生粋の戦士と呼べるような者たちではない。
けれど。
賢しく凶悪なことで知られる吸血鬼ばかりを生涯の敵として相手取ることを選んだ彼ら四名は、いずれもが普通ではない――常人ではない。
この四人はたったひとつのことを極め卓越したプロフェッショナルである。
血を貪る化け物の牙を完膚なきまでに折るべく高められた技術、戦法、連携、そして矜持。それらは戦う相手を選ばない通常の戦士たちと比較してもなおなんら劣ることはなく……むしろ手段の先鋭化によってもたらされた狩りの腕前は巧緻の一言であり、その技量においてもまた言うまでもなく並の戦士の追随を許さないほどだ――つまりは。
「本領発揮といきましょうか。ナイトストーカーに狩れぬ対象などないと、証明するためにも……ここからは本気で狩る。いいですね?」
「「「了解」」」
リーダーであるディッセンの言葉に隊員たちは心をひとつにして応じた。
これよりプロの吸血鬼狩りによる、本当の狩りが始まる――本来の敵である吸血鬼ではなく何故か怪物少女をその獲物として。「ふざけんな」という白い少女の愚痴が今にもどこからか聞こえてきそうだった。




