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359 仇こそが仇となる

かたきこそがあだとなる、と読んでくだされ

「どうしたもんかって途方に暮れていた矢先、ちょうど隠れ場所の真上に俺がやってきた。そこでマビノは多少のリスクを冒してでも声をかけることを選んだってわけか」


「ああそうともナイン。私自身、お前とはぜひ会ってみたいと思っていたところだからな」


 マビノが掘った横穴の中心にはどこからか調達したらしいランプが置かれ、煌々と狭い空間とそこにいる三人の少女を照らしている。


 吸血鬼であるマビノは当然として、悪魔のフェゴールも、そして種族がいまいち不明なナインとて夜目は利く。水路に通じる入り口部分の壁は張り直されているので、ランプがなければこの洞穴は完全な暗闇になってしまうだろうがそれで困るような人物などここにはいなかった。なのに灯りをつけるというのはやはり、いくら見通せるとはいえ暗闇の中でぼそぼそと陰鬱な雰囲気で会話をする気にはなれなかったマビノの配慮がその理由であろう。それはここへ呼び込んだ手前ナインたちに対する一応の配慮でもあれば、単純に十日以上もこの狭苦しく寒々しい空間に身を置いていることへのうんざり感がそうさせただけかもしれないが。


「言うまでもないだろうが、地下水路は居心地のいい場所とは言い難い。人間や獣人などより耐性があったとしても、何も吸血鬼わたしたちは不浄を好むものではないからな……。無論、弱っているユーディアにとっても良いことはない」


 力の回復を図るマビノには養生の日々こそが何より求められる。それは単に休めればいいというだけでなく、彼女が心身ともに安らげる空間に居つくことが肝要だ。そういう意味でこの隠れ場所は単に動かなくていいという点で及第点ではあるが、それ以外は劣悪と言って差し支えない環境である。



 加えて今の彼女は、自身の身を削ってでも仲間・・を優先的に回復させているところでもあるのだから。



「えっと……まだ実感がわかねえんだけどさ。お前の『中』にユーディアがいるってのは本当なのか?」


「本当だ。ナインが私に対して見知ったような感覚を抱いたというのも、おそらくはそれが原因だろう。何せ私の中には確かにお前の知人たるユーディアがいるのだから。……言った通り、こいつは今かわいそうな状態にあってな。幻聴や幻覚の類いに苛まれつつそのことに本人の自覚がないというなかなかファンキーな症状が出ている。同行者として私も大いに悩まされたが、やはりというかなんというか。お前の名が出てくることからもなんらかの関係はあるのだろうと思っていたが、まさか本当に武闘王ナインがその原因の一端であったとはな……」


 予想はしていたがそれでも驚いたぞ、と肩を竦めるマビノにナインは神妙に頷いた。


「間違いないよ。ユーディアの口から頻繁に出るっていう『ヴェリドット』の名前……そいつに関しては俺もよく知っている。ユーディアの姉さんで、俺の力をしこたま吸い取ってくれやがった今は亡き吸血鬼だ」


「ふん、『エナジードレイン』とやらか。吸血行為を介さずそのような真似ができたとは確かに興味深い個体だな……そしてその術によってナインの力が多量にヴェリドットへ流れたと」


「ああ。きっと幻覚の原因はそれなんだろう。エルトナーゼで暴れ出そうとしていたヴェリドットを俺が止めて、最後にはユーディアが決着をつけた。首元へ牙を立てて彼女の体ごと血を吸い取った……姉の力を受け継いだらしい。ってことは、だ」


 イクア・マイネスの策略によって暴力と支配に酔いしれたヴェリドット・ラマニアナは自分でも自分を御しきれない暴走状態にあった。それは何やらイクアから与えられた妙な代物がそうさせていたらしいが、その効果の詳細はともかくとして、少なくともヴェリドットの実力が飛躍的に引き上げられたのは事実であるらしい。その代償、あるいは副作用として精神が汚染されたように悪辣な行いへと手を染め始めたヴェリドットは、物理的に体を動かせない状態にまで傷付けられることでようやく常の自分を取り戻した――そして彼女は回復ではなく妹に身を捧げることを選んだ。妹もまたその思いを酌み、姉の血を吸い上げることで彼女の命と力を我が身の糧とした。



 しかしそれは危険な行為であったと、あの日を振り返ってナインは言う。



「恨まれてでも俺が仕留めるべきだったのかもしれない。ヴェリドットは最期の時だけ、俺からすると別人のように落ち着きを見せていたが、時間が経てば本人も言っていた通りまた暴走を始めていたはずだ。そんな姉を、その力ごと吸収してしまったからにはユーディアに異変が起こるのはある意味当然のことだ……」


「さらに言えばヴェリドット自身の力だけでなく、たっぷりと吸い取ったお前の力も混ぜこぜとなってユーディアの身の内へ入り込んだはず。ひっきりなしに居もしないお前や姉と会話をしていたのは、自分の中にあるエネルギーそのものをお前たちそのもののように感じていたからなのだろう。要するにただの独り言――というより一人で複数を演じた寸劇ということだが、そのような真似をしてしまうくらいにユーディアの体内には力が満ち満ちている。そうとは知らず別自我を確立させてしまうほど、な」


 マビノがナインに会いたかったというのは本当のことだ。その理由は現在市政会に所属しているイクア・マイネスを襲撃した際に、いつもの調子でユーディアが独り言を始めナインの名前を漏らしてしまったことで、彼女の個人的な復讐劇に予期せぬ形で巻き込んでしまったから……確かにそれもある。


 しかしそれより以前からマビノとしてはナインとどうにかコンタクトを取りたいという気持ちがあった。何故ならそうすることによって、実際のナインと対面することでユーディアの喧しい独り言が多少なりとも緩和されるのではないかと考えていたからだ。妄想と現実のズレを認識することでユーディアも正気に戻るのではないか……そうでなくとも最低限、ナインのほうの内人格は消えるのではないかと期待していたのだ。


 ならば今こそがその絶好のチャンス、のはずなのだが……。


 はあ、とマビノはため息を吐いた。


 ナイン以上に幼いその外見からすると非常に不相応な重苦しさで、彼女はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「その肝心のユーディアだが、言ったように今は私の中で眠りについている。元から情緒不安定だったこいつはイクアにそこを突かれて錯乱した。これに関しては私にも責任がある。油断していたよ――侮っていたのだ、奴らを。簒奪した力をまともに操れていないユーディアだが、私のサポートもあるのだから戦士でもない人間一人くらいは危なげなく殺せるはずだと踏んでいた……それが間違いだった。奴の傍にいる護衛もなかなかの手練れだった。あの短刀遣いがいなければイクア・マイネスへ手傷くらいは与えられただろうが、しかしそれでも仕留めるには至らなかったはずだ。護衛役以上に想定外だったのがあの小娘の妙な力だ。おそらくあいつには精神作用系の術の心得があるのだろう。そうでもなければ戦闘の最中にユーディアをああも簡単に転がせるとは思えないからな」


「具体的には何をされたんだ、ユーディアは」


「……あまり私の口から語りたい内容ではないが、仕方ないな。お前には知る権利がある。簡単に言えばイクア・マイネスがしたことはユーディアの『姉に対する侮辱』。それはヴェリドット・ラマニアナ自身の力量不足や浅慮に向けたものもあったが何よりユーディアの心を抉ったのは……妹たるユーディアこそがヴェリドットにとっての最大の汚点である、と。そう奴がけたけたと笑いながら告げたあの瞬間だろう。私の危惧通り、そして奴の狙い通りにユーディアは激昂し、そして暴走した。操り切れない力を現出させてしまった――それによって護衛役の片腕を吹き飛ばしてやったものの、敵以上に本人が傷付いてしまった。ズタボロになってもまだ暴れようとしていたユーディアを私が抑え込み、撤退を選んだ」


「そのとき、連中は?」


「実に腹立たしいことだが、奴らは涼しい顔で逃げる私たちを見送っていたよ。腕を失くした女も顔色ひとつ変えていなかった。イクア・マイネスに至ってはこちらに笑顔を向けて手を振る始末……それで私は認識を改めた。奴らは間違ってもただの人間などではない、とな」


 顔付きを歪ませながら、童女には似合わない剣呑な目付きでマビノはそう吐き捨てた。


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