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357 人的被害の32・3・1:団結編

「書記長は事件の直前に、会館内のコールセクトから秘匿回線を用いて通話をかけていたことが記録に残っていますが、やはりかけた先がどこであるかについては特定不可能なようです」


「わざわざ秘匿回線を使って、それも検知対策をしているような輩へリックが、な……。どうしても特定しようというなら治安維持局へ問い合わせて調べさせる必要があるわけだが……」


 あまりその手を取りたくないというのが表情からよくわかる総務長へ今度は会計補佐のほうが深々と頷き、


「そして最も気がかりとなるのが、予算部の一室にあった『血痕』です。誰かがそこに倒れ伏していたと見られるあの跡からは、残された匂いによってそれぞれ被害者が会計長ワーバックと副会長リーグであることが明らかとなりました。……一見しても血の量はかなりのものでした。おふた方とも決して軽傷とはいえないような傷をあの場で負ったことが確実かと思われます」


「ということは――ナインの狙いはリーグさんたちだったんじゃないか?! そうか、だから他の会員は気絶だけさせたんだ! リーグさんたちを傷付けて攫うのが目的だったから、他なんてきっとどうでもよかったんだよ……!」


「いえ……少しお待ちを会長。そうと決めつけるのは早計ではありませんか?」


 憤るマイスへ総務長は待ったをかける――何故ならこの推理には無視し難い違和感があるからだ。



 確かにタイミングを思えば武闘王がリーグ、ワーバックを負傷させたうえで書記長リックを含め長たちを一斉に攫って行ったと見られるこの状況。


 だがそう考えてもやはり奇妙な点がある。


 ややもすると幹部にのみ狙いを絞っていたからこそ他の会員たちの負傷が易く済んだのだ、と納得がいきそうではあるが、しかしリーグたちを攫うだけにナインが集中していたとて、それが迎撃に出向いた会員らに対し手心を加える理由にはならないだろう。


 再三言うがナインは武闘王、度の超えた実力者である。


 そんな彼女からしてみれば木っ端獣人如きは何人いようと物の数ではなく、なればこそ重態にさせないように『優しく倒す』ことこそが何よりの手間となるだろう。いっそ拳の一撃で出てきた順に獣人を屠っていくほうが遥かに楽というもので、彼女程ともなればそれを実行するのに際し苦労なんてひとつもなかったはずだ――そしてそれ以外にももう一点、つじつまの合わない部分がある。



「やり口が違いすぎるのですよ。武闘王にやられた会員たちは皆殴られて昏倒している。ところが予算部の血痕はその量からして副会長らが身体へ大きな傷を負っていることが明らかである。……武闘王が二人を運び出すために念入りに痛めつけたと見ることもできるが、そうも容赦のない者がそもそも他へ手加減をするのかという疑問が浮かびますな」


「た、確かに……いやでも、そうだ。俺たちにそう思わせるのがナインの思惑だったりして――」


「まさかそれはありますまい。こうも堂々と革命会へ討ち入りをしておきながら、誘拐だけは自分の犯行ではないように見せかけるため偽装をしたと? あまりに整合性に欠けますな。いや、こんなことを仕出かす相手に整合性云々を求めることがます間違いなのかもしれませんが、それでもある程度のパターンを読むことはできる。武闘王ナインの行動から読み取れるそれは、その強烈さが故に私たちにも事件の流れを辿る余地が生まれる。リーグたちの血痕然り――リックの妙な行動についても然り」


 リックの妙な行動。

 それはナインの襲撃を懇談会に出ていたマイスたちへ知らせるために迎撃に出向かなかった唯一の獣人から得られた証言だった。



 武闘王ナインが来訪する直前に、普段どんな時でも余裕を手放さないリック・ジェネスが珍しく血相を変えて廊下を走っていたそうだ。すれ違いざま咄嗟に頭を下げた彼にもリックは一言すらも返すことなくそのまま走り去っていった。愛想の良いあの男が珍しいこともあるものだとその背中を見送ったところ、凄まじい衝撃が会館を襲ったという。そこからはてんやわんやの大騒ぎになったが、とにかく彼は留守にしている会長と総務長を呼び戻しつつ被害報告に務め、やがてナインが姿を消したことで多少なりとも落ち着きを取り戻し――そして非常出勤をしてきた会員たちと共に彼が主体となって会館を見回り、それでようやく三名の行方不明者に気が付いた、というわけだった。



「彼がいなければ事後処理は格段に遅れていたでしょうな……それはともかく。ナインが会館の壁をぶち抜いてくる前に彼はまるでそれから逃げるようにして走っていたこと。その直前まで不明の輩へ通話をかけていたこと。以上からも分かる通り、書記長リックには不審な点が多い」


 秘匿回線の使用や検知対策については別段、そうおかしなことではない。


 派閥内で資金を回すために革命会のあらゆる活動はその都度外部への委託がなされている――しかしながら過激派の台頭によってただでさえ厳しい目を向けられる改革派閥に属する者たちへ、その筆頭の革命会が目をかけているとなれば治安維持局や中庸派、獣人以外の住民たちから余計な警戒を引き出してしまいかねない。


 そういう迷惑を被らせることは革命会としても本意ではなく、故に局によって筒抜けである通信に関しても外部からは誰に対してかけたものかわからないように秘匿回線を用いることも多々あるのだ。


 ただしそれはあくまで外部、革命会以外に所属する何某への対策であって、同組織内で委託先を隠すような真似は当然しない。ところがリックが通話をかけた相手は完全に隠蔽されてしまっている。通常、番号や脳波の記録から調べればその相手先が判明するものだが、リックが繋げた通話はそのどちらもがまったくの不明。


「記録には残ってもいちいち誰がどこへかけたか参照なんてしていなかったものですからな。今まではそれで問題なくいっていた――が、どうも書記長にはその隙を悪用されてしまったきらいがある。ひょっとすれば武闘王の逆鱗に触れたのは奴なのかもしれません」


「そ、それじゃあまさか……リックさんの通話の相手が、あのナインだったっていうのかよ!」


「あるいは、そうですな」



 しかと頷く総務長にマイスは唸った。もはや事は彼の理解の範疇を超えていた。先ほどからマイスの抱く感想は一切変わっていない――「わけがわからない」。いったい自分が離れている間に革命会館で何が起きたというのか? つい数時間前に個人的な相談に乗ってくれた副会長リーグがどこへ消えてしまったのか、マイスは彼と会計長のことが心配で心配で気がどうにかなってしまいそうだった。



「仮にここへ武闘王を呼びつけたのがリックだとしても、それは彼にとっても意図せぬもの――予期せぬものであったと考えられます。そうでなければ逃げ出すまい」


 そう告げた総務長に総務補佐が思い立ったように口を開く。


「お言葉ですが総務長、もしもそれが真実の一端であったとしても――なんら疑問の解消にはつながりません。書記長の通話の内容も、武闘王が何を目的としていたのかも、姿を消した三名の行方についても……結局は五里霧中のままです」


「加えて言うなら」と会計補佐もそれに続いた。「時を同じくして『心身喪失』の状態となった書記補佐と此度の件との関連性についても、未だはっきりとした情報は得られていません」


「あっ! そうだった――あの人の容態のほうはどうなっているんだ?」



 書記補佐。書記長であり長職の中でも多忙さで言えばトップのリック・ジェネスを最も近くからサポートしていた彼は、なんと原因不明の意識障害――いわゆる植物状態というものに陥っていると診断されてしまった。補佐の三名と総務長、それから会長。後は平の会員数名というメンバーで懇談会に出席していた彼らは通信によって武闘王来襲の騒ぎを耳にしてすぐその場を飛び出し革命会館へ戻り、既にナインが立ち去った現場で被害状況の確認を始めて――その途端に、書記補佐がいきなり倒れたのだ。


 肉体反応はあっても意思の疎通が行えず身動きすら自力では取れない状態に突然なってしまった彼は、ナインによって昏倒させられた会員らと共に医院へ運ばれていったのだが……。



「症状に変化はなしとのことです。医師はこれを症状と称すべきかについてひどく懐疑的でいるようですが……」


 医院で連絡係を担っている会員からの通信でそれを知った会計補佐がそう報告すれば、マイスとしてはため息しかつけない。


 悪いことが重なり過ぎている。


 その全てにおいて現状、原因がわからず有効な手立ても見つからないことがキリキリと彼の胃を締め上げる。

 調子に波はあれども大概のことを勢いで乗り切れてしまえる性格のマイスだったが、今回ばかりはその楽観を武器にすることはできなかった。


「はぁー……本当、なんでこんなことになっちゃったんだよ。……でも、ここで俺が弱気になっちゃそれこそお終いだ。なんていったって明日は交流儀。この夜が明ければ待ちに待った祭りが始まるんだから」

「今更スケジュールに変更を加えるのは厳しいでしょうな。しかし会長。今の予定のままというのは革命会にとって負担が大きすぎるのでは?」

「わかってるさ……それでもやるしかない。ルリアたちだって明日のために頑張ってきたんだ、こっちの都合だけで交流儀をご破算になんてできるもんか――やるしかないんだ!」


 これからやってくる治安維持局への協力、市政会への説明、減った人員の分の補充……交流儀を前にただでさえ忙しない中に新しく――それも余計な――仕事がいくつも増えてしまった。思わず頭を抱えて蹲ってしまいたい欲にかられるが、そんなことをしている暇など会長たるマイスにはなかった。



「局の人たちでも明日の開催時間までにリーグさんたちを見つけるのは、無理だと思う。もし見つかったとしてもきっと三人ともすぐに復帰はできない……とも思う。だから、あの三人の抜けた分まで俺たちが頑張らなくっちゃならない。それはすごく大変なことだ。だけど、俺はやる! やってやる! 絶対に祭りを成功させたいんだ――だからみんなも俺に力を貸してくれないか!」



 熱く情熱を燃やす若き会長に総務長たちは強く賛同を返す。こういう参ってしまう時だからこそ、ひた向きに目標を目指すマイスの愚直さはありがたかった――それは言うなれば暗闇を灯し道導となる一本の松明のように、非常に眩しく彼らの目に映っている。


 爛々と瞳を輝かす犬人の少年は、やはり信じて疑わない。


 明日の祭典が素晴らしいものとなることを……獣人にとって、そして自分とルリアにとってより良い未来への懸け橋となることを。


 迷いなく信じているのだ。


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