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355 執行官と少女たち:諤々

「コアランさん。イクア・マイネスとリック・ジェネスのシンパが『お人形』だ――とは、いったいどういう意味なのかしら?」


 なんだか猛烈に嫌な予感を覚えたセンテが恐る恐るといった具合にコアランへそう訊ねれば、彼は「簡単なことだ」と応じた。


「奴らは人の形そっくりそのままに、中身だけを操り人形に変えちまうのさ。どうやってそんなことを実現させているのかという手段までは判然としないが、催眠薬のような物を使用しているのは確かだ。人形に仕立てる仕込みの段階で自我をなくさせる作業がある……イクア・マイネスはそうやって都合のいい味方を増やすんだ」


「……何故それがわかる? お主が潜入する段階ではもう、イクアはとうに味方を増やし終わっていたはずだろう」


「新たな被害者が出るところをこの目で直に確かめたからな。言っておくがこれは疑いようのない事実だ」


「んだそりゃぁ? そのイクアってガキはマジでそんなことしてやがるのかよ――まるで吸血鬼がやるような悍ましい『魅了』の類いじゃねえか。まったく胸糞悪ぃぜ。……おいおっさん、本当の本当に確かなんだろうな? そいつがどうやってか人を操れるってのは、おっさんの勘違いや考え違いなんかじゃあねえんだな?」


 シィスィーもコアランの情報収集能力を疑っているわけじゃないが、事が事なだけにこればかりは懐疑的にならざるを得ない。人を自由に操作できるというのはそれだけ脅威的なものなのだ。そうでなければ高位の吸血鬼や悪魔がこうも警戒の対象になることはないだろう――厄介な魔物の一種として数えられはしても、それ専門に狩るようなハンターという職種が生まれることもなかったはずだ。

 

 というシィスィーからの念入りの問いに、コアランは淡々と答えを口にした。



「現に奴はこうしてふたつの会を……いや、街全体を好きに操っているだろう。たった数人そこらをだけでこれだ。洗脳ってのはつくづく恐ろしい術だ――そして、もう分かっているだろうが。そこにいる彼女たちこそが俺のみつけた『被害者』当人だ」



「やはりそうか……」


 相も変わらず能面のままで指先ひとつ動かさないルリアと、その介抱に熱心になっている――というより憑りつかれている様子のイーファ。まだしも自らの意思を持っているイーファのほうはともかく、ルリアという少女には明らかにそれがない。そんな二人を見てジャラザが気の毒そうにそっと目を伏せ、クータは悲しげに眉尻を下げた。


「もとには戻せないの……?」

「……そいつは難しいな。洗脳というのは要するに『思考の変化』だ。欠損や欠落、機能不全や状態異常……そういうのは治癒術で治療できても思考まではカテゴリじゃない。浄化も同様に効果がない。可能性があるとすれば『テレパシー』系列の魔法だろうが、あれは未だに魔法学でも発展の遅れている分野だからな……省に控えているエキスパートたちでも解除は楽なことじゃあない。洗脳に対する最も効果的な対策は古今東西変わらず『かけられる前に防ぐ』だ」


 命を奪われこそしないが、洗脳というのは実質殺人も同然だ。その後肉体を操った者の好きにされることを踏まえれば、単に命を奪うだけ以上に人の尊厳を著しく貶めているとも言える。


 しかしながらコアランがルリアとイーファを引き取ったのは無辜なる魂を穢すイクアの行為に憤ったからでもなければ彼女たちへ同情心を抱いたからでもない。無論救えるなら救うにこしたことはないが、それも仕事の範疇内で済むならばという注釈がつく。つまり彼がルリアたちに手を差し伸べたのもまた、仕事の内である。



 動機はひとつ――善意でも義憤でもなく、より『詳しく知るため』に彼女らを連れ去るのが丁度よかったから、というのがその理由だ。



「イクア・マイネスもさすがにルリアへ作業・・を施すのには手間取るとわかっていたらしいな。だから協力者に会長ルリア専任の世話係だったイーファを選んだ。彼女がルリアへ向ける好意に目敏く気が付いた奴は、ルリアそのものを餌として釣り上げた。どうやらルリア本人を操るんじゃなく、型を取ってそっくりの何か・・を仕上げたようだ……負担がどうのとしきりにぼやいてはいても、そこは律義に約束を守ったようだぜ。そして模り中に抜け殻になったルリアをイーファへくれてやった、と。流れとしてはそんなところだ」


 それだけを聞き出すのに何日もかかってしまったとコアランはため息を零す。


 見ての通りにルリアは現在精神の迷子となっており、そんな状態にしてしまった罪の意識からイーファも正常とは程遠い状態となってしまった。今の彼女はひたすらルリアの世話を焼くことしか頭にない。そんな彼女から知っている限りの情報を引き出すのには、さしものコアランであってもかなりの苦労があったらしい。

 これが吸血鬼絡みの事案で、そしてナイトストーカーが聞き出し役であったなら、もっと乱暴な手法を用いて手っ取り早く話を進ませていたのだろうが……コアランにはまだしも彼らより時間をかけるのを厭わないだけの余裕があった。

 それは精神性の違いというよりも、単に役職の違いから来る差でしかなかったが。


「被害者では珍しく本人が人形にされていないケースで、その手引きをした側もセットで側にいる。これ幸いと攫ったわけだが――泣いてばかりいる彼女を連れ出すのにかなり難儀はさせられたがな――とにかくこうして確保することはできた。それからしばらくはイーファから話を聞くのと潜入を同時進行していたわけなんだが……俺はそこでとある失敗をした」


 交流儀当日、具体的にどんな何をやらかそうとしているのか。イクアの計画を完璧に知るためにイーファに変装したままでキャンディナへ話題を振り、イクアへ用があるフリをしてその私室にまで入り込んだ彼だったが、そこであっさりと変装を見抜かれてしまったのだ。市政会でも革命会でも鼻の利く獣人たちを幾人も騙しきっていた彼の変装の技術は本物だ。その自負を自らも持つコアランにとって、ただの人間でしかない少女が自身の擬態を見破るなどとは流石に思慮の外であった。


 油断してはならない相手だと認識していたし、それでも警戒心を表に出すことなく「少しばかりくたびれているイーファ」を完全に演じ切っていた彼だ――だというのにイクアにはそれが一切通用しなかった。


「あの少女は……イクア・マイネスはまずもって普通じゃない。これといった根拠もなしに俺の変装を暴いてみせたんだからな」



 それだけじゃない。コアランはよく覚えている。キャンディナの想定以上に鋭い剣閃をどうにかいなしていた最中、ゆるりと席から立ち上がったイクアを視界の端に捉えて――その瞬間、彼は負傷も覚悟に入れて一心不乱の離脱を図った。そうまでしてでも『一刻も早くこの場から逃げねばならぬ』と感じたのだ。逃げることだけに全力を注いだ彼が部屋を飛び出そうとする最中……最後に目にしたのはイクアの笑顔だった。



 まるで親しい友にでも向けるようなあの優しい笑みが、未だ彼の瞼の裏へ鮮烈に焼き付いている。



「確かに、聞けば聞くほどにその少女は異常だの……」


 イクアの傍にはほぼ常にキャンディナがいるようだ――『暗黒座会』の元幹部として名が確認されている女がそうやって共にいることから、ジャラザたちはイクアがナインを明確に狙い撃ちしているであろうことにも確信を持っている。


 そのことをどうにかナイン本人に伝えたいところだが現状、その手段がなかった。


 歯痒い思いをするナインズだが、今の彼女たちはどこにいるのか定かではないナインを憂いてばかりはいられない――こうしてコアランやセンテたちと行動を共にしているのは彼らの任務を手伝うためであるからして。


「残念なことに明日、何が起きるのかについては不明のままだ。変装が機能し得ない以上もはや市政会へ潜入し直すという案も絶望的だからな。その代わりにイーファから最低限の裏を取ることができた――イクア・マイネスが碌でもないことを企てているのは確実だっていう、碌でもない裏がな。異常者の考えることだ、どうせまともであるはずがない。故に交流儀には少なくない血が流れると予想ができて……そしてそれは俺たちにとって


「………………」

 一同が黙りこくる。

 コアランの発言は聞いていて気持ちのいいものではなかったが、その正しさについては皆の認めるところであった。

 何故なら彼女たちのなすべきは住民を助けることではなく、あくまで『七聖具』を手に入れることに本懐があるのだから。



「変装だけじゃ近づけなかった保管庫――そこで厳重に守られている会双方の『七聖具』が明日、実際に使用される。会の連中がわざわざ自分らで外へ運び出してくれるってわけだ。儀典の工程表から祭りの開催後まもなくして『聖槍』と『聖杖』を使った儀式が行われる……狙うべきはそこだ。そこしか、ない。獣人たちの目が最も集中するそのタイミングこそがイクアにとっても狙い目でもあるはず。なんらかの騒ぎが起きるとしたらその瞬間しか考えられない」



 それに乗じるのだ、とコアランは言う。


 どんな事態になるにせよ混乱は必至。なればこそ、その時が彼らにとっても千載一遇の好機である。


 混乱に紛れ込んで『聖槍』も『聖杖』も奪いとる。現状それ以上に機能的な策はないだろう。


「おそらくは多くの市民の犠牲を横目に任務を遂行することになる――お前たちにはあらかじめ、その覚悟をしておいてもらいたい。たとえ目の前で何が起ころうと心を惑わされるな。『七聖具』にだけ目を向けろ。足を止めることなく自分たちのやるべきことをやれ。それができないなら……作戦行動に参加させられない」


 サングラスで目元を隠した感情の読み取れない顔のままで、しかし口調は断じて厳しくコアランはそう言い切った。彼の言葉に少女たちはそれぞれ思い思いの反応を示した。仕方ないと割り切る者、割り切っていいものかと悩む者。見せる表情は各人様々であったが、それでも。


 ここで尻込みをする者は誰一人とていなかった。


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