353 執行官と少女たち:藹々
「ばくっ! ばくばく! ばくばくばくっ!」
「てめー食いすぎだろ一人で何人前行く気だコラ! つーかよくそんな食えんな!? なまじ食えたとしても普通は食わねーだろ人様の金でよぉ!」
「仕方ないのだ……。奢ってもらえる際は食べられるだけ食べる。これも主様の教えよな……」
「あの野郎は仲間に何を教えてやがんだ……!? つかそれでももう少し遠慮しとけや、同じ店に続けて四回も出前頼んでんだぞ! 四度目の受け取りで完全に苦笑いされちまったわ!」
「恥ずかしかったのであればセンテに出てもらえばよかったのでは?」
「ばっかお前、センテが受け取ってみろ? こっちまで運んでくる間にメシが全滅だっつーの。クータ以上にとんでもねー大食いだからなセンテは」
「殴るわよ」
ナインズが一晩を明かしたホテルファンファン以上に大衆的な宿屋で少女たちは食事を取っていた。クータにセンテという特によく食べる二人が同卓についているからにはその食事量もえらいことになる。
これでも省からの命によって動いている彼女たちである。作戦行動中の『アドヴァンス』にとって食費というのは予算から捻出されるものであるために、出費で懐にダメージを受けるということはない。
しかしながらいたずらに省から金をせびるのもそれはそれで問題がある。
自分たちだけならばまだしも「腹が減っては戦ができぬ」理論で好きなものを好きなだけ食べることに抵抗らしい抵抗もないのだが、今ここにいる人数はまあまあの大所帯だ。大抵はツーマンセルを基本としているのを思えばほぼ常に五人組で行動している現在はかなり賑やかであると言える。つまりは頭数が増えただけ諸々の費用もかさむということであり、中でも大食漢ならぬ大食少女が二人も揃ってしまっているせいでけっこうなスピードで経費が積み重なっていっている……だからとて任務に支障が出るわけでもないが問題はその後。無駄な使い込みについて追及されるであろう部隊リーダーであるウーネに対して、シィスィーは申し訳なく思っているのだ。
――正確にはウーネからのお叱りが怖いだけなのだが。
「勘弁してやってくれぬかの。知っての通り大怪我を治すには本人の体力や生命力といったものを多大に消費させるのだ。クータの傷は深かった。失った分の体力をこうして補充しないことには、この先ろくに戦えもせん」
「そう言って昨日もたらふく食ってんだろうが。そりゃ回復のためにはよく寝てよく食べるのが一番なのはわかってるがよ……にしたって尋常じゃねーぜ、この食いっぷりは。あんまり食べ過ぎても体に毒だったりしねーか?」
「その心配はいらん。クータは元から食い意地が張っておるのでな」
「やっぱそうなんじゃねえか」
呆れたように残された一欠けらのピザを手に取って齧りつくシィスィー。
その横でミートパイを丸ごと一枚、一人だけで平らげたセンテがナプキンで上品に口元を拭いつつジャラザのほうを見た。
「そういうあなたはもっと食べなくていいの? 治癒術は術者の体力も奪うものでしょう。クータちゃんほど食べろとは私も言わないけれど、ジャラザちゃんは昨日も今日も少し小食が過ぎないかしら。なんならまた追加で頼むわよ?」
「ありがたいが、気遣いは無用だ。儂は元からそう食べるほうではないし……体力を戻すのにも食物より飲み物のほうがありがたい。吸収率が違うのでな」
「ジャラザが口にしているのはミネラル入り果実加糖水の糖度五割増し。実際のところエネルギー還元率が極めて高い飲料です。カロリーも相当に高い」
クレイドールの捕捉になるほどとセンテは頷く。かなりの健啖家である彼女にとっては味付きとはいえ水分だけで満足できてしまう感覚はとても理解しがたいものであったが、まあそういう嗜好の人だっているにはいるだろう。とりわけ水遣いでもあるジャラザのこと、飲料水との相性もまた著しく良いということも考えられる。
「なあ……そんなことよりも、コアランのおっさんはどうしたんだよ? いいかげん場もお開きだぜ」
胃袋に焼却炉でも収められているのかというようなクータの食べっぷりがようやく鳴りを潜めてきたところ――つまりテーブルの上の料理が底をついたという意味だが――この食事の場を提案した張本人であるところの人物がまだ席につかないことに対してシィスィーが言及した。
執行官コアラン・ディーモ。
変装の達人であり、五感鋭い獣人すらをも騙しきる凄腕のスパイ活動家でもある彼は、先に食事を始めておくように言って部屋を出ていったきりまだ帰ってこない。
通信具は異変を報せていないので何か不測の事態があったということはなさそうだが、そもそも今日もまた全員で食事をしようと言い出したのは彼だというのに、一向に戻ってくる気配がないのはどういうことなのか。
シィスィーとて別にどうしても彼と共に食事をしたいというわけではないのだが、対吸血鬼部隊『夜を追う者』との丁々発止があったこと、離脱中のナインの扱いが僅かながらに変わったこと、そして明日からは『交流儀』という大きな祭りが開催されるということでクトコステン自体がこれまでになかったような動きを見せるであろうこと――気がかりは多く、要するに話しておくべき案件がいくつも並んでいる状態なのだ。
「昨日は結局、本当に食べるだけで終わったからな。時期からして話し合うには今しかねーだろ? 俺はそのためにわざわざおっさんも一緒に食うっつってんだと思ったんだがな」
「そうね、それには私も同感――あら。噂をすればね。丁度コアランさんが戻ってきたみたい」
形式的なノックを済ませてから入室してくるコアランを少女たちが見る。五人からの視線を一斉に受けても彼はまったく動じなかった。整えられた顎全体を覆う髭と濃いサングラスという、クトコステンではほぼ常にしている獣人仕様の変装を解いている彼本来の風貌――だからと言ってこれが本当の容姿であるとは限らないが――で一切感情を見せずにいる。
ちらりとテーブルの空き方を確かめたらしい彼は「よし」と頷いた。
「どうやら飯のほうは一段落ついたらしいな。ちょうどいい。これから俺についてきてくれ」
「あ? おっさんは食わねーのかよ」
「腹は減っているがな……。まあ、それより優先すべきことがあるってだけさ」
「優先すべきこと?」
かくりと首を傾げるセンテ。それを見てコアランと同チームであるアドヴァンスらにも行き先が不明であることを読み取ったクレイドールは、再度秘密主義の執行官へと視線を向けて訊ねる。
「それには私たちも同行すべきでしょうか?」
「ああ、頼む。もう情報を出し惜しむような段階じゃあないからな。お前たち『ナインズ』にも同じく知っておいてほしいことがある……それを踏まえたうえで、明日からの動き方についても全員で話そう」
「! そうかい、いよいよって感じだな……やっぱおっさんは交流儀で仕掛けるつもりなのか?」
「それがいいだろう。と、俺は諸々のことから判断した――だがそうと決定する前にまずはお前たちの所見も聞いておきたい」
「あら? 珍しいわねディーモさん。これまでは万事をあなただけで決めていたのに」
「確かにのぉ。儂たちの扱いについては特にそうだったが……ふ。ようやくお主からの信頼が得られたものと考えてもいいのかの?」
「そう責めてくれるな。俺からすれば『ナインズ』は悩みの種以外の何物でもなかったんだからな……」
当初こそ切り捨ててもいい駒、程度の認識であったことはコアランも否定はしない。その後情勢が変化するにつれ彼女らの扱い方も変えねばならなくなっていったが、今日になってもナイトストーカーを相手に『ナインズ』を大人しく差し出してしまうかどうかで決断を迫られもした――とはいえ結局のところそうせず、こうして共同で本番へ臨もうとしているのだから、今となってはもはや過去のことになど縛られている場合ではないだろう。
「いくらでも信頼するとも。そのうえで頼もう嬢さん方……『七聖具』奪取に協力してくれ。この任務には是非ともチームで一丸となって挑みたい」




