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342 これは転機か好機か

 エディスは自身の考えに確信にも近いものを持っていた。


(うん――やはり市政会だろう、そうと見て間違いないはずだ。対吸血鬼部隊『夜を追う者(ナイトストーカー)』は聞くところによればファランクスも顔負けなほど過激な手段を用いる独立部隊だという。損害管理局の所属ではあっても元は自営の民間人たち。凄腕ではあっても、いやむしろその分余計に局や省に対する帰属意識は薄く、故に治安維持局こちらの畑を荒らすことにも頓着しないでいるんだ)


 吸血鬼さえ狩れたならそれでいい。


 彼らはそういった理念の下に、揺るぎない信念を胸に狩りの手筈を整えようとしていることが読み取れる。


(クトコステンは俺たちの勤務地なわばりだ。だけど吸血鬼という存在に関して言えばの領分でもある……。『ナイトストーカー』はそんな俺たちよりも、被害者としてまだしもまともに情報を提供することが目される市政会を選んだ、ということだ――まったく参っちゃうねぇ、これは)


 つまり治安維持局と連携を取るよりも市政会と轡を並べるほうが遥かに有意義であると判断されてしまったのだ。なぜ局間での情報共有よりそちらを優先させるのか、と言ってやりたいところではあるが、実のところエディスは彼らの判断を責められる立場にはいない。


 彼らがそういう選択をした理由。それは市政会経由で治安維持局と監査官と『ナインズ』――この三者の結託・・が伝わってしまったであろうことが原因と考えられる。


 これはエディスがしくじったというよりも、元から『ナイトストーカー』の部隊員が外部からの干渉を嫌う性質を持っているということと、それを見越していた市政会の抜け目なさがうまく噛み合った結果と言うべきだろう。いや、エディスからすればマズく・・・噛み合ってしまったといった感じだが……とにかく、こうやって吸血鬼狩りをそつなく味方にしている点からしても、市政会はやはり油断がならない。


 咄嗟につけ機敏で、周到にして手広く、なのに何を狙っているのかがまるで見えない――。


 非常に不気味である。 

 ここ最近の市政会に対する感想はその一言に尽きた。


 故に、エディスは警戒せざるを得ない。 


(市政会を中心とした大きな動き……ひとつひとつに直接的な関連はないけれど、俺にはその全てに見えない糸が紡がれているように思えてならない。二人の会長の入れ替わりも、タワーズとファランクスの時期を重ねた活発化も、吸血鬼騒動も。そしておそらくは監査官たちの目的も市政会と無関係ではないはずだ……)


 センテ、シィスィーの強化人間アドヴァンス二人組とは異なり滅多に治安維持局の『目』にも見つからない特異な只人である、執行官のコアラン・ディーモ。彼が少女たちを隠れ蓑として何をしているのか探る手立てまでは持ちえないが、それが十中八九市政会か革命会、もしくはその両方にかかずらうことであるとエディスは当たりをつけていた。



(鍵となるのは――『交流儀』)



 市政会の目指すもの、それこそが二十年ぶりの祭典となる明日の交流儀だ。


 街の中心部であり、必然的に商業区として知られる中央帯の中間点でもある『台方広場』にて催されるそれは、開催の儀ののちに両会のパレードが本通りとそれを挟む横店通りによって貫かれている四つの区を練り歩く。出店とその利用客と合わせて当日の中央帯はとんでもなくごった返すことになるだろう。


 特に会長同士がそれぞれの会が有する『七聖具』を手に互いの友好を誓う『孤混の儀』は交流儀の本懐にして目玉とも言えるものだ。それを一目見ようと広場に集まる獣人の数はどれほどの多さになるのかもはや想像することもできない。


(昔、俺がまだ少年だった頃には健在だった交流儀は、パレードのためにエルトナーゼの劇団員やスフォニウスの音楽隊の只人から教えを受けていた。交流儀の時ばかりは他都市ともそうやって文字通りに交流・・を持っていたんだ。しかしいつしかそれがなくなって、果てには交流儀そのものが開催されなくなって、あっという間に二十年か……月日が経つのは本当に早い。人々の慣れもだ……そういう意味で復活してくれたのは純粋に嬉しいことではあるけれど、結局クトコステンが閉ざされたままだという事実を思えば、今回の祭りは本来の交流儀からすると程遠い代物でしかないというのが世知辛い)


 そう思うエディスではあるが、かと言って祭りの実行そのものを否定しようとは思わない。やらないよりはやったほうがいいに決まっている。険悪化の進む一方であった市政会と革命会に変化が訪れるのならそれはいいことだ。

 その変化が果たして本当に『良きこと』であるかどうかについては一抹以上の不安がありはするものの、だからこそ治安維持局としての活躍のしどころでもあった。



(そう! 怪しげながらにまるで尻尾を見せない市政会。もしも彼らが何か決定的な行動を起こすなら明日の交流儀を置いて他にないはずだ。それは革命会のほうも同じこと――何を企むにしてもそこが俺たちにとってもチャンスとなる。潜入するまでもなく現在の両会の全容、その本質を明らかとする絶好の機会が巡ってくるということでもあるのだから……!)



 あらゆる活動に際し様々な制約を受ける治安維持局。

 その性質上何をするにも後手に回らざるを得ない彼らは故に、日夜街に蔓延る膿を出しきれるような好機というものを切望していた。


 交流儀は確かに頭痛の種である、だがしかし、その大本とも言える市政会と革命会を大ぴらに叩くことでクトコステンの街を長らく覆う不透明な部分……そこに蟠る邪な意思を摘出することが可能となるかもしれない――そう思えばこそ、エディスは疲労を押してでも腐らずにいっそうのやる気を漲らせる。


「みんな、この方針に異論はないな? ……よし、なら次はそれぞれが気になることでまだ手がついていないものを挙げていこう。明日を前に、みんなでもう一度情報を精査しておくためにもね」


 一同から同意が返ってきたことでエディスは話を次に進める。


 交流儀を目前にここ一週間は特に慌ただしいこの都市で起こった様々な事案について、改めてこの場の全員で確かめるのだ。



「私からひとつ。先日から市政会と革命会がほぼ同時に始めた『食堂の無料開放』についてですが、両方を偵察がてら利用してみたという協力者からの報告が上がってきています……が、気になる点は特になかったとのことなので問題らしい問題はないようですね」


「まーた会同士で張り合っての下らない勝負っすかねー?」


「だがほぼ同時というところが気になるな。どちらが後発にせよ後追いなら最低でも日は跨ぐことになるはずだが……」


「そういえばメドヴィグ先輩。市政会も革命会も最近コックさんが変わったって自分、聞きました! もしかしてそれがきっかけだったりするんでしょうか?」


「……あり得るかもしれんな。どちらの会も活動資金はそれぞれの派閥からの寄付金だ。会員も結局は派閥の人材。金も人も内側で回しているだけなんだから、揃って同じようなことを始めても不思議じゃあない、か」


「特に今は、交流儀に向けて以前よりも会同士でのやり取りが増えているだろうからねえ。張り合うというよりもタイミングを自分たちで合わせたと見たほうがいいかもしれないな。交流儀をより盛り上げる意味でもそういうことをしてもおかしくないしねぇ……、それじゃあ、次は?」



「あ、私からも報告いいっすかね。と言っても『ナイトストーカー』が賞金で市民を釣った件や『大監獄』で囚人同士の喧嘩で死人が出た件、あとは交流儀資金詐欺横行の件。これらは裏とって処理が済んだんでぜーんぶ忘れてくれていいっすよ、ってだけのことっすけどね」


「わぁ、さすがハンシー先輩!」

「ちゅちゅっ、もっと褒めてくれていいっすよラズベル」

「私のほうからもうひとつあります」

「ジーナは冷たいっすね……」


「時間もないんですからさくさくいきましょうフラスさん。こちらも市民からの報告で気になったことなんですが、――『神逸六境』について。前と一切変わらずふらふらと色んなところに顔を出している【風刎】に、タワーズ入りしたことでより活発的に動き回るようになった【氷姫】と【鉄騎】。こちらの三名に関してはいいんですが、それと反するように【崩山】と……それから【雷撃】。この二人の姿を見かける機会が極端に減っているようです。区ごとに確認してみたところ多くの者が同じような発言をしていました――明らかに目撃例が少なくなっている」


「……ふむ? 減っていると一口で言っても、それはどれくらいのレベルでかな?」


「【雷撃】は以前ほどの頻度ではなくとも、一応定期的に確認されています。彼女の場合は元のペースが異常すぎるのですが……問題は【崩山】です。彼の場合、最低でもここ五日の間に姿を見たという報告はゼロ・・となっています」


「なんだと? そいつはさすがに不自然だな……」


「あのぉ、先輩。【崩山】殿っていったいどういう人物なんですか? 自分、彼のことをあんまり知らなくて。直接会ったのも一度だけですし」


「ああ、【崩山】っていうのはな……『神逸六境』で唯一獣人じゃなく竜人の種族で。そして癪なことに――間違いなく俺たちの中で、一番強い男だよ」


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