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340 もうひとつの協力関係

「うん。間違いないっすねー。亥区で派手に暴れていたのは『ナイトストーカー』と、それに追われる『ナインズ』並びに彼女らと行動を共にしている監査官方で決まりっす」


 受話器を置いてそう述べた鼠人ハンシー・フラス。その報告に返ってきた反応はため息と苦笑いだけだった。


 クトコステン治安維持局本署にて。そこには今、珍しく五人の職員が勢揃いしている。本来ならこうやって全員が一堂に会すような時間はなかなか取れないのがここの治安維持局というものなのだが、最近はなるべくこうやって密に集合しているのは言うまでもなく、『交流儀』へ向けた備え以外の何物でもないだろう。彼らがこの場で動かずにいる間は非正規職員がその分忙しくなっているわけだが、どうか繁忙の波が収まるまでは――つまりは二十年ぶりの祭典が無事に終わるまでは耐えてもらうほかない。


「この数週でつもった分、かなり多額なのにあっさりと省から修繕費の予算が降りた時点でいやーな予感はしてたっすけど、こうなると贔屓もいよいよ明け透けになってきたっすね」


「後ろ盾におんぶに抱っこか? 外来者がまた街を壊しやがって……」


 忌々し気に吐き捨てたのは獅子人メドヴィグ・ドーグだ。彼とて戦闘時に物の大小を問わず壊してしまうことは多々あるが、しかし『神逸六境』の一人として破格の力を持ちうる者としてはいっそ異様なまでに彼は周囲に被害を出さないタイプでもある。


 それは体術をメインとし、基本は鬣による敵の拘束を目指す戦闘スタイルが余計な被害を抑えることに適しているためでもあるが、何よりもやはり彼自身の「街を守りたい」という強い意識がそうさせるのであろう。


 そんな彼だから、好き放題に暴れてあちこちを容易かつ不用意に壊していくならず者には必然、強い悪感情を抱かざるを得ない――それがよりにもよって都市外から派遣されてきた者たちであるなら尚更だ。


「只人ってのはどいつもこいつも度の超えた我儘ばかりか? まともなのがいやしねえ」

「まぁ一応住民の怪我人はなしで、道路や建物の被害もあくまで軽微なものであるらしいっすけど」

「苦情が来てるんだから論外だぜ、ハンシー。しかも治安維持局うちに直接だ」

「はっは、それは仕方ないことだよ」


 困ったように笑いながら熊人エディス・エドゥーが「やれやれ」と首を振る。彼は先日、局長として下したひとつの決定のことを思い出しつつ言葉を続けた。


「一時職員として認めた以上、うちと彼女たちが無関係だなんて偽れるはずもなし。勿論監査官の立場を知らしめるようなことこそしていないが、住民らはきっとあの子たちを省が寄越した応援、臨時の職員だと思っているんだろうねぇ」


 あながち間違いであるとも言えないのがまたおかしい。

 そう言ってエディスは強面を歪ませながらくすくすと笑う。


「確かに、シィスィーとセンテのここまでの足跡を思えば、住民たちの理解になんら語弊はないとも言えます。しかし私たちからすれば誤解されてはたまったものではありませんよ。獣人にはただでさえ只人を良く思わない者が多いというのに、彼女らはそんなことを気にする様子もなく好きに騒ぎを起こす。局の関係者だと露見している以上、こちらに苦情が来るのも必定ではありますが、これでは私たちばかりが割を食っていることになります。納得がいきません」


 憤然としてそう言い募ったのは、多種多様な獣人種族に溢れるクトコステンでも相当珍しい部類に入る鳥人バードマンのジーナ・スメタナである。屋内ということもあって翼を引っ込めている今の彼女は、かぎ爪や嘴を持っていないことから鳥人らしい特徴はほぼない。精々が鋭い目付きから猛禽類のそれを想起させられるかといったところだが、現在のジーナは日頃から険しい双眸を更に険のあるものへ変えている。


 それは何も監査官たちへの怒りだけが原因ではない――そのことよりもジーナへ忸怩たる思いを抱かせているのは、他ならぬ自分自身の失態が理由として大きい。


「……申し訳ありません、エドゥー局長。ナインがついているならばと、甘い想定に身を委ねてしまった私の判断ミスです」


「なにを言ってるのかな、ジーナ? そんなの全然ミスとは言えないな――だってその時はまだ武闘王への容疑は影も形もなかったんだ。あの時点で君が下した決断はミスじゃない、間違いなんかじゃない……何せ、メドヴィグですらあしらわれるようなとんでもないのを相手にしていたんだからね」


 監査官と敵対するという、局としては一触即発どころか崖っぷちにも等しい状況――いくら仕掛けたのが向こうとはいえ立場として弱いのは疑いようもなくこちらなのだから、責任を問われるとしたらやはり治安維持局側ということになっていたことだろう。


 しかしその戦闘をうやむやのうちに終わらせ、抑制の利かない監査官の抑え役になろうと買って出てくれまでしたのがあの時の武闘王ナインだ。


 その強烈なまでの強さと優しさに期待を寄せたジーナに不備なんてなかったはずだ。少なくともその段階では、不明瞭なアドヴァンスとナインの関係性といった不安要素はあっても彼女を信じるメリットのほうが大きかったと言えるだろう。


「ですが……」

「ジーナちゃん、局長の言う通りだよっ。センテ殿もシィスィー殿も悪意があるわけじゃないんだから! 色んな事が重なっちゃって、今はなんだか大変なことになってるけど、そこはいつも通り私たちが頑張ればいいんだから。だから大丈夫だよ!」


 ですよね、メドヴィグ先輩! とぴこぴこ長い耳を揺らしながら無邪気な笑顔で同意を求めるのはジーナと同期である若手職員、兎人のラズベル・ランズベリーだ。

 あまりに屈託のない様子を見せる彼女に対して、メドヴィグは再度ため息を吐きだした。


悪意・・がある・・・わけじゃない・・・・・・、か……そんな風に思えるのはお前くらいのもんだぜ」

「えっ、えぇ!? 自分、間違ってましたかっ?」

「いーや、そうじゃねえ。つくづくお前は局員に向いていると改めて思っただけさ」


 そう言って笑みを浮かべる獅子人に、兎人は驚きながらも嬉しそうに顔を綻ばせた。

 言われている意味はよくわからないが、滅多に褒めてくれない先輩がどうやら自分を褒めてくれているらしい。

 その理由が何故かも不明なままにラズベルは素直に喜んだ。


「若い子にこなかける肉食おじさんはほっといてっす」


「おい」


「局長、ここからどうしますー? ここらでうちは方針を変えるべきか、否か。いよいよ明日に交流儀の開始を控えた今日という日の朝活は、それを今一度考えなおすための時間っすよ」


「そうだねぇ……」


 進行役のハンシー――そう決めたわけではないが職員が集まれば自然とそうなるのだ――から議題として話を振られたことで、大きな顎に分厚い手の平を当てて考え込むエディス。彼の脳裏にあるのは、やはり先日に自身の下したもうひとつの決定についてだった。



 それは監査官との消極的協力関係・・・・・・・になったこと。



 どういうことかというと要するに、『ナインズ』を匿う監査官へのお目こぼしを行なうということだ。


 治安維持局は都市中にある『目』の存在から(コアラン・ディーモを除く)監査官の居場所は常に把握できている。センテとシィスィーという派遣戦士二人組の動きをそれとなく監視している状態であるのだ。

 いつでも二人一緒に行動している彼女たち。そこへ一人(プラスα)の謎の人物が仲間に加わったこと。それもナインに吸血鬼との共謀容疑がかけられたすぐ後から、というあからさまなタイミング。そこから推理するのに何も難しいことなどなかった――即ち監査官はメドヴィグが発見できなかったナイン以外の『ナインズ』メンバーと共にいるということが明らかであった。


 抑え役として肝心のナインが別行動を取っているらしきことと、治安維持局と関りがあることを隠しもしていないというのに迂闊に現在話題の槍玉である『ナインズ』と連れ立っていることに局員たちは(ラズベル以外)揃って頭を抱えたが、考えてみればこの状況は悪いことばかりでもない。



 治安維持局としてはジーナや検問所からの証言で限りなくシロと思えるナイン並びに『ナインズ』よりも遥かに注意が必要だと見做している組織がある――それこそがナインへ一方の容疑をかけた保守派閥の取り纏め組織『市政会』である。



 そこと密接な関連性を持つ対過激派組織『タワーズ』が【氷姫】と【鉄騎】という『神逸六境』の二境をも自戦力として加えるという大胆な行動を取ったことを皮切りに色々と不自然な動向が見え隠れしていることから、監視対象としての重要度は直近でかなり上がっている。本来なら日頃から最も街を騒がせている過激派組織『ファランクス』と繋がりを持つ『革命会』のほうが市政会よりも断然危険度は高かったはずなのだが、交流儀の開催が決まって以降は――いや、あるいはそれよりももっと前。同時期に両会において会長職が年若い獣人へ変更されるという珍事が起こってからは、どちらの組織も非常に「臭う」ものとなっていた。


 クトコステンでこれまでにはなかったような独特な何かが起きようとしている……否、既に起きている。


 となれば治安維持局もまた、その何かにどう向き合うかが重要となり、それに類する決定権は全てが局長であるエディスへと一任されているのだ。


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