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336 アドヴァンスvsナイトストーカー・前

「はあぁ――ぬあっ!?」


 トドメとばかりに一際強く振り下ろされる刃――そこへ割り込むひとつの拳。直前にそれを察したジュリーが訳も分からないままに身を翻し――ドッゴン!!


 凄まじい音を立てて地面がひしゃげた・・・・・


「あ、あなたは……」


 それを為した人物がゆっくりと打ち下ろした拳を引き上げる。そのすぐ傍で、ボロボロになったクレイドールは目を見開いた。自分を庇うようにして立つこの人物は……。


「遅くなって、ごめんなさい。ここからは私たち・・・に任せてちょうだい」

「そーいうこった。お前はそのまま休んでていいぜ。こいつらは俺たちで片付けるからよ」


 あわやというところでクレイドールを救ったのは今ここにいるはずのない者、センテであった。その横手には彼女の相方たるシィスィーも一緒だ。アドヴァンスの二人が何故かこの場にいるということ、そして自らの窮地を救ってくれたことに対してクレイドールはひどく驚かされていた。


「あなた方がなぜナインズわたしたちを……?」


 アドヴァンス――というより監査官として、彼女たちは『ナインズ』を見捨てるものだと考えていた。それは性格的な良し悪しではなく立場からしてそうせざるを得ないという意味であり、彼女たち本来の目的を思えば余計ないざこざしか生まない今のナイン並びにその仲間という存在は可能な限り切り離して然るべきものである。やらないよりはましだろうと施していた変装も役に立たなくなったからにはもはや『夜を追う者(ナイトストーカー)』部隊とナインズの戦闘には一切介入せず、少々無茶ではあるが無関係を貫くしかない――それこそがベストの選択であったはず。


 しかし彼女たちはそうしなかった。


 センテもシィスィーも戦意を漲らせながらこの場に立っている。


 ――自分たちを、守ってくれている。


 思いがけないその行動に困惑を隠せないクレイドールへ、センテはふわりと笑って答えた。



「ナインちゃんへなんの手立ても用意できず、チームを別れさせたこと。それを申し訳なく思っているという言葉に誓って嘘はないわ。明らかにマズい立ち位置にいるあの子を、いくら強いとはいえ一人っきりにしてしまったことを私はとても不甲斐なく思っていた――そんなあの子が別れ際に告げたのはただひとつ、あなたたちのことだった。『仲間のことをどうかよろしく頼む』って。頭を下げてまでそうお願いされたのだから……その時点で私のすべきことはもう決まっているのよ」


「まっ、別に『ナインズ』がどこでどういう目に遭ってようと俺にとっちゃどうでもいいんだがよー。ただ一応は仕事仲間で、クトコステンには先に俺たちが派遣されてたんだ。だってのに後発の別部隊なんぞに好き勝手されたらちっとも面白くねえ。そういう訳でよ……守ってやるぜ、クレイドール。俺たち『アドヴァンス』のさんよ」



「! ……」


 シィスィーからの言葉に二の句が継げないクレイドール。なんとも言い難い感情が――それは決して悪いものではない――胸の内に広がっていくのを味わうことで精いっぱいの彼女から視線を外し、少女二人は前方の敵へと相対する。


「よお吸血鬼の熱心な尻追いども。てめーらの相手は俺たち『アドヴァンス』が請け負ったぜ。さぁ、シャキシャキとかかってこいよ!」


 昂るシィスィーはストレージから自身の専用装備『戦槍』を取り出し、構えを取った。横では既に『正拳』を装備済みのセンテがその能力である自己洗脳を発揮して表情を消した状態でいる。戦う気満々の様子である彼女らに、爆破剣を「よっこらせ」と肩に担いだジュリーはため息をついた。


「あー、なんだってここで邪魔が入っちまうかねえ……あんたらはもう少し賢い判断ができると思ってたんだがね」


「っていうか、隊長はなにしてんだろ? 万が一にも『アドヴァンス』が横入りしないようにって抑えてくれてるはずだったのに……ふっつーに来ちゃってるし」


「つまり逃げられちまったんだろうねぇ……たまーにこういうヘマをするからあいつを一人にはしたくなかったんだが」


 元はジュリーも隊長に付き添って別件で先に現地入りをしている監査官への挨拶(という名の牽制)を行なっていた身だが、それを途中で抜け出してベル、オウガストの援護へとやってきたのだ。『敵は一人』という通信を受けてこの二人なら難なく捕らえられるだろうと思っていたところ、予想以上に時間がかかっている様子なのでナインズの合流でもあったかと疑い負けじとこちらも戦力を増やした。しかしそれを受けてナインズの安否が不安になったアドヴァンスも顔合わせを離脱して現場へ駆けつける事態となった――つまりはクレイドールを先頭車両とした電車ごっこのような様相になっていたわけだ。



「まあ、こっちに来ちまったもんは仕方がないね。私としちゃあ開発局所属だっていう謎の新設部隊の実力も大いに気になっていたところだ。考えようによっちゃこんなチャンスは滅多にない。表に情報が出てこない分、ここで実際に戦り合って確かめるとしますか――ねっ!」



 一息で間合いを詰め、大上段からの振り下ろし。

 最も勢いの乗る太刀筋は即ち爆破剣の威力を最大限に活かす斬り方でもある。

 受けても避けても被害は免れないその剣を――センテの『正拳』は真っ直ぐに迎え撃った。


「おぉ!?」


 下からアッパーの軌道で刃へ拳をぶつける。黒い籠手が刀身と接触することで火花が起こった次の瞬間、あたかもそれが火種かのように魔剣による強烈な爆発が引き起こされた。


 使用者特権とでも言うべき爆破剣の防護機能によって自身は爆発のダメージを受けないジュリーであっても、思わず目が眩んでしまうほどの猛々しい爆炎がセンテとの間に炸裂。まさに魔剣の最高威力を引き出したと言ってもいいその一撃は――されどもセンテという強化人間アドヴァンスを怯ませるには至らなかった。


 猛火に肌を焼かれ、爆風に体を流され、それでもセンテは止まらない。


 眼球を焼く熱波にも負けることなくしかと目を見開いたまま、ただ敵であるジュリーのみを見据えて――その体へ拳を叩き込むことだけを目指して強く一歩を踏み込んでいく。


(大した奴! 私の剣を弾ける腕力も、魔剣の力に真っ向から対抗する胆力も! こっちも部隊うちに欲しいくらいの逸材だ……だがねぇ!)


 弾き返された剣を、ジュリーは焦って敵へ向けなすようなことはしなかった。むしろ押し返された力に逆らわずそのままの勢いに腕を任せ、刃が地面へ触れたところで再度の爆発を起こさせる。


「!」

「ははっ! そら、もういっちょ食らいなよ――爆剣!」


 下方から推進力を得た刃が迫る。下弦の軌道で掬い上げられる剣はセンテの強気な踏み込みを逆に食らってやろうという絶妙なタイミングで放たれたものだ。爆破の機と敵の呼吸を見計らっていたらしいジュリーの策に嵌ったことを察したセンテは――。



 構うものか、とそのまま拳を振り抜いた。



「なにぃ――ぐぅおっ!!」

「きゃあっ!」


 殴り飛ばされるジュリーと吹き飛ばされるセンテ。チェインメイルを着込んでいても相当な衝撃を浴びたジュリーと耐刃耐火機能を持つ戦闘スーツ越しにもダメージを受けたセンテは痛み分けに等しい。そしてこの互いの身を削り合った一合によって、彼女たちは相手の力量をほぼ正確に読み取った。


 すぐにも立ち上がった両者は互いの武器を構えつつ目の前の『強敵』を睨む。



(なんつー馬鹿力だ! 掠る程度とはいえ爆破を受けつつ私にまで拳を届かせるたぁとんでもないね――メイルがなかったら私でも立ち上がれなかったかもしれない! 躊躇いなく肉を断たせて骨を切る戦法が取れるってのも手強い点だ。さらには奴の装備も服もかなり頑丈であるようだし、これは久々に苦戦ってやつをさせられそうだね――)


(剣筋が重く、それでいて鋭い。そして的確に策を巡らすだけのクレバーさもある。私程じゃなくてもあの膂力から繰り出される剣は相当に厄介だわ。しかも必ず爆発のおまけつき。強化人間わたしじゃなかったら今ので既に戦闘不能になっていてもおかしくなかった。課題は、どちらがより強引にでも攻めきれるかというところかしらね――)



 一対一。


 いかにも純粋な決闘の様式として自身と敵のみを見据えている彼女たちの真意は、戦士としての矜持がそうさせている……という訳ではなく。


 二人のどちらもがこの勝負において自分の仲間――センテにとってのシィスィーやジュリーにとってのオウガストが助太刀に加わることはない、とあらかじめ理解しているが故のものであった。



 その理由は当然、そちらはそちらでとっくに戦闘を始めているからである。



 対峙するセンテとジュリーの遥か頭上・・には瞬く電光と立ち込める血煙によって妖しく染められた、筆舌に尽くしがたき異界の空があった。


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