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333 やられたらやり返す

重ね重ね誤字報告へ内なる幼女神が感謝を捧げております

「あれ?」


 仲間であるベルからの過激ながらも堅実な提案に乗るべきかどうかと思案し、考える動作のままに顔を上に向けたオウガストがその場の四人のうちで最も早くそれ・・に気が付いた。



 何かがここへ落ちてこようとしている。



 真っ赤なそれは橙色の軌跡を青空に描きつつ、真っ直ぐこちらへ目掛けてやって来る。ものすごい勢いだ。そしてその迫力も凄まじいの一言だ――これは、考えるまでもなくマズい。


「やば。退避退避ー」

「あ? あぁ?!」


 気の抜けるような喋り方ながらに目前に迫る危機を悟り素早く退いたオウガスト。その行動を見て不可解そうな表情をしたベルだったが、直後上空から迫る轟々と音を立てて燃え盛る『火の玉』の接近を彼も察知し、顔色を変えてそこから飛び退いた。


「っ――!」


 瞬間、爆発。


 魔法陣へ落ちた火の玉から爆風と熱波が広がり、ごうごうと空気を揺るがした。肺の中にある一呼吸分の酸素すらも奪おうとするような猛烈な炎熱の侵略にオウガストもベルも迂闊にその中心へ近寄ることはできなかった。


「あーもう、しくじったなぁ……もう一人いるのは知ってたけど、近くに隠れてたなんてちっとも気付かなかった。ちゃんと探したつもりだったのに」


 少しずつ落ち着きを見せる火炎の猛り。灼熱のカーテンの切れ間から覗くのは真っ赤な髪色をした一人の少女だ。それは先ほどまでそこにはいなかったはずの、『ナインズ』メンバー最後の一人。リーダーを除いた全員がここに集合したことになる。


「あちっ、あちちっ!」

「……ベルはやっぱりベルだね。私がしっかりしないと。とは言っても……」


 事前に回避したはずなのにうっかり服に火の粉をつけてしまった様子のベルを見て呆れつつ、彼が頼りにならない分自分がやらねばと気を引き締める――だが、この状況は少しまずいかもしれない。


(なにさ、この火力。頑張って作った陣が丸ごと消し飛んじゃったよ)


 きちんと効力が出るようにとオウガストにしては丁寧な仕事で作成した魔法陣。

 その中へ上手に敵を誘導できたことに満足していたのだが、せっかくの努力賞が敵の攻撃一発で無に帰した。


 オウガストの扱う対象を弱体化させる術――『煙』の発生と、その効果の上昇。魔法陣に仕込まれた術式はこのふたつだ。『煙』はただぶつけるだけでも効果を発揮するが陣で罠を張るほうが弱体化の効率はいい。心身を汚染するオウガストの術は短時間ながらに敵の動きを著しく制限させる強力なものだ。一度嵌めてしまえば一方的に優位を取れる。その信頼があってこその事前の仕込みであったわけだが、当然この戦術は敵を一人残らず『煙』で捕らえることが前提となっている。無事な敵が残っていれば邪魔をされてしまってトドメが刺せない。


 同部隊の者とツーマンセルを基本として戦法の核に『煙』を取り入れているオウガストは無論、そのことをよく承知しており、今だって追っていた少女といつの間にかその傍にいた少女とまとめて弱らせることを主題に置いていたのだ。それはちゃんと実行できた。だというのに、たった今その工夫が台無しにされたところだ。


 オウガストは憮然と唇をへの字に曲げた。


(逃げていたのが『クレイドール』、だよね。いつのまにかその傍に湧いて出たのが『ジャラザ』。……考えてみたらジャラザがどこから来たか見えてなかった時点で、もう一人の仲間――『クータ』からの横槍も警戒して然るべきだったね。彼女らは私たちの索敵じゃ拾えない、何かしらの隠密系の術を持ってるってわけだ)


 今や晴れた炎の暗幕。見えた先にはこちらを睨みつけるクータと、すっかり調子を取り戻した様子のクレイドールとジャラザの姿がある。後ろ二人は反対側にいるベルを相手取るつもりでいるらしいことがその立ち位置と見ている方向でわかる。


 ということはつまり、自分が戦うべきはこの火使いの少女であるようだ……とオウガストは顎に指先を当てながらそう思った。


(あーあ、面倒だなぁ。私の『煙』って速さが足りないんだよね。さっきの速度からするに私単独じゃこの子を捕まえられる気がさっぱりしないし、そもそもそれをしようとしたところでジャラザの使う術で完璧に差し止められちゃうわけで……)



「直接やるしかないってことか。そっちもやっぱり面倒だけど……仕方ない、か」



「!」


 どろり。

 傷もないのにオウガストの身体が血に濡れた。その異様にクータが双眸を鋭くさせた――そしてもう一人、オウガストの変容に反応を見せた者がいた。


「おお、オウガストのやついよいよやる気だな! だったら俺も本気でいかせてもらうぜ!」


 体中から杭が生えた……と錯覚させられるほどの数がベルの全身を彩った。これが先ほどからクレイドールを狙い続けていた物体と見て間違いはないだろう。十字杭。形としては剣にも見えるその如何にも吸血鬼の心臓へ突き立てることを目的としたような造形に、ジャラザは顔を顰める。


(吸血鬼狩りらしい武器と言えばそれまでだが、しかしけったいが過ぎるぞ――この杭をいったいどこから生み出し、どうやって発射しているのだ?)


 出現方法も射出方法も分からない。ついでに言えば魔力反応もない。要するにジャラザはこのベルという少年の攻撃法が一切読み取れないでいるのだ。相対しながらもここまで情報が得られない相手というのは珍しい。思考を休ませず戦うタイプであるジャラザにとってこういった手合いは苦手な部類に数えられる。


 仲間内でもナインに次いで頑丈なクレイドールすらも防ぎきれないだけの威力を持つ投擲杭。


 仮にあの数が一度に降り注げば、自分などは一溜まりもないだろう――。


「ノン、ジャラザ。必要以上に臆することはないかと」

「なに? どういう意味だ、クレイドールよ」

「魔法や気功といった『術』というよりも、魔物や一部の人間が持つ『異能』の類いと考えたほうがよろしいでしょう。彼が武器としている杭はおそらく、彼にとっての()であるはずです」

「なんだと……?」


 クレイドールの推察に驚くジャラザだったが、それよりも驚いたのが他でもないベル本人だ。彼は目を剥きながら知る由もないはずの自身の力を見抜いたクレイドールへ訊ねる。


「何故、お前にそれがわかる!」


「あなたの杭によって撃ち落とされた際に、接触箇所から少々調べさせていただきました。それによって判明したのが杭を構成する成分は金属類ではないということ。無機物ではなく有機物――いえ、より正確に言えば『生体反応』があったのです。撃った杭の軌道を魔力を用いずにある程度操れる点から、あなたとその武器の親和性は極めて高いということが見受けられます。……私はその特徴に類似する武器を知っている。故に、こう予測を立てました――『肉体を操作・変形させて生み出した武器』であるのなら、杭の射撃は強力ながらも回数に限度があるはずだと」


「ちぃっ……」


「ほう。その様子からしてどうやら、的を見事に貫いた予測だったようだの。ということはそれだけの数を出しながらも使える杭は限られている、というわけか? ならばこちらとしては助かるが」


「舐めるな! 弾数が限られてたってお前らを仕留めるくらい簡単なんだ! 食らえよ、俺の必殺連装多杭撃ち――なっ?」


「させません」


 会話中、密かに背部バーニアの展開を済ませていたクレイドールはベルが技を繰り出そうとした瞬間にジェット噴射による急接近を敢行した。まるで杭が撃ち切られるのを待つ耐久勝負へ臨むかのような口振りをしていた彼女が、ちゃぶ台をひっくり返すように先制攻撃を仕掛けてきたことにベルは唖然とし――危うくその腕から伸びた緑色の刃を貰ってしまうところだった。


「くっ、こ、この女――!」

「アームロケット射出」

「ちぃっ!」 


 エネルギーで作られた刃をどうにか躱せたかと思えば、即座に撃ち出された拳が避けた先へと迫ってくる。それからもギリギリで逃れられたベルは反撃に打って出ようとクレイドールへ杭を構えて――悟った。ついさっき自分たちがやったことを、今度はやり返されたということを。



 いつの間にか彼の足元で、さらさらと流れる水が路上を濡らしていた。



(こ、この水は! くそっ、狩人ハンターたるこの俺がまんまと誘い込まれちまったっていうのかよ――、)


 慌てて攻撃を中断してその場から離れようとするが。


「遅い!」


 流れる水がそのまま持ち上がることで、まるで丈夫な綱に縛られるようにしてベルの足を搦め捕った。逆さまに吊り上げられ宙ぶらりんの姿勢にされたベルがそのことに何かを言う間もなく、もう片方の少女からの容赦のない追撃がやってこようとしている。


「フェノメノンアイ、起動」

「う、ぉおおおおおおぉおぉおぉおおおっ!??」


 しかとベルをロックしているクレイドールの両眼がカッと赤い光りを放ち――。


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