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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
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33 たったひとつの馬鹿げたやり方

 リュウシィはナインの発案に思い悩む。

 いくら敵の手に落ちているとはいえ聖冠は最高峰の国宝なのだ。厄介だからとて廃棄処分を良しと下せるほど軽い物では断じてない。これは先立ってオイニーからの接触があったことも楔となっている。


 彼女は七聖具を集めているという。ならば集めざるをえない事情があるのだろう、といった予想は誰にだってつく。ここでリュウシィが自己判断で聖冠を壊してしまえば、オイニーの、つまりは万理平定省が企てるなんらかの目論見を崩してしまうこととなる。


 破壊するだけならやりようはあるはずだ、とリュウシィは思っている。滅多なことでは披露しない――披露できない己の全力なら? あるいは規格外の力を持つナインにその力を振り絞らせれば――完全消失とまではいかずとも、聖冠を沈黙させることでその機能を封じることはできるのでは? ……可能性はあるだろう。

 だが、可能だからと言っても……。


 本当に壊せるのかどうか、そして壊してしまっていいものかと思い悩むリュウシィの思考は耳障りな声に中断された。


「へはっ、へ、へへはっ!」

「もう喋れるのか、鬱陶しい……。何がそんなにおかしいのさ」


「わ、笑わずに、いられるかってんだ。壊すぅ? 聖冠を? はーっはは! 大方よぉ、宝玉がコアになっていると想定して、芯から砕いちまえばそれでお終い、だとでも考えているんだろうが……馬ぁ鹿が! 七聖具がそんなに甘い代物かよ?! 噂に名高い、神話からのルーツまで語られる伝説のお宝だぜ! そんなもんを壊そうとしてタダで済むなんて思っちゃいねえだろうなあ!? 予め言っておく! 宝玉を砕けばここら一帯が吹き飛ぶほどのエネルギーが暴走するぜ! そのうえで聖冠はまた復活するのさ! まずこの場で助かるのは、不死の俺だけだ! お前らは間違いなくおっ死ぬだろうよ、へははははははは!」


「なに……!」

 オードリュスの口から出る言葉に、リュウシィは動揺する。


 これでは最終手段である廃棄処分がそもそも不可能ということになる。そして聖冠の驚くべき特性を知ったことで、ますます街に持ち帰ることができなくなった。もはや危険物の域すら越えた、意志を持つ災厄である。道具は使い様とはよく聞く言葉だが、どんなに崇高な宝でも悪党が用いればこの通りだ。もはや聖冠は国宝と称すに相応しくない悪意の塊になってしまっている。


「おいリュウシィ、こいつの言ってることは本当なのか? 壊されたくなくてフカしてんじゃないの?」

「……そうは見えないな。こいつの顔は聖冠の破壊を恐れているそれじゃない。むしろ『やれるものならやってみろ』という挑発の目をしている。つまり言っていることは正しいんだ。おそらく宝石を粉々にしても復活するだろうし、そうしてしまえば溢れ出た無限の魔力の一端が、この山を平地へと変えるだろう」


 ナインの質問に答えながら、リュウシィは作業のように治りかけのオードリュスの手足を折っていく。これは身動きをさせないための措置であり、決してムカついたからではない。修復を少しでも遅らせるために骨を割り砕いて粉砕骨折させるのがポイントであるらしい。リュウシィはすでに手慣れている。


 オードリュスの苦悶の呻きと、無表情ながらも険しい目をしたリュウシィによる拷問まがいの現場を見せられながら、ナインはひとつ決断を下した。


 無策のまま壊してはならない。リブレライトに持っていくこともできない。聖冠が健在であればオードリュスを始末することではできないし、オードリュスが無事であるなら聖冠も止まらない。


 まるで手詰まりのような状況だが、たった一か所だけ、聖冠を仕舞える場所の心当たりがナインにはあった。それはナインをしても勇気のいることではあったが、同時に確信もあった。


 自分であれば、この肉体であれば、きっと耐えてくれるだろうという期待と自信が彼女にはあった。


「あーん」

「は?」


 ぱくり、と。


 聖冠を――正確にはその宝石部分を――ひょいと可愛らしい仕草で口に含んだナインに、リュウシィは大きく目を見開いた。彼女にはナインが何をしようとしているのかが分からなかった。否、どうするつもりかなど考えずとも伝わってくるものではあったけれど、それでも脳が理解を拒否したのだ。


 七聖具を、食べてしまうなどと!


 がぎりと硬質な音が口内から響いた。宝玉が噛み砕かれた音だ、とリュウシィが理解した瞬間にナインはごっくんと嚥下してしまう。欠片となった宝石が胃に落ちるのとその変化はほぼ同時だった。


 ――ばごん!!!


 やはりオードリュスの言う通り、エネルギーの爆発はあったのだろう。体内で漏れた魔力の暴風はナインを内側から容赦なく襲い、彼女はまるで妊婦のように腹が膨らんだ。しかし体型が変わったのも一瞬で、すぐに元通りのほっそりとした少女のシルエットを取り戻した。

 くふぅー、と口から煙を吐き出しながらもナインは平然とした表情をしている。


 リュウシィは恐る恐る訊ねた。


「な、ナイン? 大丈夫、なのか?」

「ん? あー、食べ過ぎた時みたいに腹がいっぱいになったけど、もう平気だ。なんともないよ」


 嘘ではなさそうだった。実際ナインは苦しげでもなく極めて涼しい顔をしているし、体のどこにも不調は起きていないようだ。


 これにはリュウシィも唖然とするしかない。七聖具を噛み砕いて胃に収めるという前代未聞の所業をなしたとはとても思えなかった。山岳を根こそぎ吹き飛ばしてもなお余りあるであろう聖冠からの魔力放出を一身に受け「食べ過ぎ」の一言で済ませてしまえるなど、あり得るあり得ないの話ではない。


 どれだけ規格外なら気が済むのか、と常識のない行動も含め、彼女の無事を喜ぶよりもまず文句のひとつでも付けたくなってしまう。


 だが、リュウシィの苦言よりも先に声を出したのはオードリュスだった。


「ぐうっ、えぉ、があぁ……あヵッ――」

「お? どうしたこいつ」


 今までリュウシィと一緒になって呆気に取られていたオードリュスであったのに、急に悶え苦しみだした。すわまだ見ぬ聖冠の異能が発動したのかと警戒するナインを、リュウシィが首を振って否定した。


「これは違うな。いや、聖冠の効果と言えばそうなんだが……それが切れた結果だろう」

「切れた? ってことは……」

「ああ。あんたが咀嚼して腹に収めたことで、聖冠とオードリュスとのリンクが立ち切られた、らしいね」


 らしい、と結んだのはリュウシィとて確証があるわけではないからだ。


 何せ七聖具そのものについてもよく知らないというというのに、よもやそれを食らうことで無理矢理に所有権を簒奪するなどどこからも伝え聞かない珍事である。故にどういった力が働いてこのような結果になったのかリュウシィにはまるで判然としない。しかし、目に見えるものが今のすべてだ。


 傷が治らなくなり、痛みへの耐性も失ったオードリュスは明らかに不死性を失くしている。その場でジタバタともがきながらまるで動物のような声で喚き散らし、やがて血だまりの中で動かなくなった。死んだのだ。どんなに痛めつけても死ななかったオードリュスが、あっさりと。


 これが何よりの証左となる――聖冠の恩恵はもはや機能していないのだ!


「まさか、今の所有者はナインなのか……?」

「うん? 俺もこいつみたいに傷が治るようになったってこと?」

「……さあね。そうじゃなくてもあんたを傷付けられる奴はそうそういないと思うけど」

「いやー、どうだろうな。聖冠にもだいぶ手こずった自覚はあるぜ」


 たははと笑うナインを、リュウシィは穿つような目つきで眺める。

 以前はなかった微かな魔力反応が、その身から感じられるのだ。


 一見するとやはり聖冠からの魔導恩恵を授かっているようにも思えるが、しかしそれにしては魔力が微かに過ぎる。これでは魔力操作が覚束ず微量に漏らしている未熟者のようにしか見えない。事実そうなのだろう。ナイン自身はそうとは気付いておらず、体内にある聖冠から止めどなく溢れる魔力が体外に漏れ出てしまってこうなっているに違いない。


 ……分からない。今のナインの状態がどういったものなのか、その腹の内にある聖冠がどうなっているのか。今後どういう影響があるのかも、何ひとつとして不明である。


 確実にまずいことがあるとすれば、このことがオイニーに知られてしまえば、自分はもちろんナインも好からぬ目を向けられるということくらいか。だとすれば、今やれることは……。


 リュウシィは急ぎアウロネへ現状を知らせた。


「――よし、報告完了。ナイン。悪いけどもう少し付き合ってもらうよ」

「付き合うのは別に構わんけど、何をするんだ?」

「館の検査だよ。こればっかりは人手もいるから、包囲班を呼んだ。彼らと一緒に念入りに調べてみよう、望み薄だけどひょっとしたら七聖具についての情報があるかもしれない。まさか他の聖具まで揃っているなんてことはないだろうけど、聖冠の能力の詳細についてやどこからどうやって手に入れたのかを記したような資料を――って、何さナイン」

「あーっと、その、だな」

「? だから、言いたいことがあるならさっさと言いなって」


 目を泳がせているナインを訝しく思ったリュウシィがせっつくと、彼女は意を決したようにリュウシィの背後を指差した。


 特に思うこともなくその指先を追って振り返ってみれば――空に立ち昇る黒煙。

 遠目からでもよく見える、建物を薪代わりにした盛大なキャンプファイヤーの光景がそこにはあった。


 要するに暗黒館が大炎上していた。


「すまん。クータがやっちまったらしい」

「………………」


 家探しを敢行すると言った矢先にこれだ。さしものリュウシィもこめかみに青筋が浮かぶのを抑えられなかった。

 冷徹な声で背後のナインへと告げる。


「この胸に込み上げてくる気持ちの分、あんたたちの報酬から差っ引いてもいいかな……? いいよね?」


「えー……あ、いえ、なんでもないです」


 振り向いたリュウシィが夜叉の瞳をしていたので、ナインは冷や汗を流しながらも大人しく頷くのだった。

 かくして暗黒館襲撃の顛末は、悪党を下したにしては妙にすっきりしない後味を残すこととなった。


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