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328 救いの手

「私の名はスコルピ・ピスペル。見ての通りの蠍人であり、所属は『ファランクス』という有志の集いになります」


 あっさりと正体を明かし始めた彼、スコルピの言葉にナインは怪訝な顔を見せた。

 彼の態度に疑問を覚えた――わけではなく、彼女にとって聞き覚えのない単語が出てきたからだ。


「ファランクスって?」

「ご存じありませんか。簡単に言えば自警団のようなものです。一応は私がリーダーのようなものをさせていただいております」


「……それは『タワーズ』ってのとは関係があるのか?」

「あると言えばありますね」

「濁さずきちっと説明しろよ」

「いえ、濁そうなどとは。直接的な関係はありませんが発足と活動を別にする類似組織という点で相対的な関係性の内にある、ということですね。それ以上の繋がりはございませんのでどうぞご安心を」


「その言い方。視線を感じるよりも前――要は戦闘が始まる前、【氷姫】に声をかけた時のことだが。その時からあんたは、どうやらしっかりと俺のことを観察していたらしいな?」


「おっとうっかり……いえ、冗談ですよ。そちらも隠すつもりはありません。そうです、私はあなたのことを見ておりましたとも」


「なんのために?」

「私の目的ですか? 勿論お教えしましょう――それは」



 ――あなたをお救いするためですよ、ナインさん。



 思わぬ言葉に、ナインは目を丸くさせた。


「俺を救うだぁ? そいつはいったいどういう意味だ?」


「意味も何も、言っているそのままですが。陰謀と作為の下、根も葉もない容疑をかけられたことで追い詰められている無辜の来訪者であるナインさん。そんなあなたをタワーズや治安維持局の手から守るべく、こうしてお声かけをさせていただきました。不躾にも試すような真似をしてしまったことは謝罪しましょう――私もこれでいて、武闘王の実力をこの身で味わいたいと願ってしまったものですから。獣人としての性というものです」


「…………」


 この蠍人のことをどう見ていいかわからず、ナインは眉を顰めた。正直に言うとだいぶ胡散臭いのだが、もしも彼の言うことが本当であるのなら、現状行き場のないナインにとってこの提案ははまさしく救いの手になり得る。


 しかしながらやはり、どうにもこうにも胡散臭い……。


「どうして俺の容疑が根も葉もないだなんて言い切れる?」


「市政会には黒い噂が絶えません。ファランクスとしてそれを探っている私たちは他の住民たちよりも幾分かは出回る情報の裏というものに詳しいのです。市政会とタワーズの癒着については公然の事実でもありますが、今回は特にあからさまでしたね。襲撃事件のあった当日から情報の明かし方が不自然だったものですから、私たちは訝しんでいたのです。計画の全容がどういったものか定かではありませんが、市政会は間違いなく吸血鬼の出現にかこつけてあなたを手元に置こうと画策しているはずです。だからこそタワーズがここまで迅速に動いたと考えれば、あの【氷姫】の問答無用さや、それを阻止すべく局で身柄を預かろうと一級戦力たる【天網】が出てきたのにも納得がいくというものです」


「……なんか、意外とここの情勢もややこしいのな。俺は単純に都市中が敵になったものだと思っていたんだが」


 メドヴィグとジエロ、クリムパがさほど悩みもせずに手を組んだことでなんとなく、両者の陣営は目的を同じにするものと考えていたナインだが、それが間違っていたことに気が付いた。スコルピが言うには市政会とタワーズはほぼ一個のようなものであっても治安維持局は明確にそれらとは一線を引いているらしいことがわかる。


「その通りです。仮にあの場でナインさんが倒されていたら、次は【天網】対【氷姫】+【鉄騎】という神逸六境同士での戦闘が始まっていたことでしょう。いずれにせよナインさんの事情はお構いなしの非常にけしからん連中だと言えます」


「お前さんはそうじゃないと」


「ええ勿論。私はあなたを連行も捕縛もいたしません。私の提案はあくまで善意に基づくものですから、お嫌でしたら断っていただいて結構です――そのうえでお誘いします。ナインさん、どうぞお困りならば我ら『ファランクス』をお頼りください。たとえクトコステンの多くがあなたの敵になったとしても、味方だっている。そのことを是非とも知っていただきたいのです」


「………………ふぅん」


 たっぷり数秒間は見つめ合い、黙考を終えたナインは何かに納得したように頷き――スコルピを抑えていた剣を影に収め、踏みつけていた尻尾を解放してやった。


「信じていただけたと思ってよろしいのでしょうか?」


「もう少し詳しく知りたいんでな――お前さんたち『ファランクス』のことをさ。で? 頼れとは言うけれど、具体的に俺はどうすればいいんだ」


「ええ、まずは……私たちの本拠地へとご案内いたしましょう」


 頭部の短い触角を揺らしながら、スコルピはその笑みを深めた。



◇◇◇



「どーしてくれますの! あなたの余計な門術のせいでナインに逃げられてしまいましたわ!」


「も、申し訳――いえ! お、お言葉ですが【氷姫】殿! 自分のやったことに間違いはなかったと思われます! 仮に戦闘が続いていたとしても、皆さん方の勝機は非常に薄かったかと!」


「なにをっ……!」


 ラズベルの言葉に激高しかけたジエロだが、どうにか怒りを飲み込んだ。節度を守ったというよりも反論が浮かばなかったようにも見える。ジエロ自身、もっと戦いたかったという欲求を除けばあそこでナインが逃走を選んだことはまさに僥倖というものだった――仮にラズベルからの邪魔が入らず、あのまま戦闘が続行されていたとしたら。



 自分たちは誰一人とてこの場に立っていなかったかもしれないのだから。



「く、信じられませんわ。神逸六境が三人も揃っていながら、たった一人を相手にこうも……こうも『惨敗』してしまうなんて!」

「お嬢様……どうぞ気をお静めに、」

「いえ! 今度ばかりは静められないわ――静めてはならないのです!」


 頭を振ったジエロに、黙って新しい葉巻を吸っていたメドヴィグも口から煙を吐き出しながら「そうだな」と同意した。


「由々しき事態だ。俺たちはクトコステンにおける個人武力のトップ。一応はそう祭り上げられている身だ――その半分が外来人一人にいいようにやられたとあっては、今後様々な事柄に影響が出ちまうだろう」


「わたくしが言いたいのはそういうことではなく……!」


「わかってる。俺だって単純に悔しいさ。血反吐を吐きそうなほど俺の中のプライドってやつがこれでもかと詰ってきやがるぜ。……だが、今はそれよりも街のことだ。俺個人の事情もお前たちの都合もどうだっていい――いや、そんなことに頭を使う暇も価値もないんだ。だってそうだろう? ()()()()()()()()。弱肉強食、淘汰の掟……ただそれだけのことに口でああだこうだ言っても詮無いことだ」


「先輩……」


「そんな顔をするなラズベル。俺は平気さ――足りなければ足せばいい。弱いなら強くなるだけのことさ。昔っからそうして生きてきたんだ。お前たちもそうだろう? 【氷姫】に【鉄騎】さんよ」


 どこか挑むような【天網】からの問いかけに、ジエロとクリムパは大きく頷いた。


「もっちろんですわ! このジエロ・ジエットは諦めるということを知りませんの――ナインには必ずリベンジすることをここに誓いましょう! 次に勝つのはわたくしよ!」


「お嬢様にお力添えすべく私もより槍の鋭さに磨きをかけましょうぞ――次こそは! 何があろうとも必ずや武闘王ナインに一報いることを、お嬢様へお誓いいたします!」


「その意気よクリムパ、それでこそわたくしの従者ですわ! おーっほっほっほ!」


 それではごめんあそばせ! と高笑いを続けながら去っていくジエロとクリムパ。

 そんな二人を呆気に取られて見送ったラズベルだったが、やがて我に返って葉巻を吸い終わろうとしているメドヴィグへと向き直った。


「じ、自分たちはこれからどうするでありますか? ナインの確保には失敗してしまいましたが……」


「なに、案ずるな。奴さんがタワーズへ引っ張られなかっただけマシってもんだ。行方をくらませても俺たちの目はこの都市全体に張り巡らされている。どこかで人目につけば必ず治安維持局うちに連絡がくる――そしてあのナインのことだ。どこにいようと注目を集めるような奴なんだから、どうしたっていつまでも姿を隠してはいられない。それこそどこかの団体に匿われるか、このクトコステンを出ていきでもしない限りはな……」


 そしてその可能性も低いとメドヴィグは睨んでいる。


 前者は都市柄からしてナインに伝手など考えられない以上あり得ない。そして後者も、詳細までは不明だがナイン率いる『ナインズ』と万理平定省の刺客――という扱いにメドヴィグたちの中ではなっている――監査官らとは確実に繋がりがあることを踏まえて言えばほぼないだろうと言い切れる。


 果たしてそれが共同体と称せられるほどの関係であるかはともかく、監査官の未だ見えてこない本当の目的と少女たちが利害を一致させているであろうことを思えば、ここでナインだけが街を脱するとは考えにくい。


「監査官を通じて局とも結託している、なんて噂でも流れたら事だからな。俺たちが捕まえられないのならいっそナインは自由でいてくれたほうが都合がいい」


「ですが、先輩。本当にナインが襲撃犯の吸血鬼二名となんらかの関りがあった場合、野放しにしておくのは危険なのではないでしょうか」


「……まあな。眉唾ではあるが市政会の証言を無視するわけにもいかない。新しい証言を得るにはナインから直に話を聞くのが一番でもある……そのために今はとにかく捜索に力を入れるしかないな。ナインと、ナインズの残りの面子を炙り出すぞ」


「了解であります!」


 まだ遠巻きに様子を窺っている獣人たちを散れ散れと手で払ってどかしつつ本署へと歩を進めるメドヴィグ。彼は必死に考えている――あまりに行動が早い市政会が、いったい何を企んでいるのかについて。


 近頃になって急速に変化が生じているこの都市。を、二分する市政会と革命会。その双方において何かが起きているのは確かだ。だがそれがなんなのか、外様のメドヴィグではこれ以上の探りようがなかった。



(ナインの来訪から市政会が記事を作らせるまでが早すぎる。いくらお抱えの記者を動かしているとはいえ、こいつは異常だ。あらかじめこの状況も可能性のひとつとして用意されていたとしか思えん……、となると前後からして吸血鬼の襲撃があった際にナインの名が出たということにもいくらか信憑性が出ちまうが、それと同じくらいに突拍子がないようにも思える――クソったれ。いくら考えてもやはり、市政会の狙いはとんと分からんな。つまりは手が打てん。これからますます忙しくなるっていうのによ……勘弁してほしいぜ)



 闇に生きる種族らしく見事に姿を消した吸血鬼と、そんな存在を狩る専門業者・・・・がもうすぐ街にやってくること。


 それでまた『交流儀』の近づく都市に起きるであろう新たな混乱を思いうんざりとしたメドヴィグは、がりがりと乱雑に頭を掻きむしった。


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