表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
34/553

32 自動修復ってなんですか

「私もそのことで悩んでいるんだよ」


 聖冠を見つめながら戸惑うナインの耳に、聞き覚えのある声が届いた。それは間違いなくリュウシィのものだ。いつの間にか傍に来ていたのか、と振り向いてその姿を見てみれば……彼女は何かを引き摺りながらこちらへ歩いてくるところだった。


 何かとはオードリュスだ。全身から血を流している彼は、両手足が曲がってはいけないほうへとぽっきり曲げられており、まるで無邪気な残酷さを発揮した子どもの手によって壊されてしまった人形のようだった。一言で表現するならズタボロである。一見してナインは、リュウシィがわざわざ死体を運んできたのだと勘違うほどだった。


 そうでないと分かったのは、死んでいるようにしか見えないオードリュスから、僅かに身じろぐ反応があったからだ。血痕の道標が出来上がるほど大量に出血している彼だが、その口元には引きつってはいるものの確かな笑みが浮かんでおり、耳を澄ませばか細くはあるが薄い吐息のような笑い声も漏れ聞こえてくる。


「うわぁ……。生きてるのか、その状態で」


 ひどくスプラッタな姿ながらも何故か笑っているオードリュスへ、路上にぶちまけられた嘔吐物を思わず見てしまったときのようなうんざりとした視線を向けるナイン。思いっきり引いている。


「気付いたか。そうだよ、私はこいつを仕留めきれなかった」

「うん? 仕留めきれなかった? わざと生かしておいたんじゃなくて?」


 こくり、とリュウシィは首肯する。ナインには彼女の言っている意味がよく分からなかった。負傷ひとつないリュウシィともはや半分死んでいると言って差し支えないオードリュスの様子を見比べれば、その力量差はありありと分かる。となると殺そうと思えばそれは容易いことであるはずなのだ。今だって、もう一撃でも加えればオードリュスの命は呆気なく消し飛ぶだろう。


 なのに彼女は「仕留めきれなかった」と言った。それは殺す意志がありながら殺せなかったということに他ならず、もうすでに殺害を試みたうえで諦めてしまったようにも聞こえるセリフだ。


 怪訝な表情になるナインに、リュウシィは苦笑しながら説明をする。


「聖冠の力だよ。それ、再生しているだろう」

「再生、ねえ……どうやらそうみたいだな。変だと思ったらそういう能力だったのな」


 ほとんど形が戻っている聖冠がまた暴れないようにとナインは返事ついでに再度壊しておく。

 板チョコを割るような気軽さで宝石から冠を剥ぎ取るその仕草にリュウシィも何か言いたげな顔をしたが、そこには突っ込まずに話を続けることを選んだようだ。


「七聖具には自動修復機能がある。他の聖具に関してはどうか知らないが、聖冠には所持者にも同じ恩恵を与えるみたいなんだよ」

「自動修復機能だぁ? 本当にとんでもないな、七聖具ってのは……。ああ、だからそいつも治っちゃうんで殺せないのか。じゃあちょっと、俺がやってみようか?」

「いや、けっこうエグいのを色々と試してみたけど、それでも死にはしなかったからね。単純な方法じゃ殺せないよ」

「そうなのか」


 自分が本気で殴れば人間一人くらい消し炭にできる気はするが、それでも再生するのだろうかとナインは首を傾げる。

 ……するかもしれない。何せ魔法のある世界だ、塵になってもそこから蘇ったとして、なんの不思議もないだろう。


 となるとクータに頼んで燃やしてもらう方法も同様の理由から殺せないだろうな――とそこまで考えて、ナインは「あれ?」と思う。どうしてそもそもリュウシィは、この男を始末しようとしているのか?


「死なないなら死なないでそのまま連行すればいいんじゃないか? それとも死刑にする方法を悩んでいたり?」

「いや、そうじゃない。常に再生するこいつを半殺し状態にしておくのが手間だとか、将来的な刑罰執行に不具合が生じるだとか、そういった面倒があることは否定しないけど、今の私の悩みはそこじゃないんだ」

「じゃあ、なんなんだ」


 問いかけるナインに答えたのはリュウシィではなく、言語を発せる程度には容体が回復したらしいオードリュスだった。彼はリュウシィに首根っこを掴まれた体勢のままで、しかし屈辱を感じさせない悪意のある瞳でナインを見る。


「へ、へへ、無駄だ、無駄なんだよ。確かに驚いたさ、まさか聖冠を無力化できるほどの怪物がいたとはよ。局長様の想定外の強さにも、度肝を抜かれたさ――だが! 無意味なんだよ、そんな強さは! お前たちがいくら強かろうが関係ねえ、聖冠の魔力は底なしだ! いくらでも復活する、いくらでも暴れるぜ! このおれの命令に従い続けるんだ! そして俺も聖冠の力で不死となった! 分かるか、理解できたか!? この意味が! 予告してやるぜ局長様よぉ! 聖冠はもうお前らを相手にしない、次の標的は街そのものだ! リブレライトを壊しつくしてやるぜ――さあ、どうやって街を守ってみせる!?」


 へハハハハハ! と血塗れの格好で高らかに笑うオードリュスを、なるほど悪党であるとナインは認める。

 やけに自信満々で自分たちを出向かえたことにも納得がいった。これほどの力を持ったアイテムを自由に操り、自身も超常の能力を手に入れた――それも不死というあらゆる者が喉から手を出して欲しがるような力を、だ。

 これは調子に乗っても仕方がないだろう。


「どうしたものか……。このせいで街にこいつを連れていけない。聖冠の修復を止めることはできないし、また機動してしまえば取り押さえるのに周辺の被害は必至だ。こんな危険物を街に持ち込むわけにはいかないよ」


 聖冠だけならよかった。所持者が空白の状態の聖冠ならリュウシィとて恐れることはない、然るべき処置を施して厳重に保管すればいいだけのことだ。


 ただしオードリュスというリュウシィ、ひいてはリブレライトに害意を持つ者が所持者になってしまったことで事態は混迷することとなった。聖冠はオードリュスの指示で街を壊すだろう。オードリュスは聖冠の力で死なず、所持者不在の状況には持ち込めない。


 殺す以外にも所持者の権利を他者へ移し替える手段がひょっとしたらあるのかもしれないが、リュウシィは寡聞にして聞いたことがない。そもそも七聖具への造詣が深いとは言えない彼女なのだから、知らないのも当然なのだが。


(くそ、こうなるとオイニーが街を出てしまったのが悔やまれるな。あいつがいてくれたらどうにかなったかもしれないのに)


 リュウシィからしてみれば長居してほしい相手ではないし、そもそもオイニーだって訳もなくひとつ所に居座れるほど暇ではない。

 こうなることが――暗黒座会首領が七聖具を所持していることが――分かっていたならやりようはあっただろうが、そんなことが予見できるはずもなく。オイニーはすでにリブレライトを発っているし、リュウシィも七聖具についての必要最低限度のことだけを聞かされただけに過ぎない。


「まったく、面倒な」

「へはは! 悩め悩め、局長様よ。街を守るのがお前の仕事だろ? その機会を存分に与えてやったんだ、感謝して欲しいくらいだ――がべっ」


 流暢に喋る様子からして、回復の猶予を与えすぎたようだ。黙らせるためにリュウシィは空いた手でオードリュスの顔面を強くはたく。その拍子にオードリュスの首は変な方向に曲がったが、常人であれば即死のはずのそれすらもみるみる治っていく。


 ベギリベギリ、と音を立てながら薄気味悪く修復される様を忌々しげに眺めるも、それ以上やれることはない。


「聖冠をどうにかすればいいんだよな?」


 不意に、そう訊ねたのはナインだ。まさかアテがあるのか、とリュウシィは大いに意外に思いながら同意する。


「そうだよ。ただ、それがどうしようもなく難しい。金庫に入れたって聖冠は自力で出てきてしまうだろうし、誰かに預けるわけにもいかない。一回のミスでリブレライトの一角が消し飛ぶだろうことは、この戦いの痕を見れば容易に想像がつく……そのうえで聞くけど、何かアイディアでもあるの?」


 アイディアというかなんというか、とナインはほんの少し言い淀む様子を見せてから、まあいいかとばかりに手に持った聖冠を掲げて言った。


「これ、ぶっ壊してもいいかな」


「…………」

 実に即答しかねる質問だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ