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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
33/553

31 怪物少女、本気モード

「な、なんだなんだこりゃああぁあ?!」


 ナインの絶叫はさもありなん。ビームに撃たれ地面に伏した彼女を、突如として発生した竜巻が持ち上げたのだ。風圧はまるで不可視の壁が叩きつけられたようにナインの体を強く打ち、宙に舞いあげられたあとはきりもみ回転で視界がシェイクされる。

 何が起こったのか謎なままに弄ばれるナインの視界に、一筋の閃光が瞬いた。


 それは雷。

 宙に浮いたナインを狙い撃つようにして、まるで裁きのように雷が落ちてきた。


「があっ……!」


 難度四の『ストームブラスト』と難度七の『サンダーコール』による連続技を浴びせられたナインは、バリバリと音を立てて落雷の衝撃に身を震わせた。


 本来なら『ストームブラスト』は竜巻規模には及ばず、『サンダーコール』も通常雨雲の下でしか使えないはずの魔法である。しかしそんな理を容易く無視してしまえるのが聖冠という存在だ。その真価は高位魔法使いの補助をすることで最上位魔法使いへと導くことにあるのだが、仮に才に乏しい者が所持者となったとしても――つまりは魔法使いではないオードリュスが所持している現況のことだが――自律機動の聖冠にはここまでのことが可能であった。


 単純な戦闘用アイテムとしての運用。その役割すらも聖冠はこなす。


 落雷を直撃させてもなお聖冠は手を休めようとはしなかった。白い少女がよもやこの程度で戦闘能力を失うはずがないと確信しているのだ。始末するにはまだ足りない。だから聖冠は、雷に身を焦がしたナインを更に焦がしてやろうと次の魔法を放った。


 聖冠から噴射するようにして飛び出したのは炎の球。ぐつぐつと表面が茹るように熱気を撒き散らす炎球が三連続で発射されたのだ。『エクスプロージョンボール』――火の球を撃つ『ファイヤーボール』という魔法の上位種にあたるもので、威力は使用者の魔力に寄るものの、直撃すれば派手な爆発を巻き起こし対象を爆散させてしまう凶悪な魔法である。それも三発ともなれば、もはや被害は筆舌に尽くしがたいものとなるだろう。

 ただし、それでも聖冠はトドメになり得るなどとは考えていなかったが。


 一方のナインは撃ち出された炎球によって敵の狙いを正確に読み取り、戦慄とともに歯噛みする。間断なく放たれる魔法はつまり――


(俺を宙に浮かせたまま! 地面に戻さず殺しきるつもりかよ! くそっ、リアルで浮かせコンボとか冗談じゃないぞ!)


 戦闘開始時にナインから魔力を感知できなかった聖冠は次に武器の有無を確かめた。しかしその出で立ちや身のこなし、蹴りや殴りで応戦する姿から丸腰と認定し、ナインは遠距離攻撃の手段を持たないと見抜いた。だからこそ当初は背後にナインを据えての追いかけっこを選んだが、どれだけ威力のある魔法でも一撃必殺は難しい――否、実質不可能だと判断した聖冠は「ならば死ぬまで何度でも魔法を放てばいい」と結論付けた。


 そのためにはナインが逃げたり向かってきたりといった当然すると予測される抵抗をしてこないことが必須条件だが、その条件を満たすのは存外に簡単でもあった。ナインは空を飛べず、飛び道具を持たない。そこから導きだされる正答は――空中という身動きのできない場所に彼女を閉じ込めてしまうことだ。


 今まさに、聖冠は己が望む形に持ち込むことができている。


 下方より迫る炎球。

 これに当たってしまえば、またナインは上空へ吹き飛ばされることになるだろう。

 そうしてお手玉のように、落ちては魔法を食らって上がり、落ちては魔法を食らって上がり……それを死ぬまで繰り返すことになる。

 そう理解したナインの瞳が深紅に染まった。


  全身に力を漲らせ――発散。


「ふぅんぬっ!」


 自由を封じられたはずの彼女は全力で体を捩じることで重心を移し、無理矢理の空中機動を成し遂げた。


  実はすでに、リュウシィと無辜の友人であるというエイミーと対面した時に彼女はこれと同じことをしている。繰り出された面攻撃を躱すために無茶な軌道を強いられた彼女は、宙に浮いた状態ながらも強引に体を動かすことで重心移動を行い、それを可能としたのだ。

 似たような技術をナインと戦った暗黒座会幹部キャンディナも持っている。ナインからの致死の一撃を防ぐべく空中で行なったのがそれだ。それはつまり、優れた体幹と身体機能、そして卓越した空間把握能力さえあれば普通の人間にも十分実現できる技だということになる。


 だが勿論、ナインは間違っても普通の人間などではない。この技術を彼女の奇想天外の筋力で行なった場合、どういう結果になるか。


 すれすれで炎球を躱したナインは――まるで飛翔するかのように聖冠の真上まで移動してみせた。重力すら腕力で捻じ伏せたような、ナインの力任せの空中機動。急に見せられたその不可解な動きに聖冠が動転する間も与えず、彼女は更なる重心移動で真下へと落ちる。今度は一転重力と共闘し、落下速度は比類なきものとなる。


 先の落雷を彷彿とさせる勢いで降下したナインは、そのまま聖冠を足裏で蹴りつけた。

 某仮面のライダーを思わせる強烈なキックは聖冠を大地へとめり込ませる。


 その激突の余波によって大地は震撼し、八方へと深いひび割れを起こした。先ほども『グラウンドクラック』によって類似する光景が作り出されていたが、先との違いは今回のこれはあくまで純粋な力のみで地面が引き裂かれたという点だ。

 それだけ規格外の一撃を受けてしまった聖冠は――だがそれでも壊れていない。


「やっぱかってえな……だけど!」

 こちらを撥ね退けて起き上がろうとする聖冠を足で強く押さえつける。そして魔法を使われる前にとナインは素早く拳を打ち付けた。


 二度三度と殴る。


 地殻を激震させたさっきの落下蹴りとは違い、衝撃を逃がさず分散させない殴り方だ。あれは地面に埋もれさせ聖冠の逃げ道を無くすため派手に蹴ったまでのこと。また同じようにしては地中深くまで聖冠が沈み、結果として逃走や反撃の機会を与えることになってしまう。そうさせないためには、拳の振るい方を工夫する必要があった。


 ただ打ち込むだけでなく威力を一点に絞るのだ。鋭く鋭角に。素早く俊敏に。打つというより刺すような打撃を送り込む。


 格闘技や武術の経験など皆無のナインだが、しかしこと「戦う」という行為に関してその肉体の扱いは十全であった。どうすれば思う通りになるのか、どう動けば望む結果となるのか。自分でもそうとは気付かぬうちに、脳というよりも心のどこか深い部分で彼女はそれを正しく理解している。だからこそその気になれば重力をも振り切ることができ、至宝たる七聖具を相手にこうまで一方的な状況を描くこともできた。


 また殴る。また殴る。また殴る。殴るほどに拳速は上がる。


 またまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまた殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。


 中心の赤い宝石さえ無事ならいいだろうとなんの根拠もないひどく手前勝手な判断により、ナインはそこ以外の部分を暴威で削り飛ばすことを選んだ。拳を抉り込んでは半透明の膜を削ぎ、露出した冠本体を容赦なく打ち砕く。一呼吸の間に放たれた拳の連撃は聖なる宝を見るも無残な姿へと変貌させてしまった。


「こんなもんか……? よし! 宝石はちゃんと残ったな」


 うまい具合に赤く輝く宝玉だけを避けて壊すことに成功したナインは、上機嫌に頷いた。慎重に殴った甲斐があったというものだ。


 最悪、これさえあれば国のお偉いさんあたりから怒られたりしないだろう……いやまあ、ひょっとしたら大目玉なのかもしれないが、宝石さえ傷付けずに残していれば最善の努力はしたのだというアピールにはなるはずだ。それで本当に許してもらえるのか、正直心許ないところだが……といっても今のナインは作戦行動中であり、雇い主はリュウシィである。叱られるならきっと彼女だろうとナインは至極真面目になすりつけることを思案する。


 これもリュウシィを友達だと思っている証だ。親しいとそれだけ遠慮をしないのがナインという少女である。それを知ればリュウシィは彼女との友情関係を全力で否定するだろうが。


「――ん? なんだ、こりゃ?」


 いかに責任を押し付けるかに頭を悩ませていたナインだが、ふと手元の違和感に気付き、眉根を寄せた。宝石だけになったはずの冠が、まるで逆再生でも見せられているかのように元の形へ「戻っていく」のだ。粉々に砕けたはずの冠部分が、すでに半分近く復元されている。この奇妙な現象にナインの目が点になる。

 これは何が起きているのか……?


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