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315 信じてくれって言われて信じられるかどうか

「俺がケツ持ちをしようと思います。だからここであった戦闘のことを、できればまるっと忘れてくれないかな……ジーナさん」


 センテとシィスィー、強靭なる監査官二人を腕力で大人しくさせた恐るべき少女ナインはその足でジーナの傍へ寄ってきた。さっと自身の術である守護幕ナインヴェールを取り払い、面と向かって相対した両者――そしてナインの放った第一声がこれだった。


 ジーナは多少の困惑を抱きつつも「それはつまり」と最大限理解に努めて訊ね返した。


「この二人の首に輪をつけ、あなたが制御・・する……そう受け取ってもいいのでしょうか」


「制御……うーん、まあ、そうなりますかね。首輪をつけたりはしませんけど、とりあえず一緒に行動するつもりではあるんで。俺がいればもうこうやって暴れたりもしないんじゃないかと」


「なるほど確かに、あなたほどの人が抑え役になるというのであれば、さしものあの二人も自由を謳歌はできますまい――しかしです」


「しかし、なんです?」


 首を傾げるナイン。きょとんとしたその表情は非常に子供らしいものだ。戦闘中に見せた規格外の強さもどこへやら、今の彼女はただただ美しいだけの手弱女としかジーナの目には映らない。さっきまでの瞳を深紅に染めたあの姿を目撃していなければ、とても彼女が凄腕の戦士などとは思えなかったかもしれない。


 しかしジーナはもう知っている。


 武闘王の称号を持つ少女が決して看板倒れの存在ではないことを――むしろ看板以上ですらあると、闘錬演武大会そのものへの興味が薄い彼女にとっては思えてくる。


 そして、だからこそ。



「あなたがそんなことを言い出す理由が、私にはわからない。武闘王と開発局からやってきた監査官……それも彼女たちは『戦闘兵』だ。執行官を名乗ったあのコアラン・ディーモとかいう只人の男性とならばまだしも、あなたと彼女たち(アドヴァンス)との関係性がまるで見えてこないのです。何故、ナインさんはこの街にやって来たのですか。何故、到着早々そこの二人組と連れ立っていたのですか」



「あー……」


 ジーナからしてみれば当然の疑問。元々彼女がナインたちを待ち構えていたのも、治安維持局から見て非常に怪しい動きばかりをしているシィスィーとセンテが『ナインズ』へ接触を図ったと聞いて――検問所からの善意(と反骨精神)による報告がされたことがその発端だが――そこにどういう繋がりがあるのか、武闘王という新戦力を得て彼女たちが何をしたいのか、より詳しい動向を探るためであったのだ。


 だからそう、ナインが監査官を抑えると言ってもそれは根本の解決にはなっていない――そもそもジーナにとってはナインがここにいる理由自体が不明だからだ。ある程度の抑止力になっても、ひょっとすれば時が来れば『ナインズ』こそが治安維持局にとっての脅威となるやもしれない。


 ――特に、今の時期はまずいのだ。


 元から常時繁忙期の治安維持局ではあるが、先日ついに『交流儀』の開催日が知らされ、それがあと十日というところにまで迫っている今は、街中がいつも以上にピリピリとしている。保守派と改革派の小競り合いも更に増えた。市政会の主要人物が何者かに襲撃されるなど大きな事件も数日前に起こっている。交流儀当日をピークにどんどん混乱が広まるだろうと予測するに難くないこんな状況で、武闘王という新たな爆弾を抱え込むことがどれだけリスキーであるか。


 ということをジーナは包み隠さずにナインへ伝えた。初対面の人物に私情を吐露し過ぎている気がしないでもないが、教えてまずい情報ではない。少し考えれば現状の治安維持局がどれだけ困窮しているかは傍から眺めているだけの一般人たちにも十分想像のつくことである。それを局員自身が明かしたところでなんら問題はないだろう。むしろここで変に事情を誤魔化してしまうほうがよろしくない……そう判断したジーナの根拠はやはり、目の前の少女の強さ。それから常識的な受け答えをしているという――ある意味では常人としか思えないその奇妙なまでの『普通っぽさ』に尽きる。


 武闘王ナインの肩書きに見合わぬ常識人としての振る舞いに縋るような気分で赤裸々に局としての都合というものを伝えてみれば、どうやらジーナの推察は正しかったようで。


「なんだか、とても苦労されているんですね……お疲れ様です」

「いえまあ、これが自分たちの仕事ですから……」


 労いの言葉が飛び出てきたことに驚きながらも謙虚に返したジーナ。やはり監査官たちとは違ってこの御仁には話が通じる、と確信を深める彼女を余所にナインは困り果てていた。



(こりゃいくらなんでも不憫すぎるな……俺のことは信用してくれそうな感じだけど、こっちはその交流儀にかこつけて『七聖具』を盗み出そうとしているわけだからな。おもっくそシィスィーたちの協力者としてこの街に来たわけなんだけど……局員のジーナさんにこんなこと言えねえ。いや言えないってのは元からなんだが、余計にだよ。ただでさえ最近色んなことが重なって苦労しているらしいのに、俺もその要因のひとつになりますなんて言った日にゃぶん殴られても文句はつけられん。さてどうすっかなぁ……)



 ジーナからの質問に答えてやることはできない。かと言って、うまいはぐらかし方もナインには思い浮かばない。どう理屈をつければ――どう屁理屈をかませば武闘王という名の住所不定無職である自分が、国の最高機関だという天下の万理平定省、そのお膝元と言える開発局、この両方と自然なように聞こえるだけの、それでいてジーナを安心させられるような都合のいい嘘のつき方ができるものか……少なくともナインには、たとえここで数日がかりに頭を捻ったとしてもそんな傑作のアイディアは捻出できそうにもなかった。


 ならばどうするか?


 理屈がつけられないのであれば、理屈に頼らない説得の仕方をするしかない。


 どういうことかと言うとつまり、



「俺を信じてくれ(・・・・・)ジーナさん。詳しいことは言えないが、俺たちはなにもジーナさんを困らせたくてここにいるんじゃあないんだ。この二人のことはこっちに任せてほしい。そうすればほら、ジーナさんを悩ませている種の一個は当面の間、取り除かれることになるだろう? 局も多少は余裕を取り戻せるんじゃないかな?」



 嘘は言っていない。この言葉の中にジーナを騙そうとするような部分はどこにもない。ただし本来の目的を思えばこれは詭弁もいいところなのだが、ジーナはそれにころっと騙されてしまった。「詳しいことは言えない」ときっぱりと告げているところが彼女の思い浮かべる武闘王ナインの人となりを補強し、何やらナインたちにも事情はあるようだが決して悪人ではないはずだ――と先ほどからの好感もあって理解と配慮がジーナのほうから示されることとなった。


「信じましょう。局員らしい言い方をさせてもらえば、『言質を取った』というやつです。あなたは治安維持局わたしたちを困らせない。監査官と共にいる間は彼女たちの暴走を事前に阻止する。このふたつを私は疑いません――上司にもそのように報告をさせていただきます。よろしいですね?」


「あ、ああ。是非そうしてくれ」


「それではこれで。……ああそれと、そこの二人は一応・・局員としての権限を持っていますから、都市内での捜査権と逮捕権を持っています。なので武力行使全般を禁じることはできませんが、ナインさん。あなたがいれば過剰な行いはないものと思ってもいいのでしょうか」


「お――おう! そこも安心してくれていいぜ!」


「力強い御返事。さすがは武闘王といったところですか……」


 本気で感心した様子のジーナは、自身がナインへ次々とプレッシャーをかけていることに気付いていない様子だ。

 立場はどうであれ、ナインもまた自分と同じく監査官の横暴を目に余るものとみなしているのだと信じた彼女は――実際その印象自体は間違いではないのだが――武闘王の助力をありがたく利用させてもらうことに決めたのだった。


(そうなってもやむなしと考えてはいたものの、本当に監査官らと戦闘になった時はどうなることかと冷や汗を流したが……結果としては悪くないか)


 仮にジーナがシィスィー、センテ両名を下したとしてもその後が困ったことになる。こちらにも言い分はあるがそれが万理平定省に通じるなどとは思わないほうがいい。結果だけを見て局へ処罰が降りることは十分にあり得るし、それを機に監査官たちはそれこそ我が物顔で街を闊歩し、彼らが持つ本来の狙いを悠々と果たそうとすることだろう。


 結局のところどれだけ強がったところで、局として省には逆らえない。ましてや勝つことなんて絶対に無理だ。上下関係によってそもそも勝負にもならないのが実情というものなのだから、これはむしろ僥倖であったのかもしれない。


 武闘王という局にも省にも所属していない第三者。

 彼女の横槍であれば、下から自分たちが逆らうよりも遥かに問題が少なくて済む。

 戦力としても十二分だとたった今証明してもらったところであるし、ジーナとしてはこの着地点は上々のものだと言うことができるだろう。


 またお会いしましょう、と別れの挨拶を口にしてジーナは翼を動かし、ふわりと飛び立っていった。ナインはそれをこころなしか煤けた背中で見送った。クータでよく見ている光景なので翼を持つ人間というものへの驚きはない――彼女の胸中にあるのは「やっちまった」という感情一色である。


「んで? 武闘王様よお。俺らを止めるのがお前の役割だっていうのか? あぁ? 俺の記憶違いじゃなけりゃあ、お前は俺らを手伝うためにここに来てんだよなぁ?」


「……意外と厭味ったらしいやつ」


「あんだと!? お前が維持局に適当ぶっこくからだろうが!」


「マジでそれな。いやー、ホントにどうしよう」


「悩むんだったら変なこと言うなや! 何が悪いようにはしないだ。見事に自分の首を絞めてるだけじゃねえかよ」


 その真っ当すぎるツッコミにナインはぐうの音も出なかった。


壊された民家についてはすぐ修繕されますのでご安心を!

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