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312 蹂躙する乱入者・上

誤字報告ありがてーでごぜーます!

 ここで強化人間アドヴァンス二人のそれぞれの専用装備について解説を行っておこう。


 まずはナンバー6ことシィスィーの持つ『戦槍』。これは全体が銀色に染まった、名が示す通りの槍である。


 騎乗兵の持つような突撃槍ではなく長柄に穂先を付けたポールウェポンだが、そのタイプにしては穂先が巨大なので、実体としては半突撃槍という奇妙なカテゴリに入るのかもしれない。特徴的なのはその形状だけでなく、なんと言っても専用装備ならではの機能だ。アドヴァンスに与えらえる武器は必ず固有能力と相性がいいものとなっている。能力ありきで開発がなされているのだからそれも当然ではあるが、『戦槍』の持つ機能はナンバー5ティンクの専用装備『灰の塔』に次ぐほど簡素シンプルな代物であった。


 それは帯電機能。

 ただ電気を帯びる性質がある、というだけでなくシィスィーの発生させた電力を蓄え増幅させ、その電力を推力へと変換することが可能となる。


 つまり『戦槍』を装備したシィスィーは電撃能力を発揮するほどに自身の駆動速度をも高め、最高で雷速にも等しいだけの速さで槍を振るうことができる。電撃を纏った槍兵がそれだけの速度で自分に向かってくる様など想像しただけでどれだけ恐ろしいことかがわかるだろう。



 次にナンバー7ことセンテの持つ『正拳』。こちらも名の示す通り――と言えるほどわかりやすくないだろうが、カテゴリとしてはガントレットにあたる。


 普段は黒手袋に隠されている彼女の拳は、武装時には黒籠手で覆われるのだ。戦法としては非武装時と同じく接近し殴る、というこちらもシンプルな装備に見えるがその真価はガントレットの内側にこそあった。


 類似している例で言えばナンバー3トレルの専用装備『恋心』。音叉型のそれによって振動を起こし対象の脳を揺らすことで幻惑能力を補助するのがその役割だったが、そちらと『正拳』の違いは振動を外へ向けるか内へ向けるかという方向性の差であった。


 ガントレットの内には小さな針がいくつか存在し、装着することでそれらはセンテの手に突き刺さる。そこから放たれる微量の魔力信号の波長によってセンテの体内にあるナノマシンに命令が行き届き、彼女の副交感神経に作用――その結果として通常時ではどれだけ怒っていても、殺意を抱いていたとしても、決して本気の本気では人を殴ることができないセンテの優しすぎる意識をほんの少しだけ歪める……もとい、是正するのである。


 自身を操ること。ナインの『戦闘モード』にも似た自意識への介入によって『正拳』装備状態のセンテは自己洗脳にも近い形で己が本気を引き出し、容赦なく敵を血祭りにあげることを可能とする。

 直接腕力を増強させるような効果こそ持たないものの元から強化人間アドヴァンスの中でも特に膂力に秀でている彼女が遠慮なしにそれを振るえるようになるのだからその破壊力は推して知るべしだ。



 正面戦闘向き。


 こと「殺し」に限って言えば彼女たち以上の能力を持つ隊員もいるが、しかし直接的なバトルに向くか向かないかで言えば、このシィスィーとセンテこそが部隊内で最もそれに適していることは疑いようもないだろう。



◇◇◇



 さて、場面を今現在の彼女たちに戻してみると――。


 ナノマシンによる自己治癒と元来のタフネスが合わさり、ジーナからしてみれば人型をした化け物としか思えないような両者が揃って切り札を切ってきた。


 無論ジーナには銀の槍も黒い籠手も(どこからともなく現れた異様さはあるものの)ただの武器としかその目には映らない――が、彼女とて騒乱の地クトコステンでまだ数年程度とはいえ立派に治安維持局で勤めあげている身である。


 経験による戦士としての勘は彼女の脳裏に姦しく警鐘を響き渡らせていた……()()()はどうしようもなく危険だ!


 増したプレッシャー。

 僅かに変わった目付き顔付き。

 手の内の得物へ寄せられた信頼。

 そういった様々な観点から自身の窮地を察したジーナが咄嗟に庭とも言える空へ避難すべく翼を動かそうとし――しかしそれよりも早く敵は動き出していた。


 アドヴァンスたちは真っ直ぐではなく、左右へ膨らみ進路を曲げながら目標へ突撃を開始した。ジーナの左からはセンテが。右からはシィスィーが。同時に動きながらも速度で勝るシィスィーのほうが幾分か先に槍を届かせるだろうが自前の脚力で駆けるセンテもまた驚嘆せしめるほどに速い。遅れはすると言ってもそれは刹那にも満たないような時間差で――つまりジーナは恐るべきアドヴァンスからの挟撃にどうにか対応することが迫られる。


「~~ッ!」


 不可能だ、と。


 敵の初動とその一瞬後に訪れる自身の未来予想図を見てしまったジーナの表情が青く染まる。


 攻め入られる側であるジーナが幻視した予想は攻め入る側のシィスィーが打ち立てている戦闘プランとほぼ一致している。今にも自身の持つ『戦槍』が敵をぐさりと貫くだろう。決着の一撃を予感して戦意を漲らせながら亜雷速で疾駆する彼女は――その極小の間に瞠目させられた。



(おいおい、んなバカな!? 電撃作戦ブリッツアクセル決行中の俺に、こいつ――っ!)



 高速の世界、歴戦たるジーナでも対応に追われ焦燥に顔色を変えるほどの狭き時間間隔の中で、突如としてその少女が視界に入ってきた。



 それはナイン。

 白い髪に薄紅色の瞳。そしてそら恐ろしいまでの美貌と強さを持つ武闘王。



 そんな彼女が淡い色合いの瞳を今は深い色へと変えながら……深紅の双眸でこちらを見据えながら()()()()()()自分とジーナの間に立ち塞がるようにして姿を見せている――。


「が……っ!」


 そして気が付けばシィスィーは地面に組み伏せられていた。


 ただ倒されただけでなく思い切り引き倒されることで地にぶつけられて、だ。


 能力による加速をしていたこともあって彼女は全身に強烈な衝撃を受け、耐え切れず息を吐く。槍を持つ手を放すことこそしなかったが、意識が飛びかける――今、自分は何をされた?


 ぐいと引き上げられる。まるで小動物でも扱うように、見かけ通りの体重をしていない強化人間アドヴァンスの身を軽々と持ち上げるナイン。「ッ……!」とシィスィーは反撃のために槍を振るおうとしたが、それよりも断然早くに蹴りつけられた。咄嗟に持ち上げた槍を攻撃ではなく防御のために使うもほとんど意味はなかった。その威力を減退させることなど一切叶わず、シィスィーは再度民家へと叩き込まれてしまう。


「ぐぁっ――!」


「……!」

 仲間の悲鳴を聞いたセンテがすぐさま身を翻し、標的を変えた。


 彼女は誰にも阻まれることなく目標ジーナの下へ辿り着いていたが、肝心の相手が謎のオーロラのようなものに包まれ守られたことで手出しができなくなってしまっていた。

 センテはそれがティンクたちからの報告にあったナインの操る障壁であることを一目で看破したが、見破ることはできても破ることはできなかった――『正拳』を思い切り振りかぶって殴りつけてみたが、虹色の壁はびくともしなかったのである。


 これを打ち破るためには少なくない時間と相当な労力が割かれる、と冷静かつ正確に分析を下したところの彼女の耳に、シィスィーのあげた痛ましい声が届いたのだ。


 障壁の存在からそちらの様子を直接視認するまでもなく『武闘王ナイン』による邪魔が入ったことを理解したセンテは一切の迷いなく動き、振り返りざま即座に距離を詰め、こちらに背を向けたままでいる白い少女へ最速で最大限の殴打を打ち込んだ。


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