311 強化人間対鳥人少女
「なあ……これってどっちが悪いんだ?」
「わかんない」
「さての」
「双方に問題ありかと」
『どっちも悪いってことで』
ナインの問いかけに返ってきた言葉はどれも味気ないものだった。と言っても、彼女たちはシィスィー側のこともジーナ側のことも何も知らないのだ――所属の違いはともかくとして、何故こうもいがみ合うことになったのか、その事情や経緯に関してはさっぱりなのである。
故に、「どちらが悪いか」などと聞かれたところで返しようがないのだ。
「んむむ……オイニーの言ってた通り、とてもじゃないが現地職員とは協力できそうにもない感じだな。さすがにここまで仲が悪いとは思ってもみなかったけど」
「仲が悪いどころの話ではないのでは?」
「ばちばち戦ってるもんねー」
「というか主様よ、ここは止めなくてもいいのか?」
「やっぱ止めなきゃダメかな? 正直関わりたくないんだが……しゃあないな。喧嘩両成敗ってことで終わらせるか」
「私もお手伝いしましょう」
「おう、頼むわ――いやダメだ。お前が出張るとなんかもっとややこしくなりそうな気がした。ここはクレイドールじゃなくて、フェゴールに頼もう」
『え、またボクかよ……あーはいはい、サポートしますよっと』
「じゃ、いくか」
子供同士の諍いを止めるような軽い調子でナインは前へ出る。しかしながら彼女たちの眼前で繰り広げられている戦闘はほぼ殺し合いに近いような壮絶なものだ。当然、戦っている当人たちのテンションはナインと比べて山頂と海底を比するような極端なまでの高低差があった――。
◇◇◇
「風門――『風車』!」
「!」
激しく回る風の塊をセンテは交差させた両腕で受けた。かなりの重さだ。常時発動中の『風門・風走り』によってジーナは身体能力だけでなく門術にも強化を施している。火力ならぬ風力を増したその攻撃はひとたび受けようものなら防御ごと体全体を持っていかれぐしゃぐしゃに潰されかねないだけの威力がある――ところが。
「はぁっ!」
「ちいっ、馬鹿力が!」
腕を力強く払うことでセンテは難なく風車を弾き飛ばす。そのまま反撃へ入ろうとするがジーナは用心深く、風門を放つと同時に後退して距離を取っていた。それは肉弾戦主体の戦い方をするセンテにとっては遠すぎる距離。無理に詰めようとしてもまたぞろ門術を浴びせられることは目に見えている。たとえモロに食らったところでセンテなら大した痛手にもならないだろうがしかし、足を止められてはワンテンポ遅れることになる。
時間としてはごく短いものとはいえその遅れはジーナが再度距離を取るのに十分すぎるだけの間を与え、追いかけっこは終わらない。
なのでセンテが得意の近距離戦に持ち込むためには何かしらの工夫が必要となる――ただし今この時、彼女は手練に悩む必要などなかった。
何故ならセンテは一人で戦っているわけではないからだ。
「はっはあ! 俺のことを忘れてんじゃねーぜ鳥女ぁ!」
「くっ、目障りな……!」
閃光が瞬く。下がった先から迎え撃つように全身に電光を纏わせるシィスィーが迫ってきていた。ただ近づくだけでなく右方より回り込むようにしながら、偏向的な光の放出のさせ方によって――と言えるほど光量の調節はされていないのだが、少なくともシィスィーの気の持ちようとして――用途で言えば閃光手榴弾のように相手の視界を悪くさせつつの厄介な接近方を実行。
その移動速度の速さと相まってジーナは一瞬、少女の姿を完全に見失ってしまう。
対象を視認できない状態。それは言うまでもなく戦闘においては致命的なもの。相手の視野から外れたことを悟ったシィスィーの口元ににやりとした笑みが浮かんだのは、確実に次の一撃が通ることを見越したからだ。
しかし。
「……実に短絡的だな、開発局の犬め」
「ンだとぉ!? ――ぐぅお!」
「少し目を悪くさせたくらいのことで!」
見えていなかったはずのジーナはそれでも的確に動いた。
右斜め後方から急接近するシィスィーを彼女は振り向きながらの鋭い回し蹴りで迎撃してみせたのだ。
シィスィーは体格が幼く、それゆえに間合いも狭い。有効射程で言えば電撃込みで測っても身長で勝られている分、肉弾戦主体のセンテともそれほど変わらないというのが実情だ。
少女ながらに手足がすらりと長く、風門による攻撃も可能とするジーナのリーチとは比べるべくもない。
『風走り』によって強化された脚力で蹴り飛ばされたシィスィーはそのまま、しっかりと戸締りのされた無人の民家の窓へ突っ込んでいった。
もしも彼女が電撃を自由に飛ばせたのであれば、今のようにはいかなかっただろう。襲い来るのが彼女だけでなく電撃による牽制も混ざればとてもじゃないが咄嗟の動きだけで対処できたとは思えない――その点は明確に【雷撃】に劣っているとジーナはここまでの戦闘で看破している。
が、息を吐く間などありはしない。たった今風の動きでシィスィーが近づいていくる方向を見破ったのと同じ手法で、今度は背後から不意を打つようにセンテが迫ってきていることにジーナは気付いた。地面を蹴る。同時に翼をはためかせる。
その予想外の動きにセンテは戸惑ったようだった――さもあらん。ここまでジーナがあえて翼を使っていなかったのは決定的な一発の機会を作るためである。二対一のまま戦闘を続けるのは愚策。考えるまでもなくそう判断した少女は、まずはどちらか片方を戦闘不能に持ち込むことを念頭に置いていたのだ。
その絶好のチャンスが、この瞬間。ジーナは躊躇うことをしなかった。翼の滑空を利用した遠大なジャンピング宙返りによって戦闘機のループが如く敵の背後を取った彼女は、その最中にも魔力を練り上げることを忘れず、迅速に自身最高の門術を敵へと放ってやった。
「『風門・暴』!」
「……っ、!!」
たちどころに発生した暴力的なまでの乱流する風。それを背面から叩きつけられたセンテは言葉もなく前方へと吹っ飛んでいく。狙ったわけではないが相方が消えたのと同じ場所の窓枠を破壊しながら――つまりは一般人の家の外壁を派手に壊したということだがジーナは「必要な被害である」と流している――彼女の姿も同様に見えなくなった。
「……まずは一人」
確かな手応えがあった。
今のは最高の一撃が、最高の入り方をした感触だ。
師匠である【風刎】ゼネトン・ジンより教えを賜った風術の『暴』は先ほど使った『風車』などでは十度同じ敵に命中させても追い付けないような威力差がある。それだけのものをああも無防備に食らったのだから、センテはもはやリタイアを避けられない。最低でもしばらくの間は戦える体ではなくなっていることは確実だ。
だが相方が倒されたことでシィスィーはより激しく攻め立ててくるだろう。こちらから様子は窺えないが、今頃民家の中では追って飛ばされてきたセンテの容体を見てシィスィーが怒りに顔を歪ませているであろうことが予想できる。今にも猛烈な勢いで飛び出してくるはずの少女に備えてジーナは油断なく身構えながらそちらを注視していたが――彼女の予想はてんで外れてしまう。
割れた壁から姿を現したシィスィーは激高して突撃……などという真似をしようとせず、今なお好戦的な笑みを浮かべたままで、その様相から逸りは一切見られない。それだけならまだよかった――しかし真の予想外はその横にいた。
「な、んだって……?」
センテだ。とても無事では済まない、済みようがないあの一撃を受けていながら彼女は澄ました表情でシィスィーの横に立っている。ダメージがなかったわけではないようだが、しかし彼女はほとんど痛痒を見せていない。少しばかり手痛いのを食らった。その程度でしかないように見える。
――あ、あり得ない。どれだけ頑丈ならそんなことが……。
絶句するジーナ。
目の前の少女たち、とりわけセンテに関して言えば種族としてタフな獣人すらをも遥かに凌駕するだけの肉体スペックを持っていることに――それを局長エディスや先輩メドヴィグから聞かされていたというのに、否応無しの実感によって少女の背筋にぞわりとした怖気が走る。
今自分が戦っているものは、果たしてどんな生き物なのか?
「やりやがるじゃねえか、あいつ。強化人間二人を相手にここまで立ち回るたぁな。さすがに獣人ってのはどいつもこいつも一筋縄じゃいかねえみてえだな」
「生まれながらの戦士、ですものね。若手のジーナちゃんでもここまでやるというのは私にとっても意外だったわ――だから、もういいわよね?」
「ああ、いいともさ。メドヴィグ・ドーグからこっち、治安維持局に舐められっぱなしってのは俺の気が収まらねえ。『使う』ぜ、専用装備」
「許可しましょう」
はっ、とシィスィーが嗤う。
その顔はまるで獲物を前に舌なめずりをする、一匹の獣のようだった。
「っ……!」
高まる両者からの圧迫感にジーナが思わず息を呑む中、とうとう秘匿強襲部隊『アドヴァンス』の構成員たちはその真骨頂を見せるべく己が最大の武器を手に取った。
「――来いよぉ、『戦槍』!」
「――来なさい、『正拳』」




