305 剣の名は月光剣
「月光剣っていうのは、いったいどういう武器なんですか?」
店主が店の奥から引っ張り出してきたナインの背丈と同程度の刃渡りを持つ長剣――その名も『月光剣』。高額な代金を支払ったあとから品物の説明を聞くという大富豪のような物の買い方をしているナインだが、もちろん彼女に成金趣味を楽しもうなどという気は皆無である。
刀身が薄青にぼんやりと光っているその剣は、一見すると実用性皆無の装飾剣……式典などで用いられるいわゆる儀礼用の武器のようであり、その見た目のせいでなおのこと成金感が高まっている。が、ナインは月光剣が決して見栄えだけのために作られた代物ではないことを既に悟っている。
魔力の波長。超常的感覚にはあまり敏くないナインでもそれを感じ取れたのだから――正確には彼女というよりも彼女の体内の聖冠が教えてくれたと言ったほうが正しいが――気配というものにとりわけ敏感な彼女はというと当然、月光剣の異常性にもとうに気付いていたようだ。
「これは……『魔剣』だの? 剣そのものが魔力を放つ魔武具の一種。しかしこうも静かでいながら、これほどまでに濃密な魔力を持つ剣などそうはあるまい。店主よ、これはどういうことなのだ?」
主に代わってジャラザがドワーフの店主へと問いかける。その目付きは先ほどよりも幾分か鋭くなっていた。「どういうことか」という質問は月光剣の詳細を聞き出そうとする以外にも、これだけの品をポンと渡す彼の行動の真意を問う意味のものでもあった。
これは間違っても商品として売りに出すような一品ではない。
剣についての知識は持たずとも、魔力の波だけでも十分にそう判断できる。ジャラザですらもそう思うくらいなのだから、作り手でもあり売り手でもある店主が、それも鉄と熱の種族であるドワーフの彼が軽々と客とはいえ出会ったばかりの人物に売り渡すなど、とてもじゃないが考えられない。
ましてや、これが買いに来たのが一流冒険者であり一流剣士でもあるミドナ・チスキスのように武器についての見識も知識も併せ持つような人物ならまだしも……自分たちは傍目から見ればただの小娘四人組である。特に闘錬演武大会での出来事を一切知らない様子の店主からしてみれば、一層おしゃまな子供たちとしかその目には映らないことだろう。
あらゆる点で不自然。
提示した金額も高価ではあったが物の価値を思えば桁がふたつ、ひょっとすれば三つ以上足りていないであろうことも店主の行動の怪しさに拍車をかけた。
それゆえに厳しい目を向けるジャラザ。年頃に似合わぬ迫力で店主の真意を見抜こうとする彼女に、しかし彼はまるで臆さず、どころかそれ以上の真剣味を持って見返した。
「わしは戦士ではない」
「? うむ、鍛冶師なのだからそれはわかっておるが……」
若干戸惑うジャラザへ店主は「そうじゃろう」と頷き、
「体は頑丈だし力もある。鍛えとらん只人よりはこれでも遥かに強いじゃろう――じゃがわしはあくまで武器を作る者であって、振るう者ではない。戦うことに関しては素人も同然じゃ……じゃがの。こんなわしでも、武器に相応しい持ち手というものを見分けることはできるんじゃ」
それは鍛冶師兼武器屋店主として培った眼力。ドワーフの多くが持ちうる種族特有の感覚器官とも称せる、人と武器との相性や格というものを我知らず判別してしまう血の特性。
彼には最初からわかっていたのだ――店頭に飾られているような武器類の中に、少女たちの、なかんずくリーダー格と見受けられる白い髪の少女のお眼鏡に適うような品などひとつもないということを。
彼の武器作成の信条は『使い手を選ばない武器』である。素材の選別からも軽量性と頑強性の両立を目指し素人にも玄人にも「これならば」と思わせるような武器とすることを主題としている。
まるでドワーフの眼力に対するアンチテーゼのように癖なく扱いやすい武器を作り、人が剣に振り回される事態をなくそうとする彼は、その目標のために冒険者ギルド御用達の鍛冶師の一人となっているのだが――とまれ「誰にでも扱える」というのにも限界はある。
玄人にも満足できる一品を作っている自負はあるが、同時にとびぬけた強者には自分の武器では満足してもらえないことを自覚してもいた。
真の強者は彼が打った程度の武器は振るえない。
それは比喩でもなんでもない。そこいらの武器では、本当の強者が本気で振るえばそれだけで壊れてしまうのだ。当然、彼らが行うような戦闘についていけるはずもなく、ビギナーまで見据えるが故にこの店の品では一流と呼ばれるような者たちの実用に耐えうる物はひとつもなかった。
この、月光剣を除けば。
「やはり、と思った。初めからなんぞ、普通じゃないとは思っておったんじゃ。白いお嬢ちゃんがどれを買おうかと選ぶのを見て、確信したとも。おぬしに相応しい武器はこれしかないとな」
人が武器を選ぶとき、武器もまた人を選ぶ。
双方の格が釣り合っていないことには人も武器も真価を発揮することはできない。
そういう意味で彼が作る品は幅広く持ち手を受け入れる武器であると称せられるが、月光剣はその逆。
要は持ち手を選びすぎる剣であったのだ。
「分かっておるじゃろうが、そいつはわしが打った剣じゃあない。父から譲り受けたもんじゃ。父は祖父から、そして祖父は種族の違う友人とやらから譲り受けたと言っていたそうな」
今は無き『月の篝場』という常に夜が明けない神秘の地にて、月光を悠久の間浴び続けた特殊な石が自然と剣の形になった――故に、月光剣。
薄青はまさに昏き時間の道標となる優しくも妖しい、暖かくも冷ややかな、夜の一帯を睥睨する女王の振りまいた魔光の残滓にして灯火であった。
「ようやくじゃ。ようやくわしの前に、月光剣を持つに相応しい者が現れた。それがおんしじゃよ、白いお嬢ちゃん」
「俺が、ですか? でも俺、剣の扱いなんてまったく知らないんですが……」
「そんなもんはあとからついてくる。というより、月光剣ほどの物となればもはや剣術どうこうとはならんじゃろうて。それを振るうに必要なのはとかく、それと対等以上の格を持つこと――つまりは『異常性』の有無こそが肝じゃな。そこに剣を振る技量云々などというのはおおよそ関連せんとも」
「い、異常性……」
その言葉の響きに多大なショックを受けるナインだが、店主はやはり真剣な顔で頷いた。どうやら彼は少女を貶めるつもりで言ったわけではないようだった。
「そうとも、ウン百年も持ち手を待ち続けていた月光剣が、ようやく人を認めたんじゃ。おんしのほうもそれを感じておるんじゃないか?」
「…………」
そう聞かれ、ナインは改めて手に持った剣を眺めた。異彩を放つ見た目ではあるものの、飾りに乏しく刀身も柄も造り自体は標準的……いやむしろ簡素だとすら言える。かなり大振りの両刃剣――種別としては大剣の部類に入るだろうか。大きいだけあって当然重量もあるが、その重さは剣の見かけを優に超すような不可思議なもの。だがそのおかげで怪力を有すナインにとっては持ちやすく、そして振るいやすそうでもあった。
きぃいいん――と薄青がその発光を僅かに強める。
それはまるで、月光剣のほうもまたナインをじっくりと見つめ返しているかのようだった。
「……なるほど。店主さんの言う通りみたいだ。こいつ俺に命じてやがるぜ――『自分を使え』ってな」
「いんや、命令ではない。それは月光剣なりのお願いじゃよ」
「ふふ……お願いね。気に入りました。こいつは大事に使わせてもらいましょう」
どうやらナイン独特の感性に上手くハマったらしく、月光剣はただの買取品から無事、ナインの所持品となった。言うだけあって店主の識別は確かだったようで、少女と月光剣の相性は悪くない……どころか頗る良くあるようであった。
「月光剣は自ら剣の形を取った意思持つ石じゃ。伝え聞いた話が真実であれば――わしはそれを疑っておらんが、おそらくおんしの剣士としての技量や使い方に合わせていずれ形を変えることじゃろう」
「へえ……」
聞けば聞くほどに面白い剣である。
魔剣というものは全部そうなのかと訊ねれば「まさか」と返ってきた。魔武具の中でも月光剣は一等特別な物であるらしい。
「魔武具にもランクがある。一級から四級に分けられるが、これは冒険者の等級とは反対に数字が小さいほうが格付けとしては上となる」
「初めて聞きました。ちなみに、刃が届かなくても振れば相手を斬ることのできる魔武具ってのはどれくらいのランクになりますか?」
「ふぅむ……威力や使用条件を知らねばなんとも言えんが、斬撃を飛ばすような物なら大方四級から三級じゃな。それがもし、もっと上の事象を生じさせる物であれば最低でも二級以上は確定じゃが」
「はー、なるほどなるほど。だいたいですけどわかりました。じゃあ、この月光剣はランクだといくつくらいになるんです?」
「特一級」
一級から四級の四段階。しかし同じ一級同士でもその効力によって順位がつけられることもあった。そんなことはもちろん知らないナインだが、しかし言葉の意味は彼女であってもほぼほぼ正確に理解することができた。
「特一級……それって普通の一級よりも、上ってことになるんでしょうか?」
「うむ。その剣が振るわれたところをわしは見たことがない。なんで、そいつが実際どれほどの力を持つかはわしにとっても未知数じゃが――しかしそれでも。間違いなくそいつは魔武具として最高峰の剣であると、火神イグニが眷属神、鍛冶神トレイラモに誓って保証しようじゃないか」
髭の合間からにっかりと歯を見せて、人好きのする笑顔で店主はそう太鼓判を押したのだった。
絶対に持てあますと思う(他人事)




