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304 亜人特区

あけましておめでとう!

今年もよろしくお願いします

「なぜエルフのことなんぞをわしに聞くんじゃい、キモノのお嬢ちゃん」


「う、うむ。すまなんだ、配慮が足りんかったの。しかし言った通り、儂らはこの街に来たばかりなのだ。情勢にも情報にも疎く、知識がまるで足りとらん。せっかくこうして出会った縁だ、店主のような優しき御仁に是非とも色々と教えてほしいと思ったのだが……ダメかの?」


「むう……、いや、いいじゃろう」


 物作りに強く、集まれば酒を飲み管を巻き大騒ぎする。低身長ながらに魔法よりも肉体に重きを置いたパワーファイター。そういった特徴を持つドワーフは、あまねく魔法の才を持ち、自然と静寂を愛し、例外なくすらりとした体付きをしているエルフたちとはあらゆる意味で対極の種族である。加えて言うなら誰もが髭もじゃでむさ苦しいドワーフと、見目麗しく涼やかな容貌を持つエルフでは顔のつくりという観点でも正反対の関係にある。


 そんな何もかもが対照的な種族同士だからか、ドワーフとエルフは顔を合わせれば必ず険悪な雰囲気になってしまう……というのはかなり一般的で有名な話だ。獣人以外の亜人種も他国と比べれば見かけることの少ないこの国の中ですらもそれだけ知られているからには、それだけ二種族の不和が根深いものであることがわかる。


 そのことを思い出すのが遅れてしまったジャラザはついうっかりとドワーフである店主にエルフの話題を出した――それも「店はないか」と訊ねるという、余計にライバル意識を刺激させるような聞き方をしてしまった。


 一目で機嫌を損ねたのがわかる店主に、ジャラザは思いっきり下手に出た。自分の見た目が少女であることも利用して――忘れがちだが彼女は元『青蛇』である――しおらしく心から申し訳なさそうにしながら、頼れる者が他にいないことまで丁寧にアピールする。


 ジャラザの策は完璧だった。子供相手に怒るのでは大人げないとでも思ったのか店主は謝罪するジャラザを快く許そうという意思を見せた。

 あるいは彼も元から彼女に対して怒っていたのではなく、あくまで話に出てきたエルフへと怒りを向けていただけなのかもしれない。


「お嬢ちゃんの言う通り、エルフの連中もわしらと同じくクトコステン、この中央帯の別区で『風の通り道』なる骨董具アンティークマジックアイテムなんかを取り扱う場所を作っとったが……それも一昔前の話じゃ」


「なぬ? それでは今はもう、『風の通り道』はなくなったのか?」


「いや、まだそこで店を開いているエルフもいるはずじゃ。しかし数は相当少なくなった。なんせエルフというのは争いと喧騒を嫌悪する種族。クトコステンはここ十数年で一気に荒れてしまっておるからの……我慢の限界とばかりに街を捨てる――だけに留まらず、国を捨てるように店を置いて出ていくエルフが最近では多なったわい。まあ、この国ではわしらのような亜人・・がクトコステン以外で商売するのは難しいからの」


「ふむ……獣人以外の種族はほぼ中央帯で店を開いていると聞いた。商売人のエルフがこぞって出ていったということはつまり、街にはもうほとんどエルフは残っていないということか?」


「わしも奴らの人数なんぞ把握しとりゃせんので、はっきりしたことは言えんが……そうさな、今でも残っているのは余程稼げているエルフか、忍耐強いエルフか、何かしら土地を捨てられんだけの訳を持ったようなエルフくらいじゃろうて」


「捨てられない訳だと? それはどういったものかの」


「ほっほ! キモノのお嬢ちゃん、そりゃ人それぞれじゃよ。そもそもクトコステンにおる時点で皆大なり小なりわけを抱えておる。そういう連中が集うのは場所が決まっているものじゃ。この街もそうじゃし、『流れ着きの森』や『思想家たちの谷』もそうじゃ。人あるところに事情あり、じゃな」


「なるほどの……」


 亜人特区。


 そんな名称ながらに万理平定省所属の執行官オイニー・ドレチドでさえその実態を皮肉げに語る広い檻のような街、クトコステン。ただそれが曲がりなりにも都市としての形を保てているのは、やはりそこに必要とされるだけの理由があるからなのだ。仮にここがアムアシナムのように都市解体ないしは再編をされるとなれば、宗教会という一応のまとまりがあったかの宗教都市とは比較にならないほどの大混乱・・・が起きることは避けられないだろう。


 そう思わされる程度には、住民それぞれに何かしらの事情があり、それぞれの向く方向が違うのだと店主の話で少女たちは理解する。



「なあ、俺からもちょっといいかな」



 と、そこで黙ってジャラザと店主の会話を聞いていたナインがまるで挙手でもするかのように手を上げながらとある質問を口にした。


「店主さん。そもそもなんで亜人が――とりわけ獣人が、ひとつの街に押し込められるようになっちゃったんですか? 人権的後進国だなんて揶揄している知り合いもいましたけど、これは遅れているなんてものじゃない。積極的に人の社会から獣人を切り離そうとしているんだから、むしろ望んで逆行しているくらいじゃないですか」


 他国はそうじゃない、というのはオイニーの口振りからでも十分にわかることだ。只人にんげんも亜人種も、国ごとにその融和の度合いはまた違ってくるだろうが、少なくともこの国がその中でも一等亜人種への扱いが悪いことは考えるまでもなく明らかである。時代の流れにそぐわない、それどころか流れに逆らってまでこんな『政策』を取る理由はなんなのか? それがナインにはどうしても疑問であったのだ。



「そうじゃのう。きっかけと言うのならやはり、大戦時代初期にまで遡ることになるか。当時、国の歴史上初となる王族直属官に獣人が起用されて――そいつが()()()()()()()()を仕出かしたおかげで、アルフォディトも大戦の渦中に飲み込まれたというぞ」



「とんでもないこと、っていうのは具体的には?」


「いやぁ、なにしろわしの爺様がまだ赤ん坊だった頃の話じゃしの……口伝えで聞かされたことがあるというだけで、当時の詳しいことまではわからんよ。ただ、それが原因で王様が落命したともいう。大戦によって多くの人命が失われたことを思えば、只人が獣人を排斥しようとするのも当然の心理じゃったじゃろうな。クトコステンという箱庭を与えられているだけ、まだ温情なのかもしれん」


 どこか遠い目で深く感慨に耽る店主。自身の祖父がどういう青年時代を過ごしたか、その苦労に思いを馳せているのかもしれない。

 その邪魔をしては悪いと思ったナインは、一旦彼から目を離してジャラザとクレイドールを見たが――彼女たちは揃って首を横に振った。


「ワイヤードのアーカイブに潜ってみましたが大戦時代の記録はほぼみつかりません。もしも発見できる可能性があるとすれば、首都。それも国の最高機関である万理平定省から直接ハッキングするくらいしか方法はないかと」

「儂も駄目だな。先祖たちの記憶では国の内部にして深部で起きた事件の詳細までは掴めん。そも、大戦中のことですら茫洋としておるのだから元から望むだけ無駄というものだったがの」

「クータも知らない!」

「それはわかってる」


 なんの情報も伝手も持たないくせに一丁前に元気よく報告してきたクータの頭をわしゃわしゃと撫でるナインだった。



◇◇◇



 喋らせるだけ喋らせて冷やかしで帰るのも悪い、ということで何かしら商品を買おうとしたナインだったが、ナインズのメンバーの誰もが武器を使うバトルスタイルではないために必要と思える物が探せども見つからず、かといって無用の長物を買い込んで荷物を増やすだけに終えるのもなんだかなといった感じで困ってしまった。


 渋い顔で店内を見回す一同をどう思ったのか、店主はエルフの話題を出された時以上に憤慨した様子で足を踏み鳴らしながら奥へ引っ込んでいった。今度こそ完全に怒らせてしまったかと不安げに顔を見合せたナインズの下へ、とあるひとつの剣を手に持って彼は現れた。



「どうじゃあ! これがこの店一番の剣――その名も『月光剣』じゃ!」



 きらり、と月の光を連想させる青白く妖しい輝きを刀身から放つ一振りの剣。その存在感は凄まじく、七聖具などとはまた違った物静かなプレッシャーを放っている。


 見かけは質素ながら質のいい武器を作る、というのが売りであるはずの彼の工房から出てきた思わぬ一品の登場に少女たちがただ呆気に取られていると、店主は手の中の剣を掲げるようにして言い放った。



「ここにある武器がお気に召さんと言うのなら、仕方なし! 遠慮なくこれを持って行けぃ!!」



 ……血走った目でそう叫ばれ、ナインは思わず「は、はい」と頷き、本来ならまったくもっていらないはずの剣の購入が決まってしまった。


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