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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
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29 それぞれの相手

 ナインが身構えると同時、聖冠もきちりと動きを止める。

 彼女こそが敵対者三名の中で最も危険な存在であると分析し、最優先排除対象として認定したのだ。


 互いが互いを脅威と認め、赤い眼差しが交錯する。異様な緊張が高まり、その場の全員の肩に重石が載るような重圧を生じさせながら――睨み合いの均衡は不意に途切れた。


 どがんっ! と急に音だけが響いたように感じられた。気付けばナインも聖冠も姿を消しているようにしか、常人には受け取れなかっただろう。だがリュウシィの鍛えられた動体視力はこの一瞬で何が起こったのかをはっきりと教えてくれた。


 仕掛けたのは聖冠が先だった。

 床を蹴り、尋常ではない魔力を漲らせながらなんらかの攻撃を開始しようと――したところを、すかさず前へ出たナインに蹴り飛ばされた。相手が動き出すのを見た彼女が後の先を取ったのだ。聖冠は成す術もなく宙を舞うが、その最中に何か(・・)をした。するとナインの体がまるで聖冠に引きずられるようにしてその後を追う。

 目を見開いたナインはしかし碌な抵抗もできないまま、結果的に一人と一個は揃って館の外へ吹き飛んでいった。


 砕け散った柱と窓ガラス。ぽっかりと空いた穴からはけたたましい轟音が響いてくる。

 どうやらナインと聖冠は戦場を館外へと移したようだ。


 どうしても聖冠とナインが消えた先へ視線が集中する中で、真っ先に動き出したのは――ディゲンバーであった。


 彼は敵が集中を切らしているのをいいことに、命を獲るまではいかずとも手傷を負わせるべく駆け出した――まではいいが、その行く手を突如出現した炎が阻み、彼は足を止めざるをえなかった。


「はああぁっ!」

「ぐうっ……!」


 視界から消えた主人へ気を取られながらもディゲンバーの接近を察知したクータは、とりあえず相手へ炎を浴びせて進路を防ぎ、続けざまに肘と足裏から炎を噴出させることでロケットのような推進力を得て、迷いなく突貫。


 激突を受けたディゲンバーは衝撃を受け止めきれず、背中を強かに壁へと打ち付け、そのまま突き破って隣の部屋へと押し込まれる。それでもまだ突進をやめようとしない少女へ、痛みを堪えながら前蹴りを放つ。あっさりと顔を上げて躱されるが、すかさず両目へ掠らせるように横薙ぎの手刀を振り抜く。それを嫌ったクータが上半身を仰け反らせながら一回転して距離を取ったことで、ディゲンバーも体勢を立て直すことができた。


「ゾンビ顔! おまえはクータが燃やす!」

「舐めるなよ、ガキが……」


 揚々と宣言するクータに対し、忌々しげに言葉を漏らすディゲンバー。二人が部屋を移して相対することで、場に残されたのはリュウシィとオードリュスだけになった。


 二か所からの戦闘音に挟まれながら、オードリュスが面白がるかのように目を細める。


「おーおー、あっちでもこっちでも始まっちまったなあ……ってことは、俺の相手はお前がしてくれんだな? ドチビちゃんよ」

「元からそのつもりさ」


 たっぷり楽しめよ――そう呟いて構えを取ったリュウシィ。

 対するオードリュスは特に何をするでもなく、自然体のままで立っているだけだ。


 油断しているようにしか見えないその姿に、けれどリュウシィは気を緩めたりはしない。彼女は知っている。聖冠がその所持者へもたらす恩恵の凄まじさを。なにぶん伝承のようなものを伝え聞いているだけなので、その効力を正しく把握しているとは言い難いが、それでもある程度なら分かっている。


 聖冠とは無限の魔力が宿るおよそ人知を超えた聖具であり、所持者へ対価なく無二の魔の才を与える魔道の戦具である。真に恐ろしいのは高位の魔法使いが被ることだが、仮に魔法に関する才能が皆無の者であったとしても、正しい手筈で解放することさえできたのであれば――。


 その者は並み居る魔法使いを遥かに凌駕する技量を、労せず手に入れることができる。


 そしてそれは、目の前の男にも言えることであった。


「この暗黒館をお前の墓標にしてやるよ!」


 オードリュスが魔力を放出させる。リュウシィの懸念通り、その規模は修練を積んだ魔法使いと比較してもなんら劣らぬものだ。予感の的中に彼女は厳しい目付きになりながらも臆することなく歩を進めた。


「突っ込んでくるとは正気か!? 『オールレンジスタン』!」


 オードリュスの周囲に火花が散る。麻痺効果の付随する電流が無差別に迸っているのだ。隙間なくオードリュスを包む魔法は攻防一体で、隙が無い。こんな中に無策で近づけばどうなってしまうかは火を見るより明らかだろう。


 オードリュスは歯噛みするであろうリュウシィを予見し、下卑た笑みを浮かべた。

 しかし、すぐにその顔は驚愕の色に塗り替わる。


「なっ、なんだと? なぜなんともねえ!?」

「私の肌は特別製でね。ちょっとの電気なんて弾いてしまうし、麻痺だってこのぐらいならレジストするまでもない」


 瞬く電流の中を平然と歩むリュウシィはきつく拳を握りしめた。ぎちりと音が鳴りそうなほど力の込められた腕を見て、目敏く攻撃の気配を察知したオードリュスは慌てたように次の魔法を唱える。


「『フレイムブラスト』!」


 ごっ、と猛火がリュウシィへ吹き付けられる。直撃だ。焼け転がる彼女の姿を幻視するオードリュスだったが、


「ぐげえっ!」


 腹部に生じた痛みで逆に自分がのたうち回るはめになった。


「おっと、二重障壁とは……聖冠ってのは本当に恐ろしいアイテムだね。私の拳を食らって床を転がる元気があるんだから」

「いっ、痛えっ! 守りは万全のはずなのに、なぜっ……い、いやそれより!」


 床に手を突きどうにか上体を起こしながら、オードリュスは五体満足のリュウシィへ疑問をぶつける。聖冠から力を授かったはずの自分は最強だと思っている彼だ。それを圧倒するリュウシィに対し、戸惑いよりも憤りが上回っているのだろう。


 だから叫ぶ。


「俺の炎を浴びてどうして生きてる?! それどころか、傷ひとつねえとはどういうことだ!」

「私に炎は効きが悪い。ただそれだけのことさ。そして、こっちの拳は万全に守られているあんたにも通じる、と……実に明瞭じゃないか?」


 見下しながら淡々と告げるリュウシィに、オードリュスの顔色が変わった。

 ふるふると唇を震えさせ、激高とともに立ち上がる。


「ふ、ふ、ふざけてんじゃねええぇえ! 『アシッドミニド――ぐっはああ!?」


 リュウシィは待たない。

 素早く殴りつけることで詠唱を中断させる。

 生まれからして普通の人間からは程遠い肉体強度を得ている彼女には、いかに量に優れていようと借り物の魔力による攻撃などほとんど通用しない――けれど、いちいち魔法に付き合ってやる義理などないのだ。


 どれだけオードリュスの魔法戦が拙いものでも、聖冠から送られている魔力は質も量も本物だ。どの程度までの魔法が使用可能なのかも不明なのだから、慢心すれば足をすくわれかねない。それに聖冠の確保という新たな任務も控えているのだ。


 ――ここは何もさせずに仕留めるが吉だろう。

 リュウシィはそう判断していた。


(七聖具には自動修復機能が備わっていると聞く。ナインがうっかり壊してしまうことはないだろうけど、そうなると今度は確保が難しい。痛めつけて落とすという捕縛の常套手段が使えないってことだからね……。ただし、聖冠が暴れているのはこいつの指示によるものだ。所持者のこいつの息の根を止めてしまえば、聖冠もその動作を止めるはず。やはりちゃっちゃと殺すべきだな)


 突入時には生け捕りも視野に入れていたリュウシィだが、状況が変わった。七聖具が関わってくるとなれば、その確保が何より重要になる。暗黒座会ボスの命などそれに比べたら些末事もいいところだ。


 殴り抜くリュウシィの拳に殺意が宿った。

 速さは同じだが、圧倒的に重さが増す。もはや障壁の存在など意にも介さない連撃にオードリュスは悲鳴を上げることすらできなくなっていた。


「こ、れ、で……終わりだ!」


 連続で拳を打ち込み、死に体のオードリュスへ更にトドメを加える。倒れ伏した彼は人間というより、打ち捨てられたボロ雑巾にしか見えない。


 あとはディゲンバーと呼ばれていた側近を倒せば一件落着か――と一足先に息をついたリュウシィだったが、すぐにその眉尻を上げてぽつりと呟いた。


「戦闘が……終わらない?」


 館の外から響く音はいつまでも鳴りやむ気配を見せない。それはつまり、ナインと聖冠の戦いが継続しているということであり……所持者を仕留めたにもかかわらず、七聖具が未だに動き続けているということだ。


 いったいどうして、と困惑するリュウシィは足元の死体を見て。


「嘘だろ、こんな……まさか、そこまでだっていうのか――七聖具!」


 事態が己の想像以上に厄介であることを悟ったのだった。


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