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292 往来行き交う異邦人:強化人間

 東西で分断されたクトコステン。その境目となるエリアは主に中央帯と呼称され、都市を縦貫するようにして派閥のべつまくなしに『商業区』が成り立っている。住民の八割以上が獣人で占められているクトコステンだが、二割足らずとはいえそれ以外の亜人も暮らしており、そんな彼らの多くがこの中央帯でなんらかの生業を持って生活しているのだ。


 亜人特区の名の通り亜人種へ色々と便宜が図られるこの街ではたとえ他の街と人の行き来が皆無であったとしても『交通局』の設けた物流に乗って自身の商品を売ることが可能となるために、店先に客はいなくとも古くから商いを続けている武器売り、防具売り、小物売りの店が立ち並んでいる。何故それらが都市内における顧客の大半となる獣人にウケが悪いのかと言うと……やはり彼らの種族としての性質にこそ理由がると言うことができる。決して商品の出来が悪いなどということはない。そんなことを武器屋などで口走ってしまった日には売り手であるドワーフの誇りを傷付けて一触即発の大惨事になることだろう。


 とまれクトコステンの中でもとりわけ数多くの種類の亜人種が行き交う中央帯。


 そんな賑やかな場所だからこそ人気店とそうでない店とでは客足ではっきりと明暗が出てしまうのだが、そんな街の伝統とも言える商業区での激競争の中で、常に一定の客足を得ているのが飲食店である。

 当然値段と味と客層のバランス次第ではあるがそこらをクリアした店はしっかりと地域に根付いて人が人を呼ぶ状態となり、新規とリピーターが絶えることなくいつでも大勢の客で繁盛している。食に関しては獣人はむしろ他の亜人種よりも健啖家と言えるので、手元に残る物品よりも腹に消える飯のほうが吸引力が高いのは自明の理でもある。


 人によっては中央帯という一等地で大きな店を構えているレストランよりも小さな通りで細々とやっている定食屋のほうを好んだりもするものだが、どちらがより多くの客を集めているかで言えばその差は一目瞭然。味に優劣がなかったとしても人目の付きやすさと入りやすさではどうしても大通りの人気店に軍配が上がる――そういう理由から今日もまた、ふらりと中央帯を訪れた「都市外から来た人間」は満員御礼の大きな店で、昼時で騒がしい店内の一席を埋めて腹を満たしているところだった。



「こっちの料理はどれもやたらに大雑把だな! でもそれがいい。けっこー俺好みだ!」



 オークとシートロール(トロール種の中でも身が引き締まっていて食用に向いていると定評がある)の合い挽き肉で作られたハンバーグをばくばくと食べながら黒スーツの少女、シィスィーが上機嫌で味の感想を言う。同席しているこちらも黒スーツ姿の少女、センテは食用ジャッカロープのスペアリブを切り分けながら「そうね」と頷いた。


「やっぱりこっちは肉食文化なのね。どの店でもメニューのほとんどが肉料理なのは驚いたけど、ある程度油抜きされているものもあるから助かるわね。私でもぺろりだわ」


「なーに言ってんだよ。別に脂マシマシだろうがセンテならなんだってぺろりだ? 俺たちの中で一番よく食うのがお前なんだから変な嘘を――」


「シィスィー?」

「ごめんなさい」


 穏やかな微笑みを向けられたにも関わらず背筋に言いようのない悪寒を覚えたシィスィーはその男まさりな態度もどこへやら、恐縮したように謝罪の言葉を口にした。怖いもの知らずのような彼女でも、逆らえないものというのはあるらしい。


「ふー食った食った。腹いっぱいだ。センテはまだ何個か頼んでたっけ?」


「ええ、食後のデザートをメニューのここからここまでね」


「あんだけ食ったのにまだ入るのかよ? 俺も相当食ったけどセンテはその三倍はいってたろ……しかも何個どころか大富豪の買い物みたいなえげつない頼み方してるし」


「まあシィスィーったら、おかしなことを言うのね。女の子はお腹いっぱいでも甘いものならいくらだって入ってしまうものでしょう? これを別腹というのよ」


「いやこいつはもう別腹っていう次元じゃねーし、そもそもセンテは女の子とは言えねえぐらいの歳――」


「…………、」


「違う違う! センテのことだけじゃねえから! 俺たち全員、もう子供って言えるような年齢はとっくに過ぎてるだろってことな! だからその握った拳を下ろせって!」


「――そう。なら、大目に見ましょうか。でも気を付けてねシィスィー。女の子に年齢の話は禁忌タブーなんだから」


「そんなの気にしてんのセンテぐらいだけどな……」


 そこでセンテが頼んだダブルホイップのロイヤルハニーパンケーキ(期間限定増量中)がデン! とテーブルの上に置かれた。見ただけで胸やけを起こしたシィスィーは「うげ」という顔をするが、センテは瞳を輝かせてナイフとフォークを手に取って早速食べ始めた。見る見るうちにそれが彼女の胃に収まっていくのを眺めながらシィスィーは「これだけ食える体だから胸とかケツとかもデカいんかなー」などと本人に言えば今度こそ本気で殴られかねないことを考えていた。


 その後も続々と運ばれてくる食後のデザートを堪能しつくして、口元をナプキンで丁寧に拭いたところで、センテは「気を付けるついでに」と別の話を始める。待っている間にさっきまで何を話していたかとっくに忘れたシィスィーはジュースのストローを咥えてぷらぷらとさせながら「あん?」と生返事をやった。


「あれはよくないわよシィスィー。誤解されるような態度は控えなくちゃ」

「誤解ぃ? ……あー、ここの治安維持局の連中のことか? そうは言ってもよぉ」


 コップへストローを戻したシィスィーはがしがしと頭を乱雑に掻きながら、悪びれる様子もなくこう答えた。


「俺は気の使い方とかわっかんねーし……それに、べっつに誤解でもなんでもねーじゃん? 俺やセンテをあのエドゥーっておっさんは疑ってんのかもしんねーけど、そりゃすげえ正しいことじゃん。だって俺たち、本当は監査に来たわけじゃないんだからよ」


「そうね、私の言い方が悪かったわ。正しくは『誤解される態度を取るべき』だったわ――それも自分たちから積極的に、ね。確かに治安維持局の監査なんていうのは表向きの名目でしかなくて、私たちは執行官のディーモさんも含めて別の目的のためにここにいる……でも、そのことをわざわざあの人たちに勘付かせる必要なんてないでしょう?」


「まあ、そうかもな」


「あと、私たちが開発局の所属だってことも教えてあげる意味はなかったわ――それでますます変だと思われるかもしれないんだから」


「えー? 開発局の人間が監査を手伝うってそんなにおかしいかぁ?」


「おかしいわよ。人事は流動的だから絶対にないとは言い切れないけど、自然ではないわ。その不自然さが積み重なれば、エドゥーさんたちも警戒して当然よ? そうなると本来の目的に支障をきたす場面も出てくるかもしれない」


「ふぅん、そんなもんか。戦う以外のことは俺にはとんとわかんねーや」


「シィスィーもいろいろと覚えなくちゃいけないわよ? 特に『これから』のことを思えば尚更。まず第一に、口は禍の元という言葉から理解するべきね」


「へいへい、くちはわざわいのもとー」

「もう、そうやってすぐ面倒がるんだから」


 一緒に街へ来たコアラン・ディーモとは現在、別行動を取っている彼女たちだ。定期連絡で互いに無事を確認し合ってはいるがそれ以上のことは何も知らない。こちらも『七聖具』についての情報は得ていないし、そう報告しても向こうからは「そうか」としか返ってこないので任務進捗の具合は一切不明であった。彼の指揮下に入っている身としては楽だがその分、動かされないことへの不気味さというか気持ち悪さは感じていたところだ――そこへつい昨日、ようやく最初の命令として「治安維持局を支援しろ」という指示が下された。


 それは要するに今後局長のエディスに直接接触する機会のない彼の代わりに治安維持局への目晦ましとして機能することが期待されたものだったが、シィスィーとセンテの不手際により彼らからの疑いはむしろほぼほぼ確定的なものとなってしまった……要するに大失敗なのだが、それでも彼女たちはそのことをあまり気にしていない。シィスィーを注意するセンテも一般論として語っているだけで今回の任務の成否に影響を及ばしたかどうか、という視点では物事を考えていない。


 所詮はそう、目晦ましだ。


 狙いがバレたら面倒ではあるがそんな事態になることはないだろうとも思っている。


 不審がられはするだろうし、牽制のように妨害を受けることも考えられはするが、それならそれでシィスィーたちは囮としての役割を果たせていることになる。


 自分たちは結局のところ単なる「お手伝い」なのだ。七聖具へ近付くことはコアラン・ディーモの為すべきことであり、その露払いのための武力として見られているのがセンテとシィスィーであり――そしてそれこそがまさに秘匿強襲部隊アドヴァンスの本懐でもあった。


 二人は本来なら誰にも聞かれてはいけないはずの会話を続けながら、大いに食べて飲んだぶんの勘定を済ませて店を出る。


 内容からすると声が大きすぎる気もするが、真っ昼間から酒をかっくらっている酔いどれドワーフ集団や素面でも十分声量のデカい獣人たちのおかげで店内も往来も変わらず大変騒がしく、彼女たちの会話に耳を澄ませるような者も()()()()いなかったので安心だ。人通りの多さで視線が紛れ明らかに只人とバレバレの少女たちもさほど目立つことなく移動が可能なこともあって、中央帯は外来人の潜伏場所としてはぴったりだ、などと語り合って満たされた腹をさすりながら人混みを通り抜けている最中。



「「――……っ!」」



 ――得体の知れない気配をしかと感じ取った二人は、勢いよく同時に振り返った。


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