288 改革過激派組織ファランクス
神逸六境の二人が闘争行為に及んだ――否、及びかけた現場には今、そこに居合わせた者たちから聞き込みを行なっているジーナの姿があった。
彼女にもここでどういった出来事が起こったのかについては大方の想像がついているし、それがかなりの精度で的中しているであろう自信もありはするが、そうは言っても自分の職務を思えば念のための聴取というものはどうしても必要なのである。
そんな彼女の治安維持局職員としてとても正しい真っ当かつ真面目な仕事ぶりを、離れた場所からこっそりと見ている男たちがいた。
建物の屋上に潜伏するその三名の獣人は、鳥人少女の観察をやめると身を低くすることで周囲から自分たちの姿を隠し、そのまま他人には絶対に聞かせられないような話し合いをひそひそと始めた。
「なあ、おい。今回のこれは失敗なのか、成功なのか?」
「騒ぎは大きかったが被害は少なかった。……微妙なところだな。せめて通りがかりの連中にも深刻な怪我人が出てくれたらよかったんだが」
「出なかったもんは仕方がない――というか、【崩山】なんぞが出てきたからには仕方がないと言ったほうがいいか」
彼ら三人は『ファランクス』に所属する獣人たちだ。ファランクスとは改革派の中でも過激な手段を好んで用いる無法者たちの集団、その組織名であり、近年頻発している喧嘩・乱闘の類いはそのほとんどが彼らによって計画的に起こされたものである。
そんなことをする彼らの目的はただひとつ――ぬるま湯につかることをよしとしている、獣人にあるまじき腑抜け連中。俗に言う『保守派』たちの目を覚まさせることにある。
「あのまま神逸六境同士が戦り合えばそれなりに被害も出ただろうに……いいタイミングで、いや、悪いタイミングで治安維持局が横やりを入れてきやがった」
「ちっ、【崩山】も【風刎】もすごすごと引き下がりやがって。それでも神逸六境かってんだよ!」
「興が乗ればどこまでもやるが、乗らなければ梃子でも動かん……。ある意味ではわかりやすい者たちだがな」
「んな呑気なこと言ってる場合かぁ? あのジェス・コーマンも捕まっちまったって連絡がきたじゃねえか――それも例のイカレ娘、【雷撃】にだ! やっぱり神逸六境は俺たち改革派を目の敵にしてやがるんだ、そうに違いねえ!」
「――いや、そうじゃない。確かに見境なしの神逸六境から受けている被害数は保守派よりも日和派よりも、俺たち改革派こそがぶっちぎりだろう。ただそれは、俺たちのほうから事を仕掛けている以上当然の結果でもある。元から神逸六境に関しちゃコラテラルダメージと割り切っているんだから、今更そこにグダグダ言ってもなんにもならん……そうだろ?」
そうやって冷静に諭され、興奮していた男も「現在の活動」を始める際にあらかじめ言われていたことを思い出した多少落ち着きを取り戻した――が、それでも彼には納得のいかない思いがあるようだった。
「けどよ……やっぱどうしても不安になってくるぜ。こんなことばかり繰り返してたって何か意味はあんのかよ?」
「俺も同感だな。ファランクスとして活動を開始してから、確かに街はいくらか不穏な空気になったし、治安維持局はますます忙しそうにしている……でも、目に見えた変化なんてのはそれくらいだぜ? これで本当に改革の日は近づいているのか?」
「馬鹿野郎、『それくらい』がいいんじゃないか」
「「?」」
意味が解らず首を傾げる二人に、もう一人がにやりと笑って言う。
「昨日よりも不穏な今日。明日にはもっと不穏に、そして不安になる。治安維持局がどんなに頑張っても手が回らず、あちこちで死人怪我人が出る――そういう状態を根付かせることが大事なんだよ。元から俺たち獣人は無様に怯える前に戦うことを選ぶ誇り高き種族なんだ。人間様みたいに臆病じゃないし、ドワーフみたいに頑固じゃないし、エルフみたいに潔癖でもない。引き下がるよりも進んで前に出る、戦士の種族だ。その誇りを胸に抱いてなければそいつは獣人失格なんだ――だから思い出させる。保守派にも、保守派にすらなれない気概を忘れちまった情けない奴らにも、俺たちの手でしっかりと教えてやるんだよ。戦わないことには何も得られない、とな」
「一度恐怖を叩き込むことで本来の獣人としての姿を取り戻させるってわけか……」
「だがそれも、目論見が成就する前にファランクスが潰れちまったらお終いだぜ?」
「そこも心配すんな。もう大詰めの計画はとっくに動き出してんだ。言ったろ? 革命会にはあの男がいる。市政会にも協力者がいる。約束通りに『交流儀』の開催は確定された――あとは俺たち実行班がその日にしくじらなければ完璧だ。もうすぐだ……もうすぐ、クトコステンがひっくり返るぜ」
彼らの計画はごく単純なものだ――これまで局所的に行ってきた保守派を巻き込んでの乱闘を、クトコステン全体という規模で再現する。中庸の民にも拒否権など与えず、都市内にいる者には一人残らず死に物狂いで踊ってもらうのだ。当然彼らもまた踊る――力一杯に死と血にまみれたダンスを踊る。その日が来れば自分たちを含めかなりの犠牲者が出るだろうが、それだけセンセーショナルな大事件、大被害でも起こらない限りは改革の重要性というのは誰にも気付いてもらえない。
だからこれは、致し方ないことなのだ。
「クトコステンなんていう狭い庭で囲い飼いをして、限られたコミュニティの中だけで獣人の一生を終えさせる――どう考えたってこんな国は間違っている。只人は自分たちのこと以外何も考えちゃいないじゃないか。変えるんだ、俺たちが。この腐った亜人特区から全ての亜人を解放してやる! この国が人間様だけのものじゃねえって教えてやるんだ!」
「おう! きちんと計画とバックアップがあると思えばむんむんと勇気が湧いてきたぜ――闘志もだ! 俺はやるぞ! たとえこの身が尽き果てようとも、最後の最後まで体制に抗ってやる! 戦って前のめりに死んでやるぜ、その覚悟はとっくにできてる!」
「そうだな、これは俺たちがやらなくちゃいけないことだ。ファランクスとして、獣人として、そして一人の男として。間違っているものには間違っていると言ってやらねえとな。――ハハ、俄然『交流儀』が楽しみになってきたぞ」
神逸六境の介入によって今回の仕掛けが不発に終わったことと、過激派内でも特に活動的だったジェス・コーマンの逮捕によって若干だが落ちかけていた士気が回復した。それにホッとしながらも、彼らの士気を引き上げた当の本人は警戒することも忘れていなかった。
「まあ、俺たちが『交流儀』で何をするつもりかは知らなくとも、何かをするつもりだと想定してあいつらも――小癪な『タワーズ』どもも動くだろう。まずは情報戦、そして当日は物量戦になるはずだ。ファランクスもタワーズもおそらく数の上ではほぼ互角。だったらよりうまく兵を動かしたほうの勝ちとなることは間違いない……」
「その日も指揮はリーダーが取るんだろう?」
「革命会の『あいつ』がリーダー越しに指示を出す可能性もある。つまりケースバイケースだな。進捗状況によって指揮権が変わることも想定にいれておけよ」
「だったら尚更安心だ。あいつのことはあんまり好かんが、間違いなく優秀な奴ではあるしな。あいつがリーダーに協力してくれるなら当日も安心して動けるぜ」
「そう、だな……、」
そう、一度全てが始まってしまえばたとえ神逸六境がどれだけ強かろうと止められるものではない――むしろ彼らの圧倒的な強度は更なる混乱への火付け役としてこの上なくうってつけの素材ともなるのだ。都市紛争を本気で画策している彼らにとっては、強き個とは恐れるものではなく利用すべきものだ。保守派の代表である市政会にも手は及び、治安維持局にも未だ察知されていない万全の計画。
今のところ懸念事項は何もない、はずだが――しかし妙に不安に思えて仕方がないのは、いったいどういうことなのか。
「俺もガラにもなく緊張してるってことか……? へっ、リーダーに聞かれたら笑われちまうな、こんな弱っちいセリフは」
改革過激派組織『ファランクス』リーダーの右腕を務める彼、ブルックスは仲間二人から表情を隠すようにして自嘲気味な笑みを浮かべたのだった。
主人公はいつ出るんですかね……?
すみません、もう数話かかりそうです




