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286 恐れられし【崩山】

 クトコステンは五大都市の中でもリブレライトに次いで広く、大都市の名に恥じぬ言葉通りの広大さを誇っている。その管理の仕方はしかし、リブレライトよりもなお広い国内最大の都市である『首都アルフォディト』のほうにこそ類している。


 と言うとまるでクトコステンが変わっているかのように思えるだろうが、そうではない。


 これはクトコステンというよりもむしろリブレライトの特殊性が故のものだ。


 リブレライトはその敷地面積からすれば奇妙とすら言える三区画での区別を行っている――これではあまりにも少なすぎるだろう。小都市であっても足りぬであろうそのエリア分けは、当然区画ごとにまた細分がなされてはいるが、その根幹ともなる最初の分け方が大雑把に過ぎるのは――ひとえに『裏社会』との兼ね合いのためだ。



 他の都市以上に裏社会が表社会と密接なうえに、その割合もほぼ半々に近いという異常な街。



 近年成長著しかった『暗黒座会』も裏社会のほんの一要素に過ぎなかったことを思えば、それがどれだけ深い闇であるかは察せられるだろう。


 表の筆頭を治安維持局の局長リュウシィ・ヴォルストガレフであるとすれば、裏の筆頭はいくつかの組織を束ねる『大ボス』たち数名がそれにあたる。彼らのビジネスはいつでも表を回し裏を縛る。下流層、中流層、上流層という区別の仕方は何も住人たちの懐事情だけを表しただけではなく、裏からの影響、その利潤と弊害のどちらがより強く目に見える形で現れているかという違いでもある。


 表の住民を守るために裏を狩るリュウシィは、しかし同じ理由で狩り過ぎることができない。そしてハミ出せば狩られてしまうことを知っている裏の者たちは、だからこそ固い掟でルールを作る。裏の秩序の一端をリュウシィが握っているのを大ボスたちは巧みに利用しているのだ。


 持ちつ持たれつ。

 最悪の依存関係で街は今日も最低限の平和を保っている。

 常に危うい均衡の上で綱渡りをしているリュウシィの胃への負担は計り知れるものではないが――そのリブレライトと比べてもより問題なのがクトコステンである。


 首都が広すぎる都市構造をしている故に四十八区画と細かくブロックを分けてそれぞれに『目』を置いて管理しているのを真似することで出来た、その縮小版とも言えるシステム……あらゆる消費を抑えた十二区画分けでの監視体制。面積からするとそれでもやや雑多な区切り方ではあるがこれ以上細かくすると面倒のほうが大きいとして最低限度に控え、その区画ごとに治安維持局の非正規職員が詰める部署を設置し――と言っても質素な支部本署と比べても更にありふれたような単なる平屋の事務所だが――都市内のどこであろうと事件が起こればすぐ本署へと連絡が行く手筈となっている。


 どれだけ片付けてもすぐ山積みになる書類や絶え間ない陳情の受付といった雑務を片付けながら一部住民にも協力を取り次くことでどうにか機能している、クトコステンならではと言える監視網。とはいえ何かが起こるたびに本署へ取り次いでいては他にできることがなくなるし、正規職員たちの手も――現状よりもなおのこと――回らなくなってしまう。なるべく事件性緊急性双方ともに高い案件を取捨して通報という名の出動要請を送るようにしているが、そうしても本署から局長であるエディス・エドゥー以外の人材が丸ごと消えてしまうこともざらにあった。現場から現場へ何度も移動することだって珍しくないのだから要請の判断がよりシビアになっていくのも当然の話である――が、そんな中でも彼らが迷わず職員たちに動いてもらうことを決意する案件というものがいくつかある。


 そのひとつが『神逸六境』案件。六境が暴れたら誰の手にも負えないのだから、他でどんな事件が起こっていようが出動を願う以外の選択はない。


 そして今回もまたその例に漏れず――



◇◇◇



「なっ、なんでだよ! なんで俺たちにまでこんな……っ?!」


 保守派も改革派も入り乱れる中央帯、から少し歩いたところにある辰区にあたる一本の大通り。そこで地べたに座り込む獣人男性は頭から血をだくだくと流しながら、しかしそんなことなど気にしていられないとばかりに必死の様子で叫んでいる。


「悪いのはそこの改革派のゴロツキどもだろうが! あんたは俺たちの味方をしてくれたんじゃなかったかのかよ!?」



「勘違いするな」



 傍らで死んだように伸びている仲間を庇うようにしながら男性が懸命に訴える――それを一刀両断したのは、自身の足元に転がる『改革派のゴロツキども』をまるでゴミのように蹴飛ばした大男。


 彼はじろりと血を流す男性を睨むと、地の底から響くような低い声で言った。



見苦しい(・・・・)と最初に言ったはずだ。俺はどちらの味方でもない。改革派だろうと保守派だろうと、俺にとってはなんら変わりない」



 彼の名はガスパウロ・ドウロレン――【崩山】の二つ名で知られる神逸六境が一人である。


 獣人の中でも特に大柄な体躯で知られる荒くれ者ジェス・コーマン。そんな彼でさえもガスパウロの横に立てばチビに見えてしまうほど圧巻の巨躯を誇る彼は……その額から生えた黒き一対の角が示すように、『竜人』という種族である。


 神の血から産まれし究極の生物とも称されるドラゴン。そんな存在と交わり子をなした者たちの末裔が彼らである。


 とても長命で力が強く、並外れた生命力を持つことで有名な竜人だが……その知名度とは裏腹に実物を目にする者は非常に少ない。彼らが自分たちの国からあまり外へ出ないこともその理由の一端ではあるが、まず単純に数が少ないのだ。


 長命種特有の繁殖力の低さ。一個体ごとが歳を取れば取るほど桁外れの強度を有するようになるその戦闘力の高さもあいまって、竜人は全体合わせても個体数がそれほど多くない。それでも国を形成できる程度には存在しているのだが、その多くが自国から出たがらないのだから目撃例の少なさにも納得がいくというものである――などというでの常識も、ここクトコステンでは表をバリバリに闊歩するガスパウロのおかげで例外となっているが。


 獣人とすらも比較にならないような凄まじい肉体的強さを持つ竜人。

 長い年月を生きようと外見的変化に乏しい彼らだというのに、明らかに歳を召していることがわかるガスパウロは即ち、竜人の中でもとりわけ優れた個体として「成長」していることになる。


 そんな存在を前にして、痛みとは別の震えを体に覚えながらも男性は精一杯抗議を行った。


「喧嘩を売ってきたのは、あっちだぞ……! 俺たちはただ自分の身を守っただけだ!」

「…………」


 実際その発端と経緯を買い物帰りだったガスパウロは目撃している。肩がぶつかった。その程度のことで因縁を吹っかけたのは男性の言う通り、改革派の男たちのほうであった。しかし獣人らしい血の気の上り方でそれに応じてしまったのは男性側の落ち度だろう。売り言葉に買い言葉。売られた喧嘩を嬉々として買ってしまうほうにも問題がないとは言えないのだ。



 ガスパウロからすれば彼らはひとからげに『見苦しい生き物』に他ならなかった。



「同じことだ。どちらから始めたことだろうと関係はない。お前たちはどのみち喜んで対立を選び、争いを望み、傷つけ合うことを好む人種なのだろう」


「ぐっ……」


 もっともな指摘に男性はどう反論すべきか少し迷ったようだが、結局は開き直ることに決めたようだった。


「ああそうとも! 改革派なんぞと分かり合えるかよ! 向こうが仕掛けてくるならこっちも迎え撃つ、尻尾を巻いて逃げたりなんて絶対にしねえ……! 獣人としての誇りにかけてな!」


「下らん。ならその大層な誇りとやらを胸に――死んでいけ」


「なっ……!」


 ぐっとガスパウロの腕に込められる力。それを見て男性は慄かずにはいられない。さっきはたったの一発でこの惨状を作り上げたガスパウロだ。自分が気絶していないのは単に立ち位置と運が良かっただけ。だというのにここで二発目を食らってしまえば自分は、自分たちはどうなってしまうのか?


「ま、まだやる気なのかよ――やめてくれ! 本当に死んじまうよ!」


「聞けばお前たちはちゃちな諍いなんぞに命懸けだという。その結果死ねるのだから、本望だろうが」


「馬鹿言うな! 死ぬ気で戦っちゃいるが死にてえわけじゃねえ! しかもあんたに殺されるんじゃ改革派と戦ってきた意味もねえじゃねえか!」


「知ったことか。これ以上あの方を不快にさせてはならん……お前は見せしめとして、散れ」


「ひいっ……!」


 問答無用。赤黒い髪と同じ色をした髭に覆われた口元を一文字に結び、鋭い双眸で睨みつけてくるガスパウロの圧に屈し、男性は思わず視界を閉ざした。


 絶対の死が今にもこの身を砕くだろうと待ち構え――しかし待てども訪れないその時を不審に思い、恐る恐る目を開けてみれば。



 そこにはガスパウロとは別の男の姿があった。



 山をも打ち崩すというその巨拳の進撃を阻止しているのは、背に生やした翼が特徴的な――鳥人の男。

 彼は重い攻撃を一身に受け止めつつも「へっ」と余裕ある笑みを浮かべているではないか。


「ヘイヨオ! 【崩山】のじっちゃん久しぶり! ハッスルしてるとこわりーけど、ここいらで俺っちもお邪魔させてもらうぜ!」


「ム……【風刎】か。何故お前が俺の邪魔をする」


「そんなの決まってら――あんたがちとやり過ぎてっからだぜ、じっちゃん! この自由人ゼネトン・ジンよりも自由な振舞いは勘弁してもらわねーとな!」


 竜人【崩山】の前に鳥人【風刎】が立ち塞がる。


 神逸六境を止められるとしたら――神逸六境だけ。

 ここに思いもよらぬ稀少種族同士のマッチメイクが実現したのだった。


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