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270 クシャ・コウカvsナイン&フェゴール

 再三繰り返すが転移の先読みは一定以上の力量を持つ戦士ならそう難しいことではない。


 理論的かそうでないかはともかくとして各々が各々なりの対処法を確立させている――そして、それが加減というものをきれいさっぱり放棄した九代目武闘王クシャ・コウカほどの超一流の戦士ともなれば。


 先は不覚を取ったナインの瞬間跳躍ナインジャンプの兆候を感覚で見抜くようになり、どこへ移るのかすらも超感覚で見破るまでになった。


 戦士としての勘と観。

 研ぎ澄まされ人為的に鍛えられた第六感によって魔力の波や空間の揺らぎに頼ることすらせず――まさに超人的としか言いようがない先読み能力によって叩き込まれた全開の一撃は、迂闊に転移に頼ったナインをしかと捉えた。


 素の筋力だけでも十分すぎるほど人間離れしたクシャのパワーだが、今は魔力と気功によって更に上昇している。そんな力をまともに受けたナインが呆気なく奈落の底へと落ちていくのも仕方がない。


 ――などと、間の抜けた思考をするクシャではなかった。



 あの娘は必ずや底から這いあがってくる。

 そしてすぐにも反撃を仕掛けてくるだろう。



 そう確信している彼女は――その予想が半分当たり、しかして半分は外れてしまったことに片眉を上げてリアクションを見せた。


「おやまあ、なんと。なんとなんと――これはナインの術()()()()な」


 床の縁を見据えていた視線を上げれば、そこには黒い靄のようなものが浮かんでいる。ずる、と内部から這い出るように姿を現したのはやはりナインと、もう一人。


 クシャには見覚えのない、されど感じ覚えのある気配を放つそれは、褐色の肌をやたらと見せつける黒く煽情的な服を身に纏っている――男児にも女児にも見える幼子である。


 ぴったりとナインに張り付いてこちらを見据えるその存在に、クシャは目を細めた。


「影になんぞ潜り込んでいることには気付いていたが……まさか助力させるとは。窮地で他者の手を借りることを否定しようとは思わないが、おれとしては一対一サシの決闘のつもりだったんだがな。……して、そこの悪魔・・


「なにさ」


 闇の魔力を用いているとはいえ苦も無く自身の種族を看破した猿人を警戒しながら、しかし表にはそれを出さず尊大に顎をしゃくって続きを話すよう促すフェゴール。

 そんな彼にクシャは含みもなく、ただ純粋に問いかけた。


「仲間が正々堂々と戦っているというのに、貴様、勝手に手を貸したな。ナインが頼んだわけではあるまいよ――会ったばかりのおれにもそれくらいはわかる。手前はそれで、何も感じないのか? 武闘王同士という、掛け値無しの一流の立ち合いに水を差すというのがどれだけ無粋なことなのか――」


「ハッ!」


 クシャの言葉を遮って、悪魔は自身の表情を見せつけるように、殊更馬鹿にするように鼻で笑ってみせた。



「水を差すぅ? 一対一サシの勝負ぅ? ……バァ~カっ! 悪魔ボクがそんなもんに空気を読むかよ――むしろ!」



「!」


 高まる闇の魔力。ガス欠寸前のフェゴールではあるが、彼は用意周到であった。嫌がらせのひとつやふたつくらいは実行できるだけの力はまだ残していたのだ。


「悪魔なら率先して邪魔するっつーの! そんなこともわからない君は、『無力の枷』でも食らってな!」


「ほう、これは……」


 ナインの影の中でこそこそと行っていた仕込みを発動させたことで、クシャの両手両足に結ばれる真っ黒な闇の錠。そのひとつひとつがクシャの感覚上では途轍もない重みとなって動作を縛り付ける――そして悪魔はそれだけで満足せずに。


「もういっちょいくぜ――暗風吹きすさべ、『宵風』!」


 途端、黒い疾風がフェゴールとナインの周囲から巻き起こり、たちまちクシャへと纏わりついていく。それは触れているだけで対象の肉体から活力を奪う悪しき風。闇の魔力から生み出された魔界奥地に吹く悪魔ですらもおいそれと近寄れない危険地帯の風害を簡易的に再現したものだ。


 敵へ二重の弱体化デバフをかけることに成功したフェゴールは、これで勝ったとばかりににんまりと笑う。


「どうだい、体が重くってとんでもなく苦しいだろう。ボクの術を浴びたからには、もう今までみたいに戦えるなんて思うなよ!」


 悪魔の使う術は人の魔法とも獣人の属性門術とも異なる。それでいて悪魔ごとに編み出した独自の術式があるからには、その多様性故にどうしても相対する者は苦労させられる。実際クシャも悪魔を退治したことは過去にあってもこのような術は食らったことがない。なので彼女はフェゴールの術中にまんまと嵌められてしまったのだ――なんていうことは、勿論なく。


 今のクシャは本気を出した状態である。第六感だけで転移の予兆や出現地点を割り出せるほどに感度をバリバリに高めている彼女が、初見だからと言ってその術の性質や危険性を見抜けぬはずがなく。


 ではどうしてクシャは大した抵抗も見せずにフェゴールの術の発動を見送ったのか……それは。


「ふ、ふはは――はっはっはは!」

「え? う、嘘だろ……こんなことって!」


 手足の枷も闇の風も間違いなく効いている。もはやクシャは己の意思では指一本動かすことすら億劫で仕方がないはずなのだ――だというのに。


 黒い旋風の中で、しかし立ち昇る闘気の気と魔力の混ざった混然の輝きは衰えることなく。


 むしろ燦然とその光を強めていく――。



「手前こそこの程度の負荷で! おれを止められるとでも思ったか小さな悪魔めが――笑止千万! あまりクシャ・コウカ様を侮ってくれるなよ!」



 魔力の枷も暗い風も、何もかもを吹き飛ばして放たれる気功砲。そんな真似などできるはずがない、とただただ混乱する悪魔を無言で影に戻し、庇うようにナインが前に出る。気功砲に対して超蹴破ショットをぶつけてそれを目晦ましに。



 跳躍ジャンプでクシャの真横へ。



 そこに現れることをずっと前から知っていたかのような抜群のタイミングでクシャが放った横なぎの蹴り――をナインはギリギリで躱し、彼女の間合いよりも内側に潜り接近。素早く拳を繰り出すが、蹴った体勢のままでクシャは少女の腕を絡めとり、投げる。手を結んだまま床に叩きつければ、頑丈なはずの遺跡の素材がべきりと音を立ててへこむ。これはナインの勢いをそのまま利用して投げた結果だ――つまりこの被害は怪物少女の殴打の威力がいかに凄まじかったかを証明していることになるが、それだけの力で床へぶつけたというのにクシャは手を緩めようとはせず。


「――ハァ!」


 握った拳を打ちおろす。本気の下段突きが炸裂しナインごしに床がめきりめきりと悲鳴を上げるが――ハッとする。呻いているのは床ばかりで、ナインは声を出していない、だけでなく。


 突きを受けながら、こちらの腕を両手でがっしりと掴んでいるではないか。


「ぬおっ……?」


 ナインの腰が飛び跳ねた。浮き上がった下半身がクシャの上腕に絡まり、少女の両足が肩口でしっかりと組まれた。そのままぐいと引き込まれる。

 クシャはナインが何をしたいのかを察し口元に笑みを浮かばせた。


(ここでまさかの組み付き(グラップリング)! そして果敢に寝技を狙うとは――発想は悪くないが、まだ粗いな。それでは食らってやるわけにはいかん!)


「はぁあっ!」

「!」


 倒されゆく流れに逆らわず、逆にクシャは自ら床へ飛び込むようにして――横転。魔力と気功を盛大に使用し、腕だけでナインを振り回してもう一度床へその顔から叩きつける。


「ちいっ!」


 舌打ちを漏らしながらナインは咄嗟にクシャの腕を放し、両手で迫る床を受け止めた。それと同時に組み付いている足も解いて両手を起点にカポエイラが如く回転させる。叩きつけで無茶な姿勢を取っていたクシャはしかし、異常なまでの反応速度でそれをガードしたが、威力全てを受けきれはしなかった。衝撃に体が浮き上がるように弾かれてしまう。体勢の崩れたそこへ、ナインは両腕を折り曲げてから思い切り伸ばすことで倒立飛び蹴りを放った。今度は防御も間に合わず、先とは逆転の構図でクシャの腹へ少女の足裏が確かにぶち当たって――



「ふん――っ!」


「なにぃっ……!」



 突き刺さった足に押されるもぐっと堪えたクシャは――そこから更に腹筋へぐぐっと力を込めて、反対に少女のほうを弾き飛ばしてしまった。


「無茶苦茶な!」

「どの口が!」


 床に転がったナインが起き上がるよりも早くクシャが距離を詰め、拳を繰り出す。


 ヒットの直前でナインがその場から消えたが、クシャは驚く素振りもなく空振った速度そのままに頭上へ蹴りを見舞った。そこに落ちてくるナインの拳。両者の一撃が激突し空間が軋みを上げて――その起点に黒い何かが現れた。


「!」


 二撃目を打とうとするところ先回るように広がる靄――悪魔の転移門。その意図を察したクシャは打ち出しかけた拳を途中で止める。しかし動作を止めることは即ち隙を見せてしまったということでもある。

 並の相手ならば別として、だがナインほどの少女と戦闘を行なっている今、その一瞬の硬直は十分に致命的。


 靄の横からするりと降りたナインは自身の着地を待たずして重心移動。

 素早く蹴りの体勢へと移行する。


(なるほどな――面白い! 性質の違う転移で連続発動・・・・()()()()であろうナインの術の欠点をカバーするか! 即興でやっているなら大したものだ……しかし! このおれを前にしてはちとつたないな!)


 息は合っている。最低限度戦術として通用する程度には連携ができている――されど完璧には程遠い。悪魔のゲートでこちらの追撃を凌いでから反撃に移るまでが遅すぎるのだ。そんな粗があっては、クシャほどの武芸者が対応できないはずもなく。


「甘いぞ!」

「!!」


 鋭い足刀をやり過ごしたクシャが間髪入れず放ったすれ違いざまの打突。コンパクトに突かれたそれは躱すどころか守るのも難しい代物。特にカウンターを決められた側のナインにとっては尚のこと防ぎようがなかった。


 ――はずだが。


「――っとぉ。……()()()ぜ。これであんたみたいに……スマートな戦い方ってもんも、真似できたかい?」


「! ほう……やってくれるな」


 蹴りを打ち出した体勢のままにクシャからの返撃を()()()()距離を取ったナイン。

 見返してやったと得意気に笑った少女へ、クシャもまた戦意を昂らせて口角を上げた――実に嬉しそうに。


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