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265 クシャ・コウカの流儀

「なに、ナインも武闘王だと? これはなんと奇遇なことか!」


 とりあえず。


 こちらの素性を聞きたがる彼女にナインも自己紹介を返した――クシャのそれに合わせて十代目武闘王であることを隠さず名乗ったのだ。

 それに対する彼女の反応は思った以上に上々であった。


「そうかそうか十代目か――つまりはおれは手前にとっての先輩で、手前はおれにとっての後輩というわけだな。はっはは、これは愉快だ。数人といない武闘王をこんな形で巡り合わせるとはなんたる神の気まぐれか! 八代目と会ったときにも同じように思った覚えがあるが、しかしそれもここまで数奇ではなかったぞ」


「八代目の武闘王とも、クシャは面識があるのか?」


「ああ。あれは偏屈という言葉がよく似合う婆様だったよ。第百八十八回大会の優勝者にして八代目武闘王。歳を取るとどうのこうのと宣っていたがきっと今でも現役なんだろうなァ……ま、おれはここにいる間、外界の報せをなーにも知らずにいるわけだがな」


 現に手前が後輩であることも知らなんだしな、とクシャはかっかと大口を開けて笑う。そこには悲壮感の欠片もないが、その口振りからして彼女が遺跡に囚われたのは相当前のことのようにナインには思えた。


「あんたいったい、いつからここに?」



「んー? そうさな、体感だと五年と少しといったところか?」



「ご……」


「どうすれば出られるのかとちと頭を使ってみたものだが、どうにも思いつかんでな。いたずらに時間ばかりが過ぎてしまったよ――はっはっは!」


「いや何がはっはっはだ! 全然笑えないぞ、五年もここに座りっぱなしかよ!?」


「そうなるな。ナインの言いたいこともわかるぞ、おれとてこういう時は素直に自身の頭の不出来を恥じるばかりだ。まさに知恵とはこのことだな!」


「いや、そういうことじゃなくってさ……」


 笑っていいものかよくわからないギャグも、五年間も考えているのに何もアイディアが浮かばないというのも衝撃的ではあるが、そんなことよりそれだけの年月をこうしてあぐらをかいたまま過ごし、それでいて不調を一切感じさせないこの溌剌とした姿を見せているというのは、明らかに尋常なことではない。


 人間離れしている、どころか人間を超越しているとも言えるだろう。


 あるいはこんな逞しすぎる生命力を持つからこそ、いまひとつ危機感というものを抱けずに五年も幽閉されてしまっているのではないか……とナインは考えたが、今更そんな指摘をするよりも話を先に進めてしまったほうがいいだろうと結論付ける。


「九代目のあんたを五年ものあいだ閉じ込めている、遺跡ここの正体については知っているのか?」


「正体、な。知っているともいないとも言えんが……とまれこの遺跡がなんのために作られたかくらいは見当がついているぞ」


 たんと足裏で例のごとく浅黒い色をしている床を叩いたクシャは、口の端を吊り上げて言った。



「こいつは一等趣味の悪い、暇つぶしの道具(・・・・・・・)として作られた物よ」



「暇つぶし……? おいおい、そいつはいくらなんでも……」


 ナインをしても簡単には壊せないほどに堅牢で、ステージギミックのようなものまで用意されているびっくりハウスがたかが無聊を癒すためだけの作品などとは、さすがにナインも納得がいかなかった。だがそんな反応を予想していたのかどうか、クシャは否定的な少女へなんでもないように肩を竦めて、


「事実だとも。作成時期はおそらくだが、英代の頃だろうな。今の時代にこんな代物を作れるようなのが果たしているかどうか……いたとしてもごく限られる。それはわかるか?」


「ああ、まあ……」


 フェゴールによればこの遺跡は、七つ集まれば神具とも称されるような超稀少なマジックアイテム『七聖具』にも似た、かなり特殊な建造物であるらしい。とすればそれを作った者もまた七聖具の作成者と同様の技量を持つ何かしらの超越者の類いであることは誰にでも――濁さず言えばこういったことにとんと無知蒙昧なナインであっても推測できることだ。


「それだけの腕を持つ者が、こんな物を作った。それはもう悪趣味を満たすための遊戯としかおれには思えない。何故ならここは、蠱毒も同然の『死闘場』なのだからな」


「なんだって……?」


 不意に出た物騒なワードにナインは眉を顰める。


 蠱毒? 

 死闘場? 

 そう聞いた途端に気のせいか、陵墓然とした大空間にどこか寒々しいような空気を感じ始める。



「五年と少し前、この遺跡を見つけておれは好奇心の赴くままに探検に勤しんだ。手前も体験しただろう用意された試練の数々はほどほどに楽しめた――が、この最奥にまで辿り着いておれはようやくここの悪辣さに気付いた。どうだナイン、手前の時と照らし合わせてみれば、おれが果たしてここで何を見たのか。大方の察しはつくんじゃないか?」



「まさか……」


 ナインがステージを抜けて奥へ進めば、そこにはクシャがいた。

 ではクシャがステージを抜けてここまでやって来た時、そこにいたのは――



「前の『ボス』が……いや、『ボスにさせられた奴』がここに……!?」



 クシャは「違いない」と頷く。


「そいつは若い男だったよ。何年ここにいたのか、そいつはもうボロボロだった。肉体の反応は微かにありはしたがもはや死んでいるも同然だった。おれや手前と同じように、試練を越えるだけの力量を持つ実力者だったはずだが、見る影もなくやせ細ってあぶくを吹くその姿……とても見てはいられんかった。そしてその時に察したのだ」


 遺跡の目的とはつまり、強者同士に脱出と生存をかけて命懸けの闘争を演じさせるための舞台装置であった! 

 罠や鎧兵などの篩にかけてそれをクリアできた者だけを奥へ誘い込み、前の強者と競わせる。

 勝った側のみが外へ出ることを許され、逆に負けた者は強制的に遺跡内のこの場所で残留させられ、次なる挑戦者をひたすら待つ作業に没頭しなければならなくなる。


「ここは生命維持装置でもあるのだ。この場は魔力に満ちている。待ち続けて身体が弱るのをある程度は防ぐ効果があるということよ。そうやって飲まず食わずでも命だけは助けられ……しかし遺跡の魔力を授かるということは即ち、自身もまた遺跡の一部になるも等しい行為だ。おれが拒んだようにおれの前のあいつもそれを拒否したのだろう――そうやって衰弱し、最後には心も折れて半死人として横たわっていた」



 ――引導を渡してやったとも。


 ぼつりとクシャはそう言った。



「待つことを受け入れた瞬間。つまり次なる犠牲者を出してでも自分が出ようと決意すれば、遺跡は口を開けて獲物を迎え入れるようになる。前の男の意思なき身体に遺跡の魔力が纏わりついているのを見てそう確信した。故に、男を葬った後に。おれは思案も兼ねて精神統一をここでずっと続けていたのだ。遺跡なんぞにこれ以上誇り高き武芸者の命を食らわせてやるものか、とな」


「ってことは、クシャは。閉じ込められたっていうよりも、自ら閉じこもったってことか……? 自分を重石代わりに、この遺跡の狼藉を封じたと?」


「はっは! そこまで殊勝な心掛けではないがな! 少々癪に障ったので意地を張った、それだけのことだ。……実際、ただ出ていくだけならそう難しくはなかったろうな。だが、そろそろここでじっと座り込んでいるのにもうんざりしてきていたところだ。そこに都合・・()()手前が来てくれたのでおれは思わぬ幸運に感謝しているぞ」


「? それはどういう……?」


 いまいち言葉の繋がりが理解できず、小首を傾げるナインへクシャは。



「ほらどうした、構えを取れよナイン――十代目武闘王。さすがに一方的に嬲るのは、こちらの流儀に反するのでな」



 そこで彼女はニヤリと笑って、にわかに闘気を発しだした。


 この流れでどうして戦う方向へ行くのかナインにはさっぱりわからなかったが、そういえば先ほども彼女は話もそこそこに戦闘を始めようとしていた――しかし話を聞いた今だからこそ余計に意味がわからない。


 遺跡の思惑を崩さんがために次なる挑戦者を拒みここに居座っていたという彼女が、なぜ自分とは戦いたがるのか?


 普通に考えればそんなもの理由はひとつしかない――彼女が言ったままに受け取れば、閉じこもっていることにいい加減嫌気がさして、脱出のためナインを次なる犠牲者に選んだとしか考えられない!


 拒んだにも関わらず入ってきたからか、それとも他に原因でもあるのか……とにかくクシャはナインを見逃そうという気は毛頭ないらしい。


 両足を大きく開き、低く沈んだ体勢で構える彼女からは壮絶なまでのプレッシャーが押し寄せてくる。そんな闘気を叩きつけられては、こんな強大な戦士を前にしてしまっては、ナインとて身構えるしかない――否が応でも戦闘に応じざるを得ない。


 そうしなければあまりにも危険だから。



「行かせてもらうぞ、十代目!」

「ちっ……いったいなんだってんだよ、九代目!?」



 ここに武闘王対武闘王のマッチングが一方の望むままに、さりとて一方の望まぬままに実現してしまったのだった。


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