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260 謎の遺跡がありまして:一面

「……ここ、外の声が一切聞こえないんだな。つーか完全に無音で少し怖いかも」

「ほらー、もー。だからボクがやめとけって言ったのにさー」


 謎の建造物――地面の下に埋もれていた遺跡の内部へと転移を果たしたナインは、いくら耳を澄ましても物音のひとつも聞こえてこないことに臆したように眉を顰めた。壁一枚を隔てた向こう側ではクータたち三名がいるはずなのに、その声が少しもこちらに届かない。厚さにして約二メートルの壁。それだけを聞けば、なるほど外部の音を完全にシャットダウンしてしまうことも頷ける――ただし。


 冷え冷えとした空気感の、このしんと静まり返った遺跡内の独特な雰囲気は単純に壁に厚みがあるというだけでなく……もっと他の要因が働いて外界との繋がりを断ち切っているような、そんな気がして仕方ない。


 ナインと似たような感想を抱いたのであろうフェゴールも、横でひどく不安そうにしていた。


「ねえ、先へ進んじゃう前に試してみてほしいんだけど」

「何をだ?」

「君の瞬間跳躍ナインジャンプってやつで外に戻れるかどうかだよ」

「……んー、無理っぽい」

「はあ、やっぱりね……。ボクのゲートも外には出せそうもないんだよ」

「するってーと、なんだ。お前の懸念通り、ここは『来るもの拒まず去る者許さず』の通りゃんせ的サムシングがあるってことか」

「君の謎のワードセンスはともかくとして、まあ、そうだよ。ボクたちはもうここから出られない――たぶん君の怪力でもこればっかりはどうにもならないはずだよ?」


 そう言われてナインは試しに入り口らしき壁を蹴りつけてみる。本気でこそないがまあまあ力を込めたはずの彼女の足はがっしりと受け止められてしまう――壁面にダメージが入った様子はまったくなかった。


「あちゃ、ホントだ。こりゃ壊して出ようとすると相当骨が折れそうだな……比喩じゃなくマジで折れそう」


「もう、どうすんのさ。どうせ君はアレだろ? いざとなったらあの子にも打ち勝ったご自慢の馬鹿力でどうにでもなるとか思ってたんだろ? それがもう甘いんだよねえ。いいかい、この世の中にはね、単純な力だけじゃ解決できないことなんて山ほどあるんだよ? 七聖具だってそうだし、ボクら悪魔だってそうだし、そしてこの遺跡もそうだよ。ボクたちはここに自分から入って、挙句に閉じ込められちゃったんだ! こんなのネギ背負ったカモよりもいいカモだよ!」


「よく喋るよな、お前……。ま、俺は元から奥へ進むつもりでいたんだから、今は出られなくたって構わないさ。入り口がここだってんなら出口は別にあるのかもしれんし、何よりお前が言ったんじゃないか」


「ボクが言った? なんのことだい」


「ほら、ここが作られた目的の話だよ。それがなんなのかさえ突き止められたなら遺跡のことも理解できて、案外あっさりと出られるようになるかもしれないぞ」


「……君ってポジティブなんだね。ほとんど考えなしに近いけど……」


「考えてばかりのネガティブよりかはいいだろ? とにかく先へ行ってみよう。いつまでもここに突っ立ってても仕方がない」


「あ、ちょっと待ってよ!」


 歩き出したナインを慌てて追いかけ、その右腕にしがみつくようにするフェゴール。背格好のよく似た二人がそうしていると仲のいい子供同士がじゃれ合っているようで非常に可愛らしくもある。ただし例によって動きやすさ重視で地味な印象を受ける服装のナインに対し、フェゴールは幼い身体つきを惜しみなく晒したどことなく煽情的で露出度の高い黒い服を纏っているので、こちらは一見しただけでもただの子供にはまったく見えなかったりする。


 本当に怖いのかそれとも揶揄っているのか、体全体を擦り付けるようにしてくる悪魔へナインはふと思いついた疑問を口にした。


「そういえばお前って、男か女かどっちなんだ? 割とどっちにも見えるんだが」


「――くふ。どっちが君の好みだい? ボクはどっちにも合わせられるぜ?」


「……なるほど。悪魔ってみんなそんな感じなのか?」


「いいや、きちんと雌雄の区別はあるよ? 人間ほど厳密じゃないし、悪魔同士でヤることもないけどね」


「意味わからん。じゃあなんで性別があるんだよ」


「そりゃもちろん、人間とヤるために決まってんじゃん。言わせんなよ恥ずかしい」


「悪魔ってどんだけ人間に固執してんだ……?」


「良くも悪くもってところかなー。ボクらは個体ごとに多種多様だけれど、例外なくみーんな人間のことが大好き(・・・)だからね……くふふ」


 美少年とも美少女とも取れる顔立ちに蠱惑的な笑みを浮かべながら、フェゴールは上目遣いまで駆使して意味ありげにじっとナインを見つめた。


「どれだけ嫌われたって、どれだけ疎まれたって。ボクらは人を構うことだけはやめられないんだよ――それを覚えておいてよね」



◇◇◇



 通路は時折左右に別れたり、道幅が狭くなったり広くなったりと奇妙な道筋を示しながらどこまでも続くかのようだった。かなり、長い。ナインとフェゴールは相当な距離を歩かされてしまう。しかもその途中に不可解な罠らしきものが作動し、彼女らの進行を阻害までし始めた。


 通路というより部屋と言うべき正方に広がったその場所で、ナインはうんざりとした顔で佇む。

 少女の影に引っ込んでいるフェゴールは声を上げて彼女の散漫な様子を注意した。


『ほらほら、またすぐに来るよ? ぼさっとしてないで構えなって』

「まーだあんのかよ……いったいいつまで続くんだこれは、っと!」


 壁の一箇所がぐにょりと曲がり穴が開く。そこから猛烈な勢いで『弾』が発射された。飛来する自身の身長と同程度のそれをナインが迎え撃ち、殴り飛ばす。加減なしだというのに、おそらくは壁と同じ素材であろう弾丸は壊れることもなく部屋にごろりと転がり、すぐに床と同化するようにして消えていく。


「よくわからんがこれ、弾切れとは無縁っぽいよな」

『そだねー。撃った物を毎回回収してるわけだから、仕組みからしてそれこそ無限に――あ、また来るよ。今度は三発だね』

「あーもう!」


 頭上、背後、左斜め前方――同時に撃ち出された巨大な三つの弾を前に、ナインは跳ぶ。得意の重心移動で体勢を動かし三発を一蹴りで文字通りに一蹴させる。『ヒュー!』と悪魔の称賛の口笛が聞こえたがナインの表情は浮かない。今まででより更に力を入れてみたがそれでもやはり弾は壊れず、またしても床に吸収――否、回収されていったのだ。


「力じゃどうにもならない、か……俺にもその意味がちょっとずつわかってきたぜ」


 謎のギミックによって足止めされているナインだが、これを無視して進もうとするとそれこそ部屋中を埋め尽くす量の弾が発射されて前へ行くどころではなくなるのだ。中央に立って弾避けを強要しているらしいとしばらくしてから気付き、こうして遺跡が満足するまで(?)付き合ってやっているわけだが――。


『今更気付いたって遅いよ! まったくもう。これは君が招いた事態なんだからとっととどうにかしてくれよな! ほら、また次が来るよ。今度は二発だ』


「わかってるってぇ――っの! ふう。ところでさっきから気になってんだけど、フェゴールはどうやって発射のタイミングと弾数を察知しているんだ?」


『まーそれは、ボクが優秀だってのもあるけど、特殊なアイテムが持つような気配ってのは存外わかりやすいのさ。この遺跡の怪しい力が働くときはボクにもよーく伝わってくるぜ――ん、多いな。七発だよ、頑張って』


「あいあいさっと!」


 同じく気配を探るすべを持つジャラザの場合は空気感に漂う流れを探知していると語っていたことを思い出すナイン。彼女とフェゴールの探知方法は、似ているようで若干違うらしい。広く浅く探るにはジャラザで、特定のブツを前にした時にはフェゴールのほうがはっきりと見分けられる、といったところだろうか……? まあ、いくら考えたところで毎度知覚等に関しては勘頼みであるナインでは、彼女らの探知の仕方の細かな差異など理解できるはずもないのだが。


 考え事をして多少気が削がれていたからか、うっかり最後の一発を取りこぼしたナイン。


 しまった、と思うよりも早くその瞳を深紅の輝きに染めて――反射速度と肉体の可動域を上昇させる。戦闘に適した精神状態を作り上げる『戦闘モード』にはこういった利点もあった。



「――ふっ!」



 重心移動を更に高速かつ強引に行い、打ち漏らした最後の弾へ拳をぶつける。びぎりっ、と砕けるまではいかずともヒビが入った。初めて目に見える形で損傷の生じたその弾が、射出の勢いを失ってごとりと転がり――毎度の如く床へ消えたかと思えば。


『――おっと、どうやらクリアしたみたいだね』


「なに?」


『だから、この部屋のギミックはめでたくクリアできたってこと。先へ進めって促されてるみたいだよ』


「……なんだよ、やっぱりそういう感じなのかここは。一面二面ってゲームみたいにクリアしながらラストステージを目指すとか? ずいぶんとレトロゲーな仕様だな……今時流行らんぞ」


『ナインってときどき不思議な言葉を使うねえ。それ、どういう意味なのかボクにもちゃんと教えてくれる?』


「めんどいからパス。それより行くぞ、お前も出てこい」


『えー、このまま影の中でいいよぉ』


「横着しちゃいかん。影からよりも直接探ったほうが早いし正確なんだろう? 危なくなったら隠れてもいいから、今は一緒に歩きな」


「はあ……はいはい了解ですよ、ナイン様ー」


 不満そうにしながらも言われた通りに影から姿を見せたフェゴール。褒めてやる意味でナインがクータにもよくするようにその頭を撫でてやると、意外にもその灰色の髪は短いながらもさらさらと流れるようでとても触り心地のいいものだった。


 ちょっとくすぐったそうにしている彼へ、


「すげえキューティクルだな。ジャラザの青髪もこんな感じだけどお前のはもっと細かい気がする……なんか特別なケアでもしてんの?」


「するわけないだろ。ボクはお風呂に入ったりなんてしないしー」


「…………」


「あっ、急に手を放すなよ。汚くないぞ、体を洗わなきゃ綺麗にならない人間のほうが不潔なんだ――って聞けよ! 手をパンパンはたくな! ……悪魔ボクにだって傷付く心はあるんだからな――!」


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