258 謎の遺跡がありまして:発見
あくまで本筋には(あまり)関わらない遺跡編いくどー
地図で見た大都市と大都市を挟む線上には小都市が点在している。物流のことを思えば当然、国が意図していようといなかろうと都市はこういう配置になるだろう――と、大戦後に生み出された都市構想の推移を変に小難しく考えることもなく、ナインはただ「旅が楽になって助かるな」程度の印象しか持っていなかった。
実際、戦闘中以外はあまり空を飛びたがらないナインにとって、計画立てずとも定期的に人里へ入れる大都市巡りの旅は性に合ってもいた。食材や器具といった物資補給を逐次済ませ、そうでなくとも休憩感覚で立ち寄れる小さな街々は観光という意味でもナインズの旅路を大いに盛り上げてくれている。
ナインとクレイドールがずしっと重いバックパックを軽々背負い、とある小都市を出発しいよいよ次なる目的地であるクトコステンも近づいてきたかという、その時。
通りがかったなんてことのない山道で、ナインは何かに躓いてこけてしまった。
「ご主人様、だいじょうぶー?」
主人が起き上がる手伝いをしようと名乗り出てくれたクータの手を借りながら、ナインは少し恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。
「ああ、膝は擦りむいてないみたいだ……ってこの身体じゃ転んだくらいで怪我はしないか。それより、俺は今なにに躓いたんだ? なんかやたら硬いものが足に当たったんだが」
「これだの。浅黒い色をした突起物が地面からにょっきりと出ておる」
ジャラザの見下ろす視線の先には、確かに黒っぽい色合いをしている人工物めいた何かが傾斜のついた地表から横向きに突き出ていた。まさに「にょっきり」という表現がぴったりだ。ほんの十数センチ程度の突起でしかないが、それはこの自然に溢れた山景の中に紛れるには少々――いや、かなり不自然な代物だった。
「材質確認――素材不明」
突起物に触れたクレイドールが首を振る。これがなんであるかは彼女にも突き止められないらしい。ナインは単純にそう思っただけだが、ジャラザは少々違う理解の仕方をする。
「オイニー・ドレチドの持つ『聖剣』に対しても似たようなことをお主は言っていたな……ということはつまり、この物体は七聖具にも類するような何かである可能性もあるのか?」
「一般に流通するような素材では作られていない、という類似点のみで語るなら」
「じゃあこれも、お宝かもしれないの?」
「なに、七聖具並のお宝だって……? よぅし、そんじゃちょっくら掘ってみるか」
好奇心に突き動かされるままナインはバックパックとローブを一旦仲間に預け、自分は単身地面を掘り進めた――無論、素手でだ。ショベルカーも形無しの勢いで突起物周辺の土をあっという間に掘り起こしたナインは「ふう」と汗を拭き拭き(一滴もかいていないが)軽く一息をつく。まだ全貌は明らかとなっていないが、ここらで手を止めるべきだと判断したのには勿論それなりに理由がある。
「こりゃまた、随分とでっかいみてーで」
「うむ。これだけ掘ってもまだ全体の一部しか露出しておらんようだの……」
生えていた突起はそれこそ氷山の一角が如く、この何かの全容のほんの一部分にしか過ぎなかったようだ。数メートルばかりの穴を地面にあけて見えてきたのは、どこか扉のようにも見えなくもない不思議な『壁』である――つまりこれは。
「建造物、のようですね。山肌に覆われて埋もれるようにして、この下には謎の遺跡のようなものが眠っていると考えられます」
「えー! 土の中に建物があるの!?」
クータがいいリアクションを見せる。元々自然界出身の彼女からしてみれば、人の手の及んでいないエリアに人工物があるというだけでも驚きなのに、それが巨大な建造物でしかも地面の下に埋まっているともなれば、仰天するのも当然だ。
いったい誰が、なんの目的でこんなものを?
一同の疑問はそこに集約する――しかし、いくら掘り起こされた壁を眺めたところでその謎は解けそうにもなかった。
「これがでけえ建物の一部だって言うんなら……中に入れもするってことだよな?」
「そう考えるのが道理というものだが、触れてみても扉はなんの反応も示さんぞ。主様がその怪力で押しても引いても開かんならもう手はない――というか、本当にここが入り口かは怪しいところだ。ただ模様がそう見えるというだけで、案外単なる外壁なのかもしれんぞ」
「ノン、ジャラザ――ここは入り口で間違いないかと」
そう断言するクレイドールに、ジャラザがのそりと顔を向けた。何故そう言い切れるのかと彼女は仕草だけで訊ねている。
「根拠はあります。露出した上面と側面では、厚みに差があるようです。上面は厚く、対してこちらの側面はその半分にも満たない薄い構造であることから、建物に入るには恐らく『ここから』が正しい手順なのでしょう。ですので私たちに足りていないのは、扉を開けるための鍵ではないかと」
「鍵がどこかにあるの?」
「いえ、今のは例えですので……それが物理的な物や手段であるとは限りません」
「ふん、ここが入り口だとて入り方がわからんのではただの壁と同じだの。鍵と言っても何をすればいいのか、何を使えばいいのか、その一切が不明ではな。あるいはとっくに鍵も壊れ、単なる廃墟になってしまっていることも考えられるが――」
「いや、待て。鍵がなくても入ることはできるかもしれん……俺ならな」
確信めいた口調でそう言ったナインに、三名の従者が揃って視線を寄越した。彼女たちに笑みを見せたナインはクレイドールに対していくつか質問を始めた。
「お前には壁の厚さがわかったんだよな?」
「肯定を。叩いた際の振動波感知……手先のセンサーに返ってきた感触を数値化することで誤差数パーセント範囲内で凡その厚みを測ることが可能です」
「なら、その向こう側には当然、空間があるってことになるな」
「肯定を。上面からなら約五メートル、側面からなら約二メートルほどの厚みがあり、それより先は空洞になっているようです」
「だよな、そうじゃなきゃこいつは建物じゃなくてただのでかい塊ってことになっちまうもんな――だったらいい。この中に移動できるだけの空間があるってことさえわかれば、俺には跳べるぜ」
「! なるほど、瞬間跳躍を使うか……!」
得心いったとばかりにジャラザが手を叩く。
確かにナインの持つ転移術であれば、扉を開けずとも侵入を果たすことができるだろう。
「闘錬演武大会でフルフェイスと揉み合いになってる最中、自分が瞬間跳躍の特性をまるで理解していなかったことに気付かされた。だからスフォニウスを出てからは、お前らにも協力してもらって色々と検証したわけだが……その結果わかったことがいくつかある」
「ひとつは、ご主人様が触れている相手も一緒に跳べること、だよね」
「ああ。これは俺の意思に関わらず、強制的にそうなる。俺が相手に触れさえすればそいつを連れて跳べるっていうのは便利だが、連れて行きたくない相手まで巻き込むとなればデメリットだよな……」
この性質によって対フルフェイス戦では苦労させられたが、対シリカ戦の時は逆に利用して戦ったりもした。時と場合によって長所にも短所にもなり得るということだ。
「ふたつ目は、他人と共に跳ぶ際の制限だの?」
「そう、具体的には人数制限と重量制限。人なら一人まで。重さはたぶん数値じゃなくて俺が『重いと感じるかどうか』で決まる。人の範囲も、俺がどう認識するかで微妙に違ってくるみてーだから、これは感覚で覚えていく必要があるな」
ちなみに複数人が張り付いている場合、誰を連れていくかはナインが決めることができる。敵に掴まれている状態でそれを転移で振り切りたい場合、誰かもう一人がナインに触れさえすれば実行可能となる。かなり限定的なシチュエーションだが覚えておいて損はないだろう。
「三つ目は、転移先の指定入力に視野角情報が必ずしも必須ではない、という点ですか」
「……難しい言い方だが、それで合ってる。要は目で見て確かめた先に跳ぶこともできるが、そうしなくともそこにスペースがあることさえ把握できてれば跳べるってことだ。まあ見て跳ぶほうが断然楽ではあるんだが、戦闘中だとそれじゃあ甘いからな」
戦士として一定以上の力量を持つ者は敵対者の転移先を肌で感じ取れるらしい――それなのに視線でもわざわざどこへ跳ぶか事前に知らせてしまうようでは、もはや転移する意味などほぼない。精々逃げの一手に役立つかどうかといったところで、攻めるための手段としては到底機能し得ないだろう。
これまでの経験でそれを学ぶともなく身をもって学習したナインは、直接目で見なくとも跳べる瞬間跳躍の素晴らしい利便性にもう気付いている。そういえば初めて転移を使ったのも仄暗い水底からの解放を求めてのことだった――あの時も視界には水ばかりで転移先などまったく視認できていなかったが、それでも跳べた。そうでなければ今でもあの湖に囚われていたかもしれないと思うと非常にゾッとすることである……が、それはともかくとしてだ。
「俺がいま言いたいのは、この三つ目の特性だよ。この中にそれなりの空間があるとわかったからには跳べるはず……つまり、扉を開けなくたって謎の遺跡探検ができるってことだ!」




