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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
27/553

25 獣二匹と鳥一羽

 リブレライトからほど近い山々の一帯には、魔除けの法術によってモンスターや旅人をそうと気付かせないままに寄せ付けない秘密の場所がある。そこは上空から見て直径五キロほどの円を描いており、中心点には大きな館が据えられたかのように鎮座している。


 館の主が『暗黒館』と名付けたその館こそが、幹部ですら知る者は数名しかいない『暗黒座会』のボスが持つ隠れ家であった。

 オードリュスは密かにリブレライトから離れ、ここ暗黒館に身を隠していた。


「くそったれめ! どうしてこうなった!」


 呷るように酒を飲み干すと、空になったグラスをそのまま床に叩きつけて割ってしまう。荒れるオードリュスへ、静かな声がかけられた。


「どうか冷静になられますよう、オードリュス様」


 頬のこけたどこか不健康そうな男、ディゲンバー。彼は暗黒座会全構成員の中でも特に偏重されており、この隠れ家の存在も当然以前から知っている。今もオードリュスの世話人兼護衛役を担って同行している、組織における実質のナンバー2である。


 忠言を述べる彼に対し、少なくない量の酒を飲み干しながらまるで酔った様子のないオードリュスは、ただでさえ鋭利な瞳をさらに細くして睨みつける。


「ああ!? これが冷静にいられるか?! 暗黒座会はもう終わりだぜ!」


 そう、オードリュスにはとてもじゃないが酔うことのできない理由があった。体質的な話ではなく――むしろその点で言えばどちらかというと酒には弱いほうだ――自らの興した犯罪組織が壊滅寸前にまで追い詰められているという、認めがたい現実が双肩に重くのしかかり、心地良い酩酊を許してくれないのだ。


 ちくしょう、と項垂れるオードリュスに「いいえ」と確固とした否定の言。

 意気消沈を否めないボスとは対照的に、屹然と立ち控えるナンバー2はあくまで静かに、しかし明瞭な声で言った。


「決して終わりではありません。あなたがいます。あなたさえいれば、暗黒座会は終わらない」


 断固とした口調に、オードリュスは思わず目を丸くする。

 少しばかり黙考の後、多少は落ち着きを取り戻したが今度は自嘲気味の笑みを顔に貼り付けて、緩やかに首を振った。


「そうは言うがよ、ディゲンバー。どう取り繕った言い方をしたって現状は変わらねーぜ。敗北だよ。完膚なきまでに叩きのめしてやるつもりだったが……攻勢に打って出る前に、こっちが叩きのめされた。俺がノロマすぎたんだ」


 膨らんだ腹に金でも詰まっているかと思うような男、スルト・マーシュトロンを餌に治安維持局職員をかどわかす作戦は、見事に失敗した。マーシュトロンは死亡、派遣した戦闘員も残らず死亡。

 十二座の戦闘部門担当の最後の一人、頭ひとつ抜けた実力を所持していたキャンディナに至っては生死すら判明していない。生きているなら確実に連行されているので、この点はどちらであっても大した違いはない。暗黒座会の所有する最高クラスの戦力を失ったことに変わりはないのだから。


 ことはそれだけにとどまらない。

 マーシュトロン邸でキャンディナ部隊が返り討ちにされていた同時刻、暗黒座会は三点同時襲撃を受けた。このような大がかりの強襲を予測できていなかった時点で敗色は濃厚と言えるが、当然暗黒座会は対応を遅きに失し、結果として組織は壊滅の瀬戸際まで追い込まれることとなった。


 治安維持局の略奪は凄まじいの一言だ。

 風のように疾く炎のように猛る侵略は、ろくな抵抗すら許さずその場にある物を根こそぎ奪い去っていってしまう。


「アガリも、物資も、人員も! 何もかもを失った! 十二座すら俺とお前を除けばあとはたった一人――ちっ! 見計らったように来たぜ、最悪の知らせだ!」


 部屋の窓を叩くいつもの音。伝書鳥が手紙を運んできたのだ。


「赤い鳥……」


 忌々しそうに低く呟くディゲンバー。赤い色をした鳥が運ぶ文書には「緊急かつ非常事態の発生」が刻まれているはず。

 この状況で起きる非常事態など、手紙を読まずとも想像はつく。それはまさに凶兆の知らせであった。


「オードリュス様」


 目に入れたくもない代物だが、そんなわけにもいかない。ディゲンバーは鳥の首につけられた丸筒から紙を抜き取り、急ぎオードリュスへと恭しく差し出した。


「…………ほらよ。これでとうとう俺たちだけだ」


 読み終えた手紙を投げ捨てるオードリュス。

 ちらりと紙面に目をやったディゲンバーは、そこに記されているのが十二座の最後の一人からの「自分はもう駄目だ」と拠点の陥落を知らせる内容であると読み取った。


 届いた時間から逆算するに、すでに彼は治安維持局の手に落ちているだろう。これではまるでダイイングメッセージが空を飛んでやってきたかのようだ。


「正真正銘、リブレライトで築き上げたものは完全に崩れ去った。これまでの努力が何もかもパーだ。俺たちにはもはや、何も残されてねえ……」

「…………」


 痛ましいセリフに、ディゲンバーも痛恨の念を隠せない。己が主人をこうも落ち込ませてしまっている現状に、自身の力不足を嘆くばかりだ。


 が、しかし。

 急にオードリュスの瞳がギラリと光を取り戻す。自嘲の笑みも性質を変え、元来の彼が浮かべる獰猛なそれへと変わっていた。


「――なんて、言うと思ったかよ!! 何も残されてねえ? 確かにそうだ、金、物、人! 組織に必要なモンは綺麗さっぱり消し飛んだ! だがそれでも、俺にはアレがある!」


 オードリュスが口にした『アレ』なるもの。

 側近たるディゲンバーには当然、その知識があった。


「オードリュス様……! まさか例の物を、お使いになられると」

「そのまさかだディゲンバー! どうせリブレライトにゃ何も残ってねーんだぜ、好都合ってもんだろう! あの街を地獄に変えようが俺たちに損失はねえってことだからなあ!」


 逃げ出すように去った――否、実際に逃げ出したのだ。あのまま街に留まっていれば治安維持局の手はオードリュスにまで伸びた可能性は大いにある。


 どれだけ部下を失おうとも自分だけは捕まるわけにいかない。プライドの高いオードリュスとしては甚だ不本意なことに、ディゲンバーの精を尽くした勧めもあって暗黒館に身を置いた。その決断と実行の間にも治安維持局は埃を叩きはらうようなしつこさで暗黒座会の拠点を潰していった。


 やがては自分たちの寄る辺はひとつもなくなるとディゲンバーだけでなくオードリュスも予感し、だからこそ逃走を図った。そしてその未来予測はすぐ現実へと取って代わった。今しがた届いた手紙で、それが確定してしまったのだ。


 絶望的な状況だ。ただし、絶望的だからこそできることも、あるというもので。


 ――何も残っていないのならば遠慮することもない。アレを解き放つことになんの躊躇があろうか。


 それは黒葉の種と同じく、とあるルートから手に入れた究極のアイテム。価値で言えば恐るべき麻薬植物の新種すらも遥かに凌駕する品物。暗黒座会にとって、オードリュスにとって最後に残された切り札を、いよいよ切るべきときがきたのだと彼は確信を抱いていた。


 俺は間違ってるか! と猛々しくオードリュスは問う。問われたディゲンバーは厳粛に頭を下げた。


「いいえ、何も。何も間違いなどございません、オードリュス様。すべてあなたの仰る通りかと」

「はっはぁ! そうだろう! 俺はアレを使うぞ、そう決めた……リブレライトを崩す! 俺と同じ目に遭わせてやるぞ、治安維持局の屑共めが! さあ、封を解くぞディゲンバー! 今すぐにだ!」

「ただちに用意を」


 部屋を後にするオードリュスとディゲンバー。たった二人になった暗黒座会だが、彼らに諦観はないようだ。追い込まれて窮を極めたものの、意地か気概か一周回って戦意を高まらせたらしい。


 悪事を働いてきた後悔も反省もなく、「立つ鳥跡を濁さず」とは正反対の事態をリブレライトで起こそうとしているようだが――そのやけバチのような高揚感が僅かにも二人の目を曇らせていなかったかというと、それは嘘になるだろう。


 通常の精神状態ではないオードリュスはもちろん、冷静であるようにと指摘した側のディゲンバーであってもこの火急の事態に、どこか浮足立っていたことは否めない。


 もう少し二人が落ち着いていれば――視野を広く見識を保っていれば、気付けたかもしれないのだ。

 十二座最後のひとりが放ったはずの伝書鳥が、どこか奇妙であることに。

 その鳥はいつもより赤々しく、巨体で、手紙を渡せばすぐ去る常を守らず、オードリュスらを観察するようにじっと見つめていたことに。


「クー……」


 小さく鳴いた赤い鳥は、ばさりと窓から飛び立った。

 向かう先はただひとつ。自分の帰りを今か今かと待ちわびている、愛するご主人様のもとである。


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