256 物騒なチームアップ
首都、万理平定省の本部にて。
ようやく帰還を果たしたところ思わぬ人物が自身を待ち構えていたことに、オイニー・ドレチドはぱちくりと目を瞬かせた。
「メディシナではないですか。どうしてこちらに?」
「あなたを待ってたのよ、オイニー」
タイトなスーツに白衣を重ねるといういつものスタイル。親しげな口調で応じる彼女は、丸眼鏡の奥の瞳を細めて久しぶりに会ったオイニーの姿を観察する。確かな洞察でもって瞬時にその疲労を見抜き、労うような面持ちでメディシナは言った。
「あら、オイニーはずいぶんとお疲れのようね……珍しい。あなたさえよければ飲むとたちどころに元気の出るお・く・す・り、を処方してあげてもいいのだけれど」
「そうもわざとらしく怪しい言い方をされると貰いたくなくなるんですが……要は栄養剤なんですよねぇ?」
「ええ。でも市販のものとは効力が段違いよ?」
「そりゃあ、あなたお手製の薬品ならそうなるでしょうね。……で、私を待っていたわけとは?」
「引き継ぎの確認よ。一応は私がリーダーになったものだから、前任者には話を通しておこうと思ってね。書類や電話だけじゃ意思疎通に不備も出かねないから」
メディシナから出た言葉は、オイニーにとって意外もいいところだった。引き継ぎ? 前任者? 言葉としての意味はわかるがしかし、なぜメディシナの口からそれが出るのかは――いや、そちらもわかるにはわかるのだ。オイニーにはそれを察するだけの聡き理解力がある。
謎なのはその『人選』である。
「おやおや、また私の知らぬ間に私が請け負ったはずの任務に変更が出てしまいましたかー。不服と言いたいところですが、それをあなたに言ってもしょうがないですね。承りました」
「さすが、理解が早いのね。もう少し戸惑うかとも思ったけれど、オイニーに限ってそんなことはあり得ないか……一応は確認しておくわね。『聖典』・『聖剣』・『聖杯』については確保済み。『聖杖』・『聖槍』については現在作戦進行中。それに『聖冠』の持ち主の協力も取り付け済み。ここまではあなたの報告通りということで間違いは?」
「ありません」
「よろしい。なら残る七聖具は『聖衣』のみね。そちらもあなたの推理通り、『あの人』が現在も所持していることが確認できたわ」
「やはりそうでしたか。最後の記録者が彼でしたからねえ。個人的にはまだ存命なことに驚いていますが……で、そちらの蒐集を貴女が引き継ぐということでいいんですか?」
「ええそうよ。オイニー、ここまであなたはよくやってくれたわ。個人でこれだけの仕事ができるのなんて、きっとあなたぐらいのものでしょう」
「それは買いかぶり過ぎというものですよ。私以外にも優秀な執行官はいらっしゃいますからねえ……素行に少々問題のある方もちらほらといますが」
「あなたこそが万理平定省の執行官らしい執行官だと私は思っているわ――でもそれは、なんでもあなた任せにしていいという意味じゃない。上座の方々もそういう常識的な判断くらいはつくらしいわね」
「ふむ……その言い草からすると、あなたは『あの人』を相手に奪還任務と相成った、ということですか」
オイニーの訳知り顔での返答は、その見る者によっては不快にも感じるであろう厭らしい表情とは裏腹にそら恐ろしいほど的確に要点を捉えていた。こういう鋭さ、頭の良さがあるからこそ彼女は上からもひどく重宝されているのだと改めてわかる。メディシナは頷いた。
「本当に理解が早い……その通りよ。ご機嫌伺いの先遣隊が誰一人戻ってこない。交渉は見事に決裂したみたい――それどころか、戦闘行為にまで発展したと見るべきね」
「なるほど、ならば私個人に任されなくて一安心といったところですが……しかしどうしてそこでメディシナに白羽の矢が立ったのか? あなたの実力を疑う訳ではありませんが、戦闘は本職じゃないでしょう。そもそも損害管理局に在籍中のあなたが一任務のために呼び出された理由とは、いったいなんなんです?」
「ああ、勘違いさせてしまったのなら謝るわ。私は今作戦チームのリーダーではあるけれど、先頭切って戦う役目じゃあないのよ。そっちは秘匿強襲部隊のリーダーさんの役目ね」
「――なるほど、そういうことですか。だからメディシナが付き添う必要があるんですね」
すべてに納得がいった、と言わんばかりにオイニーは深く頷く。『秘匿強襲部隊アドヴァンス』。その構成員は多くがハチャメチャにヤバい能力を秘めているが、中でもリーダーであるナンバー1――いや、この呼称はもう正しくないのだった――ウーネの能力は扱い方を誤ればそれだけで国のひとつやふたつはなくなってしまいかねないほどのトンデモである。
本人の抑制や自制心でしか抑えられないそれをまだしも外部から制御できる可能性を持つメディシナは、ウーネが本気で戦わねばならない事態が予測される場合にはその付近に待機させられる機会がこれまでにも何度かあった。実際、そのおかげで未然に防がれた被害もある。
「ということは、ウーネを戦闘に駆り出さねばならないほどであると?」
「そうね。彼女だけじゃなく、ナンバー2……ドナエと、ナンバー4のクワイスも同行するわ。そこに私と損害管理局の処理部隊を加えたのが今回のチームね」
「……めちゃくちゃ人選尖ってるじゃないですかー。ウーネだけでなくナンバー2とナンバー4も同伴とは、いくらなんでも殺意に溢れ過ぎてやいませんか?」
イケイケな戦闘狂ナンバー2にアドヴァンスの中でもぶっちぎりのやべー奴であるナンバー4。そしてウーネ。絶対にひとつの任務に固めるべき人員ではない、と人事部に勤めた経歴のないオイニーでもそう断言することができる。
「ドナエとクワイス、ね。今はそう呼ばないと怒るわよあの子たち。まあ、それだけ上も警戒しているということよね……、『あの人』を――元は万理平定省の上座にいた裏切り者を」
「離反者トーラス、ですか。元上座というだけでなく初代武闘王でもあらせられるかの御仁ですからねえ。世間ではとっくに亡くなっていると思われているようですが、未だ現役とは本当に驚かされます……。とはいえ、もうとんでもないお歳ですよねえ? 本人の離反理由も衰えたからだと告げたという記録がありますし、それからもう二百年ほど経ってるわけですから、さすがに戦えると言っても限度があると思いますが……」
眉を寄せるオイニーに、メディシナはため息交じりに言葉を吐いた。
「それには同感よ。でも実際に先遣隊がやられてしまっているようだし――何より本人が衰えていても、彼には聖衣がある。だからこそのアドヴァンスなのよ。ドナエの力が通じるならそれでよし、通じないのなら――殺してでも奪い取る。ウーネとクワイスがいれば万が一でもしくじるなんてことはないでしょう」
「殲滅戦ならこれ以上ない人選だとは思いますよ。個人に向けるべき戦力かと聞かれたら間違っても同意はできませんけれどね」
「やってやり過ぎるということはないでしょう。トーラスがどれだけ聖衣の扱いに長けているかに関してまったくの未知数なのだから、備えを厚くするにこしたことはない。けれどまあ、オイニーの言い分もよくわかるわ。正直言って私だって、少し気が重いもの。ご老人を寄ってたかって虐めるという構図も決して気持ちのいいものではないし……」
いかにも気怠そうにそう言うメディシナに、オイニーは「そうですか?」と首を傾げた。
「そこは私なら気にしませんけどね。所詮は離反者なんですから、聖衣の不当所持と合わせて何をされたって文句の言えない立場でしょう」
「……そういうところよね、あなたが優秀なのって」
「照れますねぇ」
「褒めてはいないのよ?」
それにしても、とメディシナは続ける。
「『来たるべき時代を待つ』と意味深なことを言い残して消えたらしいトーラスが、聖衣を持ち去った理由も万理平定省に仇なす理由もまるで見えてこないのよね……いったい何を考えているのか、ほんの少しも読めないというのは不気味だわ」
「まあ、今回の任務で否が応でも彼の行動理念に触れることにはなるでしょうが……そこはやはり、あまり悩んでも仕方のない部分でしょう。お国の事情と個人の事情とはなるべく切り離すべきですよ。極端に言えば彼の言い分に耳を傾ける必要だってないんです。既に交渉は決裂しているのですから、あとは実力行使しか残されていない。そうですよねぇ?」
「――ええ。だからこそのこのチームなわけだし、ね。はあ、気分は乗らなくともやるしかないわよね。とても気が引けてしまうわ――『あなたの時代なんてもう来ない』のだと、ご老人に教えてさしあげなくちゃいけないなんてね」
「はは、それが若者の勤めなのかもしれませんね。重い腰の老人に『そこを退け』と言ってやることが」
「あら、あなたって言うほど若かったっけ?」
「無論ですとも。気持ちだけは見た目のままですよ」
「気持ちだけではねえ。そこでどう? 新作の増強剤をたまたま持ち歩いているんだけど、ちょっと試してみないかしら」
「ここでアンチエイジングではなくそういった品を勧めてくるあたり、貴女のほうこそさすがだと言わせていただきましょう――安楽薬師メディシナ」
その懐かしい呼び名に、くすりとメディシナは笑った。