255 遊び疲れて眠れたら
ここからの数話は4章終わりから5章終わりまでのいつかにあった話だと思っていただきたい!
「遺憾だ遺憾だまことに遺憾だよ!」
「どうしたどうした、何事じゃ?」
「あまり騒ぐとまた怒られますよ……私が」
「これが騒がずにいらいでか!」
「騒ぐのはともかく訳を言わんか」
「いえ騒ぐのもやめてほしいのですが」
「これを見るのだ、二人とも!」
「むー? こいつは全国紙か。どれどれ」
「アムアシナムの再編……? 大都市が万平省の手付きになるのですか」
「そーなんだよ、実質的な都市解体だって! 大都市では初めてなんだよね、こんなことって」
「確かにこれまで聞いたことがないのぉ。と言ってもアムアシナムは特殊な街じゃから本来の意味での解体には程遠いようじゃが」
「都市を管理していた六大宗教会が撤廃され、施工官立ち合いのもと天秤の羽根を中心に新たな街づくりが行われる……とありますね」
「これさー、なんで宗教会をなくしたかもなんで『損害管理局』の手が入るのかもまるでわっかんないんだよねー。記事出す意味あるぅ? てか新聞の意味あるぅ?」
「ふん、白々しい。おぬしがわざわざ話を持ち出してきたからには、これの内情についても大方の察しがついておるんじゃろう?」
「そうでなければ騒ぐこともしないでしょうからね……。まさか、この一件にはあの子が関わっているのですか?」
「おっ、キャンディナお姉ちゃん鋭いなー! 私はそう睨んでます。もうキリリッと睨んじゃってます!」
「ほーん、またぞろナインとかいう小娘のことかい。確か少し前にスフォニウスで武闘大会を勝ち上がっていたか? それ以降とんと話題を聞かなくなったが」
「毎月のように噂が立つほうが本来おかしなことのはずなんですがね」
「だよねー。たぶん誰かが狙ってやった流れだと思うんだけど、最近は何してるのかわからなくって寂しかったんだよ。そしたらホラホラ、これなもんですよ!」
「ええい、新聞を叩くな。わしがまだ読んどるだろうが。老眼を労われ若人よ」
「アムアシナムで何が起こったのか、イクアにはわかるのですか?」
「やー、さっぱりだね! でもここにナインちゃんの影があるのは見えてくるんだなーこれが! リブレライトに、エルトナーゼに、スフォニウス。と来たら残る五大都市にも来てくれるって思うじゃない? そう期待しちゃうじゃない? でも急に足取りが掴めなくなってショボーン……かと思えば丁度アムアシナムで何かしらの事件が起こった。これはもうナインちゃんの活躍があったんだなってファンならミジンコでもピンときちゃうね!」
「はん、ファンクラブ六桁番号が偉そうに。世間では四桁以内じゃないと人権はないと言われとるらしいぞい。番号が若ければミジンコでも神じゃ」
「ミジンコのファンがついても本人は喜ばないと思いますが……ともかく、これだけ大きな出来事となれば、あの怪物的な少女が何かしら原因に携わっているというのは実にあり得そうなことです。直接の引き金ではなくとも、現場にいたとしたら確実に事件と関係を持ってはいるのでしょう」
「ふふっふー。自分とこの組織を潰されてるキャンディナお姉ちゃんの言うことには重みがあるねえ。っていうかナインちゃんと実際に戦ってもいるんだもんね? あっ、どうしよう。急にキャンディナお姉ちゃんに対して嫉妬の炎がメラメラと……!」
「やめい。話をあちこちに飛ばさずはよう進めんかい。いったい何が遺憾なのかを言え」
「そうですね。これでどうしてイクアが興奮しているのか、教えてくれなければわかりません」
「えっ、まだわかんない?! だってほら、ほとんど答えを言ってるようなもんだよ? ナインちゃんたちは五大都市を順繰りに巡ってる。スフォニウスの次はこっちに来てくれるかと期待してたら、アムアシナムに行っちゃったっぽい。だからあたしは最後に回されたことを遺憾だと大声で訴えたわけですよ――でもね! もうその必要もないなって思ったとこ!」
「ああ、そういうことか……つまりはアムアシナムの次。ナインはここ、クトコステンへもうすぐやって来ると」
「ナインが、この街へ……」
「ん、どったのキャンディナお姉ちゃん」
「少し顔色が悪いように見えるな」
「……まずいのではないですか? 悪党と見たら一切の容赦をしないあの少女です。ここに来て、そしてイクアの行いを知ることとなれば……まず間違いなく潰しにくるでしょう」
「んふ。いいじゃんいいじゃん、素晴らしいじゃん。何が心配なの? あたしが負けること? それともそれに自分が巻き込まれること?」
「意地の悪い聞き方をしおって。わしらはおぬしと一蓮托生なのだから、無暗に厄介な奴を敵に回してほしくないのは当然じゃろうが」
「いえ、それだけではなく。確かにナインと二度と敵対したくないというのは私の偽らざる本音でもありますが……それ以上に、イクアの楽しみが邪魔されてしまうのではないか。今となってはそちらのほうが遥かに心配なのです」
「あー、あたしの機嫌のこと気にしてるのー? それなら心配ご無用です! ナインちゃんが引っ掻き回してくれるならこれに勝る楽しみはないからね! 博士の新発明のおかげで仕込みは行き渡ってるし――もしこれでもナインちゃんがあたしを圧倒してくれるなら、ますますファンになっちゃうよ!」
「まるで負けたいようにも聞こえるのう。まさか負けず嫌いのおぬしからこんな言い草を聞くことになるとは」
「ただの暴力に屈することはないイクアですから、仮にナインと戦ったところでそれは勝負らしい勝負になることなどないと思いますが……」
「もう、二人ともぜーんぜんあたしのことわかってくれてないんだなぁ。あたしは別に負けず嫌いでもなければ勝つのが好きなわけでもないよ? 勝負がしたいだなんて思ってもいない――勝つとか負けるとか、そんな白黒つくようなことばかりじゃないでしょ、この世の中ってのは。むしろ曖昧な灰色ばっかりだよ。あたしが棲むのはそこなんだ! 白にも黒にも中途半端に染まったよくわからない色の中を行き来するから楽しいんだ。子供の遊びみたいな勝ち負けはいらないから、『私の遊び』はただそこに、自分なりの一色があればいい。ナインちゃんが来るならあたしも命懸けになる、だからいい。その時、その一瞬、その刹那を、何物にも染められぬ一色で塗りつぶす! それが生きるってことなんだからね」
「……ま、おぬしの持論はわかった。いまいち理解はできんがの。とにもかくにもその娘っ子へ多大な期待を寄せとるのに変わりはないんじゃな?」
「私としてはなるべくあの子に見つかりたくありませんが……彼女がここに来るというのなら、どういう形であれ対決は避けられないでしょう」
「そうだね! 私が私である以上、そしてナインちゃんがナインちゃんである以上、対決は決定事項だ。だから二人にも覚悟を決めておいてほしいんだよねー、あたしが出張るにしてもタイミングってものがあるからさ。ナインちゃんたちがここに来たとしてもどう動くのか不明なうちはちょっかいかけても旨味がないっていうか。できるだけこっちも向こうの邪魔をしてあげたいよね、人の嫌がることを進んでやるタイプのあたしとしてはね!」
「息をするように嫌がらせを企むその姿勢だけは、ほんに尊敬できるわい。わしには無理じゃ」
「そもそもの話として……イクアはこの街をどうしたいと思っているのですか?」
「え、別にどうしたいとも思ってないよ?」
「だろうのぉ」
「……それはつまり」
「そうそう、こっちはそれこそただの子供の遊びみたいなものだからねー。バカみたいな連中がバカみたいな理由で死んでいくのって見てて普通に面白いじゃん? どうせね、仲間同士でいがみ合うどうしようもない人でなしたちなんだから、それをどう使ってやったって構わないってもんでしょう? だからあたしが楽しく遊んであげるんだー。どうもこうもなにも、あたしのやることはいつだって、ただの暇つぶしでしかないんだから――遊び疲れて眠るまでの、ね」




