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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
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幕間 ドマッキの酒場のとある日・後

「いいッ加減にしやがれよおっさんども!」


 ドスの利いた口調で、少女が吠えた。

 怒鳴り声すら可憐に響く摩訶不思議さに冒険者は一層少女の虜となるが、今はそれよりもその堂に入った叱り方にこそ度肝を抜かれた。


 こんなにも儚げな美しさを持つ少女が、こうも凛々しい姿を見せるなんて……。


「俺がシフトの時は暴れんなって前にも言ったろうが! やるならドマッキさんがワンオペでやってる時間帯にしろよ、そんときゃ乱闘フリーだから!」


 おいふざけんなよ、とドマッキの憤慨した声も上がったが誰も聞いていなかった。


「す、すまねえナインちゃん。俺もこんなつもりじゃなかったんだ、ただこいつがここをシケた店だなんて言うもんだからついよ……」


 喧嘩していた片方、頬に目立つ傷跡を持つ男は少女と顔見知りだったらしく――どうやら以前にも喧嘩をして注意を受けたことがあるようだ――申し訳なさそうに頭を下げている。

 如何にも悪人面の大男が幼い少女にペコペコしている様は何だか笑いを誘うものがあったが、それを見て本当に大笑いをする者が一人。


 もう片方の喧嘩相手だ。


「だっははは! らさけねえ、こんらガキンチョに叱られてるぜ!」


 これまた大柄の男で、無精髭の生えた顔を真っ赤にして呂律の怪しい喋りをしている。相当酔っている様子だ。こちらはもう一人と違って一見客のようであった。


「俺はあんたにも言ってるつもりなんだけどな、おっさん」

「ああん!? らめた口きいてんじゃなぇーぞガキぃ!」


 凄む無精髭を、少女は冷めた目で見ている。

 小さな子供が大の大人相手にまったく怖がる素振りも見せないその異様な冷静さに気付いているのかいないのか……少女へ顔を近づけた男は、酒精に歪む視界の中でもその美貌に目を止めたらしい。


「お?! よくみりゃらからかかわいいじゃねか、ガキい、お前の姉ちゃんか母ちゃんを俺んとこにつれてこいよ! ふざけたことぬかしたお詫びとしてよお!」

「お、おい! やめとけ、お前さすがにやばいぞ!」


 さっきまで殴り合っていたというのに、今度は傷顔が止める側になっている。

 それもそうだと冒険者は思った。

 白亜の美少女にあんなウザ絡みをするなど言語道断である。内容も単なる逆切れであるし、自分がもし当事者でも見過ごせず止めに入るだろう。


 しかし気になったのは、止める側のセリフだ。お前やばいぞ、と傷顔の男は言った。それは少女相手にド下ネタを発する品性のなさを謗っているようにも聞こえるが、傷顔の口振りはそれよりももっと深刻なものであるように思えた。


 有り体に言えばそれこそ、無精髭の命の危機すらをも訴えるような――


 冒険者は見た。カウンターの奥でドマッキがぐっと親指を立てて、それを勢いよく下へ向けるという、謎というにはあまりに意図の分かりやすすぎるサインを。

 それを確認したらしい少女が、にいっと口角を上げたところを。


「はい、あんたアウトね」

「ああ!? らにが――っぶひょええぇ!」


 スパーン!


 高らかな音が店内に鳴り響く。

 それは少女が跳びあがって無精髭の頭を思い切りはたいた音であった。


 やり取りをしている間に店員も客も総出になって椅子やテーブルを寄せてあったらしく――白亜の少女を見守るのに忙しかった冒険者はそのことにまるで気付かなかったが――少女の場所から出入り口までぽっかりと空間が割れており、そこを男が情けない悲鳴を上げながらぶっ飛ぶ。


 丁寧に扉まで開け放たれていたことで、無精髭はそのまま店内から文字通りに叩き出されることになった。


 軒先の地面を転がった無精髭は全身の痛みと、そして衝撃によって酔いが回っているのだろう、ひどく鈍重な動きで蹲ったかと思えばげえげえとその場に胃の中の物をぶちまけている。


「皆さん協力ありがとうございます! それからお騒がせして申し訳ない。俺はちょっとあの人と外で『お話』をしてくるんで、皆さんはどうぞ引き続きお食事を楽しんでくださいねー」


 朗々と、まるでこの程度のことは日常茶飯事であるとでも言わんばかりに快活にお詫びを述べた少女は、軽い足取りで店内から出て行った。扉が閉まり、一同も何事もなかったかのようにテーブルを並べ直して客は食事を、店員は業務を再開した。


「なんだ、いまのは……」

「ぶはは! なあ、見れて良かったろう? あの子はただ可愛いだけじゃねえのさ!」


 何故か自慢げに言う禿げ頭に、それまで呆気に取られていた冒険者は――やがて緩慢に頷き、こう返した。


「そう、みたいだな。……ますますファンになっちまったよ」


 にやりと禿げ頭が笑い、乾杯しようぜと急かすものだから冒険者は仕方なくしばらくは戻ってこないであろう白亜の美少女を諦めて、たまたま目に付いた赤髪の少女へ注文を頼む。


「緑光ビールとー、ミネじゃがのフライドポテトとー、三ツ目鶏の燻製チキンとー、酔いどれ牛のミートボールスパをー、全部一人前ずつ! クータ、合ってる?」

「ああ、合ってる……っと待った。ビールは初めから二杯持ってきてくれ。たぶんすぐに飲み干しちまうから」

「はーい!」


 明るく返事をした赤髪の少女に、冒険者は笑みを零した。

 この子もとてもいい子そうだ。

 いつまでこの店にいるかは分からないが、白亜の美少女と一緒に応援しよう……なんて考えをしていたところ、そっと赤髪の少女が耳元に口を寄せてきた。


「ん、どうし――」


 た、という語尾は消えた。冒険者としての勘がけたたましく警鐘を鳴らしたからだ。彼の直感は目の前の少女を、今回のクエストで仲間と共に命を懸けて倒した肉食植物『スティッキープラント』よりも遥かに危険な存在だと告げている。


 硬直した彼の傍で、死が囁いた。


「お前、ご主人様のこと見すぎ。変なことしたら――燃やすからね」


 それだけ言ってとてとてとオーダーを伝えに行く少女の後ろ姿を見送って、冒険者は油の切れたブリキ人形のようなぎこちない動きで禿げ頭のほうを見た。

 彼はクータという少女の二面性をも知っていたらしく、含蓄ある笑みを浮かべて言った。


「俺もあんたと同じ口さ……へへ、あの時はちびっちまったよ。それに比べりゃあんたは大したもんだ」

「あ、ああ……これでも一応、冒険者なんでな」


 へえ、と禿げ頭が感心しながら仕事ぶりのほうを訊ねてくる。それに応じながら冒険者は思った――なるほど、白亜の美少女ウォッチもなかなかどうして奥が深い、と。


 どうしてか両手を(・・・)濡らして(・・・・)戻ってきた白い少女と、料理を危なっかしい手付きで運んでくる赤い少女を見ながら、冒険者は次の昇級祝いもここにしようと決めた。


 無論それまでの間にも時間の許す限り通うつもりでいるのだが。


両手が濡れていたのは血を洗い流したとかではなくゲロを片付けたからです。優しいね!

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