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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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247 より良い明日のために

「わかったわ、ナイン。私はあなたに従いましょう。これからはこの力で、奪った万倍以上の命を助ける。私なんかにそんなことができるのか、とても不安はあるけれど……精一杯果たすことを約束するわ」


 そのためにも、とシリカは言った。


「私は天秤の羽根を、アムアシナムを出る。もうここにはいられないし、いたくない。あなたはそれを許してくれる?」


「勿論だ。言ったろう、お前の自由だって。それにこの街はたぶん……お前を必要とはしないよ」


 染まらない者はいらない。

 アムアシナムとはそういう街なのだ。


 街の中枢に生まれ、しかしそれでも染まることができなかった少女は自嘲のように苦笑する。


「私もそう思う。ここに残っても私に人助けなんてできないでしょう――だから旅に出る。ナインが聞かせてくれたみたいに、私もいろんなところを見て回って、触れ合って、そして誰かを助ける。その人の代わりの力になってあげる。そういう風にできたなら……すごく素敵なことよね」


「ああ、そうだな……」


 ナインはシリカにこれまでの活動を語って聞かせた際のことを思い出す。

 あの時のシリカは目を輝かせて、実に楽しそうに話へとのめり込んでいた。

 自分が悪魔憑きであることを巧妙に隠しながら日々を送っていたわけだが、その全てが、彼女の全部が嘘だけで出来ていたとはナインも思わない。


 きっと純粋に憧れを見せていたあの日の表情は、彼女の本心であっただろう、と。


「……シリカ様。是非、その旅に私もお供させていただきたい」


「テレス。私は決してあなたを拒絶したりしないわ――けど、いいの? あなたには天秤の羽根の護衛隊長という職務があるのに」


「私は天秤の羽根にではなく、シリカ様に仕えているつもりです。家族を失ってから無味乾燥な日々を過ごしていた私の人生に、生きる意味を与えてくれたのは貴女なのです。貴女が産まれたあの日。私の指先にそのお手が触れたとき、生涯かけて貴女様をお守りするとこの胸に誓いました。どうか私の使命を果たさせていただけないでしょうか」


「……嬉しいわテレス。あなたはいつも私を気遣ってくれていた。傍にいてくれた。これからもそうしてくれるなら、私はとても嬉しい。本当についてきて、くれるの?」


「喜んで」


 シリカの前に傅き、その手を取って甲へキスをする。テレスティアの動作は非常に様になっていた。



「人を助けるための旅。ナインが私に課したのは、言うなれば救世の道。少しでもこの世界を良くするための旅……決して楽な道のりにはならないでしょう。苦難に苛まれ、終わりも見えない果てなき旅路になるのでしょう。それでもあなたは――」


「答えるまでもないことです」



 一同に別れを告げて、シリカとテレスティアは並んで去っていく。その間際にシリカは「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。それが誰のために告げられたものなのかは、場に残された全員にとって明らかだった。謝られた悪魔・・はしかし、何も言わずにただ遠ざかっていく背中を見つめるのみだった。やがて二人の姿が完全に見えなくなって――。


 さて、とナインは仕切り直すように言った。


「あとはお前さんだな――大悪魔」

「……!」


 ナインと悪魔はしばし視線を交わす。相手の瞳から何を読み取ったか、悪魔は這いつくばった姿勢のまま「はっ」と自虐的なまでの悪どい笑みを漏らした。


「笑いたければ笑えばいい。哀れみたければ哀れむがいいさ。人に裏切られ見捨てられた悪魔が、このボクだよ――とんだ悪魔の面汚しになっちゃったのがこのボクだ! ふ。ふふふ。大悪魔を名乗りながら、こんな結末とはねぇ。我ながら驚くやら情けないやらだよ、まったく……ねえ、君もそう思ってるんだろ?」


「…………」


「なんだよ――言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。シリカを操ってたんだから、捨てられたって自業自得だって。こうして地面を舐めてる姿がお似合いだぜって、はっきり言えばいいじゃんか! どーせボクのことは、シリカみたいに許す気はないんだろ? 煮るなら煮れよ、焼くなら焼けよ。ボクには抵抗する力なんて残されてないんだから、どうぞ君たちのお好きなようにしてくれよっ」


 開き直ったようなことを言う悪魔に、ナインは少しばかり呆れたような顔をして指摘する。


「好きにしろと言うわりに、お前は泣きそうな顔をしているじゃないか。その目の涙はいったい何に対する涙なんだ?」


「ふんだ、知るもんか。でもこんなの、きっと理由なんてない。あるとすればそれは、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしての涙なんだろうさ――人なんて結局は、悪魔よりも信用ならない生き物だってボクは知ってたはずなのに。見ろよ、この恰好を。この無様を。ちっぽけな杯の中に封印されていたときよりも、よっぽど今のほうが間抜けだろう?」


「……ふむ」



 気になる点がナインにはある。

 しかし今はそちらの疑問よりも、ついにぽろぽろと本当の子供のように泣き始めたこの悪魔をどうするかについて決めねばならない。



「また聞くが、オイニー。あんたにこいつをどうこうする気は?」


 悪魔という種族について見識が深く、また直接子供悪魔と戦った同士でもあることから彼女にこそこの悪魔をどうするかの決定権があるのではないか、と考えたナインはそう話を振ったが――対するオイニーの反応は思ったよりも芳しいものではなかった。


「いやあ、こちらも言いました通り、目的はあくまで聖杯の奪取のみにあったものですから。そこの悪魔と戦ったのは物のついでというか、必要にかられたので仕方なく、ですからねぇ。第一私にはもうそれを祓えるだけの力なんて残っていません」


 魔力だってほとんど空っぽですし、とオイニーは笑う。どこまで本当かと目を細めるナインに「やだなー」と彼女は肩を竦めた。


「言っておきますが、戦闘中は私だって本気でるつもりでいましたよ。実際、最後の一太刀が入ったときには完全調伏を確信したものです――ところがその悪魔ときたら、両断されはしたものの消滅はしないんですから驚きました。あの一撃を食らって悪魔が耐えるなんて通常ならあり得ません。ですからなりこそ小さくとも、これはまさしく大悪魔。そこらの有象無象とは一線を画す強大な悪魔であることは間違いないでしょうから……まあ、この場でやれるとしたら『聖杯に封印し直す』くらいのことになりますかね」


「あんたにはそれができるのか?」


「やろうと思えば、おそらくは。ですが正直、勘弁してもらいたいところですねえ。聖杯はなるべくクリーンな状態で持ち帰りたいものですから、ここで余計な火種になりそうな代物を仕入れていきたくはないんですよ」


「なるほどな。そんじゃあ結局、オイニーとしては積極的にこいつに関わる気がないってことでいいんだな」


「そうですねー。関わって得があるわけじゃありませんし。私は悪魔と悪魔憑きが犯した罪自体には、なんとも思っていませんから」


 いけしゃあしゃあとそんなことを宣うオイニーを、クレイドールもジャラザも信じられないものを見る目で見つめる。事件を解決するために奮闘していた面々を前にしてよくぞまあここまで厚顔な台詞を吐けたものだ――だが、そのことに一番リアクションを見せそうな、というか見せるべきであろうナインは意外なことに「そうか」と軽く頷いただけだった。


「だったらこいつの扱いも俺に一任させてもらうぜ」

「構いませんが……どうされるおつもりで?」

「枷を嵌める」


 ナインはしゃがみ込み、悪魔へと顔を近づける。それに彼はびくりと怯えたような反応をした――ナインへというより、その手にある聖杯を恐れているようだ。数百年の封印を耐え抜いた大悪魔も、だからといって聖杯が怖くないというわけではないらしい。


「な、なんだよ。またそこへ封印する気かい? それともひと思いに消すかい? どっちでも好きにするといいよ、どのみち一緒だから。この体で封印されれば今度こそボクは抹消されるだろう。そう時間をかけずにすり潰されて死ぬんだろうよ――いいよ、やれよ。馬鹿な悪魔にはおあつらえ向きの末路だろうさ」


「いや、やらん。つーかできん。聖杯の扱い方なんて俺にはさっぱりなんでな。同じように、変な生き物らしい上位悪魔デビルってのを本当の意味で殺すにはどうすればいいのかってのもとんとわからん。まあ、そもそもシリカを条件付きとはいえ許したからには、お前を問答無用で仕留めるのは公平フェアじゃないしな」


「な、なに言ってんだ君は――フェアとかフェアじゃないとか、そういう問題かよ。っていうかじゃあ、いったいボクをどうするつもりなんだよ?」


「だから、枷を嵌めるっつってんだ」


「はあ……?」


 混乱している様子の悪魔に構わず、ナインはあることを行う。

 それはこれで計四回目の、慣れたと言えば慣れたとある行為。



「お前に『命名』する。名は体を表すと言うが、それ以上に俺の名付けには何かしらの特殊な意味があるみたいだからな。これまでは仲間にするための命名だったが今回はちと趣旨が違う。お前を縛って、俺の傍に置くためのものだ」



「め、命名? ……ふん! 他の雑魚悪魔たちならともかく、ボクは上位悪魔デビルの中でも最上位に近い大悪魔なんだぞ? とっくに立派な名前を自分でつけてるもんね! 忘れたのならもう一度名乗ってあげるよ、ボクの素晴らしい名前はオルトデミフェゴールイリゴーディアバドン。『オルトデミフェゴールイリゴーディアバドン』だ! 今更君なんかから名付けられる謂れなんてな――」


「さっきも思ったけどさ、その名前は長ったらしくて呼びにくいな。真ん中切り取って『フェゴール』でいいだろ。よし、今日からお前の名はフェゴールで決定だ」


「いや、だから君ね――って、うわぁ! なんだなんだ、なんだよこれ――っ?」


 それは言うなれば、掃除機のノズルに吸われる小さな埃。


 そうとしか言い表せられない勢いで大悪魔はナインの足元、その影の中へと吸い込まれていく。悪魔も必死になって芝生を掴んだがその程度の抵抗は焼け石に水もいいところだった。彼は結局そのまま、殆どなすすべなしといった様相で草の根ごとナインの影へ『封印』されてしまった。


 しん、と静まり返った場で、恐る恐るオイニーが訊ねる。


「あの、今のは何をしたのでしょうか……?」


「俺なりの捕獲術、なのかな? まあ安心しろよ。こうして俺が()()()()()()()、当分はこいつも――フェゴールも悪さはできないさ」


「はあ、なんと言いますやら。本当にあなたは、色々と規格外なお方ですねえ」


 困惑と苦笑交じりのその言葉に、クレイドールとジャラザも揃って深く頷いた。

 それ見てナインは少しばかり居心地を悪くした……が、さほど気にすることでもないかとすぐに思考を切り替えた。


 シリカと悪魔に関しては、下すべき決定を下した。あとやるべきことと言えば――


「……まずはアルドーニさんたちの遺体を運んで、それからあちこちの瓦礫を片付けようか。いつまでもここをこのままにはしておけねえし」


 休む暇もなく歩き出したナインは、ふと思う。

 これはシリカにこそやらせるべき作業だったのではないか、と。


「しまったな、見逃す前にこれくらいはさせたらよかったか。――やっぱ後悔だらけだよな……けど、それが普通だ」


 なるべくしたくないのが後悔というものだ。

 だが先がどうなるか、なんてことはナインの知る所ではない。


 だから彼女は祈るのだ。


 今日に下した数多の決断が、明日の後悔に繋がらないようにと。


 より良い未来を思って、今という時間を大切に生きていこうと――。


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