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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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245 罪と罰:罰編

 膨張、そして収縮。脈動のような巨力の高鳴りは乾坤一擲。出し得る一切を全て発しそれらを拳ひとつに押し込めるように集わせる。


 神威をこれでもかと継ぎ込む。

 一度ならず可能な限り、意識の綱を手放さぬ限り、己が全霊のありったけをそこへ。


 その力のすべてはただ一人の幼き少女を倒さんがために費やされるもの。


 贅沢な力の使い方だった。その気になれば彼女は意思ひとつで峰を打ち崩し河を干上がらせる、超常にして超自然的なかくなる神の如くも振る舞えるはずで――しかしてそれだけの人知を超越した力を向けるは、柔く細く白く力の一欠けらも持たぬような少女の細腕。


 そんな細腕一本が、どうしても壊せない。


 空気を揺るがし大地を裂く一撃が、真っ向から止められる。


 打ち付け合った拳の先から流れ込む不条理なまでの力、力、力。



 力!


 神威すらも叩き伏せんとする力!


 巨神の末裔である己よりもいっそ神秘的なまでの規格外としか言いようのない力!



 気迫漲る双眸から溢るる世上を掌中に収めて余りある程の到達者としての眼光は深き紅の警告色となって見る者に肌の粟立つような原始的恐怖を覚えさせる――それは根源を宿す天摩神の血統にとっても例外なく降り注ぎ神なる世界をも侵す不可侵の災禍として免れない絶望の未来を報せるものでもある――恐ろしくそれでいて優美な破滅の光のような得難き尊さに惹き付けられるように否応なく目を奪われて――気付けば均衡は破られ、そして。



 もう勝負が決していた。



「アアアァァアァアアァアァアアッ!!」


 膝をついて腕を振り乱す。


 ぐしゃぐしゃにひしゃげた自身の右腕を押さえながら、シリカは肉体と精神へ同時に激痛を味わっていた。血と一緒になって体中から急速に力が抜けていく感覚。

 これの意味するところは即ちひとつ。



 負けた。

 敗けたのだ。

 敗北したのだ――この私が!



「う、そよ。こんな、こんなに……私、頑張ったのに。負けたくないって、頑張ったのにぃ……なんで、なんでなんで――勝てないの!」


 喘ぐように言葉を紡ぎながら、シリカはナインへ問いかける。己を見下ろす、己を敗北させた少女に、何故自分はお前に勝てないのかと訊ねる。それは見方によってはとても滑稽で、それでいてひどく哀愁を誘うものだったが、痛みと悔やみに打ちひしがれるシリカは自身の惨状にも気付かずただ答えを切に待ち望んだ。


 そんな彼女に、ナインは。


「そんなの俺のほうが強いからに決まってる。ただそれだけだ――と、言いたいところだが。実のところお前さんには負けるべくして負けた一番の理由が別にあるんだろうな。きっとそれは……シリカ自身が『破滅を望んだ』から」


「は……なにを、馬鹿なこと。私がいつ、自分の破滅を望んだ? なぜそんな必要があるの――見たでしょう、私のしたことを! 私はむしろ、破滅をもたらす側よ! この街に、天秤の羽根に、お母様に! 私という選ばれた、圧倒的な力の解放という破滅を! 私にとっての福音をここに鳴り響かせたのよ!」


「それは全部思い違いだ」


「な……っ」


 きっぱりと。


 まるでシリカ以上にシリカを知っているような物言いで、あまりに力強く断言されたものだから。


 思わず黙ったシリカはまじまじとナインを見つめる。険しかった双眸も今は影を潜め、今や少女は物憂げな薄紅色の瞳でこちらを見つめ返している。


「お前に宿った悪魔の名は破滅願望。どうにもならない環境に心を腐らせたお前は、何もかもを巻き込んで共倒れしようとしたんだ。天秤の羽根を乗っ取るだとか、街を壊すだとか、そんなのは全部後付けでそれらしい理由をでっちあげたに過ぎない。お前の望みはたったひとつ。多くを巻き添えにした心中・・だよ」


「………………」


「本気で死ぬつもりがあったかどうかは大して問題じゃない。少なくともお前の中には、間違いなく破れかぶれの思いがあったはずだ――『どうとでもなれ』というやけくそな思いがあったはずだ。その対象は周囲にじゃなく、自分にこそ向いていたんだろう。『自分なんてどうなってもいい』と。行き着く先なんてお前には少しも見えちゃいなかった――ただ壊して、一緒に壊れたかっただけ。それだけが望みだったんだからな」


「………………」


「本当は母親に。一番にシルリアさんに止めてほしかったんだろ? 何をしてるんだと頬をはたいてほしかったんだろう――本気で怒ってほしかったんだろう。親子として向き合いたかったんだろう。教皇だとか、次の世代だとか、そんな枝葉を取り払って、たった二人だけの母と子として会話がしたかったんだよな? ……馬鹿だぜ、お前は。自分が本心で何を望んでいるかも知ろうとしないで、悪逆の仕打ちに手を染めた。たくさんの人間を死に追いやった」


「………………」


「お前の生まれを、人生を、辿ってきた運命を哀れに思わないわけじゃない。可哀想だと思う――同情の余地はあると、天秤の羽根ってもんを知った今ならそう思える。部外者の俺でもたった十日ばかりで変になりそうだったこの環境で、才能を持ったお前が十二年間どんなに窮屈で息苦しい思いをしてきたか、察するにはあまりある――だけど」



 ――だからと言って、許せはしない。



「往生してくれシリカ。俺はお前に、痛みっていう何より原始的な罰を教えてやらなくっちゃならない」


「……ええ。あなたの好きに、するといいわ」


 もはや何がしたくてここにいるのか、何を思ってここまで来たのか――来てしまったのかわからないシリカは、言われるがままに頭を垂れる。


 それはさながら断頭台へ運ばれた罪人。

 罪を認め罰を受け入れる諦観者の出で立ちだった。


「負けたんだもの。勝者に委ねるのは当然よね。勝ってあなたを手に入れて。勲章のように手元に置くつもりだったけれど……負けてしまったのだから、仕方ないわ。もう抵抗はしない。どうぞできるだけ惨たらしく殺してちょうだい。あなたの手で終わらせてちょうだい――」


 シリカは瞼を下ろして断罪を待つ。


 ああ、儚い未来だった――淡い夢だった。


 自分が自分としてようやく生まれることができた日がそのまま命日となるとは、なんという悲劇……それでいてなんと愉快なことだろうか。


 まるで笑い種である。


(私が、本当に欲しかったものって……?)


 自分のことなんて自分が一番わからないものだ。

 ひょっとしたらナインの言っていることは全部正しいのかもしれないし、あるいは、てんで的外れなのかもしれない。

 正誤の判断をシリカ当人が付けられないのだから、誰にも正解なんてわかるはずがない。



 何を望んでいたんだっけ――?



 望むものがあるからこそ、叶わぬ日々が辛かったはず。狂いそうな年月を擦り切れながら生きたはず。その苦しみに終止符を打とうとしたのは、なんのため?



 自分は最初に、いったい何を願ったのか――?



 思い出せない。


 記憶にも蘇らないほど遠き過去。幼い自分がまだ世の残酷さを知らぬままに叶えたいと願った望みとは、なんなのか。


 力を手に入れ、願うよりも先にそれを行使することを覚えてしまった今となっては、もはや遼遠の遥か向こうへと置き去りにしてしまったその大切な何かを取り戻すことはできそうにもない――ならば。



 ここで終わろう。


 自分という一個の出来損ない(・・・・・)をここで終えてしまおう。



 それがいい。

 そうすべきだ。

 そうでないとまた自分は、取り返しのつかないことをしてしまう。

 取り戻せない何かを、取り戻そうとしてしまう。


 誤った方法で手を伸ばそうとしてしまう――。



「……?」



 静かに待てど訪れない終わりの時。どうしたことかとシリカが目を開ければ、そこには一人の人間の大きな背中があった。

 それが誰のものかなどと考えるまでもなくシリカにはわかった。


 この背は間違いなくこの十二年間、彼女にとって最も近しい存在だった者のそれだ。


「テレス。あなた、そこで何をしているの……?」


 呆然と問いかけるシリカへ、振り返ることなくテレスティアは言った。



「なりません、シリカ様。ここで死んではなりません! ここで終わるなどと――たとえ貴女様がそれを望もうと、私が絶対に許しません!」



「――、」


 従者にあるまじき主人への反抗。シリカの虚脱とともに奇跡の力もその身体から雲散霧散し、普段の調子を取り戻したらしいテレスティアは先とは一転して主の望みを力強く否定する――拒絶する。


「ナイン殿! どうか、どうか御慈悲を! その拳をお納めください!」


 懇願。

 恥も外聞も打ち捨てたように、テレスティアは一回り以上年下の少女へと懸命に頼み込む。


 全ては主人を守るために。その生を永らえさせるために――。だが、ナインは厳しく首を横に振った。


「テレスティアさん……残念だが、そいつは聞けない頼みだ。あんただって忘れちゃいないだろう? シリカはやらかしたことの責任を取る必要がある。ここで流しちまったら、死んでいった何百人って人たちが浮かばれない」


「シリカ様を殺したとて! 死んでいった者が報われることはない!」

「そうかもな。だが罰は与えられる」

「罰を与えると言うのなら……私たちにもそうすべきなのではないか」

「なに?」


「これも忘れてはいけないことだ、ナイン殿。シリカ様を元々の悪魔憑きだと評した君だが――そうさせてしまったのは私たち『天秤の羽根』であることを! 悪魔を生んだのは、私たち全員の責任なのだ。罪を背負うべきはシリカ様だけではない――罰を受けるべきはこの私も同じであると!」


「――……、」


 握り込まれていたナインの拳。シリカへぶつけられようとしていたその力が、少しだけ弛んだ。彼女が自らの意思でそうしたのではなく、自然と腕から力が抜けてしまったのだ。


「どうしてもシリカ様を殺すと言うのなら――その前に私を殺してくれ。覚悟はできている」


 ナインを、その決意を圧すほどに強い(・・)眼差しで、テレスティアはそう言ってのけた。


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