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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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242 哀と憎の押し問答

誤字報告のお礼を何回か忘れていたことに気付きました。本当に申し訳ない。

ここでまとめて感謝のほどを!

「ふふ……おっかしい。ナインったら、どうしてそんなに苦しんでいるの?」


 拳を止めて先に口を開いたのはシリカ。


 流麗だった黒髪を見る影もないほど振り乱した彼女は傷付いた顔で、それでも優雅な笑みを形作って相手へ問いかける。


 対する白い少女は、眉を顰めて吐き捨てるような口調で答えた。


「……ずいぶん馬鹿なことを聞く。息も絶え絶えなのはお互い様だろ。当然だ、こんな死に物狂いで殴り合ってんだから」

「いいえ、そうじゃない。肉体のことなんかじゃあないのよ。私が言っているのは――」



 心のことよ、とシリカは言う。



「心だと?」


「きっと私たちの気持ちは今、混ざりっけなしに通じ合っている。だから隠せるだなんて思わないで。こんなに楽しい遊びをしているのに、あなたの心は泣いている。私にはそれが手に取るようにわかるのよ。どうしてなの? ねえ、ナイン。どうしてあなたは私のように、この勝負を純粋に楽しんでくれないの?」


「――楽しめるわけ、あるかっ……!」


「ナイン……」


 シリカの顔が悲しげに歪む。

 どうしてわかってくれないのか、どうして自分の願いを聞き届けてくれないのか。


 相手の不理解に胸を痛める麗しき少女の姿がそこにはあった――だから余計に、ナインは我慢がならなかった。


「強い力を、存分に振るいたい。遠慮もなしに振る舞いたい。自分が自分らしくあれる環境に身を置きたい。……お前の気持ちは、俺にだってよくわかるさ。強すぎる力を持つ者同士、そこに共感を覚えないわけじゃない。もしも俺がお前の立場なら同じように抑圧されて、抑鬱されて、いつか爆発してたかもしれない。お前よりももっと早くに、もっと酷い有様で。そう思うくらいには、お前に同情できてしまう」


「だったら何故? 私の苦しみを理解してくれているのに、その苦しみからようやく解放されようとしているのに、何故あなたは友人としてそれを喜んでくれないの……どうして最後まで理解しようとしてくれないの!?」


「俺は! たとえお前の立場でも――お前のようなやり方は選ばなかった!」


「いいえ! そうじゃないでしょう、ナイン……選ばないんじゃなく選べないのよ、あなたは。良い子(・・・)であろうとするあなたにはそれができない!」


「そう、選べない! 俺はそれを誇りに思う――大勢を殺す道を選べないことを、他人を犠牲になんてできないことを、心から誇りにする! そしてその道を選んでしまったお前を……心の底から軽蔑する!」


「なんですって……?」


 ナインの言葉はシリカの癇に障ったようだ。互いの感情がありのままに伝わっているからこそ本心からの台詞なのだとわかってしまった――故に、ざわりと空気を揺るがすほどの怒気が少女から発せられる。


 常人なら耐えかねて失神を余儀なくされるほどの重圧を正面から受けて、しかし怪物少女は怯まない。


「どうしてそっちを選んじまったんだ――なんでお前自身が理不尽を振りまくような存在になっちまったんだ! 限界だと思うなら、思いの丈を直接母親にぶつけるべきだったろう……、それがどんなに困難でも、人は生まれる場所を選べない。天秤の羽根(こんなところ)に生まれたお前は、だからこそ自分の生きる道をしっかりと見定める必要があった。見極めて、選択する必要があった。なのに、お前は! 悪魔に頼っちまった! 力に頼っちまった! 壊せるのだと知った途端、そればっかりしか見えなくなったんだろう――これまでの人生の憂さ晴らしのために大勢に理不尽を押し付けることを嬉々として選んだ! その時点でシリカ、お前は最低最悪の下種に成り下がっている!」


「う、憂さ晴らし……? 私を閉じ込める、縛り付けるこの醜い鳥籠を壊すことが、ただの憂さ晴らしですって? ふざけないで。私以外の誰に! ここを壊す正当な権利があるというの!」


「そんな権利は誰にもない! 人は理不尽な目に遭っちゃいけないんだ! 禍福はあれど巡り合わせは次へ繋がる。理不尽ってのは人の営みを問答無用で断ち切るこの世で最も忌むべきもの。お前はそんな唾棄すべき存在に自ら進んで成った――成り果てた!」


「それの何が悪いの? 禍福なんて、私にはなかった――私の人生には何もなかった! 誰かのためにばかり生きてきた! お母様のため、テレスのため、信徒たちのため、天秤の羽根のため――この街のため! そこには存在しなかった! 自ら理不尽に成った? 大いに結構! そうでなければ私が私として生きられないのだから――そこになんの躊躇が生まれましょうか!?」


「いいやお前は躊躇すべきだった――それができなかったから、手段を誤った。殺しと暴力に手を染めて、全能感に酔っていい気になって……挙句こうして、遊びと称して俺と戦っている。滑稽だよ、シリカ。これがお前の言う自由なのか? 籠から出てやりたかったことなのか? 初めて出せる全力に、子供みたいにはしゃいでいるようだが。それも結局は、天摩神の血に乗っ取られていることと変わりはないんじゃないのか……?」


「――、」


「いかにもお前は視野が狭い……いや、必死になって思い込もうとしているんだろう。これが己の望んだ形だと。だから最高に楽しめているはずに違いない、と。そんな風に思い込まないことには、潰れちまいそうなんだろ? 理想も現実も、実は大して違いのない、紙一重の境界に隣り合っているものだって。本当はもう、自力で気付けているんだろう!」



「う、るさい。煩い煩い煩い五月蠅い! この理想論者! あなたこそバカみたいな理想を掲げているくせに! 『人は理不尽な目に遭っちゃいけない』? だとしたらおかしいわね、どうして世界には理不尽が溢れているのかしら?! 今日もどこかで塵みたいに人が死んでいく。希望のない明日を待つばかりの者たちがいる。私のことだって誰も救ってはくれなかった――理解者は人じゃなく、悪魔だけだった! 私が衝動任せに壊すことは、そんなに罪深いことなの!? 何故あなたにそんなことを言われなくてはいけないの!? だってあなたは! あなたも! 私を助けには来てくれなかった! それどころか、私を止められもせずに! 人の死を見送ってから最後の最後で、得意顔で説教をしている! 自分こそ力ばかりを振りかざしているくせして偉そうに! 私にとってはあなたこそが、理不尽の象徴みたいなものよ!」



 シリカの待ち望んでいた王子様は、どこにもいなかった。

 代わりに彼女は聖杯の悪魔と手を組んで引き返せない道を進み始めた――もしも。


 もしもナインがアムアシナムの近くで目覚めていたなら。

 数ヵ月前にシリカと出会えていたなら、きっとこうはならなかったのだろう。

 ナインはシリカを救おうとしたはずだし、手を差し伸べられたシリカは安堵とともにその手を取って、悪魔憑きなどにはならなかったはずだ。


 だがif(もしも)は起こらなかったからこそのifなのだ。


 ナインがこの街を訪れたのは僅か十日ばかり前だし、シリカはとうに悪魔に導かれるまま、進むべき道を踏み外していた。


 そのどうしようもない事実にシリカは吠える。


「なんで今更になって! 多くを救ってきたヒーローみたいなあなたが! よりによって私を責める! 私を悪と詰り捨てる! そんな真似をするくらいなら、私を縛る理不尽をどうにかしてくれたってよかったじゃないの――もっと早くに、私を止めてくれたってよかったじゃないの!」



「止めてほしかったのか?」



「っ……」

 ナインの問いにシリカはぴたりと言葉を止める。瞳ばかりを揺れ動かす彼女へ、ナインは問い詰めるように一歩だけ近づいた。


「答えろシリカ。今のお前は、どっちなんだ。本当にただ、暴れたくて、俺を屈服させたいだけなのか。それとも――俺に自分を止めてほしいと、負けさせてほしいと思っているのか。だから俺が、勝負に乗り気じゃないことを嘆いているのか? 答えろよ。聞かせてみろ。お前の本心は、どこにあるんだシリカ!」


「私、は――私の本心は……決まって、いるでしょう?」


 瞳の揺れが収まる。動揺を強引に吞み下すように裡へと引っ込めて、少女は再び優雅な微笑みをその顔に浮かべた。



「望みは全て、この拳で。この力で叶える。それこそが私の偽らざる本心よ。新代の武闘王にして、白亜の美少女と人々から持て囃されているナイン。大衆のヒーローたるあなたをこの手で支配できたのなら、それは間違いなく勲章になるわ。新しい私を飾るに相応しい装飾品。負けさせてほしいだなんて、とんでもない。あなたはこれまでずっと勝ててこられたんでしょうけれど――今回ばかりはそうはいかないわ。負けるのはあなたよ。産声を上げて今日この日までずっと負け続きだった私に、どんな時も負け知らずだっただろうあなたが無残に敗北する。これは絶対のこと。何故なら、天摩神たる私が、そう決定したのだからそうなるの」



「……そうかい。人を宝石代わりにしようってのも腹が立つが、何より……その言い聞かせるみたいな台詞はすごく耳障りだ」


 苦しみも、悲しみも。

 それはシリカに向けたもの。


 憐れまずにはいられない苦痛と空虚ばかりの十二年間を思えば――少女がこんなことを仕出かすのも仕方ないのかもしれない。

 しかし。

 だからと言って彼女のしたことを許すわけにはいかない。罪を裁くなんて偉そうなことができる立場にはないけれど。こんな結末を防げなかった自分に、そんな資格はないけれど――それでも。


 今は唯一、少女の前に立ちふさがる壁として。


 彼女の慮外の力に対抗できる、止めてやれる『理不尽』として。


「いいぜ、シリカ。たった今からは――この俺の憂さ晴らしに付き合ってもらおう」

「……?」


 ナインの言い分に困惑を見せるシリカ。

 その疑問に答えようとはず、彼女は続ける。


「お前が望んだ通りのことをしようぜ。ただ、純粋に。()()()()()()白黒はっきりさせよう。最後まで立ってたほうの勝ちで、最後まで立ってたほうが正しいんだ」


「……あは。いいわねそれ。ようやくちゃんと遊んでくれるのね、ナイン。嬉しいわ。嬉しくって嬉しくって――その顔をもっとズタズタにしてやりたくなる!」


「やれるもんならやってみやがれ――かかってこい! お前の全力を、ありったけをぶつけてこい! その全部をまとめて、俺が上から叩き潰してやるよ!!」


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