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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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240 其は覚醒者となりて

クライマックスにイクゾー!

「がっ……!」


 何度目かのヘッドバッドにこれまで同様うまく対応できず、シリカは顔を歪めた。予備動作の少ない頭突きはナインの己が身を顧みない乱雑さと合わさって非常に避け辛い――それも今回は一際力が入っていたように思う。倒され組み敷かれたそこへ、追撃の拳が降り落ちるように注がれる。マウントを取った怪物少女からの容赦のない攻めだ。


「あああああっ!」


 吠える。我武者羅な蹴りは運よく少女の腹部へヒットしその身体を弾き飛ばした。意図しない戦果に己が幸運へ感謝しながら――ふと、我に返る。


 幸運に感謝、だと?


 なぜそんなことをしなければならないのか。


 それではまるで……運に縋りたくなるほど()()()()()()()かのようではないか。


「シリカぁっ!」

「っ……!」


 蹴り飛ばした先からダメージを感じさせない動きで猛然と飛び掛かってくるナイン。小さなその腕が空気を抉るように振るわれ――身を捩ってどうにか躱すシリカが今までいた場所へと、鉄槌が如き拳が叩き込まれる。ごおぅん!! と地面が波打つように衝撃が拡散し礼拝堂の床はそこを中心に蜘蛛の巣のような亀裂が張り巡らされた。


 床へ突き刺した腕をナインが引き抜くよりも早く、シリカはその整いすぎた顔立ちに殴打を見舞った。それは単なる子供の一打であってもただの子供が放つものではない。巨神の力をこれでもかと漲らせた埒外の威力を持つ脅威的なまでの一撃――しかしそれを急所だらけであるはずの顔面で受けても、ナインは煩わしそうに眉を寄せるだけ。痛みはあっても深刻なものではない様子だ。


「はぁあっ!」


 ナインが床ごと腕を掬い上げる。それによって大理石の破片が散弾のように飛び散った。風と礫に押されたシリカは、ほんの少し視線が外れた隙に跳び上がったらしいナインが高い位置で脚を振り上げていることに遅れて気が付いた。


 断頭の勢いで落ちてくる踵。ガードは間に合わなかったがここで聖杯の能力が発動し、受ける衝撃を全て肩代わりし吸収してくれた。次に起こるのは放出。蹴りの威力をそのまま本人へ返すのだ。攻め入った姿勢のまま無防備なナインにこれを躱せる道理はない。


 ところが――。


 少女はくるりと回転。

 上体を起点に地に足をつけぬまま後方宙返り。


 ナインは目の前で観察していても不可解としか言いようがない挙動を素早く行い、聖杯の放出とまったく同時に第二撃を繰り出した。



 ガッッッ!!



 互いに吹き飛ばされる。

 ナインは自身の踵落としを返され、シリカはナインの背足蹴りを食らって。


 柱を何本か折って向こう側の壁へと叩きつけられたシリカは呻きながら確信する――ナインは聖杯・・()()()()()()と。


 いや、それが果たして攻略などと呼べる戦法しろものであるかについては甚だ疑問ではあるが、とにかく彼女は聖杯の吸収をかいくぐって攻撃を入れる策を編み出している。


 それは機を見ること。


 ナインは攻撃を無効化される中で行き着いたのだ――吸収と解放は同時に行えないという、その確かな事実に辿り着いた。


 それを知ってからナインの取った手法は実に単純明解。

 まずは一発吸収させて、そしてそれが返ってくるタイミングで本命の二発目を食らわせるというもの。

 自分も被弾覚悟の肉を切らせて骨を断つ捨て身戦法だが、怪物少女の速度とタフネスがあるならこれは聖杯の攻略において最も理に適った作戦だろう。


 もしもこれでシリカが聖杯を十全に扱えていたのなら彼女ももう少し苦慮していたことだろうが、今の聖杯はかつての聖冠がそうであったようにオート機能で勝手・・()動いているに過ぎない。ただ自動的に吸収と解放を繰り返し所持者へ無機質なサポートを提供しているだけの状態なのだ。そこにはナインの策に対する対応策を編み出すような余地などない。自動迎撃は便利ではあるが、勝手に動く以上のことはしてくれないのだ。



(そしてそれだけじゃない……! 私はナインが急に強くなったように感じていたけれど、真相はきっとその逆――『私のほうが弱くなった』んだわ)



 シリカは胸を押さえる。

 何かが決定的に足りていない感覚がある。

 それはここ数ヵ月、片時も離れることなどなかった大悪魔の喪失が関係しているのだろう。


 先ほどまでのシリカは聖杯だけでなく、悪魔からのサポートも受けていた。彼のやっていたことと言えば靄のようなゲートを使った巧みな避難誘導……だけでは、なく。戦闘行為そのものへの補助も常に行っていたのだ。


 それは意識改革――否、意識変革。


 計画の実行に当たってシリカの心から躊躇いを消したのと同じように、悪魔は戦闘時における相応しい思考回路を少女へと植え付けていた。それは無論シリカ本人がそう望んだことであり、そのおかげで彼女は初めての戦闘行為でも怪物少女と与する丁々発止を繰り広げることができていた――だが、それも今はどうだ。


 意識変革による高速思考。状況判断。取捨選択。迷いを失くし、恐れを失くし、ただ戦いと痛みを楽しんでいたさっきまでの自分が、忽然とどこかに消えてしまった。切り離された悪魔とともに、ここではないどこかへ。


 残されたのはただの少女シリカ

 十二歳の世間知らずの女の子。

 弱い弱い籠の中の鳥。


 呆れてしまう。


 思わず自嘲の笑みを浮かべてしまうくらいに、シリカは自分自身に呆れた。



 ――いざ一人になれば、まさかこんなにも弱いなんて。



 瓦礫だらけの床を踏み砕くような勢いで白い少女が迫ってくる。それにどう対応すればいいかわからず、シリカはただ逃げるように回避した。轟音とともにぶち抜かれる壁。躱しきれずその余波を受けるが、聖杯が作動し全て吸収してくれた――しかしそれを見こしていたであろうナインの拳は止まらない、どころか加速する。またしても軽やかに回っての裏拳。聖杯の放出と同時にそれを貰ったシリカは自力での防御の甲斐もなくあっさり殴り飛ばされる。床を滑るようにして瓦礫のひとつへ衝突。背骨が震えるような痛みを覚えたシリカは――ぐっと全身に力を入れて、どうにか立ち上がる。



(悪魔さんと離れ離れになってから、痛みを痛みと感じるようになった……恐れるようになった。何も知らぬままに戦えていたさっきよりも確実に私は脆弱になった――けれど)



 けれど、そう。


 痛いからこそ、何かが見えてくる。



(ナインの拳の感触が、はっきりと感じられる。その温もりや、そこに込められた感情までも。まるで心が通じ合うように……。これはたぶん、悪魔さんの調整がなくなったからこそ気付けたことなんでしょう)



 下がっていた視線を上げれば、そこにはもうナインがいる。

 深紅を迸らせる瞳が真っ直ぐにこちらを見据えている。


 ふっと、そこでシリカは肩の力を抜く。


 体中に走る鈍い痛み。


 次の瞬間には宙へ放り出されていた。

 

 彼女の肢体は完全に脱力している。


 水に浮いているような心地よい浮遊感を、少女は体全体を使って味わっている。



(ああ、これなんだわ。ようやく見えた。私が私であるための最後のピースを――大切にはめてくれたのは、あなただった)



 悪魔と聖杯という二本の柱に支えられていたさっきと、そうでない今。


 悪魔は連れ去られ、聖杯の機能も破られた、この今。


 埒外の力で叩き伏せられている今こそが――真の完成の時。


 感覚を知る、そして覚える。


 力を振るうということがどういうことなのか。強大な相手と戦うということがどういうことなのか。



それを(・・・)あなた(・・・)()! ()()()()!!」



 上を取ったナインが振り下ろすアームハンマーを抱えるように受け止める。美しき瞳を見開いた怪物少女へ、シリカは優しく笑いかけた。


「『おはよう』、ナイン」

「シリカ、お前――」


 空中で抱き合うような恰好のまま、シリカはナインを強く抱きしめ――そして諸共に落ちる。それは紛れもなく自らの意思での地への落下だった。


「ぐっ――空まで飛べるように!?」


「喋っていたら舌を噛むわよ?」


 激突。

 少女たちの体重は合わせてもせいぜい七十キロと少しといったところだろう。

 しかしながらその数十倍から数百倍はあろうかという重たすぎる落下音が響き、激しさに見合うだけの激震が建物を襲った。


 もはや床とも呼べない惨状のできあがった場所に走る新たな深い亀裂。深刻なヒビ割れはとうとう天井にまで達し、堅牢なはずの石造りの礼拝堂は今やガラガラと崩落を始めてしまっている。


「ぐ、く……シリ、カ……!」


「――ありがとう、ナイン」


 ナインに覆いかぶさりマウントを取ったシリカ。逆転の構図で、彼女は端整な顔立ちに妖しい微笑を浮かべて少女の頬を両手で包む。


 至近距離で見つめ合う――こうすると、世界には自分たちだけしかいないかのように思えた。



「あなたが叩いて叩いて、思い切り叩いてくれたから。私はこうして完成を見た。真の覚醒者として、天摩神の末裔として、巨神の力を持つ者として。ようやくが誕生したのよ」


「……!」



 まだ力を出し切れていなかったと。

 操り切れていなかったと、少女は言う。


 それが嘘偽りのない真実であるとナインは理解した。


 疑うまでもない。


 何故なら目の前の少女は、こんなにも。



「待たせてしまってごめんなさい。さあナイン――ここからが私たちの、本当の勝負よ」



 こんなにも、強者としての輝きを放っているのだから。


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