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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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238 ジャラザ&オイニーvsオルトデミフェゴールイリゴーディアバドン

最長サブタイかこれ

 何度剣を振るったことだろう。輝かしい銀霊剣の威光は未だ衰えず、燦々と眩いばかりの力を漲らせている――だからこの事態は偏に、己の力不足が原因であると。


 オイニー・ドレチドは過不足なく現況の拙さについて認識することができていた。



「あはははははっは! 実に馬鹿だねえ、ぶんぶん振り回すしかできないならのこのこ出てこなければよかったのに! そっちの君もだよ!」



 水で拘束しようと目論むジャラザを蹴り飛ばし、その反動で迫る銀光をひらりと躱す大悪魔。本来近づいただけでもある程度悪魔へダメージを与えるはずの銀霊剣が、不思議と大悪魔にはその効果が出ていないようだった。しかしそれよりも気がかりなのは。


「くっ、またこれですか――っ」


 どぅん、と鼓動が高鳴るように悪魔から漏れ出る闇の魔力。周囲へと弾けるように発散されるそれは二撃目のために接近しようとしたオイニーの足を止めるに十分な圧力を持っていた。


「いったい、なぜこうも……!」


「そんなんだから馬鹿だって言うんだよ!」


 魔力に押され地を転がるジャラザは、まだ仕方ないとして。だが自分が闇の魔力に押し負けるなどあってはならないとオイニーは困惑と共に歯噛みする。


 聖光の魔力――つまり聖属性の力は、闇属性に対し特効とでも称すべき有利相性を誇るのだ。特にオイニーの銀霊剣は聖光を圧縮し固めることで一振りの刃を象った悪魔狩りの象徴と言ってもいい代物である。それを振るう自分が何故闇の魔力に進路を阻まれてしまうのか? その惑いを見抜いた悪魔は、論うように言った。


「知らないんだろうね、無知な悪魔祓いさん。君たちが悪魔を祓う術を身に着けたように、ボクら悪魔だって悪魔祓いを掃う術くらいは編み出すさ。それくらいのことはするだろう、だって悪魔ボクらだぜ? そして程度の低い悪魔としか戦ってこなかった君は、聖属性の魔力が通じない状況なんてそもそも想定していない……そうなんだろう!? まったく馬鹿らしいよ、現代の悪魔祓い!」


「ふん――これはご高説をどうも。ですが申し訳ない、まったく聞いてませんでした。よろしければもう一度最初からどうぞ?」


 銀霊剣を体の前に置くように構え闇の魔力をかき分け突き進む。辿り着いた悪魔の下、その身体に剣を突き立てようとするも一瞬早く転移によって回避される。


 しかしオイニーは構わず、まだ残っている靄へ銀霊剣を突き刺した。彼女の強化された聖光の魔力はたとえゲート越しであっても逃亡者たる悪魔を追って傷を与えるはず。けれど生じるはずの手応えは不思議と返ってこない――どうやらこの悪魔はわざと靄を場に残すことで攻撃を誘ったらしい。


 そう理解した瞬間、オイニーは身を捻った。闇の魔力を濃厚に香らせる悪魔の腕がすぐ横を走り抜けていく。オイニーは聖光の力を鎧のように全身に纏っているが、そのいなし方をよく存じている様子の悪魔だ。相性で不利な魔力防御すらも掻い潜ってこちらへ致命傷を加えることもひょっとすれば可能かもしれない――そう思えば迂闊に一撃を貰うわけにもいかなかった。


「逃げるの早っ。勘だけはまあまあいいみたいだね。ま、それ以外はてんでダメなんだけど――ん?」


「打ち水!」


 水流が散弾のように弾ける。身を低くし、まるで蛇のように忍び寄ったジャラザが放ったそれは以前にも使用した『水滴猫騙し』の改良版。小手先の目眩しを技と呼べるレベルにまで昇華させた物理的視覚封じである。勢いよく飛び散ったひとつひとつはごく小さな水の粒たち。しかしそのサイズからは考えられないほどの衝撃を生んだそれらは、悪魔の視界と意識をそれこそ極小の束の間ではあるが奪うことに成功する。



「銀霊剣!!」



 言葉はいらない。合図も必要ない。


 ジャラザの調節により打ち水の範囲に入っていなかったオイニーは、彼女が技を使用すると同時に剣を振りかぶっていた。大上段から力いっぱいの振り下ろし。名を唱えることで一際輝きと聖光の魔力が増した銀霊剣が大悪魔の頭頂部目掛けて迫り――しかし僅かに、それでいて絶対的に時間が足りていなかった。


 もう一瞬だけでも彼が動きを止めていてくれたならば、銀霊剣は確かに悪魔を縦に切り裂いたことだろう。


 だが人間離れした――そう、言うなれば悪魔らしい復調の速さでクリアな思考と視界を取り戻した大悪魔は、闇の魔力を全力使用することで自身のブーストと銀霊剣へのパリィを器用にもこなしてみせた。


 魔力の剣を魔力の盾で弾くこと。


 間違いなく誰も彼もがおいそれとは行えない高等技術だが、高位悪魔ともなればこのレベルの魔力操作が実戦でも十分に再現が可能である。たとえ闇を切り裂く聖なる力相手にも大悪魔は傷を負わずに捌けてしまうのだ。代償に少なくない魔力を消費することにはなるが、()()()()聖属性の魔力で斬られるよりは遥かにマシだ。


「あはは、今のは惜しかったね? やればできるじゃないか。だけど君たちにもうチャンスはないよ!」


 続けざまに見舞われる切り上げを余裕をもって躱し、両の手に魔力を貯める。


 顔色を変えた悪魔祓いが後退しようとする。

 隙を窺っていた毒使いも同じように距離を取ろうとする。


 だがそれも遅い、遥かに遅すぎる――


 ――ボクを相手にするならば!



「もっと必死に生きろよ人間――順転・反転!」



 回転と、逆回転。


 渦巻き蟠る闇の力は中心に向けて収束する重力にも似た性質を持つ。外へ外へと向かっていく光の魔力とは正反対に、内へ内へ、底へ底へとすべてを巻き添えに引きずり込む「寂しがり」な力だ。それを遺憾なく発揮する、右手の魔力と、その力を無理やり反対へ――つまりは外へ向けた回転に変じた左手の魔力。収束と拡散という相容れない要素を生じさせた両の手を、強引に重ね合わせる。すると。


 ぶつかり合う正反対の流れと流れはその衝動を余すことなく外部へと伝えようと空間を伝播し――そしてそこには、圧倒的な破壊が生まれる。


 それはまさに魔力の氾濫だった。



「――『反流魔力』!」



 ゴッッッ!!


 組まれた手の平から邪悪な力がのたうち回る。大気も地面も人間ものべつ幕なしにひたすら力を叩きつけるだけのその暴威に、ジャラザは本能で以ってオイニーの下へ一足で駆ける。そしてオイニーもまた迷うことなく己が持てる力の全力使用を選択する。



「くっ――銀霊、けぇええええん!!」



 力強く、全霊で叫ぶ。喉がはち切れんばかりの勢いで紡がれた剣の名称。これまでで最大級の光を放った銀霊剣は、悪しき力の激流に対しそれを受け止める土壁が如き役割を担った。しかし押し寄せる破壊の波は留まることを知らない。いくら聖光の力で闇を削げるとはいっても限界がある――切り裂くことは得意でも受けることには向かない。銀霊剣とは攻撃特化の術式でもあるのだ。これが例えば大盾のような形状をしていたならば、オイニーの魔力であればこの荒れ狂う暴力にも対抗できたのかもしれない。そんなもしもを考えたところで今この状況ではなんの慰めにもならないが。


「耐えろ、オイニー! ここで踏ん張らねばともがら死ぬぞ!」


「わかって、いるんですよ、そんなことは……! ですがこれは、正直厳し――」


 そこでぐらりとオイニーの体が傾ぐ。強化した肉体でも屈してしまうほどのとめどない力。とても一人で受け止めきれるものではない――訪れる終幕を予感した彼女の耳に、ジャラザの呼気が届く。決意を伴ったそれは聞き間違いでなければ「任せろ」という言葉だったような……。



「ジャラザ、さん――?」

「お主と違い悪魔に対し有効な手立てを持たん儂だ。ならばせめてこれくらいは体を張らねばな……いくぞ」



 言うが早いか、襟を掴んでオイニーを後ろへと追いやるジャラザ。そんなことをすれば闇の魔力の餌食となるのは矢面に立つ彼女だ。思いがけない行動に瞠目しながらジャラザの背後へと倒れ込むオイニーは、そこでようやく気付く。自分たちの――いや、正確にはジャラザの周囲にいつの間にか莫大な量の水流が生じていることに。



「瀑泡弾!!」



 ぎゅるり、と水流が凄まじい速度と密度で集まり、一個の巨大な水球となって発射される。それは飛ぶ間もなく至近距離で闇の魔力との正面衝突を果たすことになった。


 大滝から注がれるような途轍もない水量が闇を飲み込む。それと同時に闇もまた瀑布を飲み込まんとする。底の見えない渦と渦が食らい合うそれはまるで自尾に喰らいつく蛇(ウロボロス)を思わせるような到達点なき無限の勝負にも見えたが……それでも終わりは必ずやってくる。やがて闇も水もともに力を使い果たし、消え去り、あとに残されたのは――ひどく息を荒げるジャラザとそれを支えるオイニーだけ。


 二人の無事な姿を見た悪魔は目を細め、口元に笑みを携えながらころころと笑った。


「防いじゃうかぁ。ちょっと侮り過ぎてたかな? その子、得意なのは毒だけじゃなかったんだねえ。まさか反流魔力を凌がれるなんて思ってもみなかった。いくら聖光の力で削られた後だって言っても、うん、これは大したもんだ……で? その子はもう戦えそうもない感じだけど、どうするのさ? ここからは君一人でボクと戦るのかな?」


 その言葉は暗に「二人がかりでもどうしようもないんだからもうお前に勝ち目はないぞ」と告げているようなものだった。確かにそうだ、まだしも拮抗していた戦力で、味方だけがその力を落としたとあっては次の展開など考えるまでもない。均衡は破られ、後は食い潰されるのみだ。そう考えるのが自然。


「すまん、オイニー……体力を消耗し過ぎている。回復には、少々時間がかかりそうだ……」


「それはそうでしょう、あなたは昨晩から戦い続きのようですし……仕方のないことです。謝る必要なんてないんですよ、ジャラザさん」


 毅然とした物言いのオイニーにジャラザは目を向ける。この絶望的な状況で、されど彼女の瞳はまだ輝きを失ってはいなかった。


 眠たげな、瞼の重そうな彼女の目に宿るその光は、しかし銀霊剣の眩さにも劣らぬ確かな力を持っている。


「はーん、君は諦めが悪いんだね。それとも悪魔祓いが悪魔に負けるのはプライドが許さないってところかな?」

「どちらもですね。ただしひとつ訂正するなら――諦めが悪いも何も、そもそも諦める必要なんてどこにもないということですかね」

「――はあ? あのさぁ君。今がどんな状況なのかわかって」


「輝けよ銀霊剣」


 悪魔の苛立ち混じりの言葉を綺麗に無視し、未熟な悪魔祓いは聖光の力を高める。


「ジャラザさんはここらでゆっくりと休んでいてください。この忌まわしきドレチド家の名にかけて……奴は必ずや、私の手で祓ってみせましょう」


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