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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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237 大悪魔と悪魔祓い

 シリカの肉体から離れ、礼拝堂の外まで強制的に叩き出された『オルトデミフェゴールイリゴーディアバドン』……聖杯の大悪魔は「ぷげっ!」と顔から芝生に突っ込み情けない悲鳴を上げたあと、のそのそと起き上がった。

 これでも彼――人間のようにオスメスの性別を持たず外見も少年少女どちらとも取れる見かけをしている大悪魔を便宜的に『彼』として――にとっては最大限急いでいるつもりである。その動き方が妙に間延びというか鈍いように感じられるのは、彼の心中に立つ荒波がそのまま動作に現れてしまっているからだろう。


(こ、今回の契約は本契約。人間側であるシリカも完全にボクを受け入れてくれていたおかげで最高のパスが出来上がっていたのに……それが断ち切られた! こんなことがまさかボクの身に起こるなんて……!)


 悪魔が人と結ぶ契約には大まかに二種類あり、ひとつが仮契約、もうひとつが本契約である。


 召喚術などにも見られる種族の垣根を超えた協力関係を結ぶ際には大抵が『契約』の形式となり、その多くで悪魔のそれと同じく『仮契約』と『本契約』という区別がなされるが、ふたつの相違点は言葉のイメージそのままなので今回は割愛し――ここでは焦点として契約関係の強さについてのみ語ろう。


 仮契約と違って本契約は滅多なことでは「なかったこと」にできないという特徴がある。


 一方からでも解消できる仮契約に比べると本契約は当事者同士による合意の上での解約しか認められず、その扱いには細心の注意が必要となる。


 契約者間で話がこじれるととんでもない泥沼に陥ってしまう例が往々にしてあるが、しかしそういう意味では悪魔との契約であればそんな心配はしなくてもいい――何故なら悪魔の手を借りる時点でその者はよほど追い詰められており、やがては死よりも恐ろしい目にあうことを覚悟しながら契約することがほとんどであるからだ。


 悪魔を受け入れて本契約に至る時点でもはや沼の底にいるも同然で、人間側にとって都合のいい事態など元から皆無であるのだから、契約を反故にするしないで揉めるような事態にはそもそも陥りようがないのだ。


 本契約による結びつきはとても強固である。


 当人たちでも容易く切れないような関係性であるからして、第三者は余計に手を出せるものではない。しかもシリカと大悪魔の契約は互いに恩義がある同士として、そして種族の壁を超えて意気投合した友人同士として、限りなくシリカにとって都合のいい形で契約が結ばれている。大悪魔は実質見返りなしでシリカから求められるがままに力を使い、彼女の計画をサポートしてきた。



 共に不満のない万全な状態の本契約――それを他の者が断ち切ってみせたという事実に大悪魔は混乱したのだ。



(未熟な悪魔ならそういうこともあるだろう、ボクだってそんな例を知らないわけじゃない――でも、ボクだぞ? ボクとシリカだぞ? 最高の契約なんだぞ――それを切っちゃうってどういうことさ?! あの銀髪が悪魔祓いなのは間違いないだろうけど、それにしたってさっきの技は……)


 悪魔祓い。

 聖属性の魔力を所有する一部の者が就く職業に、そういうものがある。


 人の血を好むことと魅了を用いた洗脳術から人類の天敵種とも称される吸血鬼に、専門の退治者であるヴァンパイアハンターが存在するのと同じく、人を化かし人に化け、誑かし操る悪魔にもまた専門の退治者として悪魔祓いが存在しているのだ。力ある者がその気になれば容易く人の社会そのものを突き崩せる魔物たちを警戒するためには、そういったエキスパートたちが必要不可欠になる。並の吸血鬼や悪魔では、彼らを打倒すべく技術を積み重ねた人間に太刀打ちすることなど叶わず、あっさりとやられてしまう。


 ――しかし、だ。



「ああ、這いつくばったままでもよろしいですよ。そのほうが刺しやすい。地面に縫い付けて悪魔の標本にして差し上げますので、そのまま動かないでいただけると助かります」


「――ムカつくなあ、おまえ……いったいなんなのさ?」



 大悪魔は並の悪魔などではない。下級悪魔デーモン程度であれば震え上がるであろうオイニーの聖光の魔力にも恐れの色を見せずに堂々と相対する。


 上級悪魔デビルの中でもとりわけ優れ、最上位にも近い力を持つ悪魔として――現在はその力の大半を失っていようとも、それでも彼は()()()悪魔祓い如きに負けるつもりなど微塵もなかった。


 地面に手を着きしゃがんだままで、銀光に燻る頭髪が特徴的な少女オイニーを睨む。

 その背後にいるジャラザにも当然注意は払う。

 だが彼からすると毒使いなどよりよほど警戒すべきはやはり、聖光の魔力を持つオイニーだ。


「――どこの家だ? 有名な悪魔祓いの家は大抵知ってるつもりだけど、お前みたいなのは見た覚えがないよ」


「名乗る意義を感じませんねえ。私の先祖の誰かをあなたが知っていようといなかろうと、これからすることになんら関係はないのですから」


「つまんない奴。せっかくこのボクが、お前なんかを記憶に留めてやろうとしてるのにさ」


「私を覚えてすることと言えば、どうせ反吐が出るほど碌でもないことでしょう。悪魔というのはそういう生き物ですから――ねっ!」


 銀の剣が動く。先と同じく袈裟懸けに振り落とされるその刃を、大悪魔は身を逸らすように躱して後方へ下がった。


「毒水鞭」

「!」


 しかし距離を取るべく下がったところ、大悪魔の手足を縛るように二本の水で形作られた鞭が伸びてきた。しかもそれは紛うことなき毒液であり、触れた先から大悪魔の身体を蝕まんと毒の成分が侵入してくる――が。


「はん……ゲート」


「ぬっ?」


 毒に侵されているはずの大悪魔は顔色一つ変えずに靄のような転移門を出現させた。オイニーの追撃よりも速く転移を終えた彼が現れたのは、ジャラザの背後。靄がかき消えると同時に水鞭はぷつりと途切れ大悪魔は拘束から逃れることに成功する。


 そして彼の前には、無防備に背中を晒すジャラザが。


「ちいっ!」

「あは、遅いなぁ」


 咄嗟に体全体を沈ませるように背後へ足払いの蹴りを放とうとしたジャラザだったが、その途中で大悪魔に腕を掴まれ、捻り上げられてしまう。ナインとそう変わらないほどの背丈しか持たない彼は、しかしジャラザでは対抗できないほどの大したパワーを持っているようだった。


「君、随分と非力だね?」

「阿呆、貴様のような存在と比べるな!」

「いやいや、ボクとじゃなくって……あの武闘王の仲間にしては、弱すぎるんじゃないのってことね」

「くっ!」


 嫌味な笑みを見せる大悪魔は、その発言と相まってジャラザの神経を激しく逆撫でした。彼女が怒りを露わにしたことでますます大悪魔の口角は上がる。悪魔らしい愉悦に満たされる彼だが、そこで「おっとと」とジャラザの腕を手放して避難。今しがた彼の頭部があった場所を銀の輝きが突き抜けていく。


「いやー失敗失敗。ついつい人を揶揄いたくなっちゃうのがボクの悪い癖――いや、良い癖だね。だってそれが悪魔だし。でもここではさすがに控えないとねえ」


 けらけらと笑いながら剣の届かない範囲へ素早く飛び退る大悪魔。

 それを無暗に追おうとはせず、オイニーは窮地から助け出したジャラザの傍らに立った。


「大丈夫ですか?」

「うむ。腕は痛むが動かせんほどではない」


 そちらより冷静さを欠いていないかを訊ねたつもりだったのだが、それをわかっていながらジャラザは怪我の有無を答えたのだろう。意地を張っていると言えばそれだけのことだが、まだ会話に頭を働かせることができるくらいには落ち着いていることを悟ったオイニーは静かに頷き、


「見ていて気付きましたが、奴の体はそのすべてがほぼ魔力によって構築されているようですねぇ」

「なるほどな、マネスなどとは違って素の肉体を持っていないのか。道理で毒を食らっても涼しい顔をするわけだ……」


「はーい正解だよー。ボクは人間みたいに毒なんかで苦しむような脆弱さは持ち合わせていないんだ!」


「……ちっ、どうにも調子の狂う」

「惑わされないでくださいね。ああいった小狡いだけのくせして自分を強大な存在だと思い込んでいる頭の悪い悪魔ほど、ぺらぺらと口だけ達者な傾向にあります。あの手この手でこちらのペースを乱そうとするはずですから、まんまと乗せられないように」



「――やっぱムカつくなぁ。お前なんかがボクのことをまるで知ったように語らないでくれるかな?」



 口を尖らせて不満を言う大悪魔。その姿は丸っきり子供のようでしかないが、その身からは蠢くような闇の魔力がとめどなく溢れてくる。


 はっきりとした威圧に、されどオイニーは臆することなく銀霊剣を見せつけるようにして構えた。


「悪魔のことならよく知っていますとも。大昔の大悪魔だろうとなんだろうと、所詮は一介の悪魔に過ぎない。それ以外のことはどうでもいいのです。どうせ邪悪というものは、尽く我が銀霊剣に滅ぼされる運命にあるのですから」


「だぁから、ボクをその辺の悪魔と同列に語らないでくれって。……いいよ、魅せてあげるよ。悪魔祓い(おまえたち)のまだ知らない、本当の悪魔の恐ろしさってやつをさ――!」


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