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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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236 毒究れば怪物動けじ

 それは限界まで毒素を煮詰めたような、色味のない色を並々と湛えた、悍ましいまでに黒く、どす黒く、ひたすらに黒々しい液体だった。


 張り詰めた緊張の中で互いのみを注視していたシリカとナインは闖入者――ジャラザの存在にそれが飛来する直前まで気付くことができなかった。無論察知されぬようにと極限までジャラザが隠密に神経を注いでいたせいもあるのだろうが、それ以上に戦う相手が両者どちらにとっても多大なる脅威であることが大きいだろう。これでどちらかの実力が片方に対し明確に劣るものであったなら、どれだけジャラザが息を殺そうとその気配を完璧に隠しきることなどできなかったはずだ――だからこれは運と契機の良さが引き寄せた最良。


 言うまでもなく、それを掴めたのはジャラザの決意と技量あってものだ。



「――ギッ!?」

「ぐっ……!!」



 降りかかる、というより纏わりつくようにして少女たちの肉体に付着した黒い液体。

 どろりと粘性を持つそれは接触したと同時に症状を起こした。


 まずはちくりとした表皮の違和。それが瞬時に大激痛へと成長した。肌に触れてない部位にも一瞬にして侵入を果たしたその液体が、シリカやナインをしても顔を歪めるほどの信じ難い苦痛を与えてくる。揃って呻いた彼女たちの反応を確認し、ジャラザはどうにかうまくいったと安堵の息を零した。


「水流邪道・極水……効き目はあったな」


 ジャラザが使用したのは極めて毒性の高い、彼女にとって最高の毒術――『極水』である。これは解説の必要もないほど単純明快な代物で、語るべき特性は極限まで高められた致死性の超猛毒というその一点のみ。他にそれらしい副次効果もなく、ただただ対象の殺害のみを目的とした物騒極まりない、文字通りの極みの毒液だ。


 戦闘中のシリカとナイン。恐るべき怪物たち両方の動きを止める役割を担った彼女がそのために初の実戦使用を決断したのがこの術。ただ足を止めさせることが目的なのであればジャラザには他にも選択肢があった――その手段としてより向いていることが予想されるのは、麻痺毒。例えばシナナミ草の持つ成分にも見られる、摂取した者の神経を一時的に麻痺させ金縛りにも近い状態へと陥らせるような類の毒は、足止めを期待するなら『極水』などよりよっぽどこの場面において活躍しそうなものだ――しかしジャラザはそちらを選ばなかった。


 かくの如き生半なことでどうするか、と。


 ジャラザはあえて思考を剣呑かつ先鋭的なほうへと進めたのだ。


 本気の毒すら無効化する常識外れのナインと、そんな彼女と互角に戦うシリカ。言葉通りの桁外れの二名に対し、動きを止めるために麻痺毒を使う――? 愚かとしか言いようがない。彼女たちをよく知らぬ者がそうしようというのならまだしも、ナインの従者を自称するジャラザがそんな常識的な手段を選んだのでは愚か者の謗りを受けても仕方ない。そして彼女は当然、愚者になる道を回避した。


 代わりに採られた案こそが、即効即死の邪毒『極水』。

 母なる百頭ヒュドラの使用した神殺しの猛毒を自己流に再現し、未だその域に遠く及ばずとも現在扱える毒の中でも「最強である」と自信を持って断言できる程度には凶悪な一品。


 ジャラザ渾身の生成毒は、しかしこの程度ではどちらにも致命的な症状が出ることはないだろうと予測――否、信頼・・しつつも、それでも本気で仕留める意気込みで作成されたものだ。


 そこまでしなければ怪物少女と悪魔憑きを止めることなどできないだろうとジャラザは知っていた。


 彼女の目算は正確で、狙いは的確だった。


 やはり極水であってもナイン、シリカの両名にとっては致死性とは名ばかりでとても命に危機が及ぶようなショック症状は引き起こされなかったが――だがどうにか、耐え難い苦痛を一瞬だけとはいえ味わわせることには成功した。これで日和って麻痺毒を使うことを選んでいた場合、どちらもまったく意に介さず戦闘を続けていたであろうことを思えばジャラザの決意は実に英断だった――それは、毒を受けた少女たちの驚愕の表情を見れば明らかだろう。



(い、痛えっ! まるで体の内側から針が皮膚を突き破ろうとしているような……これだけのもんを、いつの間にジャラザのやつ……!)



 自身に影響を与える毒。それをジャラザが使用できたことにいろんな意味で驚くナインだったが、まだしもジャラザの出自について知識のある彼女と比較して、何も知らぬシリカの動揺はそれ以上だった。



(ぐう、くっ……なによ、これ……! この痛みは、いったい私の体に何が……!?)



 生まれて初めてと言ってもいい、肉体を襲う耐え難いほどの苦痛。


 彼女とて痛みというものを経験したことがないわけではないが、守り育てられてきたこれまでの十二年間においてここまで激しい、身悶えるような激痛がその身を襲ったことなど一度もなかった。


 故にこれが、彼女にとっての害ある痛みという初体験。

 未知の感覚に戸惑う彼女は我知らず肉体の動きも精神の動きも完全に停止させる。


 時間にしてみればそれは刹那。あくまで毒が効力を発揮する僅かな、シリカが動揺から立ち直るほんの一瞬でしかない間。


 たったそれだけでも、彼女・・にしてみれば十分すぎるまでの隙であった。



「輝けよ銀霊剣」



「「!」」


 そこで聞こえた声に、ナインとシリカは同時に目を見開いた。接近していたのはもう一人の闖入者、オイニー・ドレチド。姿を露わにしたジャラザと毒に向いた意識の間断を突くように、彼女は当然の如くそこに佇んでいて――そして。



「聖光持ちて魔障を切り払え――『剥離魔断』!」



 オイニーは見えない鞘から剣を引き抜くように、その手の中に()を握りしめて振り切った。


 実体のない刃が、されど確かな感触を持ってシリカの肩口から食い込み、袈裟懸けに走り抜けていった。その光景に思わず息を止めるシリカ――しかし、彼女の肉体に傷は生じなかった。


 切創の代わりに受けたのは、半身を切り離されるような喪失感である。


「な――」

「――にぃっ!?」


 シリカの身体から斬り飛ばされたのは聖杯の大悪魔『オルトデミフェゴールイリゴーディアバドン』。契約者との繋がり(リンク)が問答無用で切断されたことに彼は驚く。シリカと顔を見合わせたのも一瞬、悪魔の幼い体躯は銀霊剣の輝きに押されるようにしてみるみる彼女との距離を離されていく。そこでオイニーはすかさず叫んだ。


「奴の相手は私が引き受けます! 引き離しますのでヴェールの解除と、どうか今だけ援護を!」

「! 心得たぁっ!」

「くっ、なんてことを――!」


 ナインはオイニーの言葉を即座に理解。立ちどころに礼拝堂を覆っている守護幕ナインヴェールを解除する。そして一足先に毒の効力を振り払って打ち消したのをいいことに、シリカへと突撃を再開する――これには離れていく悪魔の後を追おうとした彼女も、それを中断してでもナインへ向き直る必要があった。


「お前も行け! オイニーと一緒に悪魔を抑えておいてくれ!」

「了解した!」


 シリカに殴りかからず組み付くことで、彼女がオイニーを邪魔することを封じたナインは膂力を引き絞りつつジャラザへ指示を出す。彼女もまたオイニーと共に礼拝堂を後にするのを気配だけで感じながらも、ナインとシリカはまたしても対峙するお互いだけをその瞳に映していた。


「これで悪魔のお膳立てはなくなったなシリカ……!」


「ふんっ……、それがどうしたというの? 繋がりを切られたことには驚かされたけど、ナインが私を上回った訳でもなし。あの二人だって悪魔さんに敵うはずもない――あの子はああ見えて御伽噺にもなるような大悪魔よ? あの子が戻ってくるまでの間、私はただのんびりナインと遊んでいるだけだわ」


「腹立つくらいに楽観的だな……だったら俺が、てめえに現実ってやつを教えてやるよ!」


 蹴り飛ばす。打撃技が使えないほどの至近距離だったはずが、ナインは関節の柔らかさとその凄まじい力で以って強引に蹴り込んだのだ。下からの衝撃にシリカの体が浮かび上がり――だが互いに握った手と手は放れず、距離が開くことはない。


「勝つのはお前でも悪魔でもなく! ()()だってことをな!!」

「っ……!」


 背を逸らしたナインがぐっと頭部を振り――そして思いっきり、前へ。

 少女の額と額がけたたましい音を立てて激突した。


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