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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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235 巨神少女vs怪物少女

 ナインは苛立っている。とにかく戦いが思い通りにいかないのだ。まるで伝心しているかのように、的確にシリカは彼女の嫌がることをしてくる。踏み込めば引き、引けば踏み込む。攻め気を見せればその前に転移合戦に持ち込まれ、一旦守勢に回ろうとすれば彼女のほうから大胆に詰め寄ってくる。


 その駆け引きはまさに熟練者のそれだった。


 実戦経験が今まで皆無の少女が何故にこうも、ミドナ・チスキスをも超えるような心理的な上手うわてに立ち回れるのか? いいようにやられている自覚がある分、余計にナインは苛立ちを抑えられない。


 いや、本当はわかっているのだ。

 ミドナの場合とは状況が違っていることくらい。


 あの時はあくまで試合で、限られた舞台の上での戦い。ミドナも一介の冒険者というよりも選手の一人として戦っていた――つまり本来の彼女の戦い方とは異なりその傾向|《殺意》を抑えていたことだろうし、そこまで駆け引きに重きを置かずにただ思い切り力をぶつけ合っただけのあの勝負を、ミドナの実力全てが引き出されたものだとするにはあまりに乱暴な物の見方と言えるだろう。


 だから試合と比較してシリカがミドナを上回るような熟練の巧手である、ということにはならない。


 だとすればどうしてナインはシリカに手玉に取られてしまうのか? それは対ミドナ戦との違いにおいてもっと大きな要素――つまりはナイン自身の精神状態にこそ原因がある。


 あの日のナインは目の前の相手ただ一人に集中し、最高のパフォーマンスを発揮できるこれ以上ないというくらいに優れた精神状態にいたのだ。最高の技量を持つ剣士が二十人に分裂し襲い掛かってくるという絶望的状況を、しかし大した脅威にも感じず、臆することなく己が全力を発揮して勝利を収めることができたのはやはり、それだけミドナが対戦相手として清々しい人物であったからだろう。


 翻って今はどうか。


 相手はミドナではなく、シリカ。

 気持ちのいい勝負ではなく、純然たる争いである。

 それがナインの実力に陰りをもたらしていないかと言えば、そんなはずもなく。


 良くも悪くもナインは精神が肉体を作用する――絶好調なら最高潮に。絶不調なら最底辺にまでその強さに幅が生じる。


 今の彼女は怒っているし、悲しんでもいる。

 怒りは力を引き上げるが目を曇らせもする。

 悲しみは慈しみにも変わるが躊躇にもなる。


 とにかくシリカと何もかもが()()()()()()と判断せざるを得ないこの状況が、ナインに言いようのない焦りを感じさせる。そんな最悪と言ってもいい精神性で、それでも巨神の末裔と対等に渡り合えるのは偏に怪物少女としての肉体のおかげだ。どれだけメンタルが不調でも、たとえ最底辺にまでその強さを落としてもなお、あまりある頑強さを持つその身体がどうにかナインを支えている。


 だが、あえて厳しいことを言うのなら――ここでその強さはかえって足を引っ張るだけのもので。


 むしろナインはもっと決定的に痛めつけられるべきだったのかもしれない。


 まるで敵わずにボロボロにされたほうが、いっそのことナインも自らの心の傷に向き合うことができただろう。

 下手に体だけは強くあるせいでそこから目を背け、自身の怒りにばかりかまけて戦い続けてしまう。


 そのせいで劣勢に立たされていることにも気付かない。


 まずは弱さを、そして失敗を認めること。そうしなければ新たな発展や成長は望めない。そのことをとうに経験として知っているはずの彼女だが、それでも今回ばかりは教訓だとて、どうしても受け入れがたかった。



「――くっそがあ!」



「ふふ、言葉遣いが汚いわね。それが素のナイン?」


 本気で打ち込んだ拳の威力を余裕の笑みのまま返され、ナインはたたらを踏んだ。自分の一撃はやはり重い。来ることがわかっていても受け止めきれない。それだけの力で殴っているのに、聖杯はその衝撃全てを苦も無く吸収してしまう。


「痛そうね、ナイン。私はまだ、痛みというのもよく知らないの……教えてほしいわ、あなたの手で。ほら、もう一回挑戦してみてよ」


「言われるまでもねえんだよっ!」


 連続で殴る。回数を増やせば吸収も追いつかないのではないか、という推測は見事に外れ、威力よりも速度重視で放たれた連続ブローはただの一打も通らなかった。いや、通ってはいるのだ。ただシリカよりも奥、その体内に収められた聖杯に丸ごと吸い取られてしまっているだけで――そしてそれが、次の瞬間には自分目掛けて吐き出されるだけで。


「くっ……! 面倒なこったぜ!」


 思い起こされるのはやはり闘錬演武大会、チーム『アンノウン』所属の少女サイレンス。


 彼女もまた単なる殴打はすり抜けるばかりでまるで拳が届かなかった。自身の一撃がそっくりそのまま返ってくることも含め、引き起こされる現象としてはとてもよく似ているが、戦っているナインの感触としてはサイレンスと聖杯の仕組みは大きく異なっているように感じる。


 そもそもサイレンスは己の身体をどうやってか不可侵のものとし自分に影響を及ぼすものを操って強引に制御化に置く、というのがあの術の形態だ。だから「拳が届かない」という表現はサイレンスへの評としては実に的を射ていることになるだろう――彼女の異能の本質はそこにこそあったのだから。


 しかし聖杯は違う。


 ナインの拳自体はシリカにも届いているのだ。

 威力をいなしていたサイレンスとの決定的な差は、聖杯は操るのではなく封印するという点にある。殴った威力はシリカに害を及ばすことなく、聖杯に飲み込まれ、そして攻撃が終わると自動的に開放される――解放される。


 湖の魔物やサイレンスとの戦闘経験からどう気合を込めれば実体を持たない相手にも『殴る蹴る』だけで対抗できるかについて学んできたナインだが、そもそもきちんと殴れているからにはそのノウハウも活用できない。


 取るべき手段が違うのだ、と。


 そう悟ったからこその手数で攻める戦法だったのだが、それも通用しなかった。ナインは険しい形相でシリカを睨む。しかし怪物少女の威圧にもシリカは涼しげな顔色を崩さなかった。



「ふふ。楽しんでくれているようで嬉しい。でも、私は少し物足りないわ。もっと頑張って、もっともっと楽しませてちょうだいな、ナイン」



 シリカの側面に靄が出現する。同時にナインの眼前にも。

 ハッとした瞬間にはもうシリカの拳撃が靄へ叩き込まれていた。


 迸る力の奔流。悪魔のお膳立てたゲートを通じてシリカの持つ巨神としての怪力が、ただの腕力だけでは引き起こせない未曾有の暴威を生み出し――それがナインの前面を思い切り叩きつける。


 強かなその威力に、ナインも平気ではいられない。


「ぐぅおっ……!」


「あはは! ほら、全身でよく味わってナイン――天摩神の血は、ただ手を伸ばすだけでそこに超越の力を刻み込む! 私が私であろうとすれば、あなたにだって負けないだけの強さがある。もう言いなりになるだけの人形じゃあないのよ!」


「んなことがどうしたって!? 力自慢はけっこうだがお生憎様――お前さんにできるようなこたぁ俺にだってできんだよ!」


 ナインもシリカに倣うように靄へ拳をぶつける。何度もシリカのやり様を目にしたことで彼女もまたゲート越しに殴打を届けることを感覚で覚えたのだ。


「――っ! ……驚いたわ。見ただけで学習ラーニングしてしまうなんて。あなたも伊達に武闘王の座についていないということね。でも、それだけじゃあまだ足りていない、満ち足りていない!」


「ちっ……」


 殴打は確かにシリカの下にまで運ばれたが、行き先は結局聖杯の中だったようだ。

 不意を打っても七聖具の補助はシリカの意思と関係なく働く以上、その吸収機能を掻い潜れることにはならない。


「聖杯に悪魔にと手厚く助けてもらって何よりだな。だが天摩神の血以外の物におんぶにだっこじゃ、その強さが自分で手に入れたものってことにはならねえんじゃねえのか?」


「良いのよ別に、そんなこと――利用できるものはなんだって利用しないと。これは元教皇様・・・・からの教えよ。私のためにならないものばかりを受け継いできた彼女だけれど、それでも教えられたごく一部はそれなりに役立っているわ。たとえば――そう、観察することの重要性、とかも」



 ――あなたも、どこか別から魔力を引っ張っているでしょう?



 質問の体は取っていたが、確信めいた口調でシリカは言った。


「お前……、」

「わかるわ、それくらい。私の内に聖杯があるように、ナインからもよく似た、別の力を感じる。ほら、だって私たちこんなにも――共鳴している」

「……!」


 聖杯が聖冠に、聖冠が聖杯に。


 頭に血が上っていたせいでナインは今まで気が付かなかったが、起動している七聖具同士は互いにその存在を知らしめようとしている。



 まるで引かれ合うように――惹かれ合うように。

 ひとつになろうとしているかのように。



「私たちに争ってほしくないようにも感じるけれど……それは無理ね。あるいは、ナインの中にあるものを奪えと私に言っているのかもしれない。そうだとすれば、そちらのほうはどうにかなりそう。この戦いに勝てばナインは私の物になる。ゆっくりとその正体不明の何かを取り出させてもらいましょう」


「けっ……それができりゃあ苦労しないってんだよ。ま、お前にはどっちみち無理だがな」


「あらどうして?」


「そりゃあ勿論。俺はお前の物にもならなけりゃ、この戦いにだって負けやしねえからだよ!!」


 闘気を全身から発散するナイン。

 一気呵成に攻め入ろうという姿勢を隠さないその構えに、シリカは口角を上げる。


 もっと来い、必死になって来い――その本気を踏み躙って圧勝し、心を折る。


 かつての自分のような、すべてを諦めた負け犬にさせてやる。


 そのうえでめいっぱいに可愛がるのだ。


 汚泥に塗れるようなぬるさで徹底的に甘やかすのだ。


 私だけを見るように、私だけしか見られないように――私の所有物になることを、心の底から悦ぶように。


「いいわよナイン、ここからが本当の」


 勝負、と口にしかけたその時。


 駆け出そうと足に力を込めたナインも、悠々と迎え撃つべく手を広げたシリカも、互いのみを見やるべきその場面で少女たちはなんと同時に敵から目を逸らし……意気を合わせたようにとある一点へと視線を向けた。


 そこにいたのは。


 二人きりであったはずの空間を邪魔するようにいたそいつは。



「……ジャラザ?」



 紛れ込んだ何かの正体がナインの仲間の一人であることをシリカが見て取った、その瞬間にはもう。


 彼女は『それ』を撃ち出し終えたところだった。


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