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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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232 巨神と悪魔と聖杯と

 背中から受けた痛烈なるその一打。しかしてそれはシリカのいる方向とは反対側からやってきたものである。悪魔の開いたゲートが移動させたのはあくまで拳に込められた力だけであり、ナインの殴り飛ばされる先には当然シリカ本体が手ぐすね引いて待っている。


「いらっしゃい♪」

「……っ」


 引き寄せられるように――まるで巨神の引き起こす引力でも働いているかのように、綺麗なまでに真っ直ぐシリカへと吸い寄せられるナイン。待ち構えられていた歓迎の拳が少女の頬へと突き刺さる。先のお返しだと言わんばかりの重たい一撃を受け、ナインは冗談のような勢いで回転しながら吹っ飛んでいく――が、その途中で彼女は自らの意思で回転の速度を速め、軌道を曲げて柱へと足をつけ停止。


 すぐに柱を蹴って攻めへ転じる。


「あはっ! お見事、大した曲芸だわ。さすがはナインね!」


 蹴りで床を叩き割ったナイン。それを躱しながら賛美するシリカは心の底から愉快そうに笑っている。


「おうこら、動くんじゃねえよ!」

「それは無茶ってものでしょう?」


 踵を叩きつけるように脚を振るったナインだが、靄に包まれたシリカはそれが命中するよりも速く転移で逃げた。今度は背後へ回ることはせず、単純に距離を取っただけ。即座にナインがそこへ突っ込――もうとして自らの傍にまだ靄が残っていることにはっと気付く。


 急ぎ防御の姿勢を取るのと衝撃がやってくるのはまったくの同時だった。


「ぐおっ……!」

「もう防げてしまうの? 二度目以降は通じないということかしら……いえ、やり方や工夫次第でまだどうとでもなりそうね」

「鬱陶しい攻撃しやがって……!」


 ガードしても威力を抑えきれずにまたしても投げ出されるナインの小さな体。その横に狙いすましたように靄が出現する。悪魔のゲートは付かず離れず、戦闘の間ずっとこうやってナインを翻弄し続ける算段でいるようだ。


 その目論見を解したナインは己が術のひとつ『瞬間跳躍ナインジャンプ』を発動させる。転移ワープしてきたシリカの背を取るように自身も跳躍ジャンプして殴りつけようとするが、拳が届く直前にまた転移されてしまう。


「っ……!」


 咄嗟の重心移動。

 空中で身を捩ったナインは、横から伸びてきていたシリカの腕を掴み取った。


「お前と違ってこっちは連続発動できないが――こういうことならできる!」


 シリカを掴んだまま跳躍ジャンプ。跳んだ先は床スレスレの位置。そこにシリカを引っ張ったまま出現したナインは、全力で大理石に向かって少女を叩きつけた。脆いガラスのように罅の入った礼拝堂の床はそれだけ少女の体へかけられたGの凄まじさを物語っている。これにはさしものシリカも「かはっ」と空咳を零すように苦しげな声を漏らした。


 しかしそれでも彼女は笑った……嗤った(・・・)


「次は私の番、ね?」

「なん、っだぁ?!」


 シリカの体から急速に這い出すようにして昇ってきた靄に、纏わりつかれる。思わず掴んでいた腕を放したナインだがうぞうぞと絡みつく靄はそんなことなどお構いなしに少女の全身を覆ってしまう。


「私は悪魔さんのゲートを通じて攻撃することができます。じゃあ今それをすれば、ゲートに包まれたナインはどうなってしまうでしょうか?」


「……ッ!」


「理解できたようね!」


 振るわれる少女の拳。これまでで最大級の力を込めて繰り出されたそれは、あまりの威力に悪魔製のゲートすら粉々に破壊してしまう。霧散するようにして靄が晴れ、やがて見えてきたその中には――誰もいなかった。



「……驚きだわ。まさか脱出できるなんて」


「侮るんじゃねえ――お前にできることくらい俺にだってできる。転移が自分の専売特許だと思うなよ」



 天井。まるで蝙蝠のように逆さまに立つナインを見上げるシリカは、その目を細めた。ナインの使う転移が一般的な短距離転移のそれとは異なり、指定場所を必ずしも視認する必要がないということを今ので知ったのだ。そうでなければ全身を覆われたあの状態から逃げおおせることなどできやしない。先ほどまでは意識的にか無意識的にか、転移先を事前に瞳孔で知らせていたのだが……どうやらナインはシリカが思う以上に高度な術を操れるようだ。



 ――だがそれがどうしたというのか。



 シリカの笑みは曇らない。むしろいっそう口の亀裂が広く深く広がる。ナインが強ければ強いほど、強敵であれば強敵であるほど、彼女の初めて(・・・)味わうその感情――『歓喜よろこび』はより激しさを増していくのだ。


「ああ、楽しくなってきたわねナイン。もっともっと遊びましょう。ここからは、そう。まずは転移の速さ比べにでも興じてみる?」



◇◇◇



 そこからはシリカの言の通りに、互いに転移を駆使した非常に忙しない戦闘となった。相手の転移に自らの転移で対抗するという様相は一門以上の実力を持つ戦士同士であればさほど珍しくない展開ではあるが、彼女たちはどちらも子供で、しかも見る者に儚げな印象すら与える嫋やかな美少女たちである。それがこれほどまでに高次のレベルで術の応酬をしているとなれば、それを知った誰もが目を点にして絶句することだろう。けれどもこの戦いを目撃する者はまだいない。少女らは今だけ二人きりで、お互いのみをその瞳に焼き付けるようにして見つめ合っていた


「少し遅れているわよナイン――ほらほら、しっかりついてきてね!」

「うるっせえ! だったらてめえも悪魔任せじゃなく自分で飛んでみやがれ!」


 転移の速さ比べ。軍配が上がったのは勿論シリカのほうである。


 ナインが考えながら跳ぶのに比べ彼女のそれは半自動的なものだ――自ら悪魔に伝え転移するのと緊急避難として転移させられるという二種類の飛び方をする彼女は、当然ナインの跳躍ジャンプなどよりもシームレスかつタイムロスなしの連続転移を可能とする。


 おまけに悪魔は魔法的技量に優れており、ナインの跳躍ジャンプはその移動先を完璧に把握されてしまうのだから評価を下すなら断然ナイン側が不利な勝負となってしまう。


 それでも奮戦し食らいつき完全な劣勢にまでは陥らない彼女の実力を褒めるべきか、それほどの怪物と笑いながら渡り合える実質これが初戦闘であるはずのシリカの才能を褒めるべきか。


 当事者たるナインにとっては無論、シリカの持つ異常性こそを懸念とする――悪魔のサポートの厄介さよりも、自身の才覚を万全に掌握しているたかだが十二歳の少女のその戦いぶりにこそ、本当の恐ろしさがあると感じているのだ。



「どういうことだ……? シリカ、てめえ。どうしてここまで戦える? どれだけ才能があろうと昨日までのお前は箱入りのお嬢様で、ただの小娘でしかなかったはずだ。悪魔と共謀して色々とやってたんだろうが、その色々の中に戦いなんてものはなかっただろう。この場こそがお前にとっての初めての戦場! なのにその迷いのなさはなんだ――それだけの力を宿して、しかも悪魔の力まで取り込んでいるのに、平気な顔して戦えてるのは――パンクをしないのはいったいどういうことなんだ!」



 それはある意味ではシリカの身を慮るが故の言葉でもあったが、どちらかと言えばナインの抱く純粋な疑問という側面が強かった。


 正真正銘の本気を出している自分にも匹敵するだけの、『巨神』としての力。


 それを万全に扱えているだけでも信じ難いというのに彼女には更に悪魔の力までもが加わっているのだ。どんなに優れた才能があろうと、戦闘未経験者かつまだ体も出来上がっていないような子供が、こうもふたつの大きな力に振り回されることなく戦うことができている現状は不可解どころの話ではない。どう考えたって、どう考えなくたっておかしなことだ――だからこそ発せられたナインからの問いかけに、シリカはまるで教え諭すような口調で応じた。



「小娘とは言ってくれるわ。ナインはよっぽど私のことを子供扱いしたいようね……まあ、否定はしないけれど。私は所詮、戦うことを知らないただの子供でしかなかったのだから、ナインが言っていることはどれも正解よ。ここが初めての戦場で、ナインこそが私の初めての闘争相手。そしてこの身には巨神と悪魔の力が両方備わっている――でも、あなたの失念をひとつ挙げるなら」



 ずり、と少女の右手に生み出された何かにナインは目を剥いた。


「それは――!」


 華美で上品な意匠が施された、青い宝玉の埋まる美しい。それを一目見ただけでナインは正体に思い当たった。これこそが自分が求め、オイニー・ドレチドが求めているアイテム――七聖具がひとつ『聖杯』であると!


「そうよ。私は聖杯の力もこの身に取り込んでいる。余計にパンクしそうだと思う? いいえナイン、それは間違いよ。聖杯は力の封印と解放を行う、補助役バランサーとしての機能を持っている。これが巨神と悪魔の力を繋ぎ逐次の調整を施してくれるからこそ今の私がある。ふふ、もちろんいずれは聖杯の恩恵を受けずとも自分の力だけで全てを操ってみせましょう――けれど今は、ありがたく使わせてもらうわ。補助としてだけでなく、こんな風にもね!」


 飛び込んでくるシリカ。あまりに直線的な、無防備なまでの特攻にナインは内心で少々戸惑いながらも、肉体は迷わず動きカウンターの要領で打突を振舞った。


 完璧に入ったはずのそれは……なのに一切の手応えを感じることができなかった。


「っ、こいつは……?」


「うふ――殴ってくれて、どうもありがとう。私からもお返し(・・・)するわ」


 どごん、と衝撃を受けて後方へ飛ばされる。痛みに呻きながらもナインは五指を突き刺すようにして床を掴み強引にその場に留まった。そうしなければ礼拝堂の壁を突き抜けてどこまでも行ってしまいそうだった――それだけの強烈な威力が今の攻撃にはあった。



 ――これは、まさか。



 最悪の想像をするナイン。それを肯定するようにシリカは両手を広げて微笑んだ。


「ええ、ナインの想像通りよ。聖杯はあなたの拳を、その力を飲み干す。そして吐き出すのよ。吐き出された力がどこに向かうかは、たった今身を持って味わったわね? あなたの攻撃は通らず、私はどこからでも好きなように攻められる。転移でも私に追いつくことはできない。さあどうするのナイン――十代目武闘王サマ。歴戦の小さな大戦士であるあなたは、私というただの素人の小娘に、どうやって勝つつもりでいるのかしら……?」


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