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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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231 巨神の力を持つ少女

ようやくバトル開始ぃ!

 世界の束を編んだと言われる四つの基理。

 そのうちのひとつが創った最初の生命が火神イグニである。

 その妹に水星神ディエプが、双子の弟に土清神と木静神が、双子の妹に風神と雷神が――そして数えられぬ神として闇神と光神がいる。


 命溢れる星の基礎を創った彼らこそが原初の神々と称される、神代と名付けられた今は遥か昔、世界に神が満ちていた遠き時代の始まりを告げた存在であった。


 しかし意外なことに、彼ら始まりの神々こそが太古の時代の絶対的支配者であったかというと、必ずしもそうではない。


 万象の根幹を創り上げた者たちがなぜそれでも世界の覇者として君臨することが許されなかったのか。万物の源に寄り添う圧倒的な超生命体である水星神ディエプが眷属神として水禍の魔物ショウプスを――神と見るにはあまりに矮小・・なその獣神を産み出してまで対抗しようとしたものは、いったいなんなのか。


 神代から現代にまで、世界の全てをその目で見てきたという『遠来の小人』はこう語る――「『原初の神々』と云えば火神イグニを始めとする兄弟たちを指す言葉ではあるが、けれどもその時代、まだ人間きみたちという生き物が起源という意味でも歴史に姿を現していない失われた過去において、世界を象る神とは決して彼らだけを指すものではなかったのだ」――と。


 基理より生じた兄弟たちとは起源を別にするもう一方の神々こそが『巨神ティターン』である。


 彼らは誰に創り出されるでもなく、岩肌から、土壌から、雨雲から、海原から、山や森、川や湖から――世界そのものから自然発生したもう一方の超生命体である。その正体は根源の力を宿す大自然の調停者。自ら創り望むまま生み出す兄弟神とは異なり、彼らはその身こそが世界を司る巨大なる命そのものであった。


 山岳を動かし、大陸を引き、海を広げ、空を支える。

 巨神のその他全てから見上げられる巨大な体躯と強大な腕力は、原初の神々という創始者たちと比べてもなんら劣らぬ圧巻の威容を誇っていた。


 超常的存在の神と巨神は時に反目しあい、時に協力しあい、同層世界においてのただならぬ隣人同士として密接な関係を築き上げていった。

 それは敵とも味方とも一言では言い表せぬ、万年に渡る調和と混沌の物語であった。


 やがて時代も移ろい、神々が別世界へと旅立って久しく、残った者たちの数も著しく減少していた英代の中期。人類史に於いて「最後の巨神」と称されたとある神がいた。彼は神でありながら長らく人の集落を守護していた変わり者だ――が、彼もとうとう他の巨神たちに倣うべき時が訪れた。


 実りある地と別れ世界からの脱却を迫られた彼は直前に一人の女性と契りを結んだ――『メシアム』の統治者として選定されたその英雄こそがエヴァンシスであった。


 彼女は身籠り、僅か数週で産まれた女児に世界を離れた父たる巨神の名を借りて『天に届く者(アトリエス)』と名付けた――初代アトリエス。エヴァンシス家の歴史の祖であり初の『覚醒者』である彼女はメシアムの住民に奇跡を贈り、様々な脅威から土地を守り抜いたという。天摩神の血を受け継ぐ実子にして偉大なりし先祖。子孫たちは彼女こそを目指すべき到達者として代を重ねていったのだ。


 巨神の系譜は何もエヴァンシス家だけではなく、血が薄れたことでただの魔物の一種にまで落ちぶれた巨人ギガントもいるが、彼らとて他の魔物類とは一線を画す強力無比な力を持っている。幾星霜の時が過ぎ、元の存在からは大きく変質しても尚その威容は衰えない――そして。


 目覚める者が限られてしまう代わりに才覚次第で如何様にも巨神の力を引き出せるエヴァンシスの覚醒者ともなれば、人の身でありながら巨人をも超越することが可能となる。エヴァンシス家と巨人は言わば遠縁の親戚であり、別の進化を辿った生存競争のライバルでもある。平均値アベレージを取るか最大値マックスを取るかという選択肢――自然環境の中で巨人の選んだ進化と、メシアムという限られた箱庭の中で選んだエヴァンシス家の進化は似ているようで決定的な差をもたらし、そして今。


 歴代の覚醒者と、あるいはその到達点とされる初代アトリエスと比較しても。


 血の才覚で全く劣らぬ――どころか突き放し頂点に立ち得る稀代の娘が現れた。


 彼女の名はシリカ・エヴァンシス。


 否、すでに自らの手で母を当主の座から引きずり落としたのだからこの名前はもう旧い。



 シリカ・アトリエス・エヴァンシス。



 半ば必定となっていたエヴァンシス家存続のための枷――彼女が言うところの『血の呪い』を打ち破って覚醒してなお個人としての自由意思を手に入れた、真なる覚醒者である。


 今日この時を持って、人類史における何度目かの重要な転換点――神の力を持つエヴァンシス家の代替わりが成し遂げられた。


 実子であった初代アトリエス以外で初めて巨神の神威を十全に発揮でき得る脅威の傑物……新たなるの一人が、ここに誕生したのである。



◇◇◇



 人気のない礼拝堂。教皇シルリアと娘シリカによって定期的に儀礼式が行われる本部内でもとりわけ神聖なその場所は、彼女たちが掛かり切りになる座談会コンクエストの開催期間中は完全に封鎖され、誰も立ち入ることのできない無人の空間となっている。太く立派な柱が立ち並び奥の祭壇にステンドグラスから陽の差す美しい礼拝堂は、この日の安寧を思わせる静寂と相まって、人がいないからこそ厳かな雰囲気をより高めてもいた――。


 しかしそんな静寂も、突如として破られることになる。


 天井の一角を突き破って何かが飛び込んできたのだ。それは人型。小さな背丈をしたまだ子供と目されるその何某か。



 言うまでもなく、我らが怪物少女ナインである。



 硬いはずの大理石の床をガリガリと削りながら着地したナインは、舞い上がる破片を押し退けるようにして迫る拳を目にした。腕で受け止める。どがん、と防御越しでも内に強く響く衝撃。ナインをしても「非常に重い」と評すしかないその拳撃を放った主は――こちらも言うまでもなくエヴァンシスが覚醒者、シリカを置いて他にはいない。



「よく止めたわ!」


「威張れもしねえよ、この程度で!」



 お返しとばかりにナインも殴る。シリカの片頬を突き飛ばしたが、それを受けても彼女は僅かに傾ぐだけだった。ニヤリと笑みを作ったその表情に舌を打ちつつ、ナインは続けて殴打を繰り出す――が、突如黒い靄が少女の体から噴き出す。特徴的な漆黒のゲートに包まれたシリカがその姿を眼前から消してしまい、拳は空振りを余儀なくされる。


「また転移……! だからってよお!」


 苛立ちを見せながらも次の行動は早かった。


 彼女には微細な魔力を探知する技量もなければ戦闘中に空間の揺らぎを感じ取れるような繊細さも持ち合わせていない。落ち着いている状態ならまだしも『覚醒モード』に入り著しく気を昂らせている今の彼女にそんな巧緻な技術を求めるだけ無駄というものだろう――そのことは他ならぬ本人が一番わかっている。


 興奮しながらも自身が興奮していることを客観的に理解できている彼女は、覚醒モードに入っているうちは下手に考えたりせず力でごり押すことこそが最適の戦法だととっくに気付いているのだ。


 ただしそれは何も、考えなしに戦うという意味ではなく。


 探知などといった巧者としての技術にこそ縁遠いものの、それとは別の部分――本能的な直観力であれば気の昂った状態でも、いやそんな状態だからこそこれ以上ないという武器にもなるだろう。


 故に少女は理屈で考えない。

 そうせずとも闘争本能による野生的な演算を通して然るべき結論を見出すことができるからだ。



「――ハアッ!」



 脚を振り上げ、己が頭頂部から背後へと変則の回し蹴り。柔軟な股関節を持つナインだからこそできる地味ながらもかなりの離れ業である。


 視界のどこにもシリカがいないからには頭上か背後から奇襲しようとしているのだ、と瞬間的に分析した彼女はそう思考すると同時に先手を取ってそこに蹴りを差し込む選択をした。転移が行われてから考え反撃に転じたのでは決して間に合わず、敵から攻撃を受けることになるだろうが――怪物少女に常識など通用しない。まさに怪物じみた反射と加速で容易に先の先を奪い取ることを実現せしめ、その防御代わりの一撃は見事にシリカを打ち据えた。


 しかし。


 シリカからしてみれば予想外であるはずの蹴りを受けながらも、迅速に少女は再度の転移を実行した。


 黒い靄に包まれ消えた彼女を見て、ナインも追撃に迫ろうとしていた足を止めざるを得なかった。そしてあることに気付く。


(そうか! 転移術の発動はあくまであの子供悪魔が判断してやってることなんだ。シリカが望んでやる場合もあれば悪魔が自主的に、クレイドールの奇襲を躱した時のように宿主を避難させるため強制的に転移させる場合もあるってことになる。つまりどれだけシリカが驚こうが動揺しようが、術の行使に遅延は生まれない……!)


 ナインは素早く振り返る。案の定そこには、礼拝堂の入り口付近に居場所を移したシリカの姿があった。――そこで強烈な違和感がナインを襲った。一瞬何が原因か分からなかった彼女だがすぐに察する。黒い靄が、悪魔のゲートがまだ消えていないのだ。シリカはとうに転移を終えているというのに、何故かゲートだけが残っている――?


 疑問を感じたナインに答えるが如く、シリカがにこりと微笑む。



 彼女は腕を振りかぶって――力いっぱい靄へと叩き込んだ。



「ッ……!!」

 ぞわりと背筋に悪寒。背後から迫りくる圧倒的な暴力の気配。


(こいつ、ゲートを通して攻撃をしてき――!)


 まさかの戦法に思い至り驚愕した少女は、直後巨神に比肩し得る一打をモロに浴びて――風に飛ばされる木の葉のように呆気なく礼拝堂の中を舞うこととなった。


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