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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
238/553

226 正気でなんていられない

くす(・・)


 ぞくり、と。

 その場の全員の背筋が凍りついた。


「くす、くすクス」


 次期教皇として誰しもに認められている逸材。幼くとも母譲りの美貌を持つ少女が、これまでに見せたことのない妖しい笑みを浮かべている。


「くすくすくすクスくすくす」


 それは嘲るような、侮蔑するような、見下すような毒々しい嗤い。

 到底少女のすべきような表情ではないだろう――しかし。


 今の彼女にはそれがとてもよく似合っていた。


「くすくすくすくすクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすクスクスクスクスクスクスクスくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす」


 例えるとすればその声は――悪魔のような嗤い声? 


 いや、そうじゃない。


 悪魔に憑りつかれた人間・・の嗤い声だ。



「あは、アハ、あははは――あーっははははははははあははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」



 哄笑。


 気が狂ったように笑い続けるシリカの全身からとめどなく魔力が溢れだしてくる。

 同時に、単なる魔力とは違った何か得体の知れないものも。


 その濃密な気配が最高潮に達した瞬間、それは起こった。



 ――力の解放。



 爆発的な速度で少女の肉体から発散された魔力は氾濫し――その部屋のすべてをあっさりと飲み込み、そして吹き飛ばしてしまった。



◇◇◇



 本殿東館、その一部はすっかり崩れて元の形を保っていなかった。瓦礫が積み重なる上に立つ一人の少女以外、そこに動く者はいない。だがやがて、瓦礫の下から這い出すように三名・・が顔を出す。その顔ぶれは言うまでもなく、爆発に巻き込まれても無事で済むだけの強度を持つ者たちのみ。


 まずは武闘王ナインがいの一番に。続いて鍛え上げられた肉体を持つ警備隊長アルドーニ、そして隊長の中でも特に反応速度に優れているテレスティア――だが並外れた頑丈さを持つナインはともかくとして、この二人は決して軽いとは言えない怪我を負っているようだ。致命傷こそ免れてはいるができることならすぐに治療を施すべきだろう。残念ながらアルドーニとテレスティア以外の隊長職たちは防御が間に合わなかったようだ。無論、戦闘職である彼らですらもこの状態なのだから――。


 部屋にいた残りの人員、十使徒や使用人たちがどうな(・・・)ったか(・・・)などは言うまでもない。



「嘘だろ、こんな……こんなことをして! お前は何がしたいんだ――シリカ!!」



 ナインが叫ぶ。悲鳴のようなその問いかけに、何を思ってかぽつねんと空を仰ぎ見ていたシリカはゆっくりナインのほうを向いた。


 少女の顔には柔らかい微笑みがある。


「少し待っていてね、ナイン。私が何をしたいのか見せてあげるから……」


 友に喋りかけるような気安さでそう言った彼女は、傍の足場をこそぐようにして蹴飛ばした。少女の細く小さな足は重たいはずの瓦礫の山をまるで石ころみたいに簡単にどかしてしまう。空いたスペースへと屈みこんで何かを掴み――ずるりと引き摺り出したのは。


「シルリアさん……!」


「ぐ、う……、」


「公務用の礼服を着ていたのが幸いしましたね、お母様。そうでなければオットーたちのように今頃全身がぐしゃぐしゃになって死んでいた……いえ、仮にもエヴァンシスの血が貴女の体にも流れているのだから、命だけは助かったかもしれないわね」


「シリカ、あなた……何を……?」


 胸倉を掴まれて少女に持ち上げられているシルリアは苦しげにしながらも、どうにか喋るだけの体力はあるようだった。この間にもアルドーニやテレスティアは密かにシリカへ近付こうとしている――が、シルリアへ目を向けながらも彼女は目敏くそれに気付いていた。


 見せつけるように服から首へと掴む箇所を変えて、呻いたシルリアへと囁く声音で答える。


「何を? ああ、今のですか? 別に何をしたというほどのものでもありませんわお母様。私はただ魔力を解放しただけ。内に隠し秘め通してきた私本来の魔力――エヴァンシス本来の魔力を、ここに解き放ったのよ。清々しい気分だわ。ねえお母様? 出来損ないのお母様。貴女にはきっとこの晴れやかさは想像もつかないでしょう」


「ち、がうわ……」


「違う? ああ――それじゃあ、この会議を駄目にしたこと? だってしょうがないでしょう、ナインに私が悪魔憑きだとバレてしまったんですもの……これ以上甲斐もない素人演劇を続けたってなんの意味がありますか。それとも、あの状況からでも貴女なら私への追及をどうにかすることができましたかお母様?」


「………、」


「いえ、答えなくても結構。貴女なら是が非でもやってのけたのでしょうね、お母様――覚醒者としては中途半端もいいところの貴女だけど、天秤の羽根教皇としては完璧にその役目を果たせていたのだから。()()()()を継続させるためならどんなことだってやれたでしょう。だから私を庇ったのですよね? 悪魔憑きの存在を知って、事件と聖杯のカラクリに気付いた貴女は――ならばそれを行えるのが誰か、すぐに理解した。当然ですね。エヴァンシス家はただの二人しかいない。そして自分がそうでないのなら犯人はつまり、もう片方でしかありえない」


 動くな、と少女は低い声で言った。


 それはシルリアでなくじりじりと距離を詰めていたナイン、テレスティア、アルドーニへ向けて放ったものだ。その忠告に三名はぴたりと静止せざるを得ない――シリカの指がシルリアの首へ食い込むように絞めつけているからだ。


 彼女があとほんの少し握力を強めるだけで、シルリアは呆気なく死んでしまうことになる。


 それはきっと小枝を折るよりも簡単なことなのだ。


「自分の娘こそが凶行の主。聖杯を持ち出し悪魔を味方に住民を殺し、座談会コンクエストを誘発させる――普通であれば、娘を止めようとするのが親心でしょう? でも貴女はそうしなかった。むしろ私の都合のいいように情報を止めて、至福会の脱落にすらも動揺することなく座談会コンクエストを続けようとした。それは娘可愛さのあまりに、庇いたさのあまりに盲目になってしまったから? いいえ違う。貴女がそんな人間的な感傷で動くはずもない――むしろ貴女は喜んでいたはずよね。私がとうに覚醒者として目覚めていることを確信して、だからこそ貴女は自身の命にすら頓着しなくなった……代替わり! 次代への橋渡し! 六大宗教会とともに自分もまた私の手にかかって死ぬのも悪くないと。親殺し(・・・)とてエヴァンシス家の習わしの一環だと、そう考えていたのでしょう、お母様!」


「――だからか」

 唸るようにナインは口を開く。

「シリカを庇うつもりだけなら、もっとやりようがあったはずだった。本当の違和感はそこだったのか――自分の命すらもどうでもいい、んじゃなくて……積極的に死のうと、していたんだな。それも娘に己を殺させようと――そして娘のほうもそうしてやろうと? 馬鹿げてる、とんでもなく馬鹿げてるぜ――お前たちは、てんで正気じゃないぞ!!」


「ええ、正気じゃないわ。当然でしょうナイン、こんな世界で。自分らしくあるために、果たしていつまで正気でなんていられるの? 籠の中の鳥には自由に鳴く権利すらないというのに?!」


 シリカは力任せに母を持ち上げる――腕を伸ばし高く掲げても長身のシルリアの足が地面から離れることはないが、防御機能のある礼服越しとはいえ彼女も少なくないダメージを受けている。しっかりと地に足がつかず、体重は娘に掴まれた喉にばかりかかる。


「ぐ、く……シリ、カ……」


「ありがとう、お母様。私を産んでくれて――私を育ててくれて。それは娘への優しさなんかじゃあなくて、『次の自分』を育むだけの行為だったけれど。貴女の母がそうしたように、自分の娘にも同じことをしただけなのでしょうけれど。そのおかげでこの血は完全に私の物となった。覚醒者として、これだけが唯一私の物だわ。誰に譲られたわけでもなく、無理やり奪ったわけでもなく。自分の意思で手に入れた物――この力が! ようやく私を羽ばたかせてくれる!」


「なぜ、どうして、なの……もう少しで、あなたは……この街の、真の支配者に……天摩神として、君臨……」


「ナンセンスだわ。言ったでしょう、私にはもう籠なんていらない。譲り受ける物だっていらないの。欲しい物はなんであろうと自分の力で手に入れるわ。だから。ね、お母様? 貴女から授かる教皇たちばも、都市かごも、まっぴらごめんなの――そんなものは一片たりとも必要じゃないの。限られた中での自由なんて。籠の中で雛に囲まれて偉ぶることなんて――一切合切、私には必要ない! 私は本物の自由を欲しがっていた! 誰もそのことに気付いてはくれなかった! だから! だからだからだから――こんな窮屈な世界は、私の手で壊してやるべきだと思ったのよ!」


 ぎちり、と少女の指に更なる力が込められる――殺られる、とナインらが蒼白になったが、そこで少女はふと息を吐いて腕にかけた力を弱めた。


「あぁ――ごめんなさい、お母様。興奮してしまって……苦しかったわよね? 貴女を痛めつけるつもりはなかったの、本当よ。ほら、このくらいなら呼吸もできるでしょう? そうそう、吸って、吐いて……落ち着いて。さあ、また喋られる? 私に何か、言いたいことがあるんじゃないかしら――もしあるなら、ちゃんと聞かせてちょうだい。ここで言うべき言葉がきっと、貴女にはあるはずでしょう……?」


 痛みと酸欠でシルリアの意識は飛びかけているように見える。娘からの声にぴくりと反応はするものの、きちんと受け答えができるような状態ではないのか、彼女は質問に答えるのではなくぶつぶつと別のことを呟いていた。



「どうして……覚醒したのなら、なおのこと……エヴァンシスの血に、天摩神の血に染まるはず……歴代の覚醒者たちは、支配者であり、為政者だった……奇跡を起こして民を統一し、意に背く俗物へ裁きを、下す……絶対者に……シリカも、そうなる、はずだったのに……なぜなの、なぜ、エヴァンシスの伝統に逆らうような、真似が……」



「――――、」



 その言葉を聞いた瞬間、シリカの顔からすとんと表情が抜け落ちた。


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