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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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224 別の生き物

 いま、この女は、なんと言った?


「いん、ぺい……? 隠蔽工作、だって……? 何を言ってるんだシルリアさん――そいつはいったいどういう意味なんだ?! 事と次第によっちゃあんた、」


「――口を慎むことだ、ナイン殿。ここは正式な会議の場だぞ。いかに客人と言えど今のナイン殿は雇われている身分でもある。教皇様に対してその乱暴な物言いはとても看過できるものではない」


「テレスティアさん……!?」


 まるで刺すような鋭い口調でナインを諫めたのは、よりにもよってテレスティア――ここにいるメンバーの中ではごく少数の、シリカと並んで「こちら側」にいると疑っていなかった人物。彼女からそんなことを言われてしまっては、余計に少女も動揺を隠せない。


「で、でも……隠蔽ってのはつまり、こんな大事件があったっていうのに、それを都市には、住民や治安維持局なんかには公表しないつもりでいるってことなんじゃ……」


「その通りだ。アムアシナム市民にこのことを知らせては大変な騒ぎになる。本部ここだけでも水をひっくり返したような騒ぎなのだから、それが街中に広まってはもはや収拾などつかない。そんな事態を避けるには、宗教会の被害を外に持ち出さないことが最も優れたやり方だろう」


「……っ!」


 思わずナインが一同の顔を見渡せば、誰も疑問や反感といったものを浮かべていない――シリカでさえも、俯いてはいるがこの意見に異を唱えようという気はないようだった。


 彼女たちの反応からして、シルリアの判断は十使徒や警備隊にとっても極めて常識的なものであり、彼らも少なからず事前に似たような想定をしていたということがわかる。ここで驚いているのは席についている中で唯一天秤の羽根所属ではない自分だけ。それを理解したナインは、しかし理解したが故になおのこと納得がいかなった。


 あからさまに表情を歪めた少女を説くように、第一使徒オットーがしかつめらしく口を開いた。


「ナイン様、どうか冷静になって今一度考えてみてください――賊の目的はひょっとすれば、都市全体の機能をマヒさせることにあるのかもしれない。宗教会を壊滅させるというのはそれくらいの影響があることです。これだけのことを仕出かしたのですから、まさか遊び半分などということはなく、明確な企みあってのことでしょう。どこまでが賊の狙いなのか定かではありませんが、私たちとしては都市の混乱は是非とも防ぎたい。何故ならここで情報統制も行わずまともに市民を相手にしなければならないとなれば、教皇様の守りに支障をきたすおそれがあるからです。賊が毒殺という迂遠な手段から切り替え、直接的な実力行使に出てきてもおかしくない――となれば教皇様には引き続き万全の警護の中にいてもらわねばなりません。そのためにも、ここで市井にかき乱されるわけにはいかないのですよ」


「…………」


 言い分はもっともだ。

 混乱を内だけに留めておけるというのであればそうするのが当たり前なのかもしれない。

 少なくとも、ただでさえ緊急性の高い問題に追われているこの現状で、すぐに都市へ事実を知らしめることは正着とは言えないだろう――そこはオットーの言う通り、天秤の羽根が無駄な負担を負うだけになってしまう。


 賊が捕縛されない以上は教皇の安全も確保できないのだから、せめてそれまでは公表を控えるべきだという意見には、ナインとて大いに賛同できる。


 ただし、シルリアははっきりと「隠蔽工作」と口にしたのだ。ナインの気がかりはそこにある。


「仮にシルリアさんの無事が保証されたとして……それでもあなたたちは、事の真相を伝えるつもりはないんでしょう? 他宗教のリーダーたちは殺されたんじゃなく、自らその役目を降りたとでも言って――宗教会を天秤の羽根で独占、いや、天秤の羽根こそを宗教会として、文字通りの一大宗教を目指そうとしているんだ」


 だからこその隠蔽。

 悪魔憑きを捕らえたところでその暴挙が明るみに出ることはないのだろう。何故ならそんな事件があったことを知られれば、さすがに治安維持局、更にはその上の万理平定省の介入は免れない。それを防ぐためにシルリアは一連の事件をすべて闇に覆ってしまおうと考えている。そんな考えを本気で検討しているのだ。悪魔憑きの真の狙いは未だようとして知れないが、シルリアの狙いはナインにすらも明らかである――こんな時でさえ彼女は、何もかもを天秤の羽根にとって都合がいいように利用しようと画策している最中なのだ。


 市民からも、他宗教からも、そして国からでさえも。


 余計な口出しはさせぬとばかりに閉じ切った内部、己の絶対的領域内てんびんのはねだけで話を進めようとしている。


 そこまで考えてナインは、自分がここに呼ばれた理由までもを察することができた。


 いくら教皇直々に雇われている護衛とはいえこんな重大な場、組織の行く末を左右する会議の場に招聘されたことを謎に思っていたのだ。護衛隊長や警備隊長も同席していることから、悪魔憑きへの武力的対策兼会議中の盾役として期待されているのだろうと予測したナイン――だがそれは、あくまで表向きの理由でしかなく。


 ここに座らされた真の理由とは、本部内にいる当事者の一人として、ナインにもまた口止めの義務があることを教え込むためであったのだ。


 信徒ではない彼女はシルリアの決定を読めず、また認めがたいと感じている。


 そんな少女を「説得」するために、シルリアや十使徒がナインを会議に参加させる決定を下したというのが事の真相なのだろう。


 ――ナインは強く歯噛みする。



「俺は確かに門外漢だ。それこそ組織の運営や方針に口を出せるような立場じゃないってことは百も承知。だけど、そんな俺だから言えることもある――こんなやり方は間違ってるってな」


(結局のところ、シルリアさんが悪魔憑きの存在を誰にも明かそうとしないのもこれと同じなんだ――)


「他の宗教組織の人たち……暁雲教のオルメッラさんにだって、帰りを待ってる人たちがいるはずだ。その信徒たちだって、嘘の説明だけで納得させられるはずがない。真相を丸ごと隠そうだなんて馬鹿げてる」


(聖杯や大悪魔、そしてそれを利用する第三者。何もかもが天秤の羽根にとっては歓迎できないものばかり――)


「人の気持ちをまったくと言っていいほど思いやっていない。そんなことで、天秤の羽根が都市を牛耳れるのか? 純粋な経済や純粋な権力じゃなく、志をひとつにする信仰ありきの宗教団体が! こうも命を蔑ろにするような真似をして!」


(この人にとって大切なのは、『天秤の羽根』だけ。エヴァンシス家の支配する入れ物だけなんだ。どんな事実も、どんな出来事も、どれだけの命であっても。この人の心は決して動かない――)


「シルリアさん! あんた本当に、これでいいと思っているのか!? 何人死んだんだ!? 行方不明者たちも皆とうにこの世にいない、あんただってそれを知っていたんだろう! これだけの被害が出て、取り返しのつかないものばかりが失われて……なのに、それでも! あなたは残酷な決定しかしない! それをほんの少しでもおかしいとは思わないのか――」



思わない(・・・・)



 遮ったのは教皇その人。


 シルリアの無感情で事務的な、機械よりも機械的な、まるであらかじめ決められた文章を読み上げるような起伏のない、恐ろしく平坦な声が告げる。



「私はエヴァンシス家当主にして天秤の羽根教皇、シルリア・アトリエス・エヴァンシス。この家名と天に届く者(アトリエス)の称号に誓って、我が血統の誇りを護り受け継ぐことだけを望む。()()()()()()()()()。それが私という存在なのです。天秤の羽根、そしてアムアシナム。祖先の興した土地と組織――天摩神の末裔たる私たちが、この入れ物を未来へと導いていく。いずれここは再び奇跡の地となる。私は、その時が近くあると確信してもいます。すべて(・・・)は我が血のために」



「な、……」


 絶句するナインに、シルリアは淡々と言葉を続けた。


「確かにナイン様が仰るように、亡くなられた方の無念を思えばこの胸も張り裂けそうなほどです。ですが。それもまた血の覚醒には必要なことだったのでしょう。運命はあまねく試練たらん。エヴァンシスの血統が真の目覚めを果たすにはいつの時代にも血が流れる必要があった。その兆しとなったのなら彼らもきっと、浮かばれることでしょう」


「な、にを……、」


 ナインの思考はぐるぐると空回る――まったく理解が追いつかない。シルリアの口にする単語の意味はわかるが、その繋がりが、何を言っているのかがきちんと頭に入ってこない。


 あまりに価値観が違いすぎて、人ではない何かと話しているような気分にさえなってくる。


「訂正をするなら、オルメッラたちも宗教家として、志半ばの無念はあったとしても自身の命を惜しむようなことはしなかったでしょう――同様に、彼らの死を感情や感傷だけで悼む者もおりません。信徒たちもそれは同じ。彼らもまた大いなる意志によって天秤の羽根へ導かれるのですから、異を唱えることなどしません。初めは戸惑うかもしれませんがやがてすぐにも受け入れるでしょう。何故ならこの土地における神とは天摩神様のみであり。それ以外を信奉する暁雲教などは紛い物にほかならず。我ら天秤の羽根こそが、アムアシナム唯一無二にして絶対の柱なのですから――胡乱なる模倣者に騙されていた哀れな迷い子たちも、これでようやく目覚めるのです。それを思えば、此度の事件も、決して悪い側面ばかりではない。そうは思いませんかナイン様」


 逆に問いかけてくるシルリア。


 薄く弧を描くその唇は、優雅ながらも寒々しく――ナインの心に極寒の冷気を伴った飆風を吹かせた。



 どうしようもないのだ、と。



 教皇と顔を合わせて今日で丁度十日目――ようやく少女は、彼女と自分がまったく別の生き物であることを知ったのだった。


ブレない強さというのもありますね

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