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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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221 迎賓館攻防:終戦

 柱を武器として力いっぱい振り回し、玄関ごと敵を殴り飛ばしたナイン。戦闘モードの彼女の全力はすさまじいの一言だ。まるで子供の重ねた積み木が崩れるようにして呆気なく崩壊した玄関一面。そんな己の作り上げた惨状を一瞥した少女は――


「……マジかよ」


 呆然とした声を漏らす。


 原型のなくなった手元の柱を投げ捨て、駆け出す。迎賓館前に躍り出たナインはきょろきょろと辺りを見回すも、その視力でもってもどこにも動く影は見当たらなかった。これで確定だ。



「くそったれ、逃げられた(・・・・・)……!」



 ナインはその事実に歯噛みする。いや、シリカの護衛という依頼の都合上、必ずしも敵をせん滅することはその範疇にない――兇手を撤退させるだけでも十分に護衛の任は果たせていることになる。

 だがしかし。


「はあー……」


 ため息を零しながら振り返るナイン。彼女の視界には、惨憺たる様相を呈した迎賓館がデンと立っている。


 大階段の崩落、広間全体の損傷、一部柱の瓦礫化、玄関口の大破損。被害で言えば裏手の林を消滅させたクータを数段上回る規模の損害を出してしまった彼女である。そこまでしておきながら敵にまんまと逃げおおせられたとあっては気にするなというほうが無理があるだろう。


 ばたばたと本殿と隊舎のほうから警備隊が出動してくる喧騒を聞きながら、ナインはこの破壊痕をどうにか隠すことはできないだろうかと叶うはずもないことを考えていた。



◇◇◇



「ぐ、う……よくやった、フランク……」


 とても苦しそうな発声。体中に大小様々な傷を負っている彼女――プルーフは現在、荷物のように人の両肩に乗せられ運ばれている最中だ。揺れが辛いが、そんなことを言っていられるような状況ではない。自身の怪我を押して移動してくれている相方、フランクには文句ではなく心からの礼を告げるべきだろう。


「お前は……やっぱり、持ってる奴だよ……助かった。九死に一生ってのは、こういうこと、なんだろうね」


 くはは、と苦し気に笑うプルーフ。あの場面、もしも自分一人だけであったら助かりようなど一切なかったことだろう。


 柱が殺人的な速度でぶつけられようとしている中、ウッドペッカーでもナインの攻撃は止まらぬと早々に見切りをつけたフランクは少しでもプルーフへ近付くべく、全身のバネで跳んだ。その最中にウッドベッカーとは別の魔道具を懐から取り出すことも忘れない。一方のプルーフも、フランクではなく自分がメインに狙われていることを察してトギリの全力使用から即座に回避運動を行なった――とはいえ直前まで武器を振るっていた彼女が柱のスイング範囲から逃れることなどできず。



 それでも右腕が欠損するだけの被害で済んだのは、最高の幸運だったと言えるだろう。



 まともに柱とぶつかって千切れ飛んでいく右腕。その余波で全身が木の葉のごとく舞う――そこを掴んだのが、あえて柱に体を掠らせることでプルーフのもとへ狙って飛んだフランクであった。瓦解する迎賓館入り口、足元に着地をしたナイン、強く左腕を掴む相方の鬼気迫る表情。その一瞬で膨大な情報を詰め込まれた彼女は、次の瞬間には視界がまるで違うものへと切り替わったことで何が何やらわからなくなった。


「……っ、これ、は――」


 痛みと目まぐるしい変化に少々混乱するが、間を置かず自分に何が起きたかを正確に理解した。


 これはフランクの所持している魔道具の効果に違いない。


 危機的状況でどうしても逃げの一手に頼らざるを得なくなった――万が一のそういった時のために用意していた変わり種の『逃走用具』である。


 その効力はランダム転移。

 半径一キロ以内の範囲のどこかに、使用者と使用者に接触している数名までをワープさせるというものだ。

 当然、どこへ飛ぶかは道具次第なので使用者の意思は及ばず、最悪たった数センチ横にずれただけで終わる可能性もあるギャンブル性の強い代物である。


 こんな不確実な物を逃走の道具として用いるなどというのは正気の沙汰ではないが、貴重な転移のための道具だ。魔力を残さないため追跡される不安が少なく、発動の手軽さや速度を思えばこれにも使い道はある。結果がどうなるか自体はそれこそ賭けのようなものだが――。


 その賭けにフランクは勝った。


 転移先は一キロ範囲のギリギリで、上手い具合に迎賓館とは本殿を挟んだ位置に飛ぶことができた。あそこに本部の職員たちが集合するであろうことを思えば、ここに転移したのは望外の奇跡としか言いようがない。傷付いた二人が逃げるためには、ここ以上に相応しい場所はなかったはずだ。


 すぐさまプルーフを担いだ状態でフランクが移動を開始し、怪我人への気遣いも最小限度に天秤の羽根本部からの脱出を急ぐ。今発見されたらそれこそ一巻の終わりなので必死にもなる。


 足手まといになってしまっていることを憂いながらも、プルーフはフランクを賛辞した。


「まったく、大したもんだよフランク……あの状況で、よくここまでの結果を引き出せた……」

「…………」


 無言で走る彼女に、プルーフはふっと笑う。思えばフランクには助けられてばかりだ。これまでにも命の危機は何度も経験しているが、二人の力で乗り切った場面よりもフランクの咄嗟の行動力に救われたことのほうが多い。前に立つ性格ではないためにあらゆるシーンで彼女を引っ張るのは自分の役目であるが、単純な実力――即ち兇手、あるいは戦士として勝っているのは明らかにフランクのほうだと、彼女は常々そう思っている。


 ただ強さを比べているのではなく、もっと根幹的な、生きるために重要な部分でフランクは自分を大きく超えていると。


 それが何かと問われれば、プルーフはやはり「運だ」と答えるだろう。



「籤を引くのに、私は自信がない……そういう時にはいつも、お前頼みなのは……フランクならきっと引き当てると、信じられるからだ……。私がそう信じられるから、だからお前を……ああ、すまない。何を言ってるんだろうな私は――いまするような話じゃ、ないのに……」



 彼女フランク自分プルーフを助けてくれる。ではその逆は? 自分プルーフ彼女フランクを助けたことが、果たしてこれまであっただろうか? 引っ張り上げられるのはいつも自分ばかりで、彼女のほうはただ足を引っ張られてばかりなのではないか?


 その証明が今の体たらくだろう。まだしも自力で動ける彼女と、彼女に運ばれる自分。現状こそがこれまでの縮図だ。申し訳なく思う。もしもフランクがその運にすら見放され命を落とすことがあるとすれば、それは十中八九、自分がどうしようもなく失敗をしたその時なのだろう。


 薄々それを知りながら、なのにプルーフはフランクと共にいる。彼女から離れるに離れられない。


 それはまるで、疫病神か死神にでもなったかのような――



「……死なせない。絶対に。プルーフは、私が護る」


「!!」



 瞠目するプルーフ。久方ぶりに相方の声を聞いた。ちゃんとした言葉になっているのはそれこそ数年ぶりだろうか。それ以上に驚かされたのは、そこに宿る意志の強さ。彼女の断ずるような口調は当たり前だが話すこと以上に輪をかけて珍しく、ひょっとするとこれが初めてかもしれない――そして、その内容が。


「死ぬときは一緒だよ。でも、死なせない。絶対に生きるんだ」


 一緒に生きるんだ、と。

 迷いのない声で、彼女がそう言ったものだから。


「フランク……」


 どう返事をすればいいのか、プルーフにはわからなかった。

 喜べばいいのか、悲しめばいいのか。

 自分など切り捨ててしまえば彼女がより高みへ行けることは間違いないはずなのに、それでも彼女は自分を守ると言う。


「嬉しいよ、嬉しいともフランク……でも」


 長い時を過ごしてきた。孤独を埋めるように二人で生きた。人肌恋しさに女同士で肌を重ねた夜もあった。友愛でも、恋愛でも、家族愛でもない奇妙な情愛が両者を結んでいる。フランクはそれを一方的な鎖だと解釈していたが、プルーフはそうじゃなかった。彼女はそれを運命の糸だと信じている。


 二人は運命で結ばれた仲なのだと、疑いもなく確信しているのだ。


「でもじゃ、ない。私たちはずっと一緒。そう約束、してくれたよね」

「……うん。そう、私たちが出会ったあの日、私は確かにそう言ったね」

「私も約束した。だから私は、今も生きてる。プルーフの傍で、プルーフの横で」

「…………」


 いったいなんの因果か、こんな薄汚い仕事しかできない自分たち。人はそれを哀れだと蔑むかもしれないし、穢れていると罵るかもしれない。確かに清廉に生きる者たちからすればひどく醜悪で、邪魔で、汚らしいものに見えるだろう――だが、それでも。


 自分たちは生きている。人の命を奪って、生死の中で必死になって生きている。


 生きているのだ――他の大勢と同じく、この世界でひとつの命を全うしているのだ。


 それを誰にも否定される謂れはない。


 同じように。


 この胸に宿る確かな感情も、誰にも否定されるものではない――それがたとえ自分自身であったとしてもだ。


「そうだね、フランク。生きているんだから、生きなくっちゃあね……生き延びるための運命は、きっと。持ってたり、待ってたりするものじゃなくって……自分・・()()()ものなんだよね……」


 二人が出会った当初、まだ今ほどに汚れた手をしていなかったあの頃のような、少女然とした口調で話すプルーフ。傷と疲労で意識を保つのも限界に近い彼女に、フランクはこくりと頷いて足を更に速めた。


 闇の中を駆ける彼女を、燦然と輝く星々だけが見つめていた。


兇手百合ィ……?

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