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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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220 迎賓館攻防:裏口②

「うおおぉおおおおぉっ!!」


 吠えるヒューリーが一匹の虎が如く駆けてくる。彼の使用する『炎炎螺』は広域展開できず、あくまで自身の周辺にしか火流を留めておけないようだが、それだけの範囲でもクータの主戦距離レンジからすると絶望的な広さだ。


 あの空間内で戦って勝ち目があるとは思えない――といって彼女の役割はこの場所うらぐちを守ることなのだから、ここで逃げてしまっては意味がない。ただそれだけに集中するなら、役目を放棄して自分だけ逃げ延びることは簡単だ。しかしそんなことをすればこいつ(ヒューリー)は悠々とシリカを手に入れてしまうことだろう。


 ならば答えはひとつ。


 立ち向かう以外の選択肢は、クータに存在しない。



「はあああああっ!」



 虎男に合わせるように、少女もまた敵へと一直線に走り出す。鎧代わりに全身に炎を滾らせながら、炎炎螺の領域内へと侵入する。その攻め入る姿勢にヒューリーは口角を吊り上げた。


「いいねぇ、すごくいいぜ! どっちが食い殺されるか――決着をつけようかぁ!」


「クータは、負けない!」


 猛る渦は不規則にその進路を変えるが、クータは己の直感に従ってそれをひらりと躱し、勢いそのままに跳び上がって蹴りを放つ。渾身の『爆炎キック』は見事にヒューリーを捉えたが、しかしガードされている。防御越しでは彼の持つ耐性もあって有効打になり得ない。反対に、ヒューリーの振るう爪はクータにとってガードも許されない鋭さを持っていた。


「猛虎爪撃!」

「ぐっ……、」


 二度三度と乱雑に、されど鋭く振るわれる爪をクータはギリギリで回避するが、完全には避けきれなかった。爪先が掠った右肩はそれだけでビシリと裂け深い傷を負ってしまう。血が一瞬で蒸発するほどの熱風が渦巻く空間で、それでもクータは怯むことなく反撃に転じようとした――ところを、脚が火流に捕まる。


「しまっ」


「はっはぁ!」


 体勢を崩したクータの腹部へヒューリーの重く速い蹴りが突き刺さった。「ぐぶっ……!」内臓の上げる悲鳴を耳にしながらクータはくの字に曲がって吹き飛んでいく。


「ぎぃあっ」


 地面にぶつかって転がり、やがてどうにか止まったクータだが、その体は見るも無残にボロボロである。肩の傷よりも全身に溜まった熱と今の蹴りがダメージとしては深刻だった。特に二度も火流に舐められた左脚はもうろくに動かせそうにもない。この脚では機動戦を続けることは不可能だろう。翼を生やして空中戦に持ち込めばその限りではないが、制空権を取ったところで炎炎螺を破る手立てを持たぬ以上打開策とはならない。


「落ち込まんでいい、お嬢ちゃんはよくやったぜ。年の割には大したガッツだった、褒めてやるよ。そんで、もう大人しくしてな。俺ぁ戦いは好きだが相手を必要以上に甚振るような趣味はねえ。ちゃっちゃと一瞬で燃やしてやっから、そのままそこで動かずに――お?」


 言葉を止めるヒューリー。彼の視線の先では、クータが懸命に立ち上がろうとしているところだった。ふらふらと倒れそうになりながらも、傷付いた脚部の痛みも止まらない血も無視してまだ彼女は立ち塞がろうとする。


 それを見たヒューリーは感心とも呆れともつかぬ感情を抱いた。


「おいおい、そんな状態でまだ戦ろうってのか? その意気込みは買ってやりてえが、お嬢ちゃん馬鹿だぜ。勝ち目もないのに、無駄に苦しもうってんだからな」


「…………」


 もはや声も届いていないのか、少女からの返事はない。彼女はただ静かに敵であるヒューリーを見つめているだけだ。しかしそれは先程の負けん気に満ちた瞳とは反対にひどく凪いだものだった。敵を見るような視線ではない。むしろその目は、この場を俯瞰するような――自分諸共に戦闘を観察しているような目だった。


 ――なんだぁ、こいつは?


 あまりの雰囲気の変わりようにヒューリーは眉をひそめた。単に意識が飛びかけているだけかとも思ったが、どうやらそうではない。この目は何かを考えている目だ――何かを企んでいる目だ。もはや戦局を変えられるはずもないこの状況で、だというのに少女はまったく諦めることなく思考を続けている――とはいえ。


(こいつは俺と同じでそう大して考えられる奴じゃあねえだろう。いや、考える脳がないってんじゃなく、それを使いたがらないって点で俺とこいつはたぶんよく似ている。俺たちが得意なのは結局のところ戦うことだけだ――それがわかってるから俺は悩まねえし、それはこいつも同じなんだろう)


 それくらいのことは相手の出す火を見ればわかる。


 似たような性質を持つ者としてヒューリーはクータに好敵手に向ける以上の好感を抱いている。


 出会い方が違えばいい友達ダチになったかもしれない。そんな風に思う程度には会って数分も経っていない少女へ言葉では言い表しきれない理解を示している。


 そして、それだからこそ。


 ここで絶対に仕留めねばならないと確信した。


(戦闘勘ってのはオツムの出来不出来に直結しねえ。ここぞって時の発想や機転はむしろ普段脳みそを使わねえ俺やこいつみたいなのこそが働かせるもんだ――だからよお、お嬢ちゃん! お前が何かを思いついちまう前に、すぐに逝ってもらうぜ!)


 トドメを下すべく、素早くクータへ迫るヒューリー。


 彼は地を蹴るその瞬間、微かな声を聴いた。



「――それ、いいよね」



 呟き。

 瞳に戻る力。

 刹那に生じた圧倒的な熱量。


 少女の変化に思わずヒューリーの足が止まる。今の彼女に迂闊に近寄ってはいけないと本能が警告してくる――否。たとえ戦士としての本能が寝ぼけていたとしても、彼は自分の意思でトドメを刺すことを中断しただろう。


 何故ならその目には、はっきりとした異様が映っているのだから。


「こんな、感じかな?」

「お、嬢ちゃん――そいつぁなんだ……?」


 クータの導き出した答え。勝てない相手に勝つ方法。それは。



「お前のマネ、だよ」



 にっこりと笑って答えるクータ。

 その背後には轟轟と燃え盛る()が浮かんでいる。

 これぞ炎炎螺という敵が操る未知の術を参考に、たった今編み出された――クータの『新技』である。


「――『炎環』」


 体内から吐き出すのではなく、一旦外部に押しとどめて圧縮し、熱と火力を高める手法。これを思いつけたのはヒューリーと戦い、その戦闘法を目の当たりにしたからこそ。炎を武器にするだけでなく、別の形でも利用するという戦い方。それはただ炎を叩きつけることしか考えてこなかったクータにはない発想であった。その有用性に気付けたのは、炎炎螺の厄介さを骨身に染みるほど身体で味わったからでもある。


 だったら自分も同じことをしよう。


 クータが行きついた結論がそこだった。


 ただし彼女は炎炎螺をそのまま模倣せず、独自の形で新術を開発した。


 炎の渦で身を護る、よりも好みのスタイルとして――即ち高火力の礎としてのスタイルに昇華してみせたのだ。



「廻れ、燃え上がれ、炎環! クータの炎を、もっと強く! もっと熱く! もっともっと高めて! どこまでも高らかに!」



「なにっ――」


 更に加熱する。高速回転する炎の輪はそれ自体が脅威的なまでの業火の塊だ。その熱量を際限なく上昇させたその後に、クータのすることはただひとつ。


(馬鹿な! ついさっきまで炎を操る技術で俺の足元にも及ばなかったこいつが……たった数回の打ち合いで、俺を超えよ――)



「――炎環・超熱線!!!」



 カッ、と光が爆ぜる。


 単なる模倣で本家へ挑むよりも、既存の技の威力を引き上げることを選んだクータの新しい熱線は、もはや元の面影を持たず。


 口からではなく全身から炎を噴き出し、それを一条にまとめて巨大な炎熱光線を放った。


 周囲一帯を白く浮き上がらせるほどの高熱はこれまでのどんな技よりも際立って暴力的な速度で突き進み、悲鳴を上げることすらも許さず一瞬にしてヒューリーごと迎賓館裏の整備された並木たちを飲み込んだ。


 先の火柱よりも遥かに高く太く炎の巨柱が闇夜の空までもを焦がし、一面に熱波を吐き散らす。全てを滅ぼすような光はしかし甚大な熱量とは裏腹に瞬きの間に消え去り、後には焦土と化した大地だけが残された。


 炎熱耐性を嘲笑うような威力で、草木ごとヒューリーは消し炭になった。


 それを確かめたクータは「ふうっ」と息を吐きながら体に残った火を消して――正面から地面に倒れ込む。


 負傷の痛みと限界を超えた技の負担とが、戦闘の幕引きを意識したことで一気に少女の身に押し寄せたのだ。本来なら後続に備えてまだ警戒を続けなければならないところなのだが……クータにとって幸運なことに、この時点で兇手集団『罪深き司祭』はチームナインズ+テレスティアに完全なる敗北を喫していたのだった。


クータは炎分身以外にも技巧派な技を覚えた!

ただの強化技じゃねーか、などと言ってはいけない

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