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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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219 迎賓館攻防:裏口

 今にも爆発しそうなほどに逸る戦意を懸命に抑えていた一人の男――ヒューリーは『罪深き司祭』で決められた突入時刻をなけなしの理性で守っていた。今か今かと待ちわびていた時間がようやくやってきた、その途端に彼は木陰から飛び出し、己が侵入経路を目掛けて走った。


 裏口だというのに警備が一人も置かれていないのは確認済み。

 それには思わず盛大なしかめっ面をした彼だが、よくよく考えてみればいくら手薄にすると言ってもここに誰も置かないわけがない。確実に手練れが一人か二人は配置されているはずだ。


 そのまだ見ぬ何某がいったいどんな戦士であるかを楽しみに――これから起こるであろう激闘を想像しその顔に笑みまで浮かべながら、ヒューリーは裏口の扉を壊さんばかりの勢いで蹴り開いて入館。



 ――瞬間、眼前に燃ゆる殺意の炎。



「ぐぅおっ!?」


 猛火の破裂。目の前で爆ぜた爆炎によってヒューリーは元来たほうへと押し戻されてしまう。裏口前の小階段から転げ落ち、それでも勢いは止まらず……彼は咄嗟にを出して地面に突き刺すことで慣性を殺し自身を静止させる。そして顔を上げて、そいつを見た。


 同じく扉から勢いよく飛び出してきた、小さな影。


 手足にめらめらと火炎を迸らせたその少女は――



「きたな、悪人! お前はクータが燃やしつくす!」


「はっ、どんな奴と戦えるかと思えば――いい感じに燃えてるお嬢ちゃんじゃねえか! 俺ぁ嬉しいぜ!」



 戦うには邪魔な頭巾を自ら外し、ヒューリーは口元に牙の覗く虎のような顔を露出させる。鋭い爪が光る指先と相まって、彼の姿は人型の獣とでも称すべきものにしか見えない――しかしほぼ同じタイミングで獣人を確認しその存在に反応を見せたクレイドールとは打って変わって、クータはそんなことにまるで頓着などしなかった。



 彼女の思考はただひとつ、侵入者の迎撃にのみ向けられている。



「――熱線!!」


「うおっと危ねえ!」


 少女の口から発射されたものを避けるために身を翻す。傍らを通り過ぎていくそれは恐ろしいまでの高温を放っていた。背後の木陰を燃やすというより溶かしたその一条の炎熱を見て、ヒューリーはますます口角を上げる。


 素晴らしい威力と、容赦皆無の心意気。


 間違いなく敵として抜群の素材である。


「ちっこいくせになかなかやるなぁ。今度はこっちの番だぜ!」


「お前の番なんてあるもんか!」


 言いながらクータは接近してくるヒューリーへいくつもの火の粉を振り撒く。直線で進む熱線よりも遥かに広範囲でばらまかれるそれは、回避の難しさという一点では熱線以上に敵へのダメージに期待を寄せられるものだ。だがヒューリーは降りかかる火の粉をしかとその目に映しながらも止まることなく、先の反応の速さを封印したかのようにそのまま真正面から突っ込んできた。


「え!?」


 クータは違和感に気付くべきだった――邂逅した途端に先制の爆炎を浴びせたにもかからわず、ヒューリーが大した傷を受けなかったその理由に思い至るべきだった。


 確かに彼は見た目通りに獣じみた反射神経で瞳に敵が映った瞬間に後方へ自ら跳んでいたが、それでも炎がその身を浅からず舐めた事実は変わらない。本来なら頭巾の焦げ跡程度では済まないほどの高温が彼に触れたはずなのに、それでもほぼ無傷だった理由とは――ずばり彼の耐性にあった。


 炎熱耐性。


 獣人であり、なおかつ身に魔力を纏うとこで常人とは比較にならないほどの頑丈性を得ているヒューリーだが、彼がクータの炎を物ともしなかったのはそういった要因よりも炎熱への高い耐性を所持していることが大きい。リブレライトの治安維持局長リュウシィ・ヴォルストガレフもこれと似たような耐性を持っているが、出自に由来する特別な肌を持っていた彼女とは異なり、ヒューリーの耐性は彼の使う術式に起因しているものだ――それ即ち。



「『火門――」


「っ!」


「――炎天』!」



 属性基礎五門がひとつ、火門。


 ヒューリーの属性適性はクータと同じく『火』。他の火使いと比べても著しく高いレベルで適性を持っている彼は戦闘中、常に全身に火炎の魔力を巡らせ疑似的な炎への耐性を身に着けているのだ。


「うぎゃあっ!!」


 身に触れる火の粉もなんのと肉迫したヒューリーが、体術を使うかと思えば至近距離から炎を出してきた――それも自分の周囲に火流を巡らすという、火の粉のばらまき以上に回避の難しい高等技での攻撃。


 クータは避けようとすることもできずにあえなく燃やされる……が、しかし。


「おおっ……こいつを耐えるとは驚いたぜ、お嬢ちゃん。俺と同じようなもんか?」


「くっ――うるっさい!」


 クータは燃えているが、燃えていない。彼女の肌は焦げていない――どころか、服すらも焼けていない。


 少女もまた炎への耐性を持っている、というヒューリーの見立て通り火属性の魔力適性を持つ彼女もその気になれば敵の炎に対する抵抗力を高めることが可能だ。とはいえ、完全耐性というわけではないため抵抗レジストするにも限界はある。体とその一部でもある衣服が瞬く間に燃やされるようなことこそないが、熱によるダメージは決して無効化しきれるものではないのだ。


 ――しかしそれは、敵にとっても同じこと。


「同じ火を吹くどうし、燃やし合うどうし――だったら、もっと火力を! 火力さえ高めれば、この勝負に勝てる!」


「当然そこに帰結するよなぁ。そうだ、俺たちゃなんの因果かここで出会った炎使い同士……最っ高に燃え上がろうじゃねえか! 勝つのは当然俺だがなあ!」


 互いに自分が何をすべきであるか、過不足なく認識。その傾向が強い火属性の使い手の中でも特に火力馬鹿(・・・・)である二人は、策を弄するようなこまごまとした技術の応酬よりも、単純に扱う術の強さで競い合うことを選んだのだ。


 轟くような爆発音とともに両者が動き、火柱が立ち昇る。



「大爆炎! アタック!!」

「火門・炎炎螺えんえんら!」



 クータ最高火力の『大爆炎アタック』は全身に炎を纏って突撃するという、この上なくシンプルな技である。身の内に凝縮させた火炎を一斉に解き放ちながら推力としても利用しつつ対象へと突貫する。単純故に高威力を誇るこの技に対して――ヒューリーの使用した『炎炎螺』は瞬間火力では劣るものの、相手の勢いを削ぐという点ではこの場面に最も相応しい術だったと言える。



「アッイ、――いっぎぃいいぃ!」



 クータの苦悶の声。


 防がれることなどないと信じていた自身最高のチャージ攻撃が、いなされてしまった。


 しかもそれだけじゃない――彼女は手痛いダメージまで負ったのだ。


「いい火力だ――だけどただぶつかるだけとは芸がねえな! 俺の炎は熱いだけじゃあねえぜ!?」


 火流が回転する。


 いくつもの火の流れがヒューリーの周囲に形成され、渦となって彼を守るように、あるいは敵を威圧するように炎の密閉空間を作り上げる。『炎炎螺』は『炎天』の上位派生術。術者の周りへ火の渦を生み出し、場を強制的に有利なフィールドへと変化させる。当然渦の範囲内に入ってきた敵はヒューリーが自在に操る火流に呑まれて大変な目に遭うことになる――まさに今のクータのように。


 彼の回転する炎は一直線にしか進まない、否、進めないクータへ横の力を加えることで、まるであやすように容易くその進行方向を変えさせた。そのうえで彼女の体を絡めとり、渦の中で弄び高熱によるダメージを与えたのだ。


 やがて回転から弾き出されたクータだが、すぐには立ち上がれなかった。起き上がれないまま、しかし追撃を貰わぬようにと彼女が苦肉の策で作り出したのは炎による分身体。自分によく似た形をした炎の人形を動かし、精密な操作などかなぐり捨ててとにかくヒューリーへと向かわせた。


 生身を持たぬ炎分身ならあるいは、というクータの淡い希望は容易く打ち砕かれることになる。むしろ実体のない炎の肉体だからこそ敵の炎にまったく抗うことができずに、あっさりと分身は炎渦に削り飛ばされて消失してしまう。


「くうっ――」


 悔しさに呻きながらもクータはその間に這いずるように距離を取ってようやく立ち上がる……が、立ったところでやれることなどない。炎炎螺は攻防一体の術で、炎分身の末路を思えばこの位置から火を吹こうが飛ばそうが炎の渦を突破できるとは到底思えない。


 何せ大爆炎アタックすらも無力化されてしまうくらいなのだから、それ以下の火力しか持たない他の技ではどうしようもない。そんなことは試さずとも明白である――やってみなければわからない、などとはこの状況では気休めにもならない言葉だ。


 己の不利を悟り黙りこくるクータに、ヒューリーが勝ち誇ったように告げた。


「どうしたよ、すっかり威勢も炎も消えちまって。なァお嬢ちゃん……要は手詰まりってか? だったらもう戦わんでいい――さっさと俺の炎で炭になるがいいぜぇ!」


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